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032

「東光寺君ッ!?」

「主ッ!?」

「手応えがいまいちだったから警戒してたんだけど……っ、避けきれなかったか。俺も、まだまだだな」

 泰明の、首に近い肩の部分を、針金のような髪の毛の束が貫いていた。そこからまただらだらと血が流れ、今では雨に濡れた床が真っ赤になるほどだ。

「なんで助けるのなんで避けるの!? いちいちムカつくわねあなた!」

 沙良を庇ってくれた泰明の目の前には、女生徒の妖魔の姿があった。先ほど沙良の目の前で弾けた火花は、ヨロヅセナノからの攻撃を泰明が魔斬りで防いでくれたときのものだったのだ。

「この妖魔……不死身なの……?」

「私は死なない! あの子を殺すまで死ねない! 絶対に追い詰めて、狂うまで恐怖を与えて、血を吸い尽くしてミイラにしてバラバラにして捨ててやるんだから! それを邪魔するあなた達も同罪よ! 許さないっ、許さないッ! 殺す殺す殺すぅッ!」

 完全に人間の心を失ってしまったように、女生徒は赤い目をぎらぎらと輝かせて吠えた。同時に泰明の肩から吸血していた鋼線を抜き放つ。

「ぐ……ッ!?」

 泰明が苦悶の表情を浮かべて床に手をついた。

「ちょっと主っ、気をしっかり持ちなさいよッ!」

「……心配ない」

 床についた泰明の手元が瞬間的に青白く光る。消えたあとには先ほどと変わらず、泰明から流れ出た血が溜まっていた。

 泰明が顔を上げてちらりと麗月を見る。

 麗月は軽く頷いてヨロヅセナノに向き直った。

「せめて苦しまないようにって、配慮してあげてたのに……っ。今から貴様への同情心は捨てることにしたわ。じわじわとなぶり殺しにしてあげる! 我を本気にさせたことを、後悔しながら死になさいッ!」

 麗月が腰を落として斬月の切っ先を後ろに向けた構えを取った。

 だがそのとき、泰明がゆらりと立ち上がる。敵に向かって飛び出す。

「待って主! その身体じゃ無理よ!」

「あああああッ!!」

 麗月の制止など聞きもせずに、泰明は絶叫を放ちながらヨロヅセナノに突っ込んでいく。その顔は冷静に戦っていたさっきまでとは打って変わり、何かに取り憑かれでもしたような切迫した表情だった。

「まさか痛みのせいで!?」

 妖魔の武器を何度も叩き込まれ大量に失血したことで、正常さを欠いているのかもしれない。沙良は息苦しいほどの不安を感じていた。

「そんなの当たらないわよっ」

 泰明が無我夢中といった形相で振り下ろした刃は簡単に避けられた。加えて、泰明の攻撃は大振りで打ち終わりに大きな隙ができるためにカウンターをもらう。また血が溢れ、ヨロヅセナノに吸血される。

「このまま血を吸い尽くして殺してあげる! あなたも私と同じ苦しみを味わえばいいのよっ!」

 妖魔は泰明に突き刺した刀髪からまた血を吸い上げ透明の体内に取り込む。しかし髪を斬られることを嫌ってかすぐに鋼線を引っ込めた。

「がッ!?」

 泰明の身体がぐらつく。

 それを見ていた沙良の心は大いにざわついた。このままでは泰明が危ない、殺されてしまう。

「だめぇっ! ちゃんと報酬払うからっ、負けないで! なんでも言うこと聞いてあげるから!」

 沙良は腹の底から上ってきた焦燥を口から吐き出した。少し涙声になっていたけれど無我夢中で叫んでいた。

 その思いが伝わったのかどうか、泰明が口元を歪めたように見えた。

「何度も言わせないでよ、たわけ! 主の血潮は我だけのものなんだからッ!」

 激怒している麗月がヨロヅセナノとの間合いを詰める。神速で踏み込み、腰に構えていた斬月を思い切り振り抜く。返す刀で袈裟懸けに振り下ろす。さらにもう一歩踏み込んで突きを放つ。相手の息をつかせぬ連撃を一呼吸のうちに繰り出していた。

