051
泰明が妖魔の血を飲む禁忌をおかした。
いや、待て。
妖魔の血を飲めばその者は必ず妖魔になってしまうはずで、南郷もそう言っていた。妖魔とは、麗月さえも例外ではなく、人の血肉を欲して目をかっと赤く光らせる怪物だ。
「で、でも、東光寺君は……妖魔らしくないっていうか……」
沙良が泰明を窺う。
しかし泰明は何も答えずうつむいていた。いつものように表情を消すのではなく、表情を悟られないよう隠すかのように沙良とは目を合わせなかった。
「東光寺君……?」
沙良の問いかけに、やはり泰明は答えない。その姿は普段の飄々としたものとはまるで違い、先生に怒られてしゅんとしている小学生のようだった。
「こいつの状態は前例がない。妖魔の血ぃ飲んでも妖魔にならんかった人間は今んとこ東光寺だけや。このまま人間のままなんか、明日妖魔になるんか、誰にもわからんねん」
「主は我と、同じにはならないわよ!」
「黙っとかんかい。お前も妖魔やろ斬月。妖魔のお前の言うことなんか誰も信じんわ。大体お前かって人襲うんやったらすぐに抹殺対象や。そんなもんの意見が通るかい」
「ふぅん。我を見逃してやってるって言いたいの? 人間如きが思い上がりも甚だしいわねっ。もしも貴様らが我が主に刃を向けるんだったら、貴様らを全員食い殺すから覚悟しなさい!」
麗月の瞳が禍々しい警戒色に輝く。そして、普通の人間である沙良でさえも鳥肌が立つほどの妖気が放たれていた。辺りの空気が急激に冷えた。
「麗月、いいよ。ありがと」
泰明が麗月の肩にそっと触れ、下がるように促した。
鬼気迫る麗月の姿に、南郷は自分でも気付かぬうちに身構えていたらしい。はっとなって自身を見やり、冷や汗を垂らしていることに驚いていた。
「今日のとこはこれまでや。東光寺、妖魔になって人を襲うんやったらいつでも殺したる。祓魔局の誰かやない、俺が殺したる」
南郷の視線を受けた泰明がいつもの笑みに戻る。その目が不意に動いて南郷の後方に現れた影を捉えた。
「お迎えが来てるぞ」
「……今頃来よったんかい」
南郷が後ろも振り返らずに舌打ちする。
そこには祓魔局の退魔師とおぼしき南郷の仲間の姿があった。
「後片付けがあるんだろ。組織は面倒だな」
「ほっとけや」
南郷が背を向ける。
「俺らの周りをうろちょろすんなや東光寺。せいぜい妖魔と関わらんようおとなしいしとけ。んでもって妖魔にならんよう注意せえや」
「あの黒い剣を持った妖魔を見つけてから考えるよ。でも、忠告ありがとな」
「へんっ。あの妖魔は俺が先に見つけてぶっ殺すんじゃ、お前は引っ込んどれ」
振り返らないまま言い置いて南郷は去っていった。
その背中を泰明も無言で見送った。
南郷が見えなくなると、泰明が沙良と目を合わせることなく呟く。
「今日はもう遅いから送ってくよ」
「う、うん……」
沙良もそれだけしか答えられず、会話が途絶する。聞きたいことが山ほどある沙良だったが、結局家へと帰る道中も話すことができなかった。
どうも、Mt.バードです。
チーズの海で溺れたいくらいのチーズ好きです。
チーズ買ってこよう。




