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どうも、Mt.バードです。

「麗月ちゃんが、妖魔……? あ……ッ!?」

 真実を告げられても自分の疑いは勘違いだったと思ってしまいそうな沙良だったが、赤い目を向けられてはっとした。

 いくら退魔師といえど、人である。人は目が赤く光ったりはしない。しかし今の麗月の目はまさに妖魔と同様で、爛々と警戒色に輝いている。それはまぎれもなく、人ではない、妖魔の証だ。いつも手品のように刀を出したり引っ込めたり、空間の隔絶という超常現象のようなことを引き起こしたりできるのも、麗月が妖魔だからなのだ。身体中に浴びた血が消えたように見えるのも、泰明の傷口を舐めていたのも、麗月が妖魔の糧である人の血を体内に吸収しているからだった。

 麗月が犯人ではなかったものの、沙良の読みの半分は当たっていたのだ。

「でもね、我が妖魔であっても、主の許可もなしに人を襲うと思ってるの? 主の命に背くくらいならね、我はこの世から消えることを選択するわよ!」

 麗月は沙良の目を見てきっぱりと言い放った。

「それにもし、我が勝手に人を襲ってたとしても、その愚行を主が野放しにするはずがないでしょ!」

「それは……」

「ふん、お前のことだから、我だけじゃなく主のことまで疑ってたんでしょうけどねっ」

「う!?」

 沙良は言葉に詰まる。麗月の犯行を見て見ぬふりをしているかもしれない、と泰明を疑っていたのは事実だった。それさえも麗月に見透かされていた。

「我への疑いは、その馬鹿面で許してあげるわ。主への疑いも、まあ、我は正直許したくないところだけど、主の命だしね、誠心誠意謝罪しなさい」

 やはりと言うべきか、泰明も沙良に疑われていることに気付いていて、それでも麗月に怒りを静めるよう命じていたらしい。人に疑いをかけられれば普通は気分を悪くするはずなのに、それでも泰明は何も言わず、沙良を危険な目に遭わせないように気を回してくれさえしていた。酷く冷たいこともあるが、その裏には必ず彼なりの優しさが隠れている。東光寺泰明という同学年の男子はそういう人間だと、沙良は知っている。だというのに、疑念を抱いてしまった自分の至らなさが、恥ずかしい。命の恩人である泰明と麗月をなぜ信じることができなかったのかと、沙良は猛省した。

「けど今は、このできそこないの妖魔の始末ね」

 麗月は赤く輝く眼を切れ長に細め、狼男を見据えた。

「そ、その目っ。あんたも同じなのか!? なんで邪魔するんだ!」

「それはあんたが妖魔になったからだ」

 静かな声が聞こえた。泰明がいつの間にか沙良の隣に立っていた。

 妖魔になった。

 泰明は目の前の狼男にそう言った。

 これと同じような台詞を、ヨロヅセナノという妖魔のときにも聞いた記憶がある。つまりこの狼男も、人から妖魔になったということだろうか。

「……今回もはずれだったか」

 弱々しい街灯の下、妖魔の姿を確認した泰明がそう漏らした。顔からはニコニコとした笑みが消え、感情が抜け落ちている。そこには気持ちが表れてはいなかったものの、沙良には泰明が溜め息を吐いているように見えた。何が〝今回も〟〝はずれ〟なのかはわからないが、諦めに近い感情がその中に含まれているように感じられた。

「狼男か。あんた〝送り犬〟の血でも飲んだな」

 送り犬とは、巨大ということを除けば、犬や狼と同じような姿をした妖魔だ。夜の山道などに現れ、そこを歩く者にぴたりとついくるという。その者が転ぶなどすると途端に牙を剥いて食い殺してしまう凶暴な怪物である。

