真名
四人の騎士が入っていくのを横目に隊長格がテルースを問いただす。
「他の家族は」
「娘が主人を街道まで迎えに出ているので、夕方には帰ってくるかと」
「傭兵か? 夫の名前は」
「ええ、名前はパルテです」
「お前はここの生まれではないだろう、どこから来た」
「故郷と呼べる国はありません。両親が放浪の治癒使いだったものですから・・・・夫と出会ってここへ移り住んだのです」
再び診察室から荒らされる音を聞きつつもテルースは淡々と答えてゆく。しばらくすると音が止んだ。
「やはり怪しいところはありません」騎士の一人が部屋から顔を覗かせ報告する。
「本当に何もないのか」
「ありません」
隊長格が診察室へ向かいテルースもあとを追う。
普段ルナが掃除を欠かさないので綺麗に整理整頓されている診察室は見る影もなく荒らされている。
幸いにも棚は中の物がかき出されているが棚自体は倒されていない。
隊長格が診察室を見回すと再びテルースに向き直る。
「答えろ。薬をどこかしらに隠す場所があるはずだ」
「ですから」
「これが分かるか?」
そういって隊長格は腰のポーチから取り出した魔法結晶を見せた。「(どうして片田舎に看取石を持ってきているのよ)」とテルースは小さく唇を噛んだ。
看取石は魔法が付与されている物があるとそれに反応して発光する道具であり、
「これを使ってもう一度探せ」テルースが黙っていると看取石を部下へと渡した。
部下が看取石を使って入り口の方から診察室の中を歩き出す。すると棚の前で僅かに反応を示した。
棚に看取石を近づけ探していくと下の戸棚が今までで一番反応した。
「まだいい逃れするか? 隠していることを正直に出すなら、罪には問わないでやる」
隊長格はテルースに身体を密着させるくらいに近づき囁く。不問と聞いた瞬間、テルースは迷うことなく棚に近づきルナがしたように棚奥の壁に手をかざし魔力を流すと、壁が横へと消えた。
間髪入れずに騎士の一人がテルースを脇へと押しやり中を覗き、腕を奥へと伸ばしそれを掴み立ち上がった。
「・・・・他には?」
ありません、部下はそう答えながらあった物を隊長格へ渡した。
手には液体の入った小瓶があった。
水のように透き通っているが、揺らすとキラキラと水にはない輝きを見せる。部下の腕の中には同じような瓶が十数本。
「なるほど。隠したくなる気持ちもわからんでもない」
瓶の中身は消失した魔力を取り戻すことのできる回復薬で、それも上質な物であり売れば金貨十数枚の価値にはなるだろう。
「よろしければ差し上げます」
テルースの言葉に部下たちは下卑に笑い薬を我先にと懐へ入れ、それだけでは飽き足らず棚にあった他の薬までも入れていく。
棚が空っぽになった頃「おい、もう行くぞ」隊長格の声に手を止め入り口へと向かう。
「手が悪い部下ですまない」
「いえいえ。疑いが晴れてよかったです」
微塵も悪いと思っていると感じられない謝罪に、さっさと出ていけ! と怒鳴りたいのを堪えて安堵しているかのような笑みを作る。
「邪魔したな」
騎士たちと馬が完全に見えなくなってから家の中へと戻る。
扉にしっかり鍵をかけ診察室へ入り、慣れた手つきで隠し扉を開ける。時折作る高価な回復薬などはこの隠し棚に保管している。
入口は魔法で動く仕組みになっているので、今回のように看取結晶を使わなければまずわからない。
テルースは空っぽになった棚ではなく手前の床に目を落とす。
「もういいわよ」
すると何の変哲もなかった床がぱかっと持ち上がりルナが顔を見せ、テルースはここに来てようやく安堵のため息をもらした。
まさか魔法を使った隠し部屋の床にさらに二つ目の隠し部屋があるなど普通は思わないだろう。
それもこちらは魔法は使っておらず、ただ単に板で蓋をしているだけ。
案の定、騎士たちも看取結晶で隠し扉を発見し、そしてテルースのそれらしい反応にあれ以上は疑わなかった。
「お母さん。ティアちゃんが・・・・」
下を覗き込むとティアがルナに抱きつきむせび泣いていた。
