3話 禁忌
「ごめんくださーい」
「はーい」
「あ、あれ?」
刀剣販売店〝鬼退治〟。
東光寺泰明の家を訪ねた沙良は、応えた声に驚いた。それは麗月以外の女性の声だったからだ。
「はい、いらっしゃいませ」
奥から顔を出したのは、やはり麗月以外の女性だった。その女性はニコニコとした顔で応対してくれる。最近よく顔を合わせる男子とまったく同じ笑み。その男子に会うためにここに何度か来ている沙良だが、似たような笑顔の女性に会うのは初めてだった。
「あの……東光寺君のお姉さんですか?」
独特のニコニコ顔を見て、沙良は直感的にそう思った。
「あらやだ、お姉さんだなんて。お世辞でも嬉しいわ」
沙良はお世辞を言ったつもりはない。目の前の女性は、泰明と少し年の離れた姉弟と思うくらい若かった。露出した肌は白くてとても綺麗。それに張りと艶もある。
そして笑顔が素敵だ。その笑みのせいか少し垂れ目の、ほわんと柔らかで優しげな印象を受ける、可愛いと表現するのが合っている美人。なのに、麗月のような妖艶なものとは違う、大人の色香を漂わせていた。
そんな素晴らしい容姿を持っているのに、それらが霞んでしまうほどの女性としての魅力が彼女にはあった。
胸が、とても豊満だった。
服の上からでもありありとわかるほどの大きさ。沙良は自分のものにそれなりの自信を持っていたが、それが恥ずかしいと思えるほどだった。
女性が沙良の顔を覗き込む。
それだけで彼女の豊かな乳が、ゆさっと重そうに揺れた。
「それでお嬢さん、泰明にご用かしら? お友達?」
「あ、はい。初めまして。同じ学校の同学年の、獅童沙良といいます」
「あなたが獅童さんね、初めまして。泰明の母親で、東光寺千鶴です」
泰明の母親である千鶴はゆっくりと頭を下げた。その所作はとても凜としていた。礼儀作法をしっかり習った良家の才女、名旅館の若女将といった風情だ。
奥ゆかしささえ感じるその仕草に、沙良はしばし見とれてしまう。けれどすぐにはっとして礼を返した。
「うちのお店にあなたみたいな可愛らしくて若いお客さんは初めてだから、びっくりしちゃったわ」
千鶴はニコニコとしながら肩をすくめた。
「泰明のお友達となるとなおさらね。あの子、自分からは友達を作ろうとしないから」
「えッ!?」
沙良はギクリとした。まるで自分のことを言われているみたいだった。
沙良の周りにはよく人が集まる。その端麗な容姿や行動力に惹かれ、特に学校では憧れの的となっている。が、その中に友達と呼べる人は一人もいない。
相手が仲良くしようと距離を詰めてきても、沙良の方から拒絶していた。露骨に、ではなく、相手が傷付かないよう軽くかわすように。しかもそれは、沙良自身も意識をしないうちに行われていた。
最近はそれを自覚するようになったものの、なぜ無意識にそんなことをしてしまうのか、沙良にはわからなかった。
そういう意味で言えば、泰明には積極的に深く関わろうとしているおかしな自分がいることに気が付く。
妖魔が絡む事件において、彼は華麗なまでに解決している。そこは確かに魅力だが、見かけはぱっとしないし性格もいいとは言いづらい……はず。可愛いとか、好きだ、と面と向かって言われたこともあるが、泰明のその言葉に沙良への恋愛的な意味は含まれていなかった……はず。
だから結局は沙良の趣味であるBLで、非常に優秀な人材、であること以外は、泰明に特別な感情を抱くことはないのである。
ないのである。
沙良は心の中で強く念押ししていた。
では、友達がいない者同士気が合う、ということなのだろうか。
沙良は首を捻った。
「ごめんなさいね、立ち話なんかしちゃって。せっかくあの子を尋ねてくれたんだもの、あがっていってちょうだい」
「千鶴、そのおなごをあげちゃだめよ」
沙良がお礼を言って店の奥へ進もうとすると、麗月が現れた。いつも通り年齢不相応に妖しく艶めかしい色気をまとっている。
「そやつは客人じゃなくて、主につきまとうストーカーよ」
「まあそうなの? こんな可愛らしいお嬢さんを夢中にさせちゃうなんてねぇ」
「む、夢中じゃありませんよ!」
「そ、そうよ千鶴っ、主がこんな小娘に夢中になるものですか!」
「あら、ストーカーって言うくらいだから、てっきり麗月さんと同じであの子にぞっこんなのかと思ったわ」
「我が主にぞぞぞっこんなんてっ、何言ってるのよ千鶴っ! わ、我は確かに、あぁ主のそばにいるけど——」
「うふふ。我が息子ながら女泣かせねぇ」
顔を真っ赤にした麗月の言い訳じみた台詞を笑顔で受け流し、千鶴は本来ならばいい意味で使われない言葉を嬉しそうに呟いた。
「違うってば千鶴! むしろ泣かされてるのは主の方なんだから!」
「泣かせてないわよ! 東光寺君に泣かされたのは私なんだったら!」
殺されて妖魔になってしまった女生徒の記憶を覗き見た沙良が泣いているとき、泰明に冷たくされて余計に涙が止まらなくなったことがあるのだ。
「あらやだ、やっぱり泣かせてたのね。ごめんね獅童さん」
「あ、いや、そうじゃなくてっ」
「そういうところって遺伝するのかしら。長久さんに似てきたわねぇ」
泰明の父親だろうか。初めて聞く名が出てきたものの、大いに勘違いをしている千鶴の誤解を解くのが先だと、沙良は慌てて説明しようとした。
「本当にごめんなさいね獅童さん。お詫びといってはなんだけど、これから夕食なの。一緒にいかが?」
沙良は、はっとした。泰明に話したいことがあり、時間も気にせずに訪ねてしまったことを反省する。
「すみません、時間もわきまえずに来たりして。出直します」
「いえいえいいのよ。せっかく来てもらったんだもの。お客さんを追い返すのは商売上もよくないことだしね。あっ、でも、ご家族が心配なさるかしら?」
「家族は、今日は誰もいません」
姉の一夏は事件で忙しいらしく、帰ってこられないとメールがあった。さらに、遅くなってでも必ず帰ってくる父親までも、珍しく帰れないという連絡を受けていた。
「お家でもお一人なのね。じゃあなおさら食べていってちょうだい。たいしたものではないけれど、みんなで食べるとおいしいのよ」
「は、はあ……」
千鶴の押しの強さに、沙良はたじたじだった。
「泰明に用事があるんでしょう? それとも、私がいてはだめな相談事かしら?」
千鶴がふふっと笑う。
「いっ、いえいえそんなことはありませんっ」
沙良はなぜか顔を真っ赤にして大慌てで否定した。
「じゃあ決まりね。さぁさぁ、あがって」
「ちょっと千鶴、本気なの!?」
「本気ですよ。その方が主様も喜ぶんじゃないかしら、麗月さん」
麗月の言葉さえ笑顔でひらひらとかわして、千鶴は奥へと消えた。
沙良は呆気にとられながらも、なんだか心があったかくなるのを感じていた。
どうも、Mt.バードです。
3話がスタートです。
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