024
川越が語った事件の概要も、ビルから落ちたのはミイラだったという、沙良が泰明に話したものとほぼ同じだった。
「次の被害者が出る前になんとか解決できねぇか」
「犯人の目撃証言は出てないようだけど、多分自殺じゃないよ」
答えた泰明の顔からはすでに笑顔が消えていた。
「主の言うとおりね。多分そのおなごは、精気を吸い取られたのよ」
麗月が不敵な笑みを浮かべた。それはどこか舌なめずりでもしているかのようで、そのくいっと吊り上げられた唇から今にも赤い舌が覗きそうな妖しげな雰囲気だった。
「精気を吸われた……ってことは、やっぱりこの前みたいな妖魔って化け物が事件を引き起こしたってこと?」
沙良も会話に割って入った。
「でもなんで、警察が東光寺君にそんな依頼するんです? しかも今回の事件も担当はお姉ちゃんなのに、どうして川越さんが? やっぱり東光寺君は退魔師なんですか?」
「俺からは言えねぇな。泰明に答えてもらいな」
「散々聞きましたけど、全然答えてくれないんです」
「そりゃあなお嬢さん、あんたが大事にされてる証拠だよ」
「そうよまったく! 主は優しすぎるのっ。こんな小娘なんかに気を遣ってあげる義理なんてどこにあるのよっ」
「おっ、出た出た。麗月ちゃんのヤキモチ」
「ばっ、馬鹿言うんじゃないわよ平八郎! これはっ、ゃやヤキモチなんかじゃなくてっ、我はただ、主が下らないことに気を配ってるのが見てられないだけよ!」
「そういうのをヤキモチってんだぜ麗月ちゃん」
「だだだ黙りなさい! ねえ主っ、元はといえば主が悪いんだからね! 主がいちいち必要のないところに気を回したりするから!」
「余計なこと言わないでよおじさん! っていうか麗月苦しっ……」
川越にからかわれた麗月が顔を真っ赤にし、沙良への嫉妬を隠すべくいつものように泰明の胸倉をつかんでぐいぐい揺さぶっていた。
その、麗月の嫉妬心を感じた沙良は、ここでようやく麗月の言った、泰明の沙良への優しさ、の意味を理解する。
泰明が自分を遠ざけようとするのは、拒絶でも嫌っているのでも意地悪をしているのでもない。川越が言ったように、大事にしてくれているのだ。つまり危険なことに関わらせないように気を配ってくれているのである。それが根底にあるからこそ、あの五芒星の刻まれた刀型のペーパーナイフをお守りとして沙良にくれたのだ。
東光寺泰明は、厳しくて優しくてよくわからない人物ではなく、沙良が安全でいられるようにずっと気遣ってくれている、つまり沙良を大事にしてくれている男子だった。
それに思い至った沙良の顔は自然と真っ赤に染まっていた。疑っていた自分が恥ずかしい。何より、泰明の優しい気配りに照れた。トクトクと鳴る心臓の音がうるさいくらいに聞こえていた。
「そのミイラが落ちてきたって廃ビルだけど、なんか特徴はある?」
「おお、調べてあるぜ。元々はスポーツジムをメインに入れようとしてたビルだったらしいな。けど工事が途中で頓挫しちまって今じゃあ廃墟ってわけだ。で、お化けが出るのなんだのの噂が流れて、自殺が多くなった。
つい1ヶ月前にも自殺があったらしいぜ。こいつがよぉ、報告書にゃただの自殺ってことになってて公表もやっぱ自殺だ。
けどよ、当時担当だった刑事に詳細を聞くとなぁ、今回と同じように飛び降りたのはミイラ化した死体だって言うんだ。そんときゃ俺も関われなくてよぉ。祓魔局にも連絡がいかずじまい。自分達じゃあ扱いきれねぇ代物ってことで警察内で揉み消しやがったらしい。
んが、またおんなじことが起こっちまった。短いスパンでそうそう何度も揉み消しゃできねぇってんでな」
