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「東光寺泰明を主とする妖刀。我、斬月なり」

 凜とした少女の声が響く。それは刀から聞こえた。

「麗月ちゃんの、声……? もしかして麗月ちゃんて!?」

「我が身は主の、至上にして最強の刃」

「刀……!? 麗月ちゃんの正体って、刀の妖魔だったんだ!」

 斬月。

 それは東光寺家に代々伝わる宝刀である。泰明の先祖が、この世の地下にあるとされる常世より持ち帰り、以降ずっと受け継がれてきた。その切れ味は常識外れであり、斬月の名の如く月さえも斬り裂くほどだと言われている。もちろん月を裂くというのは比喩だ。が、その昔、池に映った月を斬ったところ、水面みなもの月は真っ二つになったまま戻らなかった、という伝承まである。名に恥じぬ快刀なのだ。

 さらに普段麗月が使っているように、霊的現象や妖物の類をも斬り捨てる霊威まで持ち合わせる。この世に実体化していない霊体にまでも易々とその刃が届くのである。以前麗月が口にしていたが、この刀身が触れるものはなんでも斬る。水に浮かぶ月を斬ったように、空間ごと断ち切る武器なのだ。

 しかしこの刀、一度ひとたび振るえば使用者を傷付けるのである。まるでその血を啜るが如く。故に名刀ではなく、妖刀と呼ばれていた。東光寺家でも使われることはなく、ただ祀られているだけだった。

 あるとき幼い泰明がこれを見つけ、親の目を盗んで遊び、手入れをした。

 東光寺家で千鶴が話していた、泰明が幼少の頃よりずっと大事にしてきた刀というのが、この斬月なのである。

 このことが、麗月が泰明を主と呼んで従う一つの要因となっていた。

「待たせたな、南郷」

「ああ、待っとったで。こっからは喧嘩やない、まじもんの戦いや!」

 南郷がギラリと目を光らせ、橙の剣を上に向けて脇の辺りで構える。

 泰明も足を前後に開いて腰を落とし、剣先を後ろに下げて静かに構えた。

「やる前に聞いとくけどな、お前まだあの黒い剣持った妖魔追っかけとるんか?」

 泰明の眉がピクリと跳ね、彼の顔から急に感情が抜け落ちていく。これまで楽しみを前にした子供のようだったというのに、泰明はいつもの冷徹にも取れる無表情になってしまった。

 沙良は、泰明の雰囲気がこんなにも急激に変わってしまった南郷の言葉が、胸につっかえていた。

〝黒い剣を持った妖魔〟

 それを泰明が追いかけている、というのは一体どういうことなのだろう。

 泰明は声も出さず、一度、小さく頷いた。

「ま、お前のこっちゃ、そう簡単に諦めんやろうな。けどな、俺かて諦めてへんぞ。最強の退魔師——東光寺長久を殺しやがった妖魔やからな」

 東光寺長久。

 沙良はその名を聞いて息を呑んだ。

 東光寺長久は泰明の父親だ。その妻である千鶴の話によると、小さい頃の泰明と南郷の憧れ、ヒーロー的な存在だった人である。

 その人が、黒い剣を持った妖魔に殺された、と南郷は言ったのだ。

 この妖魔を泰明が、南郷も捜している、と。

 泰明がこの場で狼男の妖魔を見たときこぼした〝今回もはずれだったか〟という台詞は、黒い剣を持った妖魔ではなかったことへの落胆を意味していたのだと、沙良はようやく気が付くことができた。ここでその妖魔が見つかっていれば、泰明は復讐を果たしていたのかと想像して、胸が締め付けられるようだった。

 そういえば東光寺家で泰明が、今回の犯人が剣を持った妖魔かもしれない、と口にしたとき、母親である千鶴や叔父である川越が変な反応をしていた。それは親の敵を泰明が追っていることに、今の沙良のように悲しみにも似た思いを抱いていたのかもしれない。

「俺が勝ったら、お前はあの妖魔諦めぇ。いや、妖魔っちゅーもんと金輪際関わんな。相手の実力読み違えるわ俺に負けるわじゃ話にもならん、邪魔なだけや。そんで退魔師もやめとけ」

 いくら幼なじみとはいえこの言い方はあんまりではないかと沙良は思ったが、言われた本人である泰明は返事さえしなかった。ただ静かに構えたまま、感情のない目で南郷を捉えていた。

