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最終訓練

 「・・・眠い」

 まだ空が暗い中、光成たち第四分隊はベース入口近くの車両置き場にいた。

 そして田中三曹の眠気と疲れた声の周りにいる第四分隊の隊員も同じような表情をしている。

 第四分隊は昨日の投下された補給物資回収のため、トラックに乗り込み一三時頃出発した。

 投下された物資の数は四つ。三つは比較的まとまって落ちていたが、四つ目の投下物資は風に大きく流されてしまった。

 光成たちは陽が沈む直前に落下ポイントから離れた所で発見し、四つ目を回収した。

 本来なら長くても三時間程で終わる任務に予想外にかかり、ベースに帰投したのは二一時近くだった。

 さらに帰投した後も仕事が残っていた、まず明日から行われる最後の大規模訓練のため準備を行っていた。

 運が悪いことに第四分隊は本隊に先駆けて先行するため、本隊より早く出発する偵察部隊だ。

 その結果就寝したのは三時を過ぎていた。

 そしていつも通りに六時に起床し岬一佐の訓示を聞いた後、朝食を取り九式戦闘車の周りで人を待っていた。

 ちなみに補給物資の中身は弾薬や食糧だった。新大陸においても緊急性を要する物資は空中給油を挟んでC❘2が行うことになっている。

 それ以外では新大陸から離れた海上で行い、その際も未知のウィルスや細菌などの感染を考慮して直接人員間の接触はない。

 七人が寝惚ねぼけ眼まなこでタバコを吸っていると「あ、あれじゃないですか?」とアルベルトがタバコを持った手で指した方向を光成が見ると、周りを行きかう調査隊員から浮いている二人を発見した。

 二人も光成たちに気付き近寄る。

 「第四分隊か?」

 「そうです」

 「創意グル❘プ創意警備会社に所属している武装警備員の川本雄二だ」

 「第四分隊分隊長の八上光成一等陸曹です」

 そう話しかけてきた川本が敬礼すると光成だけではなく、第四分隊全員がタバコを捨て姿勢を正し敬礼をする。

 いくら元とはいえ相手は叩き上げのエリート隊員の上官だ。

 川本は辞めた後も鍛えているのだろう、四三というのに体格はがっしりとしている。

 パンパンに膨れたボストンバッグを背負い、米軍のようなグレー色の都市迷彩を着ている。

 首から下げているカービン型の九式銃には複数のアタッチメントを付いており、胸と腰に一丁ずつ拳銃をぶら下げている。まるで特殊部隊のようだ。

 「対話者?の外神興子です。一週間、よろしくお願いしますね」

 川本の護衛対象である興子が一番周りから浮いていた。

 美形の上に光成と同じくらい高身長で光成が九年前の記者会見や資料で見た長い濡れ羽色の黒髪は、バレリ❘ナのようにシニヨンにしている。何より目立つのは

 「えー、外神博士」

 「苗字やフルネ❘ムで呼ばれるのは好きではないの、下の名前で呼んでください」

 「分かりました、興子博士。その恰好は一体?」

 「白衣では、ダメですか?」

 興子はそういうと自分の服を見下ろす。

 官邸で行われた会議と同じ服装、紺のジ❘パンに黒いティシャツの上に白衣という服装だ。しかもハイヒ❘ルのヒ❘ルは普通に歩くのも苦労しそうなほど高い。

 寒い一二月の外着としてもおかしいのに、これから一週間の野外訓練に出向く格好ではない。

 「ここベースならいいでしょうが、今日から一週間の野外訓練をするのですよ?

