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「バラバラ殺人のことで獅童さんが知ってること、全部話してもらえないかな」

「……うん。死体は見せてもらえなかったけど、お姉ちゃんからしっかり話は聞いてるから、それでよければ」

 早く質問したいという衝動を洗い流すように、沙良は抹茶を口にした。

「一つ目の事件は、上半身と下半身がくっついてなかったらしいの。しかもその傷口がぐちゃぐちゃでね。よっぽど恨みがあったのかってくらい何度も何度もそこを刺したみたいになってて、最後には力ずくで引きちぎった感じだったって」

 ここで沙良は一旦言葉を切り、もう一度お茶を煽る。瞳が揺れていた。

「あとはその……お腹の、中身が……」

「内臓だね?」

「う、うん……。それも外に引きずり出されてて……辺りに撒き散らされてた。これは私も見ちゃったんだ……」

 沙良は首を振り、残っていた甘味を口に頬張る。今度は甘さで気分を誤魔化した。

「二つ目は、今度は手足が切り取られてたの。で、おかしなことにその手足があちこちに投げ捨てられてた。もしかすると犯人が意図的か偶然かでそこに置いただけかもしれないんだけどね。でも打ち身の痕があるから投げ捨てられたんだって推測になったみたい。身体から100mも離れたところで腕が発見されたりしてね。で、これもやっぱりお腹の辺りがぐちゃぐちゃにされてたの」

「どっちも腹を解体したのか」

 泰明が笑みを消して腕を組んでいた。

「それで、その二つの事件で血の量の話とかは出た?」

「血の量? ううん、聞いてないわ。もし聞いてたら川越さんが依頼してるときに思い出してるはずだし」

 言ってから沙良ははっとする。同一犯なら血を飲んでいるはずなので、現場の血痕が極端に少ないということも考えられるのだ。しかしバラバラ殺人では二つとも、そんなことが話題に上ることはなかった。ということは、バラバラ殺人との関連はないのだろうか。

 沙良が考えている横で、泰明は、やっぱりかと呟きつつ頷いた。

「どういうこと? やっぱり同一犯だって言うの?」

 泰明は顔を上げて沙良を見た。

「二つのバラバラ事件のことを聞いて、やっぱり予想通りだったってことだよ」

「予想? どんな?」

「一つ目の事件だけど、何度も刺すくらいだから相当恨みがあったのかもって話だったね。でももし恨みが原因なんだとしたら、動機の部分から辿れば犯人に行き着きそうな気がする。けど未だにめども立ってない。じゃあ猟奇殺人かなって思うんだけど、そもそも人間をその場でバラすのなんて、そこそこ大きな武器がいるはずだろ?」

 沙良は頷きながら、麗月がいつも使っている刀を頭に思い浮かべてしまった。あれも今の時代ならポケットに忍ばせることもできない大きな武器の類に入ってしまう。

「そんなものを犯人が持ち歩いてるなら、目撃証言くらい出てきてもいいように思う」

 だが、一夏や川越が駆けずり回っても有力な情報を得られていないのが現状である。

「殺害についても、人体を捌くのって大仕事で時間がかかるんだ。生の人肉はなかなか切れないし、切れたとしても、今度は硬い骨もあるからね。よっぽど人体の解剖に詳しくて人を何度も解体した経験の持ち主なら話は別だろうけど、普通の人ならそれこそ大きな斧を思い切り振り下ろすとかしないと、バラバラにするのは難しい」

「……考えてみればそっか。いくら夜でひと気がなくても、何時間も現場にいて大きな音がするかもなバラバラ殺人なんか、誰からも見られずっていうのは無理があるもんね」

 沙良は頷きながら答える。けれど、どうしても麗月の刀が放つ鈍い光が、頭の中を過ぎってしまう。彼女のあの蟒蛇の牙でさえ断ち切った強靭な刀と人知を超えた技量があれば、人を解体することも可能ではないのか、と。

 そしてまた、刃の鈍色の光と、麗月の赤い目の輝きが沙良の脳裏で重なる。

「でもその犯人が、妖魔だったら……」

 沙良は思考の中から拾い上げた事柄を思わず口に出してしまった。

「そう。獅童さん冴えてるね」

 褒められた沙良だが、やはり素直に喜ぶことはできなかった。

「人体の解体が短時間で行えて、しかも並外れて素早く動けるのなら話は別ってこと。つまりバラバラ殺人を犯したのは人じゃなくて、妖魔って考えた方がつじつまが合うんだ。妖魔の中には擬態が得意な種類もいるしね。殺してから人に化けて逃げたらまず気付かれることはないと思う」