テルースは隠し部屋にあるランプを点け優しくティアの頭をなでながら話しかける「もう大丈夫よ。ほら泣き止んで」。
ティアは泣いて赤くなった瞳でテルースを見上げる。
「・・・・ほんとうに?」
「ええ、ほら持ち上げるから手を出して」
おずおずと上げられた手をテルースは引き上げようとしたその時、玄関の扉が叩かれる音が聞こえてきた。
テルースは掴んでいたティアの手を離そうとしたが、二回目の叩く音に聞き覚えがあった。
一瞬迷ったが「まだ隠れていなさい」といい板で蓋をする。念のため一つ目の隠し扉も閉じ立ち上がり玄関へと向かう。
扉の前で立ち止まり短く息を整え鍵を開けた。
先ほどまで小雨だった天気から一転、土砂降りの雨に変わっていて、家の中まで雨粒が入ってくる。
そして扉の向こうにいたのはびしょぬれになったパルテとルナ、そしてヘクターが立っていた。
パルテが何かをいいかけたが、テルースの背後に広がる惨状に絶句している。
テルースはどこから説明しようかと苦笑いとも見える笑顔を浮かべた。
「お帰りなさい」
「おやすみ。話の続きは明日な、おやすみ」
パルテはいつものように仕事で行ってきた街の話をベッドにいる三人に聞かせていた。
「うん。おやすみなさい」
「おやすみー」
「・・・・おやすみ」
ルナとティアは眠たげだがソルだけは何かいいたげな表情でつぶやく。恐らく自分もこれから始まる大人の話し合いに参加したいのだろう。
パルテはあえて何もいわずにソルの頭をなでてから子供部屋の扉を閉じた。
昼間、ヘクターも入れて皆で家中を掃除した。
すでにパルテは掃除をしながら軽くテルースから家の惨状の原因を聞いていた。
ティアはというとヘクターを見た途端に一言も会話することなく、ずっとルナの後ろに隠れていて、別途の中でも抱きついていたままだ。
パルテが座るとテルースが口を開いた。
「さ、話を聞きましょうか」
ヘクターはテーブルに頭を擦りつけんばかり深々と頭を下げる。
「まずこの一月の間、世話をしてくれたことに感謝する。
それと先ほどいっていた昼間の出来事についてだが、すぐとはいえないが壊された物や薬については必ず弁償させてもらう」
「当てにせず待っているわ」
「ユー・・・・ティアの怪我の具合はどうなっているのだろうか?」
謝罪と感謝にテルースは素っ気なく返事をする。それにヘクターは気分を害した様子もなくティアのことを尋ねた。
「お腹の傷はもう殆ど塞がっているけど、昼間のことで少し取り乱したから心配だったけど問題ないわ」
「そう、か。重ね重ね感謝する」
「はいはい。で、本当のことを聞かせてくれるのようね、騎士さん?」
「・・・・わたしの本当の名前はヘクトール。そしてティア、ユースティティアさま守護騎士だ」
「ふーん、それでどうして追われているの?」
元々、何かしら隠しているとは思っていたのと昼間のこともあったからテルースは驚きもせずに続きを促す。
「昼間ここへ来た連中が何を話したかは知らないが、それは嘘偽りだ! オブニムス家当主のモッリスさまは弟のアウァールスに填められたのだ。
アウァールスは自分がしていたことを全てモッリスさまへ擦り付けるだけでは飽き足らず暗殺し、自らを当主だと名乗っているのだ」
吐き捨てるようにヘクトールは語り冷めたお茶を一気に飲み干した。
よくあるお家騒動か・・・、テルースがそんなことを冷静に考えていると何かに気付いたパルテが口を開く。
「確か、守護騎士っていうと王家だけに仕えている騎士のことだろう?」
その問いにヘクトールはすぐには答えずに何かを考えるように押し黙る。あまりに長く黙っているので痺れを切らしたテルースが口を開きかけるとパルテの質問にようやく答えた。
「その通りだ。そして今この瞬間も真の王家に仕えている」
「今も?」
「・・・・ユースティティアさまは真の王家の血を引いている」
「どういうこと?」
ヘクトールの言葉にパルテは口を開けて心底驚いているがテルースは意味がわからず首をかしげている。
