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患者

 「お母さん、起きて」

 「ん、何・・・・ルナ」

 眠っていたテルースはルナから控えめに揺すられて目を覚ました。

 「患者さんが来ているよ」

 「患者・・・・患者? こんな時間に?」

 テルースが窓から外を見るとまだ真っ暗だ。

 ルナとテルースの会話で目を覚ましたのか一緒に寝ていたパルテも目を覚ました。

 「まさか中に入れてないだろうな」

 「うん、まだ外にいる。自分は軍人で急患がいる、って」

 はあ、とテルースはため息を吐きながらベッドから出て上着を羽織って玄関へ向かう。

 パルテも警戒して自分の剣を片手に後を追う。

 扉から少し離れてソルがパルテのように外にいるであろう存在に警戒してナイフを持っている。テルースは扉越しに声をかける。

 「誰よ?」

 「朝早くにすまない私はヘクタ❘、王国軍の軍人だ」

 「・・・・患者はアンタ?」

 「いや、私ではなく・・・・娘、そう娘だ」

 テルースは少し迷ってから鍵を外して扉を開けた。

 扉前には鎧を身に纏った長身のホワイトエルフが立っていた。

 「私が治療魔法使いのテルースよ」

 「・・・・ランクは」

 「中級だけど?」

 「どうかこの子を治してもらいたい」

 抱えていた毛布を少しだけ広げてテルースに見せた。

 毛布の中にはルナより小さい瞳を閉じた少女が包まれていた。テルースは一瞬だけ少女がルナと同じ存在――――病気かと思う程の白い肌をしていた。

 だがテルースはすぐに少女がルナと同じではないと分かった。

 眠っている少女は顔に脂汗を流し正常でわない荒い息しており苦悶の表情を浮かべている。

 テルースは直感で少女が重症だと分かった。テルースは顔を上げ軍人を見つめる。

 いかにも軍人やといった顔には切り傷がいくつかあり血が流れ、鎧にも切られた後や矢が当たったような跡がついている。時折、ランプに照らされ剣からは本来の剣が放つ光に混じり血油がベットリと付いているのが分かった。

 村の近くには軍の基地はなく戦争どころか盗賊討伐すら行われていない。

 テルースの元には周囲の村からも患者がやってくるので、様々な情報が自然と聞こえてくる。

 昨日も街道沿いに住む老婆がやって来たが、少数の軍が通過しようものなら話してくれただろう。

 「その子が患者?」

 「ああ。頼む、助けてくれ」

 テルースが聞くと男が真剣な面持ちで少女を抱えながら深々と頭を下げる。少し間を置いてテルースが口を開く。

 「・・・・はあ、分かったわ。治療をしましょう」

 「感謝する」

 「テルース」

 「ルナ二人を案内してあげて。ソルは馬を後ろに繋いで」

 「う、うん。こちらです」

 「分かった」

 ソルが非難するような声でテルースを呼び止める。

 ルナは二人を連れて家に入り、ソルは馬の手綱を引っ張り裏手に行ったのを確認してパルテが話を再開する。

 「あの二人は怪しいのは分かるだろ」

 「男だけなら治療する訳ないでしょ・・・・・治療するのは子供の方よ」

 「でも」

 「じゃあ追い出すの。怪我をしている自分の子と同じくらいいの子供を。それも怪我しているのに?」

 その言葉にパルテは黙り込んでしまう。

 玄関からルナが顔を出し「お母さん、準備ができたよ」と知らせる。

 「ありがとう」

 テルースは「いいわね?」という目でパルテを見てから家の中へ入り、パルテはため息をつき肩をすくめながら後を追った。

 診療台にはすでに少女が寝かされていた。

 ルナと同じくらいの少女は整った顔を苦しそうに歪めており、右腹部には運びやすい様にと半分に折られた矢が刺さったままだ。赤葡萄酒のような赤い血が固まり、どす黒い赤に服が染まっている。一応ではあるが布で失血がされている。

 「腹以外にどこか怪我はあるの?」

 テルースは隣の少女を不安そうに見つめるヘクターに聞く。

 「矢以外の怪我はわからない、治療魔法使いを探すのに精一杯だったのでな」

 「そう・・・・ルナはどこか気付いたところはある?」

 「えっと、えと・・・・直接的な傷はお腹の矢だけ。それと大量に出血はしてないけど、体温が低いよ」

 先に少女を見ていたルナのいうようにへその近くに矢が刺さっている、それ以外の傷はないが体が普通より低い。聞きながらテルースも自らも少女の体全体を見るが、ルナのいう通り腹部以外には傷はない。

