020
夜中中雨が降り続き、夜が明けてすぐに上がった。道路にはまだ所々に水たまりが残っている。それを避けるようにして愛用のバイクを停める一夏。タンデムシートから制服姿の沙良が身軽に飛び降りる。
現場に到着したのだ。
ビルやマンションが建ち並ぶどこにでもありふれた住宅街。道幅の広い歩道が整備されていて、大通りに面している。ただ、通勤通学の時間帯なのに通行人は割とまばらだった。周りをよく見ると、空き家だったり空室といった表示が目立つ。工事が中断されて廃ビルとなってしまったものまでそびえ立っている。どうやら周辺の住民自体が減っているようだ。
この辺りは最近、自殺が多いことで有名となっているので、それが拍車をかけているのもしれない。
「獅童警部補」
「佐藤さん、ご苦労様です」
走り寄ってきて敬礼をしたのは、この間の怪事件のときも一夏と一緒にいた、一夏よりも一回り近く年上の佐藤という男性の先輩刑事だった。敬礼を返す一夏よりも、佐藤は沙良にとがめるような視線を送っていた。
「すみません、私の妹です。学校が近くなのでここまで送ってきました。すぐに行かせますのでここはご容赦ください」
佐藤も沙良がよく事件現場の近くをうろついているのを見かけており、獅童署長の娘だということも知っているので、少し呆れながらも頷いて案内した。
「うわっ、すっ、すごいことになってる……っ」
水たまりの隣に転がっている死体を見て、沙良は目を覆った。
「だから言ったでしょうが」
かくいう一夏も顔をしかめている。
沙良がさっき食べたものを吐き出すくらいにまで気分が悪くならなかったのは、死体は損壊が酷いだけだったからだ。
胴体、手足がバラバラにちぎれてあちこちに散らばっている。だというのに、血が一滴もこぼれておらず、内臓も飛び出したりしていない。
死体は乾いていた。つまり、ミイラ化していた。
「服が新しいですね」
一夏がおかしな点に気付き、佐藤に問うた。
死体はどこかの学校の制服を着ていた。しかもそれはまだ新しい。身体はミイラ化するほど古いものなのに、学生服は綺麗なまま。まるで悪趣味な誰かが着せ替え人形のようにこのミイラに制服を着させたかのようだった。
「司法解剖してみないと詳しくはわかりませんが、死因は特定しにくいでしょう。落下して陥没したり砕けたりして損傷が激しいので」
「落下? まさか!?」
佐藤の言葉を聞いて驚愕の声を上げた一夏が、近くにあった建物を見上げる。廃墟と化した背の高いビルが目に入った。その屋上を見つめている。
「お察しの通り、そのビルから落ちたそうです。遺体のばらけ方から、おそらくは屋上からだと推察されます。時間は夜明け前くらい。雨が降っていて視界は悪かったとのことですが、奇跡的に目撃者が複数名います。ただ、このビルに誰か入っていったなどの目撃証言は、今のところありません。それからこの仏さんですが、見た目通り最低でも死後3ヶ月は経ってるようです」
「でも服も持ち物も新しい、ですね」
一夏が近くに落ちていたこの死体のものだと思われる鞄に目をやり、佐藤の言葉を継いだ。佐藤は頷き、死体の身元は確認中だと付け加えた。
そこにタイミングよく連絡が入った。
「制服と所持品から、仏さんの身元が割れました。ミイラ化しているので確証はありませんが、どうやら隣町の高校に通う女子高校生のようです。昨日の朝は学校へ行き、それから帰ってないとのことです」
「昨日?」
沙良は勇気を出してもう一度死体を見てみた。昨日という単語と符合するのは、所持品と衣服だけ。この二つだけなら、昨日から行方不明になり、今朝に遺体となって発見されたと説明されても納得がいく。しかし問題は、死体の肉体の方だ。やはりどう見てもかなり乾燥が進んでいる。死後3ヶ月が経過しているというのも、素人の沙良でも理解できるくらいに。まるで肉体だけ時間が過剰に進んだみたいなのだ。
身元情報が間違っている可能性もなくはないだろう。だがもし、それも間違いではないのだとしたら。
「なんで身体だけが、こんなにも綺麗にミイラ化したんだ」
一夏は乾燥死体を見下ろして呟いた。沙良と同じく、身元情報は間違いではないと仮定して考えを進めているようだ。
「お姉ちゃん。その答えに行き着くのに、ひょっとしたら力になれるかも」
「冗談はやめて、さっさと学校行きなさい」
「うん、もう行くよ。そろそろ始まっちゃうし」
沙良は素直に頷きながらも、一夏に真っ直ぐに目を向けた。
「捜査するときはほんとに気を付けてね!」
「えっ? ああ……」
いつもなら、気を付けるのは沙良の方だ、と言い返すはずの一夏なのだが、沙良の真剣な眼差しに押されて言葉が出てこなかった。
「佐藤さん、姉のことをよろしくお願いします!」
沙良が頭を下げると、佐藤が敬礼を返した。
どうも、Mt.バードです。
まだ、穴から汁が止まらない季節です。
早く終わってほしい……。