016
「獅童警部補、今度は塀が消えました!」
「見えてるよクソが! なんなんだよ一体!?」
一夏が吠えるのも無理はなかった。先ほどまで屋敷を囲っていた石塀が綺麗さっぱりなくなっている。代わりにそこにあるのは、年季の入った竹垣だった。元々はこれだったとおばさん達が話していたもの、そのものに戻っていたからだ。
これを見ていた沙良も、やはり自分の目を疑った。蟒蛇がいなくなってしまった今、今日見た超常現象すべてが信じられない。夢を見ていたのだと告げられた方がまだリアルなくらいだった。
「さて、警察に関わると厄介だし、帰ろう麗月」
「ちょっ、ちょっと待ってよ! どういうことなのか話してくれる約束でしょ!?」
二人して去っていこうとする泰明と麗月を呼び止める。彼らに待ったをかけた沙良の手には、自分を守ってくれたペーパーナイフが握られたままだった。
「そう、まずはこれから聞きたいの、このペーパーナイフ。これってひょっとして、私に拾わせるためにここでわざと落としたの?」
「ふん。わかってるなら我が主に感謝しなさい」
「いいよ麗月、そんなこと言わなくても」
麗月が尊大に答えるのを泰明が止める。ニコニコな笑顔の裏で少し照れているようにも見えた。
沙良の読みは当たっていた。やはり刀型のペーパーナイフは、初めから沙良がここで拾うように泰明がし向けたものだったのだ。沙良が蟒蛇に襲われたとき、あの五芒星の盾が働いて一時的にでも守ってくれるようにと。
「あり、がとう……」
お礼を言いながらも沙良は混乱していた。
蟒蛇を倒してほしいと頼んだとき、泰明から求められたのは多額のお金か沙良自身。そんな非道な要求をする泰明がどうしてここまで気が回るのだろう。厳しかったり優しかったり、わけがわからない。
沙良は泰明のことが余計にわからなくなっていた。
「それ、獅童さんが持っててよ。お守りとしてね」
ニッコリと笑った泰明がそう言って背を向ける。
「ちょ!? 待ってってば! まだ話は終わってない! 今起こったことは何!? あのうわばみってやつはなんだったの!? 東光寺君達は何者なの!?」
泰明はニコッとしたまま呆れたように溜め息を吐く。そしてすぐに気を取り直して笑顔を取り戻し、答えた。
「ただの刀剣販売店〝鬼退治〟の店主です」
「今聞きたいのはそういうことじゃなくて!」
沙良が聞きたいのは、なぜ泰明達はあんな化け物のことに詳しくて、あんな化け物と戦うことができるのか。なぜこの事件を解決したのか、だ。
それを口に出そうとすると、警察がこちら側の路地の封鎖をしようと角を曲がってやってくる。
「沙良!? お前まだこんなとこをうろついてたのか!?」
「お姉ちゃん!」
数人の刑事の中には一夏も混じっていた。沙良は姉の姿を見るなり安堵した。そして心から、無事でまた会えたという喜びに打ち震えた。それもこれも全部、泰明と麗月のおかげだ。
「……あれ?」
沙良が礼を言おうとして振り向くと、制服の男子と和装の少女は忽然と消えていた。まるで二人まで幻だったかのように。
「今日は消えるものばっかだよー!」
日本家屋の隣にある狭い路地に、沙良の嘆きの叫びが響いた。
どうも、Mt.バードです。
一話完結まであともうちょっとです。