王国史を知らないテルースにパルテは驚きながらも語り出した。
イニティウム王国はこれといった特筆すべき土地ではないにしろそこそこ大きい領土だった。
しかし百年前の秋頃、南部に位置する東大陸一の大国フィーネ帝国に侵攻された。
王国軍の数は十万に対して帝国軍は三十万。
その上、これまでに存在しなかった極めて優れた戦術や部隊によって侵攻から一月もかからず王国軍の大半は敗れ国土の半ばを占領され、残った王国軍は現在の国境線まで後退した。
残存王国軍の抵抗もすぐに終わると思われたが東海岸の住人、パルテたちのような傭兵の協力により何とか撃退に成功する。
しかもちょうど冬季に入り、北部の寒さや雪に不慣れだった帝国軍はさらなる被害と領土的価値がないと判断し講和となった。帝国よりの南部の土地は併合され、国境線沿いには緩衝地帯として(帝国の)傀儡国ジェミニモ王国が樹立した。
そして戦争から十年後、帝国初代皇帝が病死したのを期に次期皇帝の座を巡り内戦が勃発。それと同時に王国は立ち上がる。
いや限界だった、の方が正しいだろう。
敗戦により僅かな農業と漁業だけで成り立っていた土地へ難民が押し寄せた。さらに悪いことに不作が続き、食糧不足に陥り飢饉が発生し、その死体から病気が蔓延、治安も悪化の一途を辿っていた。
不運が重なり合って王国は崩壊の一歩手前であった。
領土回復は復讐だけではなく、生き残る唯一の道でもあったのだ。
だが混乱しているといっても帝国軍を真面に相手にすれば滅んでしまう。
全領土は無理でも半分、傀儡国ジェミニモ王国の土地だけでも取り返そうとイニティウム王国軍は雪解けと同時に国境を越えた。
ジェミニ王国にも当然のことながら軍隊が存在したが元はといえば同じ国民だったのもあり、ジェミニ王国軍の多くは戦うどころか反旗を翻し戦列へと加わった。
それにより次々と街を無血開城し土地を取り戻した。
ちょうど領土の半分ほどを取り返したところでようやくまともな戦闘が起こった。が、波に乗ったイニティウム王国軍に瞬く間に敗れ去った。
快進撃により残すは帝国領との隣接地域だけになった時、初めて前進の歩みを止めた。
ジェミニ王国の援軍として帝国軍が参戦したのだ。
山火事の如く燃え盛っているかに見えた内乱は、まるで小火だったかのようにあっという間に終わっていたのだ。
そして前回を遥かに上回る帝国軍の介入により立場は逆転。
快進撃が嘘のように元の国境線まで押し返された。
前回のように冬に入れば勝機はあっただろうがこの時は真逆の夏であった。
帝国軍は国境を越えてから十日足らずで全土を制圧した。
帝国は再び反旗を翻さないよう、王家と反乱を起こしそうな貴族を一人残らず処刑し、帝国に従順な貴族を王に据えた。ジェミニ王国のように傀儡国へなり下がった。
「その時に王家は残らず全員処刑されたのでしょう?」
聞き終えたテルースは疑問を口にする。
「フロースさまは先王と側室に出来たお子さまだった、それも戦時下に。そのため目録に記される前に王国は滅ぼされ、この事実を知っていた者の殆どは先の戦争で死に絶えてしまったからだ」
「ティアの本当の名前はユースティティアで両親は領主、しかも実は昔に帝国に滅ぼされたはずの王家の生き残り。
こういうことかしら」
「ああ。その通りだ」
「・・・・これからどうするつもりなの?」
ようやくことの大きさに気付いたテルースはこれからについて尋ねる。
「帝国に感づかれた以上、国内には隠れられない。
外国にいる仲間のところへ身を潜めるつもりだ」
「どことは聞かないけど、いつ出発するの?」
「今夜にでも出発したいのだが・・・・」
「泣くわね、きっと」
テルースはティアがわんわんと泣く様子を容易に想像できた。ヘクトールも同じことを思ったのだろう、思いついたことを口にする。
「だから寝ている内に・・・・わたしを眠らせた魔法をかけて」
ギィー、と扉の軋みに三人は反射的にそちらに目をやると、ティアがポツンと立っていた。