「また腕ぇえッ!? 身体に穴ッ、うああああッ!?」

 一度斬月によって斬られた腕を再び落とされたヨロヅセナノが、喚きながら慌てて後ろへ下がる。

 爆発せんばかりの怒気を放っていた麗月が妖魔に追い打ちをかけるかと思いきや、彼女はなぜかそこで足を止めて構えをといていた。

「いくら斬られてもっ、私は死なない! 血を吸って力も増してる! 水があるんだからっ、腕なんてすぐに生えてくるのよ!」

 ヨロヅセナノは足から雨水を吸収する。透き通った肉体が波立ち、身体に開いた穴や失った腕が再構成……

「……できない? どっ、どうなってるのッ!?」

「捕まえたっ。龍血印りゅうけついん!!」

 泰明の力ある言葉とともに、妖魔の直下に五芒星の陣が浮かび上がる。それは青白い破魔の光で女生徒を釘付けにしていた。

「うっ、動けないッ!? どうしてっ、なんでよッ!?」

「貴様の足下をよく見さない」

 ヨロヅセナノの足下——そこは真っ赤に染まっていた。

「これっ……血!? あなたの血なの!?」

 女生徒の妖魔が立っている場所は、さっきまで泰明が立っていた場所。血液が流れ落ち、血溜まりとなっていた場所だった。

「血潮というものは、人の生命そのものよ。そして霊力っていうのはね、すなわち生命力のこと。つまり貴様は今、主の霊力で清められた場に立ってるの。それにその血潮には、主の印が込められてる。もう貴様は、そこから逃れることはできないわ」

 泰明が我を忘れたように妖魔に飛びかかったのは芝居であり、その次の麗月の攻撃もまた、ヨロヅセナノを今の場所に立たせるための罠であり、二人とも初めからこれを狙っていたのだと、沙良も気が付いた。

「……そんな、そんなァッ!? 放してっ、放してよぉッ!!」

 妖魔が動揺を隠せず藻掻いている。けれど敷かれた五芒星の陣からは指先1本、髪の毛でさえ抜け出すことは許されなかった。霊力の塊である血で結ばれた印は龍紋五印とは比べものにならないほど強力だった。

「そこまでだ、ヨロヅセナノ」

 泰明が妖魔に近付く。徐に腕を上げ、血だらけの手で女生徒の頭に触れた。

「かっ、髪に触らない……でっ……?」

 ヨロヅセナノの気勢が削がれ、言葉尻からも勢いがなくなった。彼女は泰明に優しく髪を撫でられていた。

「もう、終わりにしよう」

「……いっ、いやよそんなのっ。私は死なない……あの子を殺すまで死ねないの!」

「いいえ、貴様はもう助からない。主の印が込められた血潮をそれだけ吸って体内に蓄えてるんだから、ならなおさらよ。跡形も残らないわ。髪の1本さえもね」

 髪、と言われてヨロヅセナノが赤い目を大きく見開いた。

「まさか、私のこと……っ、きっ、きき気付いてたっ、の……?」

「当然でしょ。髪を斬られて、あれだけ痛がってたんだから」

「君は、髪さえ残ってれば死なないんだね」

「ひッ!?」

 ついに不死身の肉体の秘密を言い当てられ、ヨロヅセナノは短く悲鳴を漏らした。髪さえ残っていれば死なない、ということは、髪を残さなければ死ぬ、ということである。つまり武器であるヨロヅセナノの髪は、彼女の唯一の弱点でもあるということなのだ。

「本来のヨロヅセナノにそんな特性はないんだ。でも君は、特別らしい」

 だから気が付くまでに時間がかかった、と泰明が言った。

 それを聞いていた沙良はふと思い出した。泰明の技でこの妖魔の身体が弾けたときも、確かに毛髪だけは残っていた。床に溜まった水にぷかぷかと浮かんでいたのを沙良も目撃していた。

