031
先ほど電撃でダメージを与えたはずなのに、ヨロヅセナノは甲高い声で吠え立て、爛々とさせた赤い目玉で泰明を睨み付けている。そこに消耗している様子はまったくない。
空からは次々と雨が降り注いでいる。屋上もプール同様排水口が詰まっているらしく、床の上には浅い池であるかのように雨水が溜まっている。が、ヨロヅセナノの周りの水だけが、海の潮流のように動いていた。今も、周囲の水がヨロヅセナノに向け、まるで彼女が排水口であるかのように水が流れ込んでいることに、沙良は気付いた。
「水を、吸収してる、の……?」
妖魔の透明で不確かな肉体には、吸い上げる雨水で細波が立っていた。ヨロヅセナノは床の水を吸引し、電撃によって負ったダメージどころか失った腕の再生までも果たしてしまった。
「許さないっ、許さない! あのときの怖さを……溺れたときの苦しさを思い出させるあなた達を許さないッ!」
「黙りなさい! 許さないのはこっちの方よ! 我が主の血潮は、我だけのものなのに! 貴様如き妖魔の端くれが冒していいものじゃないのよ痴れ者め! 恥を知りなさいッ!」
怒りで髪を逆立てんばかりに、麗月が雨粒を蹴散らしながら突進する。
けれど麗月の刃が届くより早く、ヨロヅセナノはもう一度頭を振るって鋼線をあらゆる方向に飛ばした。
「またなの!? 主ッ!?」
無数に飛んでくる妖魔の武器を斬月で跳ね返しながら、麗月が主人に気を配る。
「攻撃に集中しろ!」
傷付いた身体ながらも、泰明は後ろの沙良を守るべくその場を動かずに、飛来する鋼線を辛うじて受けきっている。しかし動けば動くほど傷口が開き、血が流れ出て足下にどす黒い色が広がっていった。
「主の貴重な血潮を奪うなんて……覚悟しなさい! 貴様なんか欠片も残さず斬り刻んでやるわッ!」
麗月が歯をギリッと鳴らして斬りかかる。繰り返し放たれる鋼線をかいくぐり、或いは払い落としてヨロヅセナノとの間合いを詰める。
「あなたは来ないで!」
「行かせないわよ!」
麗月は、悲鳴のように叫んで後退しようとするヨロヅセナノの背に超速で回り込み、退路を断って刃を振り下ろす。
妖魔はそれを泣きそうな声を上げて鋼の髪で受け止め、今度は横へ逃れようとした。
「甘いのよ!」
麗月がすかさずヨロヅセナノの逃げる方へと回り、さらに攻撃を加える。
「きいぃぃぃッ!?」
麗月の間合いから脱することも攻勢に出ることもできなくなった妖魔が甲高く吠えた。
「今だ麗月!!」
泰明の鋭い声。同時に麗月は妖魔から大きく距離を置いた。
麗月が避けた背中から青白く光る刀身が飛ぶ。
それは狙い違わずにヨロヅセナノの胴体に突き刺さった。
「ぎゃうッ!? 何……これ? 何これ何これ何これぇえッ!?」
狂ったように同じ言葉を連呼する女生徒に刺さっていたのは、泰明が投擲した魔斬りだった。
「外からはダメージが少ないみたいだけど、中からの電撃ならどうかなッ! 雷神蛇光ッ!!」
バチッと音を立てて泰明の手が青く輝く。その途端、稲妻がうねりながら空を走る。それは獲物に飛びかかる蛇のように高速移動し、魔斬りが刺さったままのヨロヅセナノに真っ直ぐに襲いかかった。
「ぎゃあああああッ!?」
雷が直撃する。それは魔斬りを通してヨロヅセナノの透明な体内へと入り、内側から大電流を浴びせていた。超絶な熱量に曝された霊体から蒸気が立ち上る。身体から水分が蒸発し、女生徒の妖魔はその姿を保てなくなって弾け飛ぶ。水の粒となった妖魔は雨水に溶けてなくなってしまった。髪の毛だけが、その場にぷかぷかと浮いていた。
「倒した……の?」
前回同様何がなんだかわからないうちに戦闘が終わり、沙良は呆然としていた。けれどそんな中でも、一つ気になることがあった。
「今の、何? どうして、電撃が空中を泳いだの?」
雷神蛇光が水を伝うことは見て知っていた沙良だが、つい先ほど目撃したものは、同じ技なのに雷は空中を飛んでいた。そして狙いも正確に妖魔に命中したのだ。魔斬りを避雷針代わりにしたのかとも思ったものの、稲妻は必ずしも避雷針に向かうとは限らないと沙良は聞いたことがあった。
「お前にはあれが見えないの?」
麗月が言うと、泰明が何かをたぐった。すると、床に落ちていた魔斬りが飛んで泰明の手元に戻ってくる。
ここでようやく沙良にも、魔斬りの後端に巻き付けられているものが見えた。
「それってもしかして……鋼線!?」
そうだよと泰明が頷いた。
魔斬りに敵の武器である刀髪・鋼線が巻かれていた。泰明と魔斬りは有線でつながっており、雷神蛇光はこの鋼線を伝ってヨロヅセナノに直撃したのである。この鋼線は、泰明が肩を穿たれた際に斬り落としたものだった。
「すごい……っ」
すごいなんてものではない。相手の動きを読み、かつ周りの状況を利用した最初の攻撃にも驚いたが、今回のことにも度肝を抜かれていた。使えるものはたとえ敵の武器であろうと使う。蟒蛇の牙を使用したときもそうだったように、命懸けの戦闘という普通の人ならば震え上がって何もできなくなるくらいの緊張の中で、機転を利かせ、適切な判断を下し、咄嗟に行動し、成果を上げる。まるで数々の戦場を渡り歩いてきた経験豊富な兵士のようだ。泰明がこれまで、沙良の想像も及ばないくらいの修羅場を潜り抜けてきたのだということを、沙良は思い知るのだった。
「主、今回は特に肝を冷やしたわ……。ま、まったく……っ、傷を見せてみなさいっ」
照れ隠しに呆れてみせるも、麗月が傷付いた泰明を心配そうに覗き込む。
そのとき、ガキンッ! という轟音とともに沙良の目の前で刃が交錯し、火花が散った。そして次には、ざくりという鈍い音と、泰明の呻き声が上がった。
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