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ルナ

 子供であるソルとルナは村から外へ出たことはない、そのため旅の話をよく両親にせがむ。

 「これは私が大陸中央の森を旅していた時の話だけど」

 ルナは興味津々に藁袋を作る手は止めずに母の旅話に聞き入っている時、ドアが勢いよく叩かれるのと同時に焦る声が聞こえた。

 「テルースさん!いるか!?」

 テルースは椅子から立ち上がり扉へ向かい、開ける。

 扉の前には二人のダ❘クエルフの青年たちがいた。

 声の主であろう男に持たれるように肩から血を出し、痛みに顔を歪ませた男が寄りかかっている。

 顔を見て確か隣村の若い狩人、だということをテルースは思い出す。

 「どうしたの」

 「森で狩りをしていたら道を踏み外して崖に落ちちまった」

 「怪我は肩だけ?」

 「全身を強く打った、胸も痛い」

 「ルナ、水を頂戴」

 「はい」

 聞きながら中へ入れる間にルナはテーブルの上を片付け、カメから椀に水を汲み渡して治療に必要な道具を準備する。 男をテーブルの上に寝かし肩に水をかける。

 「肩の方は、あら❘パックリやっちゃってるわね。

 胸は・・・・肋骨の二、三本が折れているわね。

 他にもヒビが入っているわ」

 「早く、何とか・・・・してくれ」

 「はいはい。完全に治す?それとも半分?」

 「は・・・・半分、だ」

 寝かされた男が苦しそうにいう。

 「はいはい」とテルースは返しながら男の服を脱がし、肩に手をかざし治療魔法を使う。

 すると二つに裂け底から血が止めどもなく溢れていたが、血は止まり皮膚がゆっくりと一つに戻る。

 完璧に直さずに胸の治療へ移る。

 折れている骨は一つに繋げ、ヒビの入っている骨も同様に少しだけ繋げる。完璧に治すこともできるが、その場合は治療費用が高くなる。

 そのためよっぽどのことがなければ殆どの患者は半分を選ぶ。

 「はい終わり」

 「助かったよ、礼をいう」

 少し経ってから治療は終わり、男は先程まで苦痛に顔を歪めていた男はすっかりと元気になり、自力で立ち上がりテルースにお礼をいう。

 「言葉の礼より現物が嬉しいのだけれど?」

 「すまない、俺もこいつも銀貨どころか銅貨も持っていない。狩りも途中だったから獲物もない」

 「仕方ないわね。明後日までには代金を持ってきなさい。 肉ならそこそこのやつを六食分、金なら銅一〇〇枚よ」

 「銅一〇〇?高くないか?」

 「冗談おっしゃい。

 こんなに素早く治療してあげたのよ?

 街で同じ治療を受けたら銀十枚は取られるわよ。

 銅一〇〇という良心的な値段文句あるなら銀十でも別にいいけど?」

 「分かった、分かったよ」

 男は苦笑いする。

 「はい、服」

 そう言いながらルナは肩の破れた所を縫い直した服を男に差し出す。

 「・・・・ああ、ありがとう」

 男は素早くルナから服を受け取り着る。そして二人は早々と家から出ていった。

 「・・・・・・」

 「気にすることないよルナ」

 テルースは後片づけをしながらルナの気持ちが分かったのか、励ますようにいう。

 「・・・・うん」

 ルナから服を受け取った時、青年のルナを見る目は明らかな蔑む目をしていた。

 

