003
沙良が目覚めたのは布団の上だった。
客間らしき部屋の畳の上に敷かれた布団にタオルケットを掛けられた状態で、エアコンまで効いていて快適だ。
けれどここは明らかに自分の家ではない。他人の家だ。
「いててぇ……」
起き上がろうとすると身体に鈍い痛みがあった。それで思い出す。自分はあの古い屋敷の近くで倒れたのだと。
人の家で寝ていたということは、気絶している間にここの家の人に連れてこられたのだ。
沙良は身体の器官のすべてを研ぎ澄ませて警戒のスイッチを入れる。さっと辺りを見回す。人の気配は、ない。
自分の身体も大急ぎで確認した。制服も乱れていない。打ち身以外に怪我もない。変なことをされた形跡も、ない。
沙良が心配しているのは、なぜ自分がここに運び込まれているか、ということだった。
普通は、人が倒れていて意識がなければ警察か救急車を呼ぶはずである。自分の家に連れてきて寝かせるようなことはしないだろう。それとも病院から帰ってきたあとなのだろうか。いやいやそれなら生徒手帳を持っているので親にでも連絡がいくはずだ。だから単純に助けてもらったとは、どうしても思えない。気絶しているのがたまたま女の子だったから、怪しい下心が芽生えて連れ込んだに違いない。
姉につきまとって色々な事件を覗き見てきた経験から、沙良の警戒心が最高にまで引き上げられる。
おそらくこのままここにいれば貞操の危機に曝されるに違いない。布団に引き倒され、泣いても喚いても許されずに肉体をいやらしく貪られる。挙げ句に写真を撮られて脅され、逃げられなくなり、身も心もボロボロにされてしまう可能性だってある。沙良がよく読む雑誌や薄い本でもそういった展開は日常茶飯事なのだから……。
沙良はとにかくここから逃げ出そうと素早く起き上がる。
部屋の奥とおぼしき方の反対側にはのれんの裏側が見えていて、その向こうには明かりも見える。出口はおそらくそちらだろう。
沙良は足音を立てずにのれんの方へ向かった。誰かいて、襲われたときに対処できるように身構えながら。
何かあったときのために自分の身くらいは守れるようにと、姉の一夏から武術を叩き込まれている。護身術だと一夏は言い張るが、沙良から言わせれば、相手を打ち負かすための技術だった。逃げることを想定しているのが護身術なのに、一夏から教わっている技はどれも、力のない女子でも一撃で戦闘不能に追い込むものばかりだからだ。
使えば危険極まりないので、沙良は誰もいないことを祈りながらのれんを潜る。
「……何、ここ?」
目の前に広がった光景に、沙良は警戒することも忘れて思わず声を漏らしていた。人がいなかったこともあるが、見慣れない景色に見とれたのだ。
そこは展示室のような部屋だった。大小のガラス張りのショーケースで埋め尽くされている。その中に入っているものは、
「刀?」
そう。それらはすべて、刀だった。
鞘に収められたもの。抜き身のもの。長いもの。短いもの。
それらがショーケースに収められ、あるいは壁に縦向けに、横向けにも立てかけられている。
中には刃だけだったり、鍔や、柄だけが飾られたりもしていた。
沙良がよく読む本の中にも時代劇があり、刀がよく登場するのだが、実物を目にするのはこれが初めてのこと。分解されているものも当然見たことがなかったので、刀がこんな部品でできていたのかと感心する。刀身など特に、覗き込めば鏡のように自分が映り込むものもあり、その輝きに吸い込まれそうだった。
「刀ってこんなに綺麗だったんだぁ」
「そうでしょ?」
「うわぁッ!?」
いきなり後ろから声をかけられ文字どおり飛び上がった。しかしすぐさま冷静さを取り戻して、沙良は相手との距離をとる。
声の主は若い男──少年だった。
どうも、Mt.バードです。
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