「俺に言われる筋合いはないってか。んならその斬月ごとぶっ壊したるわ!!」

 南郷が飛び出す。橙に焼けた剣を泰明に向かって裂帛の気合いとともに振り下ろす。剣に宿る炎もろとも降ってくるその一撃は、掠るだけでも肌が爛れそうだった。

 故に泰明はその剣筋と炎の軌道を読み、そしてこの次には凄まじい突きが来ることを予測し、今度は最小限の動きで横にかわした。

「甘いわッ!」

 南郷は途中で剣を止める。しかし当然突きには行かず、手首を返して刃を翻す。と同時に泰明の方へと踏み込み、目で追えないほどの速度で炎の剣を横薙ぎにした。

 だが橙の輝きは虚しく空を泳いだ。

 泰明は、火之迦具土の炎が届かぬギリギリの位置まで身を引いていた。そこですでに構えていた。溜めておいた足の力を爆発させて南郷との間合いを一気に詰める。

「なんつー速さやくそったれが!」

 南郷が文句を垂れたときには泰明は懐に潜り込んでいた。腰だめにしていた赤い刃を抜刀でもするように南郷に向かって振り抜いた。

「こなくそッ!!」

 赤と橙の刃がぶつかりガキリッと鈍い音を立てる。

 攻撃の打ち終わりで無防備な体勢だったにもかかわらず、南郷は薙ぎにきた泰明の斬月を剣の腹で受け止める。——が、それでは止まらなかった。

「ぐおわっ!?」

 南郷はズザザッと2mほど地を滑らされてようやく止まった。

「ちっ。力押しは大剣の方が勝つんがセオリーやろ。なんちゅーけったいな刀や」

 構えが崩れていたものの、それでも南郷は泰明の攻撃を炎の剣で受け、さらにその腹を肘で支えてもいた。にもかかわらず耐えきれずに吹っ飛ばされた。

 体格も武器の重量でも勝る相手を、泰明はただの一撃でそれを上回ってみせた。

「そこらの飾り物と一緒にしないでくれる? 我は斬月、月さえも斬る刀なんだからっ。その火之迦具土も、じきに真っ二つにしてあげるわ」

「抜かせ妖刀如きがっ。くそっ、ほんまになんでもすぱすぱ斬りやがって、こっちの霊気まで断ち切るんかい! なんつー妖気の凝縮された刀や、霊力の消費もはんぱないわっ」

 南郷の霊気である炎が剣から消えていることに沙良は気付いた。微量の霊力を送り込むことでしばらくは霊気が宿った状態になると言っていたが、今の火之迦具土はくすんだ鉛のような色になっている。麗月——つまり斬月は、月をも斬る刀。剣に宿った南郷の炎の霊気は斬月の一刀によって斬られたのだと沙良は理解した。

 ここまでの二人の戦闘に、沙良は感嘆していた。

 泰明の幼なじみであり、幼少の頃はおそらくともに腕を磨いた仲であろう南郷は、確かに強い。蟒蛇やヨロヅセナノ戦で泰明と麗月は相当に苦戦していたが、南郷ならもっと早くに片付けていたかもしれないと思わせるほどの実力者だ。泰明との最初の打ち合いを見たとき、沙良はそう思っていた。しかし斬月を手にした泰明はその上を行っているように見える。相手の霊気さえも断ち切ってしまう斬月を振るう泰明は、本当に鬼神の如き強さだった。

「ははは! 久しぶりや、これやこれ! 俺はこういうのを求めとったんやで東光寺! 強い奴とやらんと燃えん! ぎりっぎりの勝負してなんぼやろ!」

 どう見ても不利に見えるというのに、南郷が高らかに笑う。ぼさぼさの髪の間から野生の虎の如く鋭い目が覗く。闘争心の塊のような南郷は、相手が強ければ強いほど燃えるのである。

 剣に再び炎が灯る。それはボッと音を立て、先ほどよりも火力が上がっていた。剣が一回り大きくなったように見えた。

「……ま、まだ続けるの!?」

 沙良は止めるべきではないかと考えた。また打ち合えばどちらか、或いは両者とも怪我では済まないかもしれない。けれど沙良ではこの間に割って入ることは不可能だろう。この二人の緊迫した雰囲気に付け入る隙がないことは明らかだった。