 ルナは里子ではない間違いなくテル❘スとパルテの子であり、ソルと血を分けた妹である。

 だが実際にソルの後に生まれたルナはダ❘クエルフではなく、どう見てもホワイトエルフだ。

 それも肌だけではなく瞳も白い。

 ルナの姿を見た村人たちは驚いた。

 最初こそ父親が違うのでは?とテル❘スが疑われたが村にホワイトエルフは住んでいない上、訪れたことさえない。

 テル❘スとパルテの二人はダークエルフであり、生まれてくる子供もソルのように当然黒い肌をしたダークエルフのはずだ。

 そのため村人たちはルナのことを「穢れた子」といういった。そして村人全員が殺すべきだと主張した。

 だがテル❘スとパルテはそれを頑として聞き入れなかった。

 最初こそ村人たちは強く主張したがテル❘スが「村から出ていく」そう主張した途端、周囲は何も言わなくなった。

 魔法は様々な種類があるが全てに共通しているのは魔力を消費して使うというとこだ。魔法というのは精神力・体力・魔力・適性の四つからなるものだ。

 魔力とはどこにでも存在しているつまるところ自然がそうである。

 そして魔力を器うつわに水を入れるように吸収し、精神を整え同時に特定の魔法を除いて体力も使い魔法を使用する。

 そのため精神力を高くするのも重要だが体力も同じくらいに必要だ。

 そして全ての魔法には適性があり、適性が高ければ高い程魔力が入る器が大きく消費する魔力が少ない。

 治療魔法使いであるテル❘スの治療魔法は誰にでも使える魔法ではなく、純粋に適性者にしか使えない。

 魔法使いには大まかに分けて初級・中級・大級と三つのランクに分かれている。

 大級の上を行く特級というランクもあるが、ほんの一握りしかおらず大体が国の役人として仕えている。

 テルースは中級の治療魔法使いで、村だけではなく辺り一帯で治療魔法使いはテル❘スしかいない。

 故にテルースが村から出ていくと村だけの問題だけではなく、周囲の村から責任を問われるためだ。

 だが裏を返せば治療魔法を使えなかったらルナは無理やり殺されていただろう。

 ルナは大きくなるにつれ姿以外の問題が分かった。

 ルナは生まれた頃から病弱だった上に、太陽の出ていない夜しか外に出られないのだ。

 厳密には陽に当たることができない。

 もしも陽に当たってしまうとまるで深い火傷を負ったように肌が赤くなってしまう。 

 一度だけほんの少しだけ雲一つない晴天の日、外に出てしまい全身に陽を浴びてしまい、しばらくベッドの上で死線をさまよった。そのためパルテとテル❘スは新築をさらに改築し隙間を全て埋めた。

 さらに昼間は外に出られないルナのために、テルースが旅の時に知り合った魔法使いのつてで特殊なガラスを窓にはめ込んだ。

 この特殊なガラスを通した陽にだけはルナは当たっても大丈夫だ。村人の殆どはテル❘スの手前、露骨に態度には出さないが、誰しもがルナのことを穢れた子として蔑んだような目でいつも見られている。

 大人たちはそうだが同年代の子供は違った。

 ルナは曇りの日などは軒先の日陰でよく日向ぼっこをしていると、村の子供がルナをからかいに来る。酷い頃は石を投げてくるのは常だった。

 だがその度に姉であるソルが守ってきた。

 病弱といこともあって内気でものをハッキリと言うことのできないルナと違い、ソルは言いたいことは例え大人でもハッキリと言う少女だった。

 ルナが村の子供に石を投げつけられたらその都度、ソルは相手が大勢でも殴り掛かった。

 魔法が使えるようになると今度は魔法で追い返したり仕返しをしてきた。

 それも最初だけで段々とソルからの仕返しに怖くなりルナを虐める子供は少なくなった。

 石こそ投げつける子供はいなくなったが、時々揶揄う子供がいる。ルナも最初の頃は虐められ泣いてばかりだったが、次第にそれが受け入れ、日常として慣れた。 

 そうすると今度はこれまで守ってくれたソルに感謝もするが、ソルの置かれる立場を気にして揶揄いくらいなら別にいいのに、という風に思うようになった。

 ソルも妹を守ってきたというのが日常だった、そのため放っておけないようになっていた。

 大人たちからの誹謗中傷にはテルースかパルテが、子供からはソルに守られてルナは育って来た。

 テルースはガラスを購入する時、夜や曇り空の時しか外に出られないルナのために五冊の本を買った。

 本は一番安いのでも平民からすればとても手を届く物ではない。高給取りに分類される治療魔法使いのテルースがこれまで貯めてきた財産は、家の改築とガラスそして本の購入で全部使い切ってしまった。

 五冊は魔法書、イニティウム王国の歴史書、動物図鑑、料理書、童話集だ。

 特にルナの一番のお気に入りは童話集で毎日読んでいるので、すっかり紙の端は丸くなっている。村には老魔法使いが自宅で村の子供たちに、魔法を教えるついでに文字や歴史を教えている。

 ソルも通っているが当然昼間、そのためルナはテルースやパルテから教えてもらった。

 男が去った後も怪我をした何人もの患者が診療所にやって来た、男のように重症者がいれば子供の熱が高い、腰が痛いなど様々だ。手が必要な時はルナも手伝いをしたが、歳が高ければ高い程ルナを軽蔑の目で見た。