「擬態……」

 沙良は口の中で呟き、麗月をちらりと見た。

 年齢不相応な艶めかしさはあるものの、麗月はどこからどう見ても人間だ。けれど泰明の言葉のように、擬態だとすれば……

 麗月の目がギラリと赤く光ることも、そちらが彼女の本性なのだとするなら……

 麗月は……妖魔なのか。

 妖魔であるなら、一連の犯行もすべて可能になってくる。

 妖魔であるなら、腹を満たすために人の血を求めて人を殺めることもあるだろう。

 けれどでも、麗月が妖魔で人を殺すようなことをしているのなら、泰明はやはりそれを隠しているわけで……

 また沙良の頭の中で嫌な思考がぐるぐると渦を巻く。

 麗月は人ではなく妖魔か。妖魔だから人を襲って血を啜っている——

「あ!?」

 そこまで考えたところで、沙良はあることに気が付いて声を上げた。

 血、だ。

「ちょっと待って! 犯人が妖魔なんだとしたら、目的は人の血とか肉なわけでしょ? でも、バラバラ事件の方に血の量とか、肉が食われてたとかの話は出てきてないよ?」

「血の吸い方を知らない素人なら、その話が出てこないのも不思議じゃないよ」

「素人!?」

 沙良は目を丸くする。

 妖魔という存在は、人の血肉を糧とする化け物だと聞いた。それが血の吸い方を知らない、食べ方を知らない者などいるのだろうか。

 動物なら産まれてすぐに母乳を飲み始める種もいる。まだ目も開いていない赤ん坊でも生きるのに必要な栄養のとり方を本能的に知っているのだ。妖魔が伊佐美姫より生み出されるとは言われているものの、それがどういう方法なのかは不明である。が、摂食行動なら動物と同様本能のようなものに組み込まれているのでは、と沙良は考えていた。現に沙良が目にした妖魔は、自分から狩りを行う肉食獣だ。今回の事件も同じだと思っている。なのに、獲物を捕まえたはいいが、その食べ方がわからないなどという馬鹿げた話があるのだろうか。

「場合によっては、血肉のとり方を知らない妖魔もいるんだ」

 表情から沙良の疑問を読んだ泰明が目を細めながら答えた。

「お腹が空いて血を飲みたいから人を襲った。でも腹を裂いても手足を切り取っても思い通りに飲めない。だからイライラして訳もなく身体を引きちぎったり、内臓をまき散らしたり、手足を投げ捨てたりしたんだと思う。心臓を抜き取ったのも、血が集まりそうな臓器だからだね。おそらく取り出した心臓を搾るみたいに潰して血を飲んだんだ。昨日の首を深く切られていたのも、大きな血管が通ってるから血を効率よく飲めるかもって、思ったのかもしれない」

 そうやって何人も殺して血を飲むのに試行錯誤を重ねていたんだ、と泰明は続けた。

 まるで人間のようなものの考え方と行動パターンだと沙良は思った。

「それってつまり、血を飲む練習をしてたってこと?」

 泰明が頷いた。

「そういう妖魔の案件なら、祓魔局がもう動いてるのも納得がいくよ」

「また祓魔局? 私には納得いかないんだけど。わかるように説明してよ」

「祓魔局が目の仇にしてる事件内容があるんだ。断罪するんだって、強く主張する事柄がね。そのうちの一つ、〝禁忌〟をおかしてるからだよ」

「禁忌って、やっちゃいけないこととかそういうのでしょ? 今回の妖魔がそれをやってるってこと?」

 そうだと泰明が肯定した。

「ふん。禁忌なんて、大げさな言い方をしてっ。そんなの、祓魔局の奴らが勝手に決めたことじゃないっ」

 これまで黙っていた麗月が、禁忌、という言葉が出た途端、気に入らないとばかりに鼻を鳴らした。

「それでその、禁忌の内容ってどういうものなの?」

「小娘、貴様は本当に懲りないわね!?」

 切れ長の目で麗月が沙良を睨む。そこには静かな怒気が込められていた。

「お前が首を突っ込むとこっちが迷惑するって、まだわからないの!?」

「で、でも、今回はそっちが聞いてきたんじゃないっ」

 沙良は食い下がる。けれど麗月の視線はより厳しさを増した。それは冷ややかで、寒気がするような目だった。

「お前のせいで主が無茶をして傷付くのよっ。いい加減にしなさい戯け!」

 前回のヨロヅセナノのときは自分が依頼したことで泰明が無理をし、かなりの大怪我を負ったのは事実だ。故に沙良は何も言えなくなってしまった。

「もういいよ麗月、ありがとう」

 主人からの優しい言葉に、今度は麗月が言葉に詰まって赤くなっていた。

「獅童さんの言うとおり、今回はこっちから事件のことを聞いたからね、ごめんね」

「あ、いや……私のせいで東光寺君が危ない目に遭ってるのは、事実だし……」

「獅童さんは雇い主なんだから、そこは気にしないでよ」

「気にするわよ! 前のときだって大怪我させちゃったし……」

「あの分の依頼料はちゃんともらってるし、契約上獅童さんに落ち度はないよ。あれは仕事中に俺が勝手に怪我しただけだからね。俺の責任だ」

 泰明がニコニコ顔で沙良に語った。

 泰明が言ったことは、ビジネス的に言うなら確かにごく普通のことである。けれどそれ以上に、沙良を安心させようとする彼の優しさがその笑顔に含まれているような気がして、沙良はなぜだかドキッと鼓動が跳ね上がるのを感じた。

「まーたそやつを甘やかして! どうして、邪魔するなって言えないのよまったくっ」

 麗月が頬を膨らませてぷいっと顔を背けた。それは同性の沙良が見ていても自然と顔がほころんでしまうような可愛い仕草だった。

 人に思いやりを向けたり、愛らしくヤキモチを妬いたり、泰明も麗月も普通の人とまるで変わらない。とても犯罪に手を染めている人達には見えない。

 沙良はなんだか毒気を抜かれたようだった。彼らを疑っている自分の方が悪いことをしているみたいな気分になってしまう。二人に対してストレートに、最近の殺人事件の犯人は麗月なのか、と聞きづらくなってしまった。

 けれどやはり、気にはなる。泰明と麗月への疑いを晴らす意味でも、なおさら確かめておきたいと沙良は思った。

どうも、Mt.バードです。

コーヒーも好きです。

酸味がある方が好みです。

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