 「治療を手伝おう」

 「あんたは外に出ておいて、そんなフラフラでは返って邪魔」

 ヘクターはテルースのいう通りに時折小さくだがよろめき、そのたびに鎧がカチャカチャと音を立てている。パルテは見るからに疲労しているヘクターの肩に手を乗せ無言でこっちらに、と誘導して診察室から出ていった。

 テルースは「よしっ、ではやりますか」と気合を入れながら髪を一つに結んだ。


 少女を治療している時、ドア一枚を隔てた隣ではパルテが軍人に同じように手当てをしていた。

 最初こそ固辞していたが無理やり座らせた。

 鎧を脱がせると長くに渡って鍛え抜かれたであろう肉体があり、全身に無数の古傷があるのと同時に生傷もいくつもある。古傷を上塗りするように切り傷から血が下へ下へと流れている。一瞬重症にも見えたが、よく見れば治療魔法を使う程の重症ではない。

 「部下の中に治療魔法使いはいないかったのか?」

 「・・・・・」

 パルテは包帯を巻きながら聞いたが、その問いに軍人は答えない。軍人も自分たちが怪しいことなど十分過ぎるくらいに理解しているはずだ。

 早朝に怪我をした軍人と少女が田舎で治療魔法使いを探していた、誰が考えても怪しい。再び沈黙が部屋を支配する。「終わったぞ」と包帯を巻き終えようやく軍人が口を開いた。

 「ありがとう」

 「娘の名前はティアだ」

 「今の所そういうことにしておこうかヘスキー。

 それでヘスキー様に聞きたいが、何でこんな街道から外れた田舎にいる?」

 「それは治療魔法使いを探してだ」

 「側近を伴わずに?しかも二人とも怪我人をして?」

 「そうだとしか言いようがない」

 ヘスキーとティアというのは見え見えの偽名だ、とソルは分かった。そして核心を聞く。

 「あんた脱走兵か?」

 「違う・・・・いや、そうかも知れないな」

 ヘスキーがここに来て初めて小さく何かを皮肉めいた笑みを浮かべながらいう。

 「連れのミラは何だ?あんたの娘じゃあないだろ」

 「・・・・・親戚の娘だ」

 「ほう・・・・親戚の娘ねえ」

 疑いの目を隠そうともせずにパルテはいった。

 しばらく重苦しい沈黙が続いていたが、それを破るようにドアが開かれた。そこから胸や腕が血だらけのテルースが出てきた。その姿にヘスキーは顔を青くしてテルースに近づく、それに気づき口を開く。

 「助かったに決まっているでしょ」

 ヘスキーは足を引きずり痛む体を動かし、テルースを押しのけて診察室に入った。

 ティアは血塗ちまみれだった服は脱がされルナと同じ服を着ている。矢はすでに抜かれており、顔色も治療する前よりかはいい。

 「とりあえず矢を抜くのは簡単だったけど、矢には毒が塗られていたわ」

 「大丈夫なのか」

 「幸い全身に回っていなかったから解毒魔法で毒は中和しておいたわ」

 「よかった・・・・本当によかった」

 そういいながらヘクターは安心したのかその場にへたり込んでしまう。

 「ヘクター、だったかしら?」

 「ああ」

 「とりあえずこの子が目を覚ますまでこのまま寝かしておくわ。布団を貸すからあなたもここで寝る?」

 「いや、今すぐ出ていく」

 テルースの言葉に反応してヘクターは立ち上がりながらいうが、よろよろだ。

 「そんな様子じゃあ馬どころか満足に歩けないじゃない、いう通りに家でしばらく休みなさい。それにこの子を動かすのは命に係わるわよ、それでもいいの?」

 「しかし・・・・」

 迷ってはいるがヘクターはまだミラを連れて出ていこうか考えている。テルースは近づきヘクターの目を覗き込む。

 「それとも追手に捕まるのが気にかかる?」

 その言葉にヘクターの瞳が揺れた瞬間、テルースは素早くヘクターの頭に手をかざし魔法を使う。次の瞬間はヘクターが驚きの声を上げる暇もなく床に倒れた「つくづく便利と思うよその魔法」とパルテがいう。

 「ええ、本当に便利よ眠り魔法は。特に酔っ払いを眠らせる時とかね」

 真顔で意味深にテルースがいう。

 パルテがヘクターをミラが寝かされている横に運び毛布をかけ、その間もテルースは話を続ける。

 「それも恋人と久しぶりに会ったその日の夜に、酒場で別の女を口説いている男を眠らせる時とかね」

 「あれは・・・・君と久しぶりに会って普段よりも酒を多く飲んだからであって・・・・。この話はもうよそう」

 パルテはテルースの目線から逃れようとバツの悪そうな顔を浮かべながらそういった。 





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