 白衣もですが特にハイヒ❘ル、ダメです」

 「・・・そうですか」

 興子は心なしか残念そうにいうと白衣を脱ぎ、肩にかけていたリュックを降ろし中から上着を出す。

 光成と川本は今後のことについて話す。

 「川本・・・元三佐?」

 「三佐は付けなくていい、呼び捨てで構わない。

 私は興子さん護衛という性質上基本的に興子さんとツ❘マンだ。だが戦闘時に必要なら手を貸す」

 「了解しました」

 「これでどうですか?」

 「ああ・・・はい、それで大丈夫です」

 興子は白衣から白いジャンバーに着替えた。

 しかしジャンバー以外は持ってきていなかったらしく。

 急遽雪欄シュンランと浅海が宿舎に戻り、私服として買ったダウンの付いている白いズボンを宿舎から持ってきたものを着ている。

 靴はハイヒールから同じように浅海が買った登山靴を履いている。

 休日はすることがないため、少し離れた所にある山に登山やピクニックをする隊員が多い。

 第四分隊も休日に何度か登山をした。アルベルトと田中、浅海は九式戦闘車に上り、砲塔後部にあるラックに全員の荷物を入れ、入らない分は車体横に括りつけている。

 そんな時、調査隊本部から光成に無線が入る。

 『こちら調査隊本部、第四分隊へ聞こえますか』

 「はい、こちら光成」

 『川本雄二と外神興子の両名と合流できましたか?』

 「ああ、両名と今合流した」

 『どれくらいで出発できる』

 「いつでも行けます」

 『では直ちに出発せよ』

 「了解。全員乗車、出発するぞ」

 光成の号令に早速女子トークをしていた興子と愛花、雪欄は後部ハッチから入る。

 車上にいた三人は車体後部にある二つの上部ハッチから車内へと入り、最後に光成と笹村が乗車しハッチを閉じた。

 同時に九式戦闘車のエンジンがかかり、択捉島の汚染されていない澄んだ大気に黒い排ガスをまき散らす。

 「前進」という車長の声に九式戦闘車は動き出した。


 ゲートをくぐり少し雪が積もり、太陽の陽でキラキラと光っている草原を走行している。

 ベースを離れてしばらくして、揺れて薄暗い車内で光成が古川と興子の二人に訓練内容について説明する。

 「今回の訓練は十日から二〇日の十日間です。

 第四分隊に与えらた任務は、本隊から先行してルート確保と偵察任務。

 大陸種を発見した場合、接触はせずに本隊に連絡し本隊にいる対話者の到着を待ちます。それと突発的に大陸種と接触した場合は一応、対話することも任務の内です。

 大陸種は二種に分けられており、知的大陸種と非知的大陸種に分かれています。

 これに関しては対話者である興子さんの方が詳しいと思いますが?」

 古川の質問に光成は興子を見る。

 「そういえばそんな仕事、したような気がしますね」といいながら興子は授業をするような口調で話し始めた。

 「まず大陸種は大きく二つに分けられていて知的大陸種と非知的大陸種、この二つです。

 知的大陸種は家や服を着ており国や村などの組織を形成・維持している種。

 人間と同程度の知能を持っているだろうというのが知的大陸種です。

 後者の非知的大陸種は、まあ人間社会でいう犬や猫、鳥といった動物ですね」

 「それはどうやって決めたのです?あと判別の仕方は?」

 「偵察衛星や第二次調査隊が飛ばしたドロ❘ンによって取集した情報を元に学者が決めました。

 調査隊が持ち込む物資の中にAIユニットが含まれています。このAIには我々が知的・非知的大陸種の二つに分けた大陸種がインプットされており、大陸種を発見した場合カメラで撮影し、画像を元にAIが判別を行います。でしたっけ?」

