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帰投

 太陽がちょうど真上に上がっている時間、光成指揮する第四分隊は九式戦闘車と共に三日間の単独先行訓練を終えキャンプベース(ベース)へ帰投した。


 ベースは上陸地点から五キロ内陸に位置する。

 メインゲートを通ると車両が置かれており、奥に進むと隊員の宿舎、娯楽、食堂、医療のコンテナがある。

 一番後方にはヘリポートや倉庫になっていて、中央は少し空間が出来ており指令室がある。

 ベースはまるでアフガンやイラク戦争の時に米軍が作った基地のようにヘスコ防壁で囲まれており、上から見ると綺麗な四角形に作られている。

 調査隊隊員は全てコンテナを宿舎として使っているコンテナには四つ種類がある。

 光成たち隊員の宿舎タイプと連結させ食堂や娯楽、トレーニング設備があるタイプ。一番頑丈な材料で作られている作戦指示を出す司令室タイプ、士官用一~二人の個室タイプだ。

 この士官タイプには隊員間での性行為専用コンテナ・・・というのは()()冗談で、拘束部屋としての機能を持っている。拘束の必要ある隊員または捕虜とした大陸種を閉じ込めるためのコンテナだ。

 事実ベース後方で一番端にある。

 しかし中に入るゲートを通るためにはいくつかの規定を踏まなければならない。

 まず入口手前に停車し、車内にある検査機器を使い隊員全員にウィルスが付着・感染していないかをチェック。

 それが済んだら徐行しながら車体を洗車し同じ流れで送風機による乾燥、指定場所に停車して除染が完了しているかチェック。

 車両の乗員全員が降り、今度は全員がシャワー室(除染室)に入り体を隅々まで洗う。

 こうしてようやく隊員はゲートを通りベースへと入れる。 これらは早くても三〇分かかるため、パトロールなどに出動する部隊では必ず紙おむつを着用するようになった。体調がマイクロチップによりリアルタイムで分かるため、水分が少なかったらAIが水分補給するように無線で注意する。

 注意された場合、水に余裕がない場合を除き水分補給は義務付けられている。

 ここに寒さが加わることによりパトロールに出動した隊員の殆どが、ゲートもしくはシャワー室目前で漏らしてしまった。

 そのため急遽、補給物資の中に紙おむつが加わった。

 規定通り光成たちは降りて服と装備を外し、全裸になり隣接しているシャワー室に入る。

 そしてドアを閉めると頭上のスプリンクラーのような細い水道管から水・が噴射された。

 「ギャ❘!」

 「そこはもっとこう女の子らしくキャ❘!では」

 「そんな余裕あるか!」

 頭の上から勢いよく出てくる水を被った愛花が男のような悲鳴を上げ、隣にいたアルベルトが脇を洗いながら茶化すようにいう。

 愛花は怒鳴り返しながらアルベルトの足をけった。

 「ちゃんと隅々まで洗えよ」

 光成は体を洗いながら二人に注意するようにいう。

 本来なら四十度のお湯が出るはずだが、給湯器がポンコツなのか使用なのか最初は水が出てくる。

 一一月中旬とは言えここは北海道より上に位置する択捉島だ、そのため浴びている水は身を刺すような冷たさだ。全員がその冷たさを紛らわそうと無言で体を動かす。

 五分くらいしてぬるいがお湯が出始め、八分になった頃には待望の温かいお湯が出てきてシャワー室はモクモクと湯気が立ち込める。

 たっぷり二〇分かけて冷え切った体を温め、体を拭き用意しておいた服を着てようやくベース内へと入った。

 脇道に雪が少し積もっており、今もちらちらと雪が降っている。光成と正義以外は宿舎へ向かい、光成は司令室へ正義も医療本部へ報告しに向かった。

 体が冷え切った頃にようやく、報告を終え正義と合流して速足で第四分隊の宿舎へ向かう。

 「クッソ寒いな、何度だ?」

 「えっと・・・マイナス四度です」

 「ああ、通りでクッソ寒い訳だ」

 その問いに正義は温度計が付いた腕時計を見て答え、それに光成は悪態をつく。第四分隊の寝泊まりするコンテナへと白い息を吐きながら向かう。

 コンテナの見本市のような間に作られている道を急ぎ、ほどなく光成は「第四分隊」とプレートのかかっているコンテナに到着した。

 北海道の民家のように二重ドアになっており二つのドアを開けて中へ入った。

 「この乳液コスパはいいけど質がね❘」

 「そうですね。愛花さんこれ創意化粧品の新しい乳液、五〇〇ポイントで買えますよ」

 「デリッシュ!」

 「つまみは?」

 「お、ハムがある。ナイフ」

 愛花と雪欄の二人は一つのベッドに座り、タブレット端末で三日間の訓練で貯まったポイントを何と交換しようかと話し合っている。

 アルベルト、田中、浅海の三人は早速ビール缶を開け、田中がナイフで分厚いハムを切り分けている。笹村は肩に軽く積もった雪を払い、自分のベッドに座って医学書を開いて伝染病に関して勉強をしている。

