1話 人食らう壁
とある住宅街。
近代的な家が建ち並ぶ中に、まるで時代劇から飛び出してきたような大きな木造建築の屋敷。それを守護するように立派な石塀がぐるりと囲っている。
その塀の前に、パトカーが数台止められていた。いずれも近付くのを拒絶するかのように物々しく赤色灯を回している。
付近にはすでに人だかりができていた。何事かと、皆一様に張り巡らされたロープの中を覗いている。
そんな人混みを泳ぐようにかわしながら、少女が最前列に出てこようとする。制服のスカートの裾が翻るのも顧みず、獅童沙良は封鎖用のロープに食いつくように一番前へ躍り出た。
ロープ内では丁度、人目から隠すように、あるものをブルーシートで覆うところだった。
「殺人事件……」
沙良が震える声で呟く。
見てしまったからだ。
人が、石塀に埋まったまま、死んでいる。
どうせ追うのなら、殺人のような大きな事件をと、沙良は思っていた。けれど実際に遺体を目撃すると、さすがに気分はよくなかった。
被害者はよっぽど怖い目に遭ったのだろう。何かを叫び出しそうに大きく開いた口と、何よりぎょろりと見開かれたままになっている目。虚ろな白目が沙良を睨んでいたかのようで、頭から離れなかった。
「うわっ、あたし見えちゃったわ……っ」
沙良の隣にいたおばさんが泣き出しそうな表情で顔を覆っていた。そのおばさんの娘だろうか、心配そうにおばさんを支えている。
「あの死体……この家のご主人よ。身体が半分しか見えないし、人相も変わっちゃってたけど……服が同じだったもの……。あたし、朝の散歩のとき、ご主人が帰ってくるの……見かけたから……。酷い、あんな姿になっちゃって……」
ついにおばさんは泣き出す。娘に支えてもらいながらよたよたと帰って行った。散歩をしていたということは、この近所の人なのだろう。
そのおばさんによると、沙良が先ほど見た、壁に埋まった変死体、あれはどうやらこの大きな屋敷の主人ということだった。
新たな車が沙良の目の前を横切って止まる。赤い回転灯を回し、サイレンを鳴らした覆面パトカーだ。
車から降りたのは、かちっとスーツを着こなしたベテラン風の男刑事だった。警備に当たっている警官に敬礼してロープを潜り、封鎖された中に悠々と入っていく。
ベテラン風の刑事が現れたことで、現場は不穏な空気に包まれた。忙しく動かしていた手を止めて、スタッフ全員がその男に一瞥をくれたのだ。
そのスタッフの中から、一人の女性が男に向かう。妙齢の、すらっとした出で立ちの女刑事だ。
「あっ、お姉ちゃんだ」
沙良はロープを乗り越えんばかりに前のめりになる。
女刑事の名は、獅童一夏。沙良の姉である。
一夏は自慢の長い髪が乱れるのも気にせず、ゴツゴツと足を鳴らして男刑事の前に立ちはだかった。
「忙しいのに美人がお出迎えとは。こりゃあ、ありがたいねぇ獅童警部」
「私は警部補です。川越警部補」
一夏はむっとして、川越と呼んだ男を睨み付けた。
「美人は怒っても素敵ってなぁほんとですな。今度お茶でもどうです」
凍り付くような一夏の視線をさらっとかわして、川越はきりりとした表情を作る。元の顔の作りがいいので女性を口説くのも様になっている。シブいベテラン刑事のそれだった。
「しっかし奇妙な事件ですなぁ。まさか壁から生えた死体を拝もうとは。まるで人が壁に食われたみてぇだ」
川越が言うように、被害者の男性はまるで、処刑具のギロチンにかけられ、塀という巨大な刃物で縦に真っ二つにされたようだった。半身だけが刃物である石塀に張り付いているような、そんな状態で息絶えていたのだ。
ブルーシートの中を覗き込みながら、川越刑事が顔を歪めている。
その様子を見ていた一夏が眉間に皺を寄せた。
「どうしてここへ」
ここは担当外だろうと、一夏は川越に威圧の声色をぶつける。
「いやぁ近くにいたもんでねぇ」
「ここの担当は私のはずです」
「なあに、ちょっと様子を見にってやつですよ」
川越がニカッと笑ってみせる。
その笑顔はベテラン風の外見とは不釣り合いで、どこか少年を思わせる人懐っこそうな、どちらかといえば可愛い笑みだと、遠くから見ていた沙良は思った。
けれど姉の一夏の表情は余計に強張る。目尻を吊り上げて、ベテラン刑事に詰め寄ろうとした。
「お姉ちゃん! お姉ちゃーん!」
二人の険悪ムードを断ち切ろうと、沙良が姉を大声で呼ぶ。立ち入り禁止のロープを乗り越えそうな勢いだ。
「おおっと、こりゃあ可愛い援軍だ。妹さんかぁ、いつも元気だねぇ」
「またかあの馬鹿は……」
緊張の面持ちから一転、女刑事は盛大に溜め息をついて頭を抱えながら妹の元へやってきた。鬼の形相だった。
「来んなっつってんだろが。しかもまた制服でうろうろと。怖い目に遭っても知らねぇぞっ」
姉からの脅しの言葉を浴びても沙良はまったく動じなかった。それどころか目をキラキラとさせて身を乗り出す。
「これって殺人事件なんでしょ!?」
「うっせぇ。見りゃわかんだろ」
「うん、見たよ私。人が塀に埋まってた……」
変死体を思い出して、さすがに沙良の勢いが失速する。
「馬鹿、見なくていいもん見やがって。正確には埋まってんじゃねぇよ」
一夏はシートの方を振り向いて舌打ちをする。本当に不可解な死体なのだ。
「でも埋まってたよね? さっき話してた川越警部補って人とお姉ちゃん、どんな関係なの!?」
「いっぺんに質問すんな。つーか答えねぇっつの。さっさと帰れ」
「お姉ちゃんさ、外じゃその言葉遣い控えてるんじゃなかったっけ?」
沙良の言葉に一夏ははっとなって辺りを見回した。仲間のスタッフ達はすぐに顔を逸らして聞かないフリをする。
初めまして。Mt.バードと申します。
「最強退魔師は目立ちたくない 〜鬼があふれる日本でひっそり無双しています〜」
です。よろしくお願いします。
定期的に更新していきたいと思います。
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