 滑らかに説明していた興子が最後は疑問形で締めた。

 「ありがとうございます」といいながら後を光成が引き継ぐ。

 「まず大陸種を発見した場合、カメラにより情報を取集を行います。

 同時に画像を元にAIが知的・非知的大陸種のどちらかを判別します。

 調査隊の目的はその知的大陸種と接触・対話です。決められたルート上には小さな村がいくつもあります。

 しかし衛星からの情報では伝染病または内乱の影響かは不明ですが、活動がない村もいくつもあると思われます。

 本部はこれらを廃村と指定しており、まず我々偵察部隊が廃村に入り知的大陸種の存在の有無を確認。

 存在しなかったら偵察任務に戻り、村の調査は本隊が行います」

 「任務は分かった。交戦規定は?」

 「知的・非知的大陸種と問わず人間と同じ交戦規定です。 襲い掛かって場合は射殺命令が出ています」

 「最初から射殺命令が出ているのか・・・」

 古川の言葉に光成は頷いた。

 九年前の自衛隊なら絶対にありえない命令だが、光成はもとより古くから自衛隊にいた古川もそれに驚かない。

 自衛隊はすでに国民へ銃を向け射殺もしたからだ。

 少し前の警察なら例え殺人犯などの凶悪犯でも海外のように射殺はせず逮捕していた。

 だが今では米国のように警察・武装警備員・自衛官は正当防衛を理由にその場で射殺している。

 国民はそれらを容認している、というよりかは無関心だ。 今の日本では銃声がすれば道を行きかう人はその場に伏せるか、しゃがみながら建物や遮蔽物に隠れる。

 学校でも銃声がすれば伏せるように、そう銃社会の米国の子供のように教えられる。

 この九年で日本にはあまり馴染みが薄かった銃の存在が急速に認識された。

 同時に治安の悪化で警察や武装警備員が、米国の警官のように銃を使用することは当たり前になっている。

 凶悪犯の射殺など当然のようになっている。

 「そして非知的大陸種の場合はさらにAIが行動敵対判定を行い、グリ❘ン・イエロ❘・レッドの三段階の判定に分かれます。

 グリ❘ンは「安全」つまり無害。

 イエロ❘は「行動注視」で無害かも知れないそうじゃないかも知れない。

 レッドが「危険」でこちらに敵意がある生物で、無条件の攻撃許可が出ています。

 調査隊隊員の間では信号機と呼んでいます」

 光成は二ヤっと笑う。興子はわからないような顔をしているが、古川はすぐにその理由が分かり同じように笑いながらも律義りちぎに理由を聞いた。

 「どうしてだ?」

 「グリ❘ンの順で、進んでよい・可能なら進んでよい・ゴ❘!轢き殺せ!です」

 「まあ轢きこ殺したら俺らが血を洗う破目になる整備班から怒られるけどな。」

 車長の言葉にドッと湧いた。





  ベースを出発するときは見えなかった太陽は姿を現し高く上がっている。

 「ゴ❘ストタウンから十キロ地点」

 「停車しろ」

 「了解」

 砲手からの報告に車長は止まるように指示すると、光成たち第四分隊と興子と古川の乗った九式戦闘車は緩やかに草原の真ん中に停車した。

 砲手のいったゴ❘ストタウンという文字通りの廃村と指定された村のことだ。

 だが百パーセント知的大陸種がいないとは言い切れないため、九式戦闘車でそのまま乗りつかずに徒歩で向かう。

 外に出る前に光成はそれぞれの役割をいう。

 「雪欄とアルベルトは左翼へ、笹村と浅海は右翼に展開・援護、残りは村正面から入る。

 それと緊急時を除き使用マガジンはブル❘。質問は?」

 「AMTはどれを持っていきます?」

 「あ❘、グスタフを持っていけ」

 「了解」

 「スコ❘プ、使ってもいいですか?」

 「許可する。他に質問は、よし、全員降車」

 光成の命令に浅海が後部ハッチを開け外へ、残りも続いて外へ出る。

 雪欄とアルベルト、田中、浅海の四人は左右に別れ、光成たちより先に村に向かう。

 雪欄の九式銃の上には狙撃銃に乗せるようなスコ❘プが乗っている、雪欄は第四分隊で一番の射撃の名手なので遠距離から援護を任される時に自前で買ったスコープを付けている。

