ARG
九式戦闘車は未整地の草原を走行しているため、薄暗い車内はゴトゴトと揺れる。兵員室の光成たちは揺られながら使った九式銃の点検をしていた。
「やっぱり音が必要よね」
「今日何度目だ、その言葉?」
「そんなことより音どうにかできないですか浅海さん」
「ムリムリ。例えできたとしてもショボイものしかできないよ。俺はそんなムダな仕事する気はない」
愛花の願いに第四分隊の中での認識がメカニック(技術オタク)、という位置づけの浅海は手を振りながら拒否する。 同意をする相手を今度は九式戦闘車の乗員に向ける。
「皆さんだって音が欲しいですよね」
「ん?俺は殆ど車内にいるから音とかはどうでもいいな」
車長の言葉に操縦手や砲手も同じような答えを口にする。
「そうです。最初は驚きましたけど、リアルなVR映画、見ている感覚です」
「そうだよねー雪欄ちゃん」
隣に座る雪欄がたどたどしい日本語で同意し、嬉しそうに愛花が言いながら抱き着く。
高いお金を払い映画館に行く人間はもうおらず、映画館側も巨大な設備投資や維持費をかけても利益が出ないどころか赤字になるだけのため映画館は個人経営を残してすべて撤退している。
その個人経営の映画館も数える程しかない。
そこで登場したのがバーチャルリアリティー(VR)を使ったVR映画館だ。
VRとはヘッドギアを被り、内臓されているディスプレイに専用の映像やデータを写すだけではなく、人間の五感を刺激することによりまるでそれが現実にあるかのように錯覚させるものだ。
二〇〇〇年代以前から存在はしていたが、リアリティーにかけるものだった。
しかし近年に入りそのVR技術は急速に高まりつつあり、さらには一般人も購入できるまでに成長した。
雪欄のいったVR映画というのはVRを使い、疑似的に映画館の中にいるかのように錯覚させる。
そしてダウンロードした好きな映画を再生するというものだ。まるで映画館の巨大なスクリーンで見ているかのように感じる。
巨大な施設などを建設しなくてもネットカフェのような小さな個室にVR設備を導入するだけで、十分に映画館として機能するのだ。
光成たちが倒した(破壊?)ゴーレムは新大陸において衛星やドローンでその存在が確認された、だが日本本土や離島、当然新島にも存在しない。
何より光成たちはゴーレムどころか昨日はドラゴンも倒していた。
その際は田中三曹が「〇一軽対戦車誘導弾ミサイル改」を使い撃ち落とした。
これは個人携行の対戦車誘導弾ミサイルだが、地対空誘導弾として改良された「九式個人携帯地対空誘導弾(九式ミサイル)」という名称で調査隊に配備された。
当初は「九一式携帯地対空誘導弾」を使うはずだったが、威力不足が指摘され九式ミサイルが導入された。
グスタフこと「八四mm無反動砲(B)」も旧式化と威力不足が指摘されたが、改良が施された「八四mm無反動砲(C)」が配備されている。
本体は構造こそ変わっていなが新素材の使用により一.五キロ軽量化、照準器のデジタル化がなされた。使用する砲弾も新たにいくつか加わっている。
その一つが先程使った「HEDP 555/556 誘導多目的榴弾」だ。
この砲弾は発射されたら砲弾本体先端と後部の二か所から制御翼フィンが展開される、そして照準器または外部誘導により目標までに誘導できる。
これにより長距離の移動目標に対しても命中精度が格段と上昇した。そのため先程、雪欄がレーザーで誘導を行ったため四発全弾が命中したのだ。
グスタフから誘導しなかったのは装填中で本体が揺れていたからだ。
話が少しそれたが第四分隊や調査隊が択捉島で戦っている敵はVRと少し似た技術、オーグンメテッド・リアリティー・グラス(ARG)により作り出された存在だ。
ARGは現実に「ない」物を、コンピューター・グラフィックス(CG)により「ある」と認識させる技術である。
一番身近なのはスマートフォンのアプリ等で人物の写真を撮る際に、犬・猫耳や鼻が画面に顔に重ねて表示されるものやゲーム内のキャラクターをボールで捕まえるというアプリゲームもAR技術によるものだ。
軍事ではヘッドマウントディスプレイ(HMD)と呼ばれている。パイロットは計器を見ないでも飛行高度や速度、兵器の残弾などを確認できる上、アパッチでは砲手ガンナーが見た方向に下部の三〇mm機関砲が連動して動く。
これまで攻撃ヘリなどのガンナーはスコープをいちいち覗いて照準していた。だがアパッチなら攻撃したい目標を見たものがそのまま照準され、トリガーを引けばいいだけだ。
F-35に至っては機体全体に散りばめられており、カメラから送られてくる映像を加工しHMDにこれが映される。これにより本来死角である機体下部や後方が機体を動かさずに、首を動かすだけで三六〇度見える。
ARGの形はサングラスとさして変わらないが、装着すれば人でもドラゴン、ゴーレムでも見えるのだ。そしてそれらはコンピューターグラフィックス(CG)により作り出され存在だ。
そしてARGの特質すべきところは小型な点とそのCGの完成度の高さだ。
先程のゴーレムが走って来たところの草は踏まれ、倒れたゴーレムの破片が辺り一面に散らばっている。その一つ一つに影が出来ているのだ。
もちろんゴーレムは拡張された存在、CGによるものだがただ単に作られた存在ではなく、それが現実に存在した場合どのような影や質量を持つかも含まれているのだ。
これらのデータやエフェクトの演算処理は通信衛星を通して、一二五〇キロ離れた東京にあるスーパーコンピューターによって行われている。
