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択捉島

 一週間の事前訓練が終わり明日には択捉島へ向かう。

 光成は眠気とベッドに入りたいのを我慢して「司令官室」と書かれたプレートが下がっているドアの前で立ち止まった。

 手の甲で素早く三回ノックすると、くぐもった声で「入れ」と応答が聞こえ「失礼します」と出来るだけしっかりと声を出し入室する。

 ドアから入って正面にある机の上は書類の山が出来ており、挟まれる形で座っている岬一佐は光成に目もくれず書類仕事を続けている。

 光成はドアを閉め重い瞼を頑張って開き敬礼をしながら報告をする。

 「第二普通科中隊第四分隊隊員の参加意思を報告に来ました」

 その言葉にようやく岬一佐がペンを置き目線を上げ黒い瞳で光成を見る。そして無言で続きを促す。

 「第四分隊の隊員七名全員参加の意思を確認。不参加隊員および欠員ありません」

 「了解した」

 光成からの報告に岬一佐は再びペンを握り目線を書類に戻す。

 だが光成は部屋から退出せず、前々から気になっていたことを質問する。

 「一つ質問してもいいでしょうか?」

 「なんだ」

 「私は志願での参加ではなく()()()の命令で参加しろと上官に言われました。

 具体的にはどこら辺からの命令なのでしょうか?」

 「・・・」

 岬一佐は少し考えてから口を開いた。

 「今回調査隊には六四名のハーフ隊員が参加している」ペンを置き光成の目を見ながら話し出した。

 「この内二四名は貴様と部下のアルベルト一等士のように白人・黒人と日本人のハーフで、それ以外はアジアやラテン系だ。

 そして二十四名全員が貴様と同じ指名によって参加が決められた・・・指名をしたのは情報庁だ」

 「情報庁が?」

 光成は驚いた。いままで北部方面か防衛省辺りだろうと考えていた。

 何に全く違う、それどころか別の省であり悪名高い情報庁とは、と。

 「私や山下陸将補どころか防衛省すら詳しい理由は知らされていない。

 分かっているのは調査隊発足が決まってすぐに、情報庁から防衛省に宛てあるリストが送られてきた。

 リストには陸海空自衛隊隊員にいるハーフ隊員の名前が書かれていた。

 そして調査隊へ参加させろ、そう要請があった」

 「そう、でしたか・・・」

 「聞きたいことはそれだけか?」

 「・・・はい」

 「明日に備えてしっかり休んでおけ。以上だ」

 「はっ」

 光成は敬礼をして退出した。

 普段ならまだ隊員が起きていて騒がしい廊下だが、明日の出発に備えてドアは閉じられシンと静まり返っている。

 自分の部屋に向かいながら、なぜ情報庁が自分を?そう考えていた。

 「どうしました隊長」

 「ああ笹村二曹か。ちょうど全員の参加意思を報告してきたところだ」

 話しかけてきたのは分隊内の医官である笹村正義(ささむらまさよし)ニ等陸曹だった。

 医官である笹村は光成たち通常隊員と違い訓練時間は三分の一程度しか受けていない。その変わりに伝染病に関する対象法や治療法のレクチャーを詰め込みで受けていた。

 肉体的には全く疲れていないが精神的にかなり疲れる内容だ、伝染病が肉体に感染し進行する過程を永遠と見せられるのだから。

 「そうでしたか。ご苦労様です」

 「そちらもな。今日でレクチャーは終わりか?」

 「ええ、ですが向こうでも(択捉島)訓練の合間を縫ってネットを介してのレクチャーは続くそうです」

 そう話していると明日には帰って来ることのない第四分隊に当てられた部屋に到着した。

 そしてドアを開けるとちょうど正面の床に愛花一士が倒れていた、しかも上半身裸で。

 「・・・」

 横に視線を移すとベッドにすがるように雪欄が息を立てて寝ている。そばには対戦車ミサイル(MAT)手の田中伊平三等陸曹が寝ている、パンツ一丁で。

 三人に共通しているのは傍にビール缶やピーナツ、裂きイカといったつまみが散乱しており、愛花に至っては空になったコップ酒がいくつも転がっている。

 浅海三曹やアルベルト一士はというと奥のベッドで毛布を頭までかぶって寝ている。


 ストレス軽減のため自衛隊に限らず多くの省庁では大きな規律の変更などが実施された。

