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目覚め

 曇り空で星明りもないというのに小高い丘の上は異様な明るさがあった。

 大きな屋敷が炎に包まれ上へ上へと紅蓮の炎が立ち上り妖艶に動き、火花を辺りに散らし暗闇を照らしている。

 そんな中、まだ火の手が来ていない屋敷の外に数人の人影があった。

 「お父様、私も残ります」

 「ティア、聞き分けのないことをいうな。私たちは十分に生きた・・・・ここで死んでもかまわない」

 「お父様のいう通り、ティアあなたは生きなきゃいけないのよ」

 「いやっ、分かりたくありません」

 ティアに何かを言い聞かせるよう両親の二人はいう。

 火の中を通って来たのか三人の着ている服はすす汚れてる。両親は見たこともない今まで見たこともないような笑みを浮かべており、それを見てティアは一層に不安になり強く首を左右に振り拒否する。

 二人は何も言わずしゃがみティアをいつも以上に強く、強く抱きしめ髪を優しくなでる。

 「・・・・もうすぐここにも敵が来ます」

 「ああ、分かった」

 三人から少し離れた位置に、鎧を身に纏い剣を抜いて敵を警戒している騎士がいった。

 鏡のように顔が映るくらいに磨きあげられた鎧は、今は光を反射することはなく返り血で真っ赤に染まっている。同じように剣にもベットリと乾いてない血が重力に従い、剣先からポタポタと地面へ落ちる。

 「ティアを頼んだ」

 「っく・・・・分かりました」

 「この子を最後まで頼みましたよ・・・・・これを持っていきなさい」

 騎士は自分のかはたまた敵の返り血がベットリと付いた顔を歪ませ答えた。そしてティアを抱きしめながら母親も立ち上がり、騎士の手を取り小さな袋を握らせる。騎士は中身を見ずまた確かめようともせず、静かに頷き袋を体と鎧の間に押し込む。

 「前にこれが欲しいと言っていたわね」そう言いながら、自分の付けていたネックレスを外しティアの首につける。大きな宝石がはめ込まれてあり海のような青く、深い吸い込まれそうな不思議な色をしている。

 「何か困った時は宝石を売ってお金にしなさい。その時は必ずバラバラに砕いて売るのよ、分かった?」

 母親がいつも大事にしていた宝石を自分の首に付けられたことに驚いた瞬間、騎士が素早くティアを抱き上げた。

 騎士はそのまま父親が連れてきた馬に飛び乗る。

 「いやっ離して! 離してよ!?」

 ティアはそういって暴れるが、子供の力などたかが知れている。いくら暴れようとも騎士はビクともしない。騎士はティアを馬の首と自分の間に座らせ紐で自分と痛いぐらいに結びつけたが、ティアは痛がらずに「離してっ!いや、行きたくない!」と泣き叫びながら届かない手を必死に両親に伸ばす。

 騎士は右手に剣を左手には手綱を強く握りしめ、再び自分の主人たちを見つめた。

 燃え盛る炎に照らされた二人は何も言わず微笑みながら静かに頷いた。

 はっ、と騎士はかけ声を出し、馬を強く前進させた。荒く上下に動く視界に映る両親にティアは届かない手を伸ばし再度叫ぶ。

 「降ろしてっ、お願い。お願いだから、降ろしてっ!?」

 「申しわけありませんが、それは聞けません」

 「どうしてよ・・・・どうして!このまま、このままじゃ、お母様もお父様も死んじゃうよ!?」

 「それがお二人の願いだからです、分かってください・・・・・」

 「でも、でも」

 何か言おうとしたその時、暗闇の中から無慈悲で先端が鋭利なそれがティアの口を封じるべく空気を切り裂きティアの体に命中した。

 最初ティアは違和感を覚え思わず体を見下ろすと、ちょうどお腹に深々と長い棒が、一本の矢が刺さっていた。そして自分の血がじわじわと外へと漏れ出し、服を赤く染めていた。

 見た瞬間、激痛がティアを襲い体感したことのない痛さに悶絶する。騎士が話しかけてきたがよく聞こえない。今まで全く眠くなかったにもも関わらず、睡魔に似た何かがティアを襲う。徐々に動きが遅くなり叫ぶどころか腕を動かしているのかさえ分からない。

 瞼が閉じる最後にティアが見たものは燃え上がる自分が育った家と、炎に照らされ暗闇の中で鈍く光る剣を持った黒い集団が両親に切りかかる瞬間だった。


 「(ここは、どこ?)」


 そう声に出したつもりだったが、唇がかすかに動いただけだった。

 体の感覚があるかないかもわからない、まるで夢の中にいるかのようにいるようだ。ぼやけてハッキリとわからないが、視界に映る天井は見知った天井ではないことは分かった。

 鉛が流し込まれたように重い頭を動かし、隣を見ると窓がありそこから日光が差し込んでいて、陽の明かりと温かさが肌で感じられた。普段何ら思わず頬が緩む柔らかい光と暖かさは、今の時間が昼間という事実と自分のいる空間が夢ではなく現実ということを伝えていた。

 「(これは夢じゃない、じゃあお父様とお母様は・・・・・)」

 ティアはいつの間にか目の端から涙が流れていた。

 冷たい涙が肌を伝う感覚が無情にも現実ということをさらに裏付け、堰き止めていた川が決壊するように止めどなく涙があふれだした。

 どれくらい泣いていたのだろう?ふと、何かで涙がふき取られていることに気付いた。かすみ涙でぼやけ、よく見えない瞳で必死に正体を見ようとしたが見えない。

 「(お父様、お母様!――――――じゃない!?)」

 ティアは一瞬、両親かとも思ったが涙を拭くその手つきや力加減はティアのしているそれではない。ましてや使用人や友達とも違う。そのことに恐怖を覚えながらも、ぼんやりとしか映らない瞳を動かし正体を見ようとした。