 それと光成のいったブル❘マガジンというのは空包のことで、訓練中の調査隊員は空包と実弾の二種類を所持している。

 マガジンには青と赤のビニ❘ルテ❘プが巻き付けてある。実弾を所持している理由は、択捉島には大きな熊がよく出没するからだ。

 上陸訓練初日に森の近くで訓練をしていた部隊が偶然にも熊と遭遇、隊員が空包で驚かせば逃げると思い発砲したが、逆に逃げるどころか襲い掛かってきた。

 隊員たちは近くの装甲車に逃げ込み助かったがそれ以来、度々熊が出現したため実弾入りのマガジンが一つずつ持たされるようになった。

 最初に殺してしまった時はわざわざ解体業者を北海道から呼び、数人の隊員が解体を覚えた。

 それからというもの、熊を殺した日の夕食に出されている。

 「お二人はどうしますか」

 光成は飛び入り参加の古川と興子に聞いた。

 二人の役割などが特に決まっていないためだ。

 「ん、そうですね❘。付いていってもいいのなら一緒に行きたいのですけど?」

 「分かりました、BC装備は必ず持って下さい」

 「はい」


 自然豊かな草原を進むこと二時間。

 光成たち五人は少し盛り上がった丘に到着した。

 丘からは廃村を見下ろせた。

 廃村は木材で出来た小屋のような家が十数建、ポツンと草原の真ん中にある。

 ARGを通して見なければ実際はパイプとベニヤで作られている掘っ立て小屋だ。

 光成は先行した雪欄とアルベルト、笹村、浅海の四人が援護可能な位置に到着したかを確かめる。

 「位置に着いたか?」

 『そちらがハッキリ見えます。興子さん、疲れていないの、意外ですね』

 『ああ、それは私も思いました。配置に着きました』

 「了解。行きますよ」

 「は❘い」

 光成の言葉に愛花と田中と何かを話していた興子は子供のように返事をする。

 雪欄が無線でいう通り光成たちより軽装とはいえ、息切れもしてなければ疲れた素振りもない。

 光成たちの九式銃は古川と同様に接近戦を考え、降りる前にストックを変え短くしている。

 興子を除いて銃を持っている四人は構えずに斜めからかけて腰にぶら下げ、両手をフリーハンドにして歩き出した。

 本来な不測の事態に備えて銃を構えながら向かうのが、接触・対話を考えてなるべく敵対・威嚇に取れる行為を控えるようにと命令されているためだ。

 丘から歩いて二十分、光成たちは廃村の入り口に到着した。

 木造の家は人の気配が全くなく、光成たちは頻りに目線だけを動かし警戒しながら奥に進む。

 「大陸種が出てくることはあるの?」

 「ええ、出てきます。最初相手にしたときは幽霊と戦っているようでしたよ、何せ音がないから」

 五感を研ぎ澄まし警戒しながら進む光成とは真逆に、飄々としている興子は笑みを浮かべながら進む。

 左右にある家の窓や扉は完全に締め切られている、進むと少し開けた場所に出た。

 開けた場所のちょうど真ん中には井戸らしきものがある。光成が中を覗き込むと暗くてよく見えないが、底に水が溜まっているのが分かる。

 「じゃ、一軒一軒ノックしてお宅訪問して周りますか」

 「映画見たいに足で蹴破らないのですか?」

 「味方か敵と分かっていないのにそんなことはできませんよ」

 興子の言葉に愛花は苦笑いしながらいう。

 田中が近くにあった家のドアに近づき軽く三回ノックする、田中にはそれなりに分厚い木製の扉に見えるが実際はベニヤ製のため安っぽい音がした。

 数分待つも住人が出てくる気配がなく隣の家に移り同じことをするが、結果も同じだった。

 最後の一軒になり田中がノックした時、家の中から何かが動く音・が聞こえた。

 田中はビックリしながら少し後ろにいる光成たちに声を押さえ伝える。

 「住人がいるみたいですよ!」

 「は?どうして分かる」

 「中から音が聞こえたからですよ」

 田中の言葉に光成は接触となれば後は興子に任せようと思った瞬間、あることに気付き怒鳴る。

 「バカ!音は出ない!?」

 「え」

 光成が怒鳴るのと同時に扉が勢いよく壊せれ、中から黒い巨体が飛び出してきた。

 扉の前にいた田中は黒い巨体にもろにぶつかり横の方へ大きく飛ばされる。

 熊だ、しかも優に二メートルはある巨漢の真っ黒な毛をした熊が、数メートルしか離れていなかった光成たちに突進してきた。

 「避けろ!」

 光成がそういう前に愛花、古川、興子は横へプールに飛び込むようによける。

 立ち上がりながら光成は「援護は!」と怒鳴るが『リロ❘ド』『家が邪魔で撃てない、移動します』と村の外にいる四人は答える。

