処置後の話し合い
「――――――――――ですので接触した巡視船および突入したSST隊員が何等かの細菌・ウィルスに感染していないかが確認できるまで外部と隔離。
同時に船にあった新大陸の生命体の死骸数体はサンプルとして密閉処理後、
本土にある研究所に搬入するべきだと私は考えます」
一清長官は淡々とそういう、だが指令室にいる彼以外の人間は何も言ない。
殆どが壁にあるモニターから顔を背けている、先程までSST隊員のヘルメットに着けられたヘッドカメラ送られてきた映像が流れていた。
もちろん隊員の見た大量の死体の映像も流れた。
余りにも惨い死体の様子に吐く人間こそいなかった、だが顔を背けている人間は背中を叩けば吐き出しそうだ。
映像を最後まで直視した人間も顔が苦しそうだ。
一清長官はというと眉一つ動かさず映像を見ていた。
そして船が確保の報告があってすぐに総理に断りを入れ、指令室から出て行った。そして少し経ってから戻り淡々とこれからの行動を提案していた。
「接触した巡視船の乗員やSSTを隔離するのは理解できます。死体を研究するのも分かります。
ですが本土に入れるのは危険では?」
古賀総理は後者で最後まで映像を見た。
だが他の人間と同様にその表情はひどく疲れた顔だ。
そして一清長官からの提案に疑問を呈した。せっかく水際で抑えたというのにわざわざ危険を家に入れるのだから。
「危険性は確かに多いにあります。
ですが死骸が未知の病原体を持っているのなら、一刻も早くワクチンを研究するのが先決です。
新大陸に我々が接触の有無関係なく向こうからやってくるのが今日、証明されたのですから。
同時に新大陸に住む生命体の情報も取集できる」
確かに一清長官のいう通り日本が開国するかしないかの議論をしている真最中に向こうからやって来たのだ。
今回が最初で最後という保証はない。
「その危惧はよく理解できましたが、どこの研究所に運び込むつもりですか?」
そう質問したのは奥村おくむら佐紀さき防衛大臣だ。
佐紀は一八〇センチと高身長の上、スタイルも顔も良く「政界の美女」とマスコミから呼ばれている。
それもそのはず佐紀は政治家になる前は国内外から人気があったモデルなのだ。モデルから政治家に転身という異色すぎる経歴の持ち主のため、最初こそマスコミや国民の中年層からは人気取りの政治家と言われた。
だが佐紀は周りの批判とは逆にすぐにその頭角を現した。スタイルばかりではなく頭脳もずば抜けて良い。
「理化学研究所(理研)が茨城県筑波つくばに持っている国立感染症研究所への搬入を考えています。
先程連絡を入れ受け入れる準備をするように指示しました。安全と研究することの両面を考えれば他に適切な場所はありません、あそこにはBLS-4がありますから」
バイオセーフティーレベル(BSL)とは微生物や病原体の危険性とその取扱いを四段階に決めそのレベルごとに取扱いを示すもので
レベル1 人か動物に病気を起こす可能性が低い微生物。
レベル2 人か動物に病気を起こすが、予防や治療法があるもの。
レベル3 人か動物で病気を起こし生死に関わるが友好な治療・予防法がある。
レベル4 人・動物に生死に関わる病気を起こし、容易に直接・間接感染を引き起こす。また有効な治療・予防法が確立されていない。毒性や感染性が最強なものをさす。
レベル1~3は風邪や病院に行けば治療できる病気だ。
だがレベル4は病院という次元の話ではない。
直ちに感染者や接触者を隔離しなければいけない、さらには国家全体での対策が必要とされる。
エボラや天然痘などがレベル4にあたる。
BSL-4を持っている国はわずか二十一か国しか保有しておらず、特に米英が一つだけではなく多数を保有している。
九七年に化学兵器禁止条約が発効されるまで、生物・化学兵器(BC兵器)を無数の国家が大量に保有していた名残だ。その中には核保有国も含まれる。
BC兵器は核兵器と違い誰でも容易に入手でき生産が可能だ、そして威力もコスト以上に効果がある。
だが兵器としては欠点が多い。
まず生物兵器を戦場だけはなく広い地域で使用する場兵士や自国民にワクチンを打たなければならない。さもないと国内に広がり自らが滅んでしまうからだ。
なので生物兵器はワクチンがあって初めて兵器として成り立つ。
だが生物の厄介なところは「生物」という所だ、伝染病はちょっとしたきっかけで変異する可能性が極めて高い。
変異した伝染病には従来のワクチンでは効果がない。
それも変異するようになったのは人間が自然界の秩序を破壊し、汚すようになってからだ。
一部の人間はこれを自然の祟りや神の怒りだと表現する。
化学兵器を使用する際は風向きを間違えば、自軍に向かってきて自軍に被害がでる。ベトナム戦争でベトコン(NLF)が潜んでいる森を消すため、ヘリや飛行機から散布した枯葉剤で味方敵関係なく被害を出した。
戦後も自然破壊にと止まらず奇形児や後遺症が両者に与えている。
余談だがナチスがユダヤ人を効率よく殺害するための施設、アウシュビッツ収容所でユダヤ人を殺すのに毒ガスが使われた、とよく言われるが実際使われたツィクロンBは有毒物質だが元は農薬だ。
以外に思うかもしれないがナチスドイツの総統アドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人虐殺はおろか戦場へのBC兵器の投入を許していない。