 光成は自分のベッドに横になりベッド下にある箱を開け、手慣れた様子であさり最近はまっている葉巻を取り出し火はつけずに口にくわえる。

 そして訓練中も持っていっていた電子ブックリ❘ダ❘をリュックから取り出す。

 ベッドに横になりながら何を読もうかとブックマーケットを見る。

 しばらくして読もうと決めた本は光成が生まれる遥か昔に出版された外国のSF小説だった。

 さあ読もうとページを捲ろうとした時、壁についているスピ❘カ❘から『光成一等陸曹、司令官室へ』そう流れた。 「何かやったのですか?」とビール缶片手に顔が赤い浅海が訪ねる、他の五人も不思議そうに光成を見る。

 休暇のひと時を邪魔された光成は起き上がり、苛立ち気に「知らん」と返しながらコートを着て寒い外へ出た。


 少し歩き左右のコンテナが切れ少し開けた中央に到着した。

 いくつかの十個のコンテナが連結された指令室入り口には九式銃を持った歩哨が立っている、光成は軽く敬礼して指令室に入る。

 入って少し進んだところにタッチテ❘ブルがあり、周りを複数の幹部隊員が囲み何かを話し合っている。

 その中には今回訓練の事実上最高指揮官である岬一佐が立っていた。

 ふとし顔を上げ拍子にちょうど光成と目が合った岬一佐は横にいた幹部隊員に何か話し、輪から外れ光成に手で付いてくるように伝えてきた。

 頷き、後を付いていき何度か曲がると指令官室に到着した。

 岬一佐がドアを開け光成も続いて入る。

 司令官室は小さなテーブル一つにソファー二つ、奥には折り畳みの机とパイプ椅子が置いてあるだけのとても質素な内装だった。岬一佐は奥の椅子に座るが光成は後ろで両腕を組み、足を少し広げ目線を少し上に固定する。

 岬一佐は机の引き出しから何か書類を出し、何かを書き込みながら「ただでも狭いのに余計狭く感じるから座れ」と短くいった。

 いう通りに安物のソファーに座り次の言葉を待った。

 「最後の大規模訓練でメディアの人間が加わるのは知っているな?」

 カリカリと紙に文字を書き込む音だけが響き、しばらくしてからそう口にしながら書類片手に光成の向かいに座った。

 「はい」

 「その際に研究者や対話者も参加することになっている」

 「はい」

 「メディアや研究者、対話者は本隊に同行するはずだった。

 が、対話者の一人が先頭部隊に同行することになった」

 対話者というのは文字通り大陸種との対話する人間のことで、言語学や心理学といった技能を持っている。

 そして岬一佐の続きの言葉を自分の呼ばれたことと結び付け察した。

 「その時の先頭部隊というのが・・・」

 「そう第四分隊だ」

 「・・・民間人は先頭部隊に同行はしないと聞きましたが?」

 「本当はそうだ、当然向こう(新大陸)でもそれに変更はない」

 「ではなぜ同行を?」

 「その対話者が先頭部隊への同行を希望したのだ。これがその対話者の資料だ」

 そういい手元の資料を光成に差し出した、右上には「重要」と赤い判が押されている。

 資料には顔写真が貼ってあり、それを見た光成はどこかで見たような感じを覚えた。

 「この人って九年前の()()()ですか」

 「その通り九年前の記者会見で説明した外神興子だ」

 顔写真入りの資料に載っていたのは外神興子その人だった。

 「彼女は確か上陸チームの指揮を執るのでは」

 「チームの指揮を執るとはいっても肝心の大陸種との接触がない限り、対話者たちの仕事はあまりない」

 疑問が解け資料をザっと流し読みし、四枚目を捲ると外神興子とは別の人間の顔写真があった。

 「もう一人は足手まといにはならないはずだ」

 「・・・確かに足手まといにはならないですね」

 外神興子の経歴や資格は一般人から郡を抜いての高経歴だが、もう一人の方も別の方面で高経歴だった。


 川本雄二 男性四三歳 十八歳で陸上自衛隊に入隊北部方面隊に配属。

 三年後には冬季遊撃過程を受け冬季遊撃レンジャー資格を取得。翌年には第一空挺団に転属、空挺レンジャーを取得後、第一空挺団第一普通科大隊に編入される。

 十一年在籍して平成三〇年に創設された水陸機動団へ転属。三年在籍して依願退職、退職後は創意グループの創意警備会社に入社。最終階級は三等陸佐。

 たたき上げのエリート隊員だ。

 「彼は外神興子の護衛として同行する。

 階級についてはあくまで「元」三等陸佐であって命令権は貴官にある。彼には命令権は一切存在しない」

 付け加えるように岬一佐がいう。

 「はあ、この二人は最後まで参加するのですか」

 「ああ、とは言っても帰路は違う。理解したか?」

 「はい」

 「ではこの件は頼んだ。下がっていいぞ」

 「はっ」

 光成は敬礼をして司令官室から退出し司令室を後にする。 外へと出たら先程まで細かい雪しか降っていなかったが、今降っているのは一つ一つが大きい牡丹雪ぼたんゆきだった。

 これはかなり積もりそうだな、と光成は考えながら宿舎のコンテナへと急いだ。 


 

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