 二日目の早朝、山下陸将補が訓示をしている際に隊員が質問したのも規律の改革のためだ。九年前の自衛隊と比べれば現在の陸自の規律はかなり甘い。

 だが光成の前に広がる惨状が許される程緩くはない。

 恐らく一週間の濃密な訓練が終わったのをお祝いに酒を開け、途中で付き合いきれなくなった浅海とアルベルトが先に就寝したのだろう。

 そしてなおも三人は飲み続けた。

 両隣や向かいの部屋にいる他の部隊隊員たちは二人のように無視して睡眠する方を選んだのはすぐに分かった。

 光成と同じように絶句していた笹村が「どうします、これ?」と光成に指示を求めた。

 「・・・・毛布でくるんで転がしておけ」

 「了解」

 九時間後。入間基地の駐機場に乗る前からエチケット袋を使う三人組がいた。





 「二時の方向、距離八〇〇。複数のゴーレムタイプを確認」

 「こちらに向かっているか?」

 トレーラー07の車長からの問いに、砲手が外を移すディスプレイを見ながら答える

 「あー、はい。七~十キロ程度の速度でこちらに急速に接近しつつあり。

 行動敵対判定がグリーンからイエローになりました」

 「LRADエルラッド準備」

 「LRADエルラッド準備了解」

 車長の言葉に砲手と操縦手が復唱し、車長が自分の手元にある操作パネルでLRADと表示されているボタンをタップする。

 『使用する方位を決めてください』と妙にかん高い合成音声特有の声が聞こえ、使用する方向を示すため車両全体像が表示される。車長は迷わずに二時方向をタップする。

 『二時方向に対して使用しますか?』と同じ声で最終確認をしてきた。

 「スタンバイ」

 『スタンバイ了解。二時方向に対してLRADを向けます』

 しばらくしてから砲手が再び口を開いた。

 「ゴーレムタイプ依然として接近。

 距離六〇〇―――あ、行動敵対判定がレッドになりました」

 「判定に従い、ゴーレムを敵と判断。

 LRADによる行動抑制を実施する。スタンバイ解除、鎮圧開始」

 『スタンバイを解除。実施します』

 機械的な声が実施します、といったがこれと言って何も変化がなかった。しばらくして「LRAD効果なし。ゴーレム依然として接近」そう砲手が報告する。

 「ADSを同目標に使用」

 『ADSを起動、同目標に対して使用しますか?』

 再び車長が確認ボタンをタップする。先程と同じで車内は全く変わらない。そして結果も。

 「目標に効果なし、依然接近」

 「ゴーレムを敵と設定。攻撃準備」

 「攻撃準備了解・・・火器管制システムがエラー。三五mm射撃不可」

 「MAT(対戦車ミサイル)?」

 「MATも同じく射撃不可。機銃のみ射撃可能」

 砲手からの兵器使用不可という報告に車長は思わず舌打ちをした。すぐさま後方部隊へ報告する。

 「こちらトレーラー07トレーラー07、コンボイ05へ。聞こえるか」

 『こちらコンボイ05、聞こえている。送れ』

 「ゴーレム四体と接触、繰り返すゴーレム四体と接触。判定はレッド、火器管制がシステムエラーを起こしたため車両兵器が射撃不可、射撃不可。これより停車して交戦する」

 『了解』


 「停車する。仕事の時間だ、外に出て応戦してくれ」


 通常のよりも頑丈そうなヘルメットを被った車長が振り向き、背後の薄暗い兵員室に座っている第四分隊、光成たちにいう。

 そして車長が「停車、停車」と短く二回いうと緩やかにブレーキがかかり、全員の体が前へ持っていかれた。

 完全に停車したことを確認して光成が指示を出す。

 「降車、降車、降車」

 光成がそう呟きながら後部ハッチを自分で勢いよく開け、暗い空間から外の世界へ飛び出す。

 一瞬、視界が真っ白になったが立ち止まらずに速足で歩く。

 「トレーラー07を囲うように展開。田中と愛花はグスタフを使え」

 咽頭マイクを通して部下六名にエンジン音の中、光成の出した命令が明瞭めいりょうに伝わり、同じように骨伝導イヤホンを通して明瞭に「了解」という返事が聞こえた。

 停車した場所は本土では見ることのできないスモッグのない透き通った空の下、青々としている草が生える草原だった。

 数メートル離れた所で飛び込むように伏せた。