これはヒトラー自身が第一次大戦に一般兵として参加していた際に、その身を持ってBC兵器の恐ろしさを体験したからだ。
どちらにしろBC兵器は不安定な要素が多い。
故に第一次世界大戦以降、表立って実戦投入されることがなかった。特に第一次世界大戦に参加した欧州各国はBC兵器に対して日本人の核兵器アレルギー以上の嫌悪を持っている。だがその反面実戦にこそ使わなかった。
だが第一次世界大戦以降、先進国は密かに研究してBC兵器を開発し製造・配備をしていた。それも大量に。
話を戻すが、人間の手によって製造・改良されたBC兵器ならまだ対策手段がある。だが地球外の病原体ならその生態系や威力は未知数だ。
感染源ホストや感染速度、どんな症状が出るか死亡するまでの時間。全てが未知の世界だ。
「海上での調査はムリなのですか?」
「可能ですが時間がかかります。
時間が経てば経つほど我が国への新大陸からの脅威は高まります」
「どういう意味ですか?」
「少し前から情報分析室の報告で、新大陸の日本海に面している沿岸部全域で大量の死者が出ていると報告を受けました」
長官の言葉に古賀総理は首を傾げた。
国民に発表した通り新大陸の沿岸部では戦争が起こっている、故に死者など出るのは当たり前だ。
「戦争で死者は付き物でしょう?」
「ええ、ですが報告では戦争による死者ではなく、伝染病によるものだと推測しています」
「伝染病?」
長官の言葉に出席者全員が驚きの声を漏らした。
「こちらがそう判断した衛星画像です」
長官がそういうと手元のタブレット端末を操作し、先程まで巡視船やP-1から送られてきた映像が消え代わりに静止画が表示される。
映し出された画像には茅葺かやぶき屋根の建物が数十ある、おそらくは村なのだろう。
だが問題は村の中心部にある広場らしき場所だ。かつては何かしらの行事をしたり、くつろぎの場所だったのだろう、だが今は大量の死体が山積みにされゴミのように燃やされ黒煙が立ち上っている。そしてその周りには全身白装束姿の人型が手に松明を持ちに立っている、白装束姿の人型がやったのは明らかだ。
そして次に映し出された画像は同じ村だが、今度は村全体に火が放たれ燃やされている。
「この村以外にも今確認しただけで二〇以上の村が同様の状態です。
そしてこちらがこの国の首都と考えている都市の画像です」
モニターに円状の堀と高い城壁に囲われた城が映る。
城と言っても日本のものではなく西洋の方だ。
城壁と城は白に統一されており洗練されたデザインなのが上からでも良くわかる。
そして城の周りには建物が立ち並んでいる城下町というやつだろうか?先程の村の惨状とは打って変わり平和そのものだ。
「別段変なところはないようですが?」
「これは三週間前に撮影したもので、こちらが最新の画像です」
洗練された城と城下町から一転する。
城の棟は崩れ去り至る所が炎上しており、城門近くには鎧や普通の服を着た死体が辺り一面に転がっている。
城下町も同様に通りには死体や様々なものが転がっている。
殆どの建物が炎上したのだろう、すでに火の手は見えず燃え切ったあとらしく白い煙が城下町を覆っている。
まるで七年前に日本中で起こった暴動で破壊された街並みを見ているかのようだ。最も日本の地方都市よりも小さな都市だが。余りの変わりように呆然と眺めている大臣を横目に長官は話を続ける。
「新大陸出現当初こそ戦争が発生していました。ですが、二か月頃からおかしな動きをするようになりました。
西沿岸部の住人は内陸部へ移動を開始しました」
新たな画像には人型の生物が列をなしてどこかへ移動しているものだ。
どこかへ逃げる難民のようにも見える、画像は次にスライドする。今度の画像は鎧を着た軍隊?が横に広がり難民と思われる集団をせき止めている。
軍隊の姿は鎧姿が多いが最初に見た白装束姿も見える。
さらに次の画像では軍隊が難民に向けて剣や弓矢で攻撃している、武器を持たない難民は次々に殺され死体の山が築かれている。
「これは他国との国境線だと思われる地点の画像です。
恐らく自国への伝染病侵入を止めるため国境を封鎖したものかと。先程の城も軍隊で攻撃されたのではなく、暴徒によるものだと思われます。
この都市の陥落以降、沿岸部全域では治安が悪化しており、西沿岸は無政府状態だと分析室は考えています」
長官の報告が終わるのと同時に数人の出席者がその場に嘔吐した。スライドされた画像の半分は嘔吐するだけで十分なものだった。SSTから送られてきた映像ではまだ我慢出来ていたがついに我慢出来なかったのだろう。
「長官・・・画像を消してください。話はそれからです」
「ああ、失礼」
苦い顔をした佐紀防衛相の言葉に長官はタブレットを操作し元の映像に戻した。
長官以外の人間は総じて画面から顔をそらしていたからだ。
「今ご覧いただいたのはほんの一部で伝染病だと判断するには十分な分析結果が出ています」
「そんな報告は今初めて聞きました。いつから分かっていたのですか」
「確信したのはあの船の惨状を見てからで、それまでは疑念に過ぎなかったからです」
佐紀防衛相の皮肉めいた質問に一清長官は無表情で答える。
「とにかく十分程休憩にしましょう。
ここの掃除も兼ねて」
古賀総理は自分も含めた人間の気持ちを落ち着かせるのと、部屋に広がる酸の臭いを消すためにそう提案した。