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九式多用途自動小銃

 電子迷彩の翌日。

 光成の配置は新大陸調査隊第二普通科中隊、第四分隊の分隊隊長に任命された。それに伴いニ等陸曹から一等陸曹へ昇進した。

 野外での迷彩服五型とは別の、新装備を実際に使用しながらの説明が行われていた。

 新装備の使用訓練中の光成は曇り空の下、いくつものグループが地べたに座りながら富士駐屯地から届けられた昼食を取っていた。

 その中に光成の姿があった。光成の前には白い迷彩服五型で昼食であるカレーを食べるという、チャレンジャーな愛花が座っている。第四分隊には愛花も配属され光成の部下になった。

 「もっとペースを緩めたらどうだ?

 カレーは生き物じゃないから逃げないぞ。それとカレーが付くぞ」

 そういえば休暇中も同じようなことをいったかな?と思いながら愛花にいう。

 それに続くように光成の隣に座っている隊員が恨めしそうな声で苦情をいった。

 「そうですよ。いくら今まで通りに洗濯できるからといっても、カレーの臭いする五型をメンテする身にもなってください」

 そういうのは電子迷彩服メンテナンス担当であり、副分隊長でもある浅海明三等陸曹だ。電子迷彩服は従来通りの扱い、つまり汚れが付けば洗濯機で洗うこともできるが定期的にメンテナンスをしなければいけない。

 そのため各班にはメンテナンスを行う一、二名の技術士が配置されることになった。技術士というのは様々な技能を持っているいわば整備兵のことである。メンテナンスといってもプログラム面だけで、壊れた場合は修理ではなく処分し新品と交換する。

 「そうです、もっとおついて食べてください。

 顔の周りにカレーが付いている」

 「顔、ではなく口の周り。あと付いている、じゃなくて付いています」

 「口の周りに、カレーが付いていますよ、愛花さん」

 そういいながら愛花の口元をナプキンで拭く、日本人とは少し違う顔をした女性は王雪欄一士。

 名前の通り中国人女性だが、雪欄の祖母の夫が中国へ出兵してきていた日本軍士官だった、そのため日本人の血が少し流れている。

 そんな祖父だが、日本が降伏してしばらくして否応なく引き揚げてしまう。残された祖母は女手一つで間にできた子供三人を育てた、その子供が雪欄の父親がいた。

 雪欄は日本人の血を引いているということは知っていたが、中国人として今まで生きてきた。

 雪欄が十歳の時に祖母が死の間際に「最後に祖父に会いたい」と願った。雪欄の父も実の父親に会いたかったのもあり、雪欄は家族と一緒に日本へ来た。

 そして日本に来て五年して祖父の行方が分かったが、日本人の祖父はすでに他界していた。

 祖母もそれを聞いてすぐに後を追うように他界した。日本にいる理由もなくなったため、中国へ帰るかを家族で話していた時が九年前。

 そう雪欄とその家族も“あれ”に巻き込まれてしまった。雪欄の母親は中国人だったため光成の父親同様消えてしまった。

 雪欄の父親は妻や祖国である中国が消えたことにショック受け、元々病弱だったのもあり持病が再発しベッド生活になってしまう。

 周りの助けもあり何とか不安定な日本で生活を送り二十歳になった頃、雪欄のところにも赤紙が届き選んだのは給料の良い自衛隊だった。今回調査隊に参加したのも父親の医療費の足しにするためだ。

 政府は雪欄のような殆ど外国人だが日本人の血を引いており、日本国籍を持っていない人間に対して日本国籍を発行していた。雪欄はずっと華僑街、チャイナタウンで育って来たのもあって、日本語は喋れるが時折おかしな時がある。

 「ん。あり、がとう雪欄」

 「どういたしまして」

 愛花はカレーを咀嚼しながら口を拭いてくれた雪欄にお礼をいう。そんなやり取りをしていると後ろから、カレーの入った飯盒を片手に近づく大柄な姿があった。

 「アルベルト一士、射撃訓練終了しました」

 「ご苦労さん」

 光成が形式だけの報告を受けると部下であるアルベルトは光成の隣に座る。本名はアルベルト・フォン・ウィリアムズ一士。

 ドイツ系ユダヤ人移民のアメリカ人の父親と、日本人