 沙良が迷っている間にも南郷が炎の剣を泰明に打ち込む。

「でりゃあああ!!」

 大きく振りかぶる南郷の剣筋に対し、泰明は今度は避けることなく正面からまともにぶつかった。赤と橙の刃が火花を散らし、鍔迫り合いとなる。その瞬間、橙の輝きだけが失われる。まるで無酸素にでもなったように炎の霊気は一瞬で霧散していた。

「くそがっ、また霊気斬られたか! でも……まだやッ!」

 南郷が髪を逆立てるが如く気合いを入れる。もう一度剣に炎を走らせる。これと同じ瞬間に南郷は、鍔迫り合っている斬月を素手で捕まえようとした。

 その手が赤い刃に触れる寸前で泰明がすっと身を引く。同時にぶつかり合っていた火之迦具土から斬月を素早く引いた。

 ザリッと鈍い音が鳴る。

「……ちっ」

 南郷が大きく舌打ちをした。沙良にははっきりとは見えなかったが、またも炎の霊気を消された火之迦具土が刃こぼれのような形で破損していた。

 西洋剣術の中に、相手の剣を手で捕まえて自分の剣を当てたり、また己の刃をつかんで柄などで殴り付けたり、鍔で相手の剣を引っかけるなどの型が存在する。南郷が泰明の刀をつかみにいったのはまさにこれである。泰明は南郷のその動きを読んでいたので、これまではあえて切り結ばず寸前でかわしていた。

 もっと言うなら、刀での斬り合いでは、刃こぼれなどの原因となるためにガチガチと刃を合わせることは少ない。ましてや火之迦具土は大剣で重量もあり、南郷の打ち込みも相当に強力なことから、泰明は避けることを選択していた。

 しかしそれでは南郷の勢いを削ぐことはできないと感じた泰明は、ここであえて打ち合いに持ち込み、火之迦具土の破壊を考えたのではないか。剣術には詳しくない沙良だが、泰明の動作にそういう意思が含まれているように思えた。

 けれど南郷は止まらない。ひびの入った剣にまたしても霊気を込め泰明に向かって突進する。かなり不利なことは明白であるのに無謀なほどに打ち込んでいく。南郷の性格を表すようにやはり真っ直ぐ、上段から凄まじい剣速で振り下ろす。

「おしまいよ若造。その弱り切った剣、次の我が一撃で斬り伏せてあげる!」

 赤い刃の言葉とともに泰明が思い切り踏み込み、抜刀するように脇から斬月を振り抜いた。

 赤と橙の軌道が空で交錯する。

 炎を宿した刃がその炎ごと途中ですっぱりと分断された。なんであろうと斬り捨てる斬月によって、ついに火之迦具土が斬られたのだ。

 勢い良く飛び込んでいた泰明と南郷の体が入れ替わる。

 泰明は身体を素早く反転させて返す刀を南郷目がけて袈裟懸けに振り下ろす。

「ちっ。けどこうなることは予想しとったわ!」

 己の剣が破壊されてもなお南郷の気力は衰えず、斬られた火之迦具土の上部を空中でつかみ取る。そのまま身体を翻し——

「うおおおおッ!!」

 雄叫びを上げ、闇を切り裂くようなスピードの突きを泰明に繰り出していた。

 二つの刃が走る。相手の肉体に肉薄する。

 そのとき——

「やめてッ!!」

 これ以上見ていられなくなった沙良が叫んでいた。

 その大声で、場の緊張が断ち切られたように静かになる。

 泰明と南郷の動きも、ぴたりと止まっていた。

 南郷は、斬られた火之迦具土の切っ先で泰明の喉元を捉えていた。

 泰明の斬月は、南郷の首筋を斬り裂く寸前で止まっていた。

「へんっ。腕はなまっとらんようやな東光寺」

 汗に濡れた顔で南郷が不敵な笑みを向けた。

「ふんっ。命拾いしたわね、若造」

「それはこっちの台詞じゃ。どう見ても相打ちやろが」

「俺が勝ったら、この火之迦具土をもらう予定だったんだけどな」

 能面のようだった泰明に感情が戻っていた。ニヤリと笑って自らが斬った剣に視線を落とす。

 二人は同時に武器を下げた。

どうも、Mt.バードです。

カレー作りました。

家で食べるときは、食パンを浸して食べるのが好きです。

ご飯もいいんですけど、なぜかパンが食べたくなります。

あ、チャパティ焼こう。

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