「それでおじさんに話がいったのか」
川越は頷く。
「ちなみに祓魔局に依頼するのは、もうちょい先だぜ」
「ねえ、さっきから言ってる〝祓魔局〟って何?」
沙良が尋ねるものの、泰明はちらりと目を向けただけだった。
「人命が関わってるのに、いつもいつも対応が遅いわね。ま、我にとってはどうでもいいことなんだけど」
「耳が痛ぇや。だからこうしてここにすっ飛んできたんだよぉ」
川越ははにかみながら頭を掻いた。
「んで、その1ヶ月前に自殺したミイラの仏さんがよぉ、調べてみりゃあ、今回逝っちまった女子高生と同じ学校なんだなぁ。しかもこの二人、普段からよくグループでつるんでたってぇから驚きだ」
「グループ? てことは、あと何人か仲良くしてた人がいるってことですか?」
沙良は自分も混ぜろとばかりに会話に割り込む。今度は川越も沙良の方を向いて首を縦に振った。
「グループは女子高生ばっかで、四人。残り二人のうち一人にゃあ、今頃獅童警部が当たってるはずだ」
一夏のことが告げられ、沙良がピクリと眉根を寄せる。一夏のことが心配だった。
「で、あともう一人な。このお嬢さんは1年くらい前から行方不明だ。捜索願いも出てたぜ」
四人グループのうち二人はミイラ化してビルから落ち、一人は行方不明。残っているのは一人だけというかなりの大事であった。
「ここまで遡ると引っかかる点がありすぎてな、警察も色々動いてるみてぇだ。一人無事なお嬢さんとこにゃあ獅童警部が行ってるだろうから大丈夫だとは思うが、今度はこの子が被害者にならねぇとも限らねぇ。泰明、できるだけ早えぇうちに頼むぜ」
「わかったよ。あともう一つだけ質問。1ヶ月前の自殺だけど、そのミイラの死体が出たとき、雨降ってなかった?」
「雨? 雨ねぇ……おお!」
川越が思い出したとばかりに手を打った。
「そういやその日は大雨だったって担当の奴が言ってたわ。大雨の中苦労したってのに捜査は打ち切りで挙げ句揉み消しだろ? だから散々な目に遭ったってぼやいてたぜ」
冗談半分、その担当の刑事を哀れむ心半分といった感じで川越は肩をすくめた。
「雨が、なんかヒントになりそうか?」
「うん。気になることがあるからそれから調べてみるよ」
「んじゃ頼むぜ。くれぐれも気を付けてな。お前にもしもがあっちゃあ、俺が千鶴に殺されちまうからよ」
そう告げて、川越は捜査に戻るべく出て行こうとした。
「待って川越さん、聞きたいことがあるんです!」
沙良が呼び止める。また鼻息が荒くなり、瞳には星が浮いていた。
「そんなに東光寺君を心配するなんて、お二人はどんな関係なんですか!?」
「あー、泰明と? そーさなぁ、持ちつ持たれつってとこか」
じゃあまた、と言って川越は店を出て行った。
けれど沙良の方は一人で大盛り上がりだ。
「持ちつ持たれつ! 同性同士っていう禁断の愛ゆえにお互いに支え合ってるってことですね、わかります! そして差しつ差されつ! ああっ」
年に似合わず艶めかしい吐息を漏らす沙良。一人だけどこかにトリップしていた。
「あの人は俺の母さんのお兄さん。叔父さんだからね?」
「親戚同士だなんてそんなっ! 余計に燃えるじゃないですか! 血のつながり、求め合ってはいけない二人がっ。キャー!」
沙良の熱がさらに上がる。
「この馬鹿娘はほっとくしかないわね」
麗月が汚らしいものでも見てしまったとばかり視線を逸らす。
泰明も、刀マニアの血が騒いだときには本当に気を付けようと思うのだった。
どうも、Mt.バードです。
自己紹介で、イーターと書いてありますが、食べるのは大好きです。
胃腸は弱いんですが……。