「いっ、いやっ、いやよ! 助けてっ、お願い!」

 小さな子供のように首を振って女生徒が懇願する。沙良にはその様子が、プールで溺れて必死に助けを求めている女生徒の記憶と重なって見えた。

「助けてあげることは……できない」

 泰明が触れていた女生徒の髪をつかむ。

「私まだ死にたくない! 復讐しないまま死ねないよ!」

「と、東光寺君っ、その子は——」

「黙りなさい小娘っ。余計な口を挟まないで」

 なんとか助ける方法はないのか、泰明なら何か知っているのではないか。沙良はそう言いたかった。人だったときはおもしろおかしく殺されて、妖魔に堕ちてもまた殺されるのは不憫で仕方がないと思ってしまったのだ。でもここで彼女を許して助けてしまうことも、とても都合のいいことだと沙良自身もわかっていた。だから麗月にたしなめられると、言葉が出なかった。

「妖魔に堕ちれば、元には戻れないって言ったでしょ。もし助けてあげる方法があるとすれば、まだ人の心が残ってる今のうちに、殺してあげることだけよ」

「人の、心……?」

「あの娘を突き動かしてるのは復讐心よ。それはあやつがまだ、人の心に縛られてる証拠なのよ。でもね、復讐心が満たされたあとは——」

「完全な、妖魔になる……?」

「今は加害者の娘達に固執してるけど、それから解放されれば、間違いなく他の妖魔と同じ、人と見れば誰でも襲って、ミイラになるまで血を啜る、ただの化け物になるわ」

 その化け物になる前に、人の心が少しでも残っているうちに、命を絶ってやるのがせめてもの情けなのである。

 泰明が、ふっと力を込めるように息を吐く。瞬間、泰明の手から稲妻が発生した。青白い光は女生徒の頭髪全体に広がる。髪は大電流と超高温に曝されすぐに燃え、溶け落ちていく。水でできた透明な肉体もゆらゆらと揺らぎ、ついには形をとどめておくことができなくなってきていた。

「ああ……っ、私、また……死ぬんだ……? 二回も……死ぬなんて……どうして……こんなこと、に……なっちゃった、のかな……」

「もう何も考えなくていい。疲れただろ? ゆっくりと眠るといいよ」

 泰明が優しげに声をかけて髪を撫でた。

 女生徒の髪が燃え尽きる。同じくして、泰明の手の下にあった泣き顔も水に溶けてなくなった。

 泰明が、空中で何かをつかむように手を握り込む。それは、もうなくなってしまった女生徒の髪をつかむような仕草だった。泰明はいつもの笑顔に戻らず、少しの間だけ俯いたまま雨に打たれていた。

「ふぅ、やっと終わった。それにしても主、なんて体たらくなのよっ。だから雨の日はやめときなさいって言ったのに」

 麗月は本気で怒っていた。怒りながらも主人を案じ、彼の傷付いた身体を気遣うように寄り添う。

「悪い。麗月にも苦労かけたね」

「わ、我はっ、いいのよ……馬鹿者」

 麗月が真っ赤になった顔をぷいっと横に向ける。けれどすぐに向き直って泰明の傷を確かめ始めた。

「……まだ、血が、止まってないの?」

 血液が噴き出ている傷口を目の前にどことなく艶やかな溜め息を漏らした麗月は、あろうことか、泰明の腕の傷をべろりと舐め上げた。

「ええッ!?」

 その様子を見ていた沙良は思わず声を上げてしまった。麗月は何をしているのだろうと、ひょっとして自分は今見てはいけないものを見ているのではないかとドキドキしてしまう。

「ん? 何よ小娘? お前にはあげないわよっ」

「いぃっ、いらないわよ! ていうかっ、傷を舐めて消毒って今時おかしいでしょ!? 病院に行って縫ってもらわないと!」

 沙良が騒いでも麗月は一向にやめようとはしない。それどころか肩などの他の傷口にまで舌を伸ばして舐めていた。主人を労るように、愛おしむように、そしてどこか妖艶に。

 沙良はついに見ていられなくなって顔を押さえ、後ろを向いた。二人がキスし合っているのを見せられているようで、とても恥ずかしかった。キスだけでなく、そのあとに進んだことも妄想して、余計に顔から火が出そうだった。

どうも、Mt.バードです。

ピタパンが、ドラ○もんのポケットに見えます。

色々なものを詰めて食べるの、おいしいですよね。

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