 そして太陽が上がってきた方向とは逆の地平線に半分だけ沈み最後の患者が帰った頃、狩りに出ていたパルテとソルが獲物を背負って帰宅した。

 「お帰りなさい」

 「ただいま母さん」

 ソルがそう返しながら軒先に仕留め束にした鳥を置き、パルテの背丈程もある鹿をドサッと隣に置く。

 テル❘スが鹿を見下ろし「鹿は随分とご無沙汰ね、それに型の良い鹿は」という。

 「ああ鳥を狩っていたら群れと遭遇してね」

 パルテは話しながら鹿の皮をナイフと手で手際よく剥いでいる。

 「最後に狩ってきたのはいつだったかしら?」見ながらそうテルースがつぶやいていると、ソルが「母さん夕飯に鳥、使う?」と狩った鳥を片手に聞く。

 「一、ニ、三、四、五、六、六羽捕ったのね。腕を上げたはねソル」

 テル❘スがソルの髪の毛をくしゃくしゃと撫でる。

 テル❘スのいう通りに鳥を仕留めた矢はすでに抜かれているが、穴が開いているところは六羽全て首または頭だ。

 褒められたソルは少しはにかむ。

 「そうね、今日は贅沢に二羽も食べちゃいましょう。後はそのまま吊るしておいて」

 「分かった」

 四羽の足を縄に結び軒先の屋根に埋め込まれたフックにかけ、今度は地面にしゃがみ二羽は羽を毟り出す。

 大体の羽を毟ると今度は火の魔法を少しだけ使い、残っている細い毛を焼く。

 「ルナ~」

 「なにお母さん?」

 「今日の夕飯は鳥にしようと思うのだけど何が食べたい?」

 心なしか弾んだ声で「食べないの?」とルナは鹿を指さしながらいう。冬に入る前の鹿肉はとても美味しいからだ。

 「鹿は全部保存食にするからダメよ。

 そうね・・・・一羽は焼いてもう一羽は全部スープに入れてしまいましょう。料理手伝ってくれる」

 「うん」

 鹿が食べられないと分かり少し残念そうにソルから羽を毟った一羽を貰い、台所へ向かおうとする。

 「ねえルナ、最後にパルテが鹿を買ってきたのはいつだったかしら?」

 「お父さんがジェミニ王国の国境線警備に行く前。でもその時の鹿は痩せていておいしくなかった」

 ルナがハッキリと母からの質問に答えた。ルナのいうジェミニ王国は内陸部の隣国である、しかしパテルがジェミニ王国に仕事に向かったのは冬季二つも前の話だ。

 そして鹿が痩せていた何て細かいところまで覚えていた。

 ルナはとても頭がいい、それこそテルースやパルテよりも。

 ソルがまだ文字を半分覚えた頃、ルナは完璧に読み書きができた。テルースから旅してきた様々な国の言葉も教えてもらい外国語も少し喋れる。

 テルースは幼い頃からいろんな国や地域を旅してきた。一人で旅をするようになると治療魔法だけではなく、小級ではあるものの全ての魔法を使える。

 魔法使いとして草原を、無数の村を、一三の大きな国を、海に出て旅もしてきた。同じように戦場や国を渡り歩いてきたパルテより遥かに博識で頭がいい。

 長い時間をかけて博識なテルースよりも、そんな人生の半分にも満たないルナがテルースと同等、いや上回るくらいに頭がいい。治療魔法こそ使えないが、治療魔法を使わない応急処置や外傷や病状だけでどこが悪いかなどは殆ど分かる。

 自分が外へ出られない代わりにルナは家族から様々な出来事を話してもらい聞いた。

 そして一字一句を全てを記憶した。まるで大地が水を吸収するかのように。

 ルナはいくつもハンディキャップがあるがそれをカバーしても有り余るくらいの学力がある。

 ルナには体力や陽に当たることのできない体質の他にも魔法が不得意というのがある。一切使えないという訳ではないが、魔法を使うのに必要な三つの要素である精神力、体力、適性が異様に低いのだ。

 病弱の上に外出が出来ないので運動は限定されるので当然体力は付かない。

 虐めや自分のせいで家族に迷惑が掛かっているという風にネガティブになり精神も統一どころか常に不安定。最後には肌や瞳、髪と関係あるかはわからないが適性も低い。

 そのため今朝のように気軽に誰もが出来る魔法でも常人の倍以上の時間が掛かり、魔力と体力を大きく使ってしまう。魔力が切れてしまった場合常人ならば気絶、悪くて一、二日寝込む位で済むがルナの場合は完全に魔力を使い切ってしまうと命にも係わる。

 頭がいいからといって周りから尊敬されることは絶対にない。

 魔法のランクこそがこの世界においては絶対なのだ。

 魔法至上主義の過激派から言わせればルナは外見や体質、そして適性が低いため異端とも言われるかもしれない。

 ルナはテルースと一緒にキッチンに立ち鳥の下処理をする。

 パルテとソルは一緒に蒸し風呂へ入り汗や疲れを流している。火の魔法で水を沸かし風呂を作ることもできるが、時間も体力も使うため魔法を使える者は石をいくつか火の魔法で熱すか元から竈かまどで焼いておく。

 そして風呂の代わりに蒸し風呂に入るのだ。ちょうどよく二人が出てきた頃には、テルースとルナの鳥料理も完成して夕食となった。

 テーブルにはソルが仕留めた鳥を一匹丸ごと焼いた料理と、大量の肉が入ったスープにいつも食べている黒パンがある。

 朝食時のように四人が椅子に座り、お祈りをしてから食事を始める。

 テルースは鳥の丸焼きを人数分に切り分けパルテは肉をつまみに地酒を楽しみ、ソルとルナは沢山を目の前に無言で食事を勧める。

 テルースその様子を微笑みながら自分も食事を始めた。

 いつもの、少し豪勢なメニューを除けばいつも通りの一日の終わりの光景がそこにはあった。








 

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