 光成の指示に従うようにレーラー07を囲うように、第四分隊の六名が同じように展開する。

 ちょうど配置に着いた頃には最初に見えた物体はハッキリと見える距離まで来ていた。

 身長は優に五メートルは超えている人の形をした土色の巨人、ゴーレムが四体腕を勢いよく振りながら()()()光成たちへ向かって走って来ていた。

 「距離は?」

 光成がそう聞いたのと同時にトレーラー07の砲塔がウィーン、という低い音を立ててゴーレムの方へ向く。

 そして止まったと思ったら三五mmの横に取り付けられた副武装の12・7mm機関銃M2が、重低音を連続して立てながら射撃し始めた。

 アルベルトの九式軽機もゴーレムに銃口を向け発砲し、他もつられるように射撃する。

 『距離五三〇』とトレーラー07から知らされる。

 「グスタフは距離四〇〇で任意射撃。

 雪蘭はレーザー誘導。他は三人を援護」

 「了解」

 「装填ヨシ、後方ヨシ」

 伏せながらグスタフを構える田中のヘルメットを愛花一士が二回、軽く叩いて装填完了を伝える。

 少し離れた所に伏せている雪欄が、銃身下部に取り付けてある多用途レーザー器を起動しゴーレムに赤いレーザーを当てる。

 風とそれに揺らされる草の音しかしなかった世界は、銃声と排せつされた薬莢同士がぶつかる金属音が途絶えることなく響く。

 トレーラー07の周りを光成たち第四分隊の七人が伏せながら、向かってくるゴーレム四体に向かって制圧射撃を始めた。光成も九式銃の安全装置から単発射撃にセレクタ❘を合わせて構える。

 ホログラフィックホロサイトを覗くと風景に重ねて赤いサークル中央に点ドットが見える。

 弾道落下を考慮してドットをゴーレムの頭らへんに持っていき引き金を引く。十数発撃った頃、最初よりゴーレムがはっきりと見えた瞬間、小銃や重機関銃とは違うまるで花火のような爆音が銃声の中に短く加わった。

 田中三曹のグスタフが発射された音だ、グスタフの銃口と後方から煙が出ている。

 時間差で先頭を走っていたゴーレムの上半身に命中し、ゴーレムが後ろに倒れ動かなくなった。「次弾装填」という声に愛花が素早く地面に置いた背嚢に付けられた予備砲弾を取り外し、グスタフの後部をスライドさせて次弾を装填する。田中三曹のヘルメットを叩く。

 「装填完了、後方ヨシ」その合図から少し間をおいて二射目が発射され、今度は右端のゴーレムに命中する。

 肉体?素材?である土や岩が辺り一面に破片がパラパラと散らばる。

 愛花が同じように次弾を装填し田中三曹のヘルメットを叩く。間をおいて三射目が発射され、今度は左端のゴーレムの腹に命中して膝から崩れ落ちる。

 最後の一体になり光成は「射撃中止」と短く命令を出すとピタリと銃声が止んだ。M2は少し間をおいて停止した。

 最後のゴーレムはM2や九式銃からの銃撃を受け、所々がボロボロと穴が開いており心なしか速度も落ちているように見える。

 草原は元の風に揺られる草の音とトレーラー07のエンジン音、それと愛花がグスタフに次弾を装填する金属音だけになった。

 「装填ヨシ、後方ヨシ」

 その合図に田中がグスタフを発射する。

 放たれた四発目の榴弾がゴーレムに見事胸に命中し、ゴーレムは後ろへ音もなく倒れた。

 その様子をしばらく見てもう動かないと判断した光成は次の指示を出す。

 「周囲警戒」

 了海、と言いながら六人が答え立ち上がり、自身も九式銃に安全セーフ装置をかけて立ち上がる。

 額の汗を袖で拭きながらかけていたサングラスを取ると、二〇〇メートル先にあったはずの倒れていたゴーレムが一瞬で消えた。

 そのことに驚かず再びサングラスをかけなおすと、再び視界に倒れたゴーレムが現れる。ゴーレム残骸を横目に光成は「全員乗車」と指示を出しトレーラー07へ乗る。

 後部ハッチを閉じて少し間をおいてトレーラー07、九式戦闘車が緩やかに動き出す。


 光成たちがいる草原は新大陸ではない。

 一一月中旬の択捉島において訓練をしていた。


 光成たち調査隊は予定通りに、入間基地からC❘2輸送機で択捉島天寧(てんねい)空港へ降り立った。そして空港からV-22オスプレイで十キロ海上に待機していたしもきたに乗艦した。ここまでは順調だった。