 舌打ちしながら熊の次の行動を見る。

 熊は少し進んだところで停止、体の方向を光成たちに向ける。

 明らかに光成たち四人に狙いを定めている、空包で脅かしても意味がない。

 目を横にやると愛花と古川はすでに立ち上がり愛花は光成と同じようにジッとして熊を見つめ、古川は倒れていた田中に手を貸して立たせている。

 熊はジッと光成たちの様子を見つめている。

 古川がレッドマガジン、実弾に変えようとした時「動かないで」と興子が静止するようにいう。

 「動いたら襲い掛かってきますよ?」

 「・・・ではどうしろと」

 「マガジンを変えるより広場に戻り援護を受ける方が早いと思います」

 広場までの距離はおよそ百メ❘トル。


 グルルルル❘❘

 と熊が牙をむき出し口の端からよだれを垂らしながら四人に向かって唸る。

 「それが正解のようだな」と愛花の提案に古川は賛成する。

 「位置についたか」

 『広場ならいつでも、撃てます。そこ、だとあと二分』

 『同じく』

 「一分も待てないようだぞ、熊さんは」

 黒い熊はゆっくり五人との距離を詰める。

 「雪欄、広場に熊を誘き出す。三つ数える、三で一斉に走るぞ」

 光成の言葉に四人が頷く。

 「一・・・・二・・・・三!」

 光成の合図と共に四人は走り出す、熊は遅れてその巨体を動かし後を追う。


  五分後。


 「助かったよ、雪欄」

 「どういたしまして」

 第四分隊全員が廃村の広場に集合しており、九式戦闘車も向かっている。

 熊の死体を見下ろしながら田中が雪欄にお礼をいう。

 田中は広場に入った瞬間転んでしまいあともう少しで熊に噛みつかれそうになったところで、雪欄が放った銃弾が田中を救った。

 初発は肩に当たり痛みで熊が立ち止まったところで、二、三発と頭に命中。

 ゆっくりと熊はその場に倒れ込み、危うく田中が下敷きになりそうになった。

 家を調べたところ後ろに入口のように破壊されていた。

 興子が今朝会った時と変わらない声音で光成に「これ食べられます?」と聞いてきた。

 「ええ食べられますよ。ですが解体屋はベースにしかいません」

 「え、じゃあ食べられないの」

 「そうなりますね」

 興子はあからさまに落胆して見せ隣にいた愛花や雪欄が励ましている。

 「でも確か後方にいる本隊には解体が出来る人間がいた気がしますよ」

 「まあ、我々は本隊と合流するのは三日後です。

 それまでに熊肉が残っていないと思いますがね」

 一瞬、パァ❘っと笑顔になった表情から再び落胆する顔になる。

 その様子を見ていた全員が笑うが光成は内心、目の前の興子がわからなくなった。

 最初は少し抜けたところがある天才学者と思っていた。

 だが熊と対峙した時に古川が動くのを静止するようにいった時に光成たちが緊張している中、興子だけが変わらず笑みを浮かべていた。

 走っている時も全く緊張しているのを感じ取れなかった。 今、目の前で熊肉が食べられなくて落ち込んだり、抜けたような場面を見せるのは演技なのか?

 不思議な人だ、そう光成は思った。

 ちょうど九式戦闘車が光成たちの前に到着したその時、古川が太股のポーチから衛星電話を取り出し少し話したあと「博士、お電話です」と興子に差し出す。

 悲しそうな表情を浮かべながら興子は「はい、はい」としばらく受け答えをしてから電話を切った。

 「予定が変更になりました」と衛星電話を古川に私ながらいった。

 「変更?」

 「私がどうしても必要な仕事ができたらしく戻って来て下さい、と懇願されていまって。

 今からヘリで向かいに来るそうです」


 そういって十分も経たない内に廃村の傍に、オスプレイが通常ヘリのように二つあるプロペラを上に向け着陸した。

 今回の訓練と本番では緊急とされること以外ではヘリの使用が禁止されている。

 音で大陸種に気付かれる可能性が大きいからだ。プロペラは止まらずに回転し続け、後部ハッチから乗員「早く乗れ」と手で訴える。

 「それでは、またどこかでお会いしましょう!」

 「はい、分かりました!」

 興子はプロペラの出す爆音に声がかき消されないように大声で、一人ずつに別れの挨拶を交わす。

 古川も光成に大声で「健闘を祈る!」といい、興子と一緒に後部ハッチから乗り込みハッチが閉じられる。そして少し経ってからフワッとオスプレイが浮き上がり、高度が上がるとゆっくりとプロペラを前方へ倒して固定翼モードに変えた。光成たちが来た道に消えた。