そして怒りの籠った目でヘクトールを睨みつけ、そして何を思ったのか玄関へと駆け出した。「ユースティティアさま!」ヘクトールは立ち上がり叫ぶ。
ティアは外へ出て行こう扉のノブを握り開こうとするが鍵がかかっているため開かない。
ガチャガチャとしている間にヘクトールが後ろまで来て話しかける。
「これはあなたさまのために」
「いやよッ! 聞きたくない!?」
ティアは激しく首を振り、全てを拒絶するように耳を両手で塞ぎしゃがみ込む。
テルースにパルテそして子供部屋から出てきたソルとルナが不安そうに見守る中、へクトールは跪いて言葉を続ける。
「みんな、お母さまもお父さまもヘクトール! あなたも勝手なことばかり!」
「ここにいては危険です。現に昼間に追手がやってきたのですから」
「わたしは、わたしは行きたくないッ!」
ヘクトールは疲れたといった表情を浮かべ厳しいこと口にする。
「これ以上ここ留まることはティアさまとわたしだけの問題ではないのですよ。もし追手がもう一度やっても同じようにバレないとは限らない。
そしてバレたら、罪に問われるのは誰か・・・・」
言葉の意味を理解したティアは顔を青くする。
「いいたいことは、分かりますね?」その問いにティアは小さく頷いたが「でも、でもッ!」となおも何かいおうとした時、これまで黙っていたテルースが口を開いた。
「そうよ。今すぐに出て行って」
「・・・・え?」
「だから、二人がいると迷惑だっていっているの。
特にティア、ユースティティアだっけ? あなたがいるとね。昼間のことのようなことがあれば家は破産よ。だから出て行って」
テルースの口から自分に向かって発せられたとは思えないぞんざいないい方にティアは言葉を失う。「お母さん!」そのことにルナは声を上げるが無視する。
「二人とも、荷物をまとめてあげなさい」
テルースは無視してそういうと席を立って台所へ向かう。
ティアは呆然としてテルースの背中を見つめていた。
「寒いだろうから合羽を二重に着るといい」
「うん・・・・ありがとう」
玄関でパルテがティアに合羽を着せる。
「えーっと、ティ――――ユースティティア?」
「ティア、これまで通りティアって呼んでよ、ソル姉ちゃん・・・・」
「じゃあティア、元気でね」
ソルの別れの言葉にティアは抱きついた。
ソルはぎこちない手つきで頭をなでながら「いつか、もう一度会える時が来るよ」とつぶやいた。パルテが荷物をヘクトールの馬に括りつけているとテルースが二つの包みをヘクトールとティアに渡す。
「これは?」
「サンドイッチよ。薬草が入っているから少し辛いけど身体は温まるはずよ、こっちはティアの方には蜂蜜が塗ってあるから甘いはずよ。それと」
テルースはティアと同じ目線にしゃがみの腕を掴み手のひらに小瓶を乗せた。
「回復薬よ、魔力が無くなりかけたら飲みなさい」
「でも全部持ってかれたって・・・・」
「一個だけ残っていたのよ」
「も、もらえません」
ティアはただでさえ自分のせいで危険と被害を被ったのだからと突き返そうとしたが、テルースは小瓶を握り閉めさせた。「いいから、あとでちゃんとそこの守護騎士に請求するから。吹っ掛けてね」と冗談をいうようにテルースはウィンクして立ち上がる。
「あり、がとう」
「お姉ちゃんがいったように、二度と会えない訳じゃないよ。いつかきっと会えるから。わたしはずっとここにいるから、ね?」
ルナは涙ぐんでいるティアを抱き寄せて励ますようにそういった。「ユースティティアさま・・・・そろそろ」とヘクトールがいう。ティアは外に出て馬の前で振り返る。
「短い間でしたが、本当にありがとうございました」
ルナたちに深々と頭を下げた。
それはティアとしてではなく、王族ユースティティアだった。ヘクトールがティアを抱き上げて馬へと乗せ自分も跨る。
ヘクトールは小さく頷き馬を走らせた。
雨の中に消えゆく二人を乗せた馬をルナたちは見続けた。