 季節かはたまた運が悪かったのか、上陸訓練が予定されていた十月上旬はまさに大時化おおしけ(強風があり波が高い)だった。

 全長が一七八メートルもあり満積載量に近いしもきたが大きく左右に、時には上下するくらいの大時化だった。

 普通なら演習どころの話ではないが、訓練期間がただでさえ短いので延期できないため予定通りに訓練は開始された。

 何せ気象予報の予想では二~三週間は続くと予想したのだ。そこまで待っていたら予定が大きく狂ってしまう。調査隊隊員たちの殆どがこの時化にやられ、艦内そこら中で吐きまくっていた。

 創設時に「日本版海兵隊」とマスコミから揶揄された水陸起動団の隊員でさえもだ。

 軽傷者は出したものの重軽傷者や死者を一人も出さずに、奇跡としか言いようがないが上陸訓練は終わった。

 予定では夜間に水陸機動団がゴムボートで橋頭堡を確保するはずだったが、当然延期されLCACと揚陸艇の二艇で人員、車両をピストン輸送した。

 そして最後の人員と車両を輸送し終えた次の日、人間の気象予報をあざけ笑うように雲一つない晴天となった。

 調査隊隊員たちは気象予報を出した人間と自然を恨みながら基地設営と内陸部展開訓練を開始した。


 余談だが、陸海空自衛隊にはそれぞれの気象予報官という職種がある。

 文字通りに気象予報を行う隊員だ。だがこの日本では防衛費削減に伴い全ての気象予報を行う部隊は解散し、全ての気象予報を民間へ委託している。


 光成たち第四分隊は単独で調査隊本隊より先行して進んでいた。本来先頭を務めるならもう少し規模が大きいが、接触・対話を考慮して少人数とされ先頭は一台だけと決まっている。

 そして先頭を務める第四分隊が乗っているのは新開発・配備された「九式多目的装輪装甲車」だ。光成たちが乗っているのは戦闘一型の歩兵戦闘車(IFV)タイプのものだ。

 この九式多目的車はモジュラー構造を取りいられているため、作業時間一時程度で間用途に合った装甲車に変換できる特徴を持っている。

 なお調査隊に配備されているのは調査隊仕様のため、自衛隊に導入されるものより性能や装備、車体が違う点がある。

 戦闘一型の武装は、主砲の九〇口径三五mm機関砲KEDは八九式装甲戦闘車から流用し、副武装として同軸に一二.七mm重機関銃M2一門。砲塔両側面には大型生物用に改良された「九六式多目的誘導弾改」の発射基が二基ずつ装着してある。

 ウォータジェットが二基搭載されているため、水上も航行できる。

 迷彩五型同様に車体全面にナノディスプレイが施されており、全面白に赤いラインが二本横に走っているもちろん電子迷彩が使用可能。

 さらに車上前部には小型化したADSとLRADの二つは非殺傷兵器と分類される兵器の一種で、LRADは一般的に音響兵器と呼ばれるものだ。


 名前の通り音を出す兵器であり、従来通りに音を出した場合、音は放射状に広がる性質があるこれだと味方や使用者にも被害が出てしまう。

 だがこのLRAD本体はパネル状の形をしており、向けた方向に対して指向性を持たせた音波を照射できる。

 つまりピンポイントで遠くにそれも一部にだけ音を流すことができる。

 詳しく言えば暴徒鎮圧での使い方は、高い音などを流して無力化するといったものだ。実際に米軍が暴徒鎮圧ように大量配備しており、各国軍警察なども配備している。日本では海自の他に一部自治体が避難無線用に導入している。

 ADSはLRADと同様にパネル状ではあるが、音波ではなく電子レンジなどに使われる電磁波を出すものだ。

 電磁波を人間に照射すると誘電加熱、一般的には電磁調理器(IH)が有名だが。これを発生させ照射し、された人間の皮膚の表面温度を一瞬で高く上昇して、まるで火傷を負ったかのような錯覚に陥らせるものだ。

 照射された人間は思わず余りの熱さに反射的に飛び上がってしまう。注意しておくがあくまで錯覚させるだけで、実際には皮膚は火傷を負ってはいない。


 余談だがアメリカにおいて電子レンジが出て間もない頃。 濡れた猫を乾かそうと電子レンジに入れ感電死させてしまい、飼い主が説明書には猫を入れるなと書いていなかったとして会社が訴えられた。という有名な話があるがこれは実際の出来事ではなく、アメリカの起訴社会(何でもかんでも裁判沙汰にする)を皮肉ったブラックジョークの一つだ。

 だが実際ジョークではなくアメリカで猫ではなく赤ん坊を入れて死なせた事件が数件あった。実際の赤ん坊の死よりも、作り話が有名だというのは皮肉な話だ。


 


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