 しかしその妖魔よりも、泰明の言葉の中に気になる事柄があった。

「血を、飲む……? 妖魔の血を?」

 沙良は耳を疑った。泰明が言った送り犬とは妖魔のことであり、その血を飲むということはつまり──人が妖魔の血を飲んだ、ということである。

「人間が妖魔の血を飲む。そうすることで、妖魔と同じ力を手に入れられる」

 手っ取り早く強い力を手に入れるため、この狼男同様こういうことに手を染める輩が多いのだ、と泰明は言った。

 瞬時に大きな強さが手に入る反面、当然のように副作用がある。それは、確実に妖魔になってしまうこと。もう二度と人間には戻れないこと。目の前の狼男と同じく醜悪な姿になり果ててしまうのだ。

「人が妖魔の血を飲むことを、俺達の間では〝禁忌〟って呼んでる」

 禁忌。

 この、おかしてはならないという意味の言葉を、沙良も東光寺家で聞いていた。禁忌をおかすと祓魔局が黙っていないと、泰明が話していたことを思い出す。

「俺達人間って、身も心も弱いだろ? 楽な方へ流されるなんて当たり前だしさ。そんなところに、努力しなくてもただ薬を飲んだけで人を超える力が手に入るとしたら、獅童さんはどうする?」

「どうするって……私はそんなのいらないけど……」

「じゃあ獅童さんが酷いいじめに遭ってて、そいつらを今すぐ見返してやりたい、仕返ししてやりたいって思ってたら?」

「それは……」

 沙良は返答に困った。いじめられた経験はないものの、もし自分がそういう状況で精神的にもギリギリまで追い詰められていたらと考えると、後先を考えずにその薬に手を出してしまうかもしれない。たとえ人でなくなるとわかっていても、いや、人でなくなった方がもういじめを受けることはないと思って、薬に手を染めてしまうかもしれない。

「今獅童さんが考えたみたいに、誘惑に負けてしまう人も少なくないってことだよ。それでこの狼男みたいに妖魔になって、腹を満たそうと吸血の仕方を練習して、罪もない人を何人も手にかけるようになるんだ」

 そして、こんなことが世の中に広まれば、世界は一瞬で終わってしまう可能性もある、と泰明は続けた。

「世界が、終わる……?」

 言葉は漠然としているものの、この狼男のような妖魔が溢れている街を想像して、沙良は震えた。

「人の妖魔化は、特効薬のない感染症みたいなものだからね。妖魔の血は人から人に渡って、その人達がどんどん妖魔になる。気が付いたら周りは妖魔だらけってことにもなりかねないんだ。だから今回は、祓魔局が素早く動いてたんだよ」

 妖魔を狩る専門機関の祓魔局の対応が早かったのは、妖魔の血が出回るのを防ぐためだったのだと、沙良は気が付いた。

「それが、禁忌の正体……? 祓魔局が目の仇にして、断罪するってまで言ってるのは、そういうことなのね?」

 泰明が狼男から目を離さないまま深く頷いた。

「あんた、その方法をどこで知った」

 泰明が妖魔に詰問する。その隣では麗月が脅すように刀の切っ先を向けていた。

 二対一になり、狼男は後退った。麗月は少女に見えるが、自分と同じ妖魔であり武器まで持っている。泰明にしても、自分を見てもまったく怯む様子もなく不気味で、油断ならないからだ。

「お、俺は騙されたんだ。強くなる薬があるって言うからそれを飲んだだけなんだよっ。こんな姿になるなんて聞いてない!」

「その情報をどこで知った。薬はどこから手に入れた」

「し、質問ばっかすんなよ! 俺は腹が減ってるだけなんだ、血が欲しいだけなんだっ。み、見逃してくれよ!」

「あんたはまた人を襲う。見過ごすわけにはいかない。洗いざらいしゃべってもらう」

 感情の色が完全に抜け落ちた声色だった。それはどんな脅しよりも冷酷なプレッシャーとなって心に染み入り、狼男の精神を震え上がらせる。混乱させる。

「くっ、くそ! くそ、くそっくそッ! 逃げられないならっ、お前もぶっ殺す! ぶっ殺してやる!」

 やけくそのように叫んだ妖魔が身構える。

どうも、Mt.バードです。

ゴールデンウィークですが、読んでもらえるとものすごくありがたいです。

そして、評価をくださるともっと悦び、震えます。

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