この訓練地である択捉島では沿岸部から五キロ地点からランダムに、衛星やドローンで捉えられた大陸種をデータ化した存在を表示させている。
正し欠点の一つとして愛花が言ったように音がない、無音なのだ。これはネットワーク経由のため、ゴーレムの歩く音やドラゴンの羽ばたく音、鳴き声なども聞こえるようにした場合、そのデータ量は非常に膨大になってしまう。
さらに音を出すスピーカーをどこに設置するのかという問題もあった。
結果的に音はなしというまま訓練に投入された。
ARGは仮想敵を表示させるだけではない。
味方が視界に入れば体の輪郭が緑色に表示され、敵味方の判別や咄嗟の位置確認ができる。さらに自分を含む隊員の生態データも確認できたり、銃本体を見れば残弾が表示される。
本物の暗視装置より精度は落ちるが暗視装置機能もついている。ARGにはバッテリーは組み込まれておらず、迷彩服五型からワイヤレスで給電される。
このARGは調査隊に参加している全員がかけることを義務づけられており、ゴーレムやドラゴンといった動物(?)との戦闘だけではなく、知生体、大陸種との対話や戦闘訓練も想定されている。
これまで陸海空自衛隊で銃全般での射撃訓練時、丸もしくは人型の的に向かって射撃を行ってきた。
米軍においても的に向けての射撃はあるが、実銃でペイント弾やプラスチック弾といった非殺傷弾を使い生身の相手に発砲する訓練がある。
これは生きている人間を撃つことに慣れさせる意味合いでの訓練だ。
辛うじて人だと分かる遠距離ならいざ知らず、相手の顔が分かる距離で引き金を引くという行為は想像するよりもかなり躊躇する行為だ。そのため生身の人間に対して非殺傷弾を使いそれを慣れさせるのだ。
VRによる射撃訓練など様々な訓練は二〇〇〇年代初期から存在するが、あくまで教科書で予習するようなもので最後は実際に行うのだ。そしてどうしてもゲーム感覚しかなく、とても訓練には感じれないないしろものだ。
択捉島においてはARGを使用して人を含めたエルフなどへの人型大陸種への、近距離射撃訓練が行われている。しかもARGでの射撃訓練はかなり意地悪いものだった。
最初は人型ではあるがその姿はとてもアナクロ、最初期のCGで作られたようなものだった。
服を着て武器も持っているが全体的にノッペリとしており、顔などは口や目さえなくただ人型であるということだった。
銃弾が命中すれば血を模した赤いブロックが飛び散るようになっている。
そして草原には工事現場で使うような足場とベニヤ板で作られた簡素な掘っ立て小屋はARGを通すことにより、立派までは行かないが北欧の昔あったであろう家に早変わりした。
そこでは最大で四~五メートルという近距離での射撃訓練が行われた。もちろん実弾ではなく空包でだ。
隊員たちは最初こそ射撃訓練として臨んでいたが、三~四日目になると完全にゲームになり、十日目ともなると完全にゲーム感覚で訓練をしていた。
攻撃を受ければ隊員も負傷するようになっているそれこそ剣で切られそうにになり、咄嗟に腕で受け止めようとしたら腕が切断されたように見える。
徐々にグラフィックが上がっていき、今では音こそないが表情や血だまりなども表示されるまでになっている。負傷者が出れば医官が実際に怪我したような傷口を治療する。
そしてゲーム感覚にさせる要素がもう一つあった。
「田中さん、ゴーレムはポイントいくつでした?」
「あ❘、八〇〇ポイントくらいだな。ドラゴンの方がうまかったな」
愛花の質問に田中がARGを通して見える視界の左上の数字を見ながら答えた。そう仮想敵を倒した場合、それぞれの決められたポイントが倒した隊員がもらえるのだ。
このポイントは一種の通貨としてキャンプベースの売店で使える。
最低の一ポイントでは飴一個と交換でき五〇〇ではお菓子やタバコ一箱、一万ではしもきたで普段食べられないごちそうを食べられる券。
女性隊員向けには様々なグレードの化粧品や服なども用意されている。交換できる女性服などの中にはわざわざ空輸されて運ばれるものもある。
そして一番使うポイント高いものは一〇〇万のもので訓練終了時に寄港する際には休暇が二日程ある。
その際に高級娼婦しょうふや男婦だんしょうと一夜を過ごせるというものだ。かなり前から売春は法律により認められており、登録制になっており政府の管理にある。
楽しみのない択捉島ではいろんな物と交換できるとあって、隊員たちのやる気を出させるには十分だった。さらにはポイント欲しさで部隊連携を乱さないように、連携を乱した場合は給料の減額に加え出される食事の量が目に見えて減らされる。
逆に部隊に貢献すればポイントがもらえる。
隊員たちはこぞって連携を重視しその結果、部隊連携が格段に向上した。
「ポイントいくつ溜まってます?」
「二〇〇〇だな。昨日タバコ二つと交換したから」
「それだけあれば十分に全員分のお菓子と交換できますね」
「何で俺がおごらなきゃいけない」
まるでゲームを遊ぶように隊員たちは仮想敵を倒した。
ポイントの高い仮想敵を倒したらキャンプベースの帰路で、何と交換しようか?と笑顔で話すさまはまるで子供がお菓子売り場に来て迷うように話しているようだ。
光成はそんな光景を見ながら、昨夜に部隊長間に知らされた報告を思い出していた。
もう少し訓練が進めばよりリアリティーが上がり体の一部なども破壊描写、頭がぐちゃぐちゃに、腕や足などが吹き飛ぶのも表示されるようになる。という報告だった。
それでも隊員たちは動じないだろう。
徐々に倒す、殺すことに慣らされた自分たち兵士は、光成はそう思いながら九式戦闘車のエンジンに混ざって聞こえる部下の話声を聞きながら瞼を閉じた。




