017
翌日。
東光寺泰明はいつも通り学校へ来ていた。いつも通り他の生徒に混じって授業を受け、いつも通り休み時間には好きな刃物に関する雑誌を読み、いつも通りクラスの中でも目立たない一日を過ごしていた。
いや、いつも通りではないことが一つだけある。それはいつもの笑顔を保つのが難しかったこと。その原因は自分にあると泰明はわかっていた。
昨日の蟒蛇事件。犠牲になった人達のことは残念に思う。が、それ以上に悔いるべきことが、一般人をこちら側へ巻き込んでしまった、ということ。しかもその一般人は自分のほど近くにいる、ということ。
向こうから飛び込んできたとはいえ、奴らの、妖魔の危険に曝してしまった。あれだけ深く妖魔に関わってしまえば、もう後戻りはできないかもしれない。妖魔と一度でもつながりを持つと、マーキングでもされたような状態となる。匂いを嗅ぎ付けるかのように、奴らはその人間になんらかの形で関わろうとするのだ。中でも一番多いのは、食い殺されること。その他にも誘惑で心を惑わせたり、自分達の世界に連れ込んだりと様々だ。
同じ学校の同学年の女子をそんな状態にしてしまった自分の不甲斐なさを、泰明は反省していた。
ただ、彼女の性格上自ら首を突っ込んで命を落とす可能性がこの上なく高かったため、一応の〝脅し〟をかけて遠ざけるための手は打っておいたのだが。
授業と授業の間の僅かな休み時間。次の授業を受けるために泰明は別教室へと移動するべく廊下を歩いていた。
「……見つけた。東光寺君」
後ろから控えめに声をかけられる。その声は昨日によく聞いたものだったが、まさかと思って振り向いた。
「獅童さん」
「……どうも」
泰明の恐れていたことが現実となってしまった。
そこにいたのは、校内でも同性異性問わず人気のある女の子、獅童沙良だった。昨日起きた怪奇事件で、泰明とともに事件解決に大きく関わった女子である。
背は同年代の子達に比べれば少し高めだろうか。気の強さを感じさせるきりっとした目が印象的な美人。快活で、行動力がありそうなエネルギッシュな印象の女の子だ。
制服もよく似合っていて、年齢以上のボディラインが強調されていた。腰がキュッとくびれているのに、そこから下に向かってある程度引き締まりながらも柔らかそうな丸みを帯びた尻に続いている。足もすらりと長く躍動的で、スカートからちらりと覗く太腿は肉付きがよく、触れればほどよい弾力が伝わるだろうことがわかる。そして一番のポイントは、年と体型にそぐわない胸だった。スレンダーなのに胸部は豊満で、夏の制服がぴっちりと張り付くほどの巨乳の持ち主なのだ。美人で、スタイルがよくて、しかも巨乳と来れば、男子達に人気があるのも必然である。女子達にも、沙良の肢体は羨ましがられていた。
そんな校内美少女ランキング上位ランカーの獅童沙良が目の前にいることに、地味で目立たない存在の泰明は驚いていた。
泰明が笑顔を保てず目を丸くしているのは、学校の中でも美人で有名な女子に呼び止められたから、ではない。全身が震えるほどの恐怖体験をしたのが昨日。しかもその際にお金や彼女自身を要求されるという理不尽な目にも遭った。だというのに、その理不尽を押し付けた張本人である自分に声をかけてきたことに、泰明は動揺していたのだ。
「あの……。やっぱりちゃんと、説明してほしいんだけど。昨日のこと」
昨日の様子から一転、沙良にしては珍しく控えめな質問だった。うつむき加減で、時折チラチラと泰明の顔色を窺いながらだ。まだ支払っていない、自らという法外な報酬を請求されるかもしれない。そんな怯えが見え隠れしている表情だった。
泰明の優しさである、お金や彼女自身を要求するという〝脅し〟は、沙良の盛んな好奇心の前では効果がかなり薄かったようだ。
「ねえ、答えてくれない? 昨日のあれは、どういうことなの?」
おどおどとしていた沙良がすっと顔を上げる。そういう態度は自分らしくないとでも思ったのだろう。泰明は美少女の真っ直ぐな視線に曝された。
「悪い夢、だったとか?」
「誤魔化しても無駄よ。大体、夢ならどうして、私がこれを持ってるのよ?」
泰明は目の前に、刀型のキーホルダーを突きつけられた。それは昨日、沙良にお守りとしてあげた、魔除けを施したペーパーナイフだった。
泰明は乾いた笑いを返すしかなかった。
と、そんなとき、チャイムが鳴る。
このタイミングを逃す手はないと泰明は思った。
「友達が呼んでるよ」
泰明が沙良の後ろを指さす。
それにつられて沙良は振り返った。そのとき制服のスカートがふわりと翻って彼女の魅力的な太腿が一瞬だけ露わになる。
その光景をずっと見ていたい泰明だったが、沙良が目を離した隙に全速力で駆け出していた。
「友達ってどこ……てッ!?」
沙良が泰明の嘘に気が付いた。沙良の後ろに友達など初めからいなかった。沙良が訝しんで向き直る頃には、泰明は廊下の角を曲がって隠れていたのだ。
「また消えた!?」
悔しそうな沙良の声が泰明にも届く。一難去って、呆れ混じりの安堵の溜め息を吐いた。
「絶対説明してもらうからね!」
今度は大声だった。それこそ校舎内に響き渡るくらいの。泰明はギクリとしてもう一度、深々と息を吐き出した。
「厄介なことになったなぁ」
思わず独り言まで漏らしてしまう。まさかこんなことになるとは、と。
泰明は沙良の芯の強さに感嘆し、呆然とし、げんなりとするのだった。
どうも、Mt.バードです。
一話、完結しました。
読んでくださり感謝です。
ここまで続けてこられたのも、皆様のおかげです。
明日からも更新しますので、よろしくお願いします。