 オスプレイが見えなくなりポツリとアルベルトが「結局、何をしに来たのでしょうね?」と全員が思っているであろうことをいった。

 「さあな、全員乗車しろ。偵察に戻るぞ」と光成は指示を出す。

 どうしてそれを聞かなかったのだろう、そう光成は思いながら九式戦闘車に乗り込み後部ハッチが閉じた



 「大丈夫ですか?」

 「・・・・大丈夫では、ないです」

 和子の気遣うような声に突き刺すような冷たさの湧き水で顔を洗いながら恵美は答えた。

 恵美は隊員と同じく起床ラッパで起きた後、第二分隊と一緒に朝食を取った。

 朝食の後は昨日中断した講義、応急処置の仕方を受けた。 恵美はこれまで応急処置の講習を数回受けたことがあった。

 その時は寝かされているマネキン相手に、怪我を想定して止血や包帯を巻くものだった。

 最初は一般的な応急処置を受けたが次第に銃弾による負傷や剣で切りつけられた箇所、完全に切断された腕や足の止血などと変わっていった。

 手や足が正常ではない方向に向いており、一部から骨が付き出して血と骨が露出している状態を力ずくで元に戻し添え木をする。

 切断された腕や足から血がピューピッーと噴き出している箇所を手で押さえながら、止血剤や包帯を巻くなどの応急処置。

 腹の切れ目から腸がデロンと飛び出とても体内に収まっていたとは思えない程の量を素手で腹に戻す応急処置。

 しかも全てARGをかけて行ったため、昨日より吐く人間が続出した。

 しかも負傷者に見立てたマネキンはジッとしておらず、時折ビクッと小さく動くならならまだ良い方で。

 殆どの人間が暴れたりや痙攣しながら悲鳴を上げるのだ。

 マネキンは昔の安っぽい人形のように動いているだけだが、ARGを通して見ると叫びながら血を辺りにまき散らしているのだ。

 マネキンにはトロミと鉄分臭の付いた水が入っており、負傷具合によって飛び出る仕組みになっている。

 叫び声は部屋の四ケ所についているスピーカーから流れている。

 本来なら徐々にリアリティーを上げて、慣れさせていくが今回は時間がないためいきなり最高リアリティーだった。恵美たちはARGをかけ、自分に噴き出したドロッとした血が当たる中、手で出血箇所を押さえたりしたのだ。

 てらてら、と真っ赤に危険な色に両手は染まり、服や顔にも血が付着するのだから。

 男より少し血に耐性や見慣れている女の恵美でも最初の少量の出血は大丈夫だったが、一〇〇CC以上の出血で人目や場所に構わず吐いた。

 ARGとちょっとした工夫により、恵美たち記者の五感はこれらを現実として認識した。

 作られた臭いと音、感覚により最初の一時間は吐くのと血に見慣れるのに取られた。ARGをかけていない周りの人間から見れば、怪しく動くマネキンから出る水に濡れて青い顔をしながら包帯を巻いているように見える。

 だがARGを通して見ると血を噴き出しながらバタバタと暴れる人間を、押さえながら応急処置をしている記者たちの図が完成した。これらを出発するまでの三時間タップリ、応急処置講習を受けた。

 講習が終わった頃には恵美たちは全身血だらけだった。講習の間、全員が吐くことはもちろんのこと気絶する記者もいた。

 講習が終わってすぐに第一、ニ中隊が出発することになり、恵美も第二分隊と一緒にトラックに乗り込みベースを出発した。トラックに乗っている間、恵美は寒く濡れた服のまま気絶するように停車するまで眠っていた。

 本隊が止まっている場所は、草原の真ん中にある廃村だ。大陸種の存在の有無は偵察部隊が確認していたため、本隊は車両のまま廃村に乗り付けた。

 さらに偵察部隊が廃村を調査していた際に熊と遭遇・射殺した。

 熊を解体できる隊員がいたため廃村を調査している間に熊を解体することになった。

 だが解体する際に肉を洗うのに使う真水に余分はないので、近くにあった川で洗うことになり恵美も着替えるのと気分転換に付いてきたのだ。

 二人から少し離れた川下には五人の隊員が解体した熊の肉を洗っている。

 顔を拭いている時、バタバタというヘリコプターの音が聞こえてきた。

 思わず上を見上げ音源を見つけようと探すと、徐々に音が大きくなり恵美は音源を見つけた。恵美が中学生くらいの時に何かと騒がれたオスプレイが飛んできた。

 確かヘリは使ってはダメだったはずでは?と思っている間もオスプレイは止まることなく、恵美たち本隊の上空を高速で飛び去った。

 オスプレイの姿が消えてようやく恵美は人心地つき、記者としての仕事のやる気を出した。

 「和子さん廃村に入れますか?」

 八日後、択捉島での訓練が終了。





 新年号十年、西暦二〇二九年。

 日本と日本人が第二地球に来て十年。


 一月一五日、調査隊が新大陸に向けて出発した。

  

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