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「……ねえ、東光寺君。今回の事件、私も協力できることない?」
沙良の言葉に、また始まったか、とでも言いたげに泰明が溜め息を漏らした。
「協力ならもう充分してもらったよ」
「そうじゃなくて、このあともなんか協力したいのよ」
「また主の手を患わせるつもりなの小娘!? お前がいても、主の邪魔にしかならないってことをいい加減理解しなさいよっ」
「邪魔になるのはわかってる! でもなんか他に、私にできることがあれば——」
「黙りなさい! お前なんか妖魔の餌にしかならないんだからっ、さっさと帰れって言ってるのよ!」
麗月にきつく睨まれる。だが彼女の言葉を聞いた沙良は、目を大きくした。
「そうよ! 私、妖魔の餌になる!」
「は!?」
泰明と麗月が揃って口を開けた。
「東光寺君達はこれからその妖魔を探し出して退治するわけでしょ?」
「……まあ、そうだけど」
「だったら私、その囮になるよ!」
沙良の発言に泰明はもう一度唖然とし、麗月に至ってはニヤリと口元を歪めた。
「獅童さんが囮って……そんなのだめに決まってるだろ」
「いいじゃない。この小娘は見た目から弱そうなひよっこだし、いい餌になるわ。それにこやつは餌くらいでしか役に立たないし。本人がやるって言ってるんだから、何かあっても文句は言わないわよね?」
「麗月は黙っててくれ。獅童さん、昨日襲われた人を見ただろ? あんな風にぐちゃぐちゃに切り裂かれて殺されるかもしれないんだよ?」
地面に転がった肉塊と化してしまった死体を思い出して、沙良は身震いしそうになった。けれどここで諦めるわけにはいかない。泰明と麗月の二人に犯人なのかどうかを問いただすのは気が引けるのなら、自分で確かめるしかないと思っていた。つまり自らが囮になり、犯人から襲われやすい状況を作るのだ。
これには相当な危険が伴い、もし、もしも麗月が犯人であったときは、他に誰も助けてくれる者がいない沙良は簡単に命を落としてしまうだろう。けれど自分の疑いが間違っていることを自身で証明したいし、麗月が犯人ではないことを信じたかった。
「私が囮になって妖魔をおびき寄せて、それを東光寺君達がやっつけるって作戦でどう?」
「どうもこうも、だめって言ってるだろ。なんでそこまでして危険な目に遭おうとするの?」
泰明は呆れを通り越して怒ってさえいた。笑顔を消して真顔で沙良を見ていた。
けれど沙良も、泰明から視線を逸らさなかった。沙良にも譲れないものがあるのだ。
「私だって、殺されるかもしれないのは怖いし、嫌だよ」
「じゃあ、なんで?」
「たとえ知らない人でも、犠牲になる人を増やしたくないのは、私も同じだから」
これは沙良の純粋な気持ちだ。沙良が刑事になりたいのは、事件を解決したいからではない。人を守りたい、という思いからきている。人が殺されてしまう状況を知っているのに、じっとしておくことができないのである。できれば自分で解決したいとは思うが、それがかなわなくても、そこに関わっていたい、安全になるまで見届けたいのである。それに何も知らない通行人が襲われるより、事情を知っている自分が襲われる方が遙かに生存率が高くなるはず。だから沙良も譲らない。
「いざとなったら、このキーホルダーが守ってくれるし」
脇に置いていた鞄につけてある刀型のキーホルダーを泰明にかざしてみせた。
その刀の形をしたキーホルダーは、泰明からもらったお守り用のペーパーナイフである。妖魔の攻撃から盾代わりにとなって身を守ってくれる代物だ。もちろん、防げるのは軽い攻撃くらいではあるが、持っていないよりは生存確率が格段に高くなるものなのだ。
「はぁ……」
泰明が大きく溜め息を吐いた。そして観念したように、わかった、と言った。
泰明にしてみれば、沙良に一人で勝手をされる方が危険なのである。泰明が断ったなら、沙良は一人でも動くだろうと予想したのだ。それならば一緒にいて行動を把握しておこう、という考えだった。
「自ら死にたいって言ってるんだから、この娘に情けなんて必要ないわよ主。いっそのこと、この小娘を放置してわざと妖魔に襲わせればいいのよ。こやつの血を啜るのに夢中になってるところを祓えば、ものすごく楽ができるでしょ」
「え、縁起でもないこと言わないでよ……」
「我は本気よ? その方が主も傷付かずにすむんだから。お前如きの命で、安心と楽が買えたら安いものだわ」
「うぅ……っ」
麗月が唇を吊り上げている。その表情と物言いは冗談を述べているとは思えないもので、沙良は言葉を詰まらせた。
「やっぱり……麗月ちゃんのこと、信じられないかも……」
ずーんと頭痛がしてきたような気がして、沙良は頭を抱えながらぶつぶつと呟いた。
どうも、Mt.バードです。
車のタイヤを運んだら、全身がバキバキになりました。
痛い……。