 視界が少しだけハッキリとした時、ティアは驚いた。涙を拭いていいたのは母親から眠れない時に読んでもらったおとぎ話に出てくる、女神のような汚れなど存在させないような白い人影だった。

 「だ――――ぶ。だい――――だから―――――して?」

 女神さま?そう口にしようとしたが、その女神のような白い人影から発せられた声にティアは再び眠りに落ちた。


 「昼食までには帰って来るから」

 「何かあったら連絡結晶で知らせてくれ」

 魔法や魔力を貯めることのできるガラスのような石が魔法結晶である。

 これを加工したもので離れた者と連絡を取れるのが「連絡結晶」という。使い方は二つセットで魔力を流すことによって、もう片方を持っている者と離れていても会話が出来るという優れ物だ。

 しかし膨大な魔力を使うため中級か大級クラスでなければ気軽に使えない。

 また流す魔力によって距離が決まるため会話するために使う者は限られている。

 だが会話こそできないがルナでも使えるくらいの少しの魔力を流すと、結晶が発行することが可能だ。連絡結晶を使う者の殆どがこの使い方を利用している。

 ルナが動けない時のために家族の誰かがいつも片割れの連絡結晶を持ち歩いている。

 「行ってきます」

 「いってらっしゃいー」

 ルナは家の中から手を振り家族三人を見送る。

 ヘクターとティアの治療した後、簡単な物で朝食を済ませルナ以外は畑へと農作業をしに家を出た。

 見送った後、ルナはドアを閉め普段通りの家事を始める。台所に向かい朝食で使った食器を洗うが少し食器が多い、ちょうど二人分。

 「(ヘクターさんは疲労だけだから私たちと一緒でもいいかな。でもティアさんは衰弱していたから病人食の方がいいかな?)」

 皿やコップを洗いながらいつも通り四人分を六人分にするべきか、別に病人食を作るべきか考えていた。食器を洗い終えたルナは手を拭きながら暗い隅から袋を重そうに引きずり、明るい場所でひっくり返すとジャガイモがゴロゴロと床に広がる。

 芽がもう少しで出てきそうな物を率先して選んでいく「一人五個っと」そう言いながら三十個を残し、他は袋に入れ元の場所へ戻した。

 ジャガイモを両腕一杯に抱え台所に持っていき、ナイフを使いジャガイモの皮を剥き始める。

 「豆とジャガイモは水から煮て・・・・味付けの塩は、少な目の方がいいかな? 肉を多く入れればいいかな。

 それと薬草の残りあったかな?」

 家族以外に自分の料理を振るまったことがなかったルナは、少し心をウキウキとしながら皮を手慣れた様子で次々と剥く。三十個すべて剥き終えたら今度は前もって朝から水に戻しておいた豆の柔らかさを手に取って確かめる。水に戻す前はカラカラだった豆は柔らかくなっていた。

 そして太陽がちょうど真上にきた頃には、完成近くの具沢山のスープを木のお玉を使って混ぜていた。普段あまり使わない大きな鍋に食材を入れ火にかけ煮込んでいた。「もういいかな」煮え具合を確かめ、いつも使っている小さな鍋に二人分を移す。

 そして同じように火にかけ薬草は多めに味付けの塩はほんの少し加え味を見る。

 「うん、これぐらい・・・・」

 味を確かめていた時「ゴトっ」と物音が二人の眠る診察室から聞こえルナは手を止めそちらを見る。少しの間だけ動きを止め他に聞こえる音がないかを耳を澄ませる。

 「気のせい、かな?」

 ルナは料理作りを再開する。

 だが時間が経つにつれ二人が起きたのでは?という考えが膨れ上がり診察室へ向かった。ドアをゆっくりと少しだけ開け、顔を覗かせると二人は今朝と変わらず同じ位置に寝ていた。

 ジッと二人の様子をよく見るが一定のリズムで呼吸をしている。何か聞こえたのは気のせいかな? そう思いドアを閉じようとした時「―――とう――――お――さま」確かにそう言葉が聞こえたルナは、診察室のドアを開け中に入る。

 ベッドに近づくとティアは眠りながら「お父様、お母様」そう繰り返しながら涙を流していた。

 ティアは目を覚まし少しだけ瞼が開かれているが視線が定まっていない。声はかけずに枕元にあった小さな布を手に取り、ティアの流す止めどなく溢れてくる涙を優しくふき取る。ティアは少しして存在に気が付いたのか警戒しているのがルナにも分かった。

 「安心して、大丈夫だよ」

 ルナはそう涙を拭きながら独り言のように小さく繰り返しながら怖がらせないように、警戒させないように優しく言葉をかける。ルナの言葉が聞こえ信じてもらえたのか警戒を解く。

 「―――め―――さま?」

 「え?何て言ったの?」

 ティアは何かを呟き再び眠りに落ちた。

 ルナは布を水に濡らしてティアの目元を拭いたあと、ヘクターの様子を見た。そちらはテルースの魔法が聞いているのか深い眠りだった。

 そしてルナはティアの様子を見るのと休憩ついでに傍でいつものように本を開き読み始めてしまい、スープを作っていたことをすっかり忘れ、煮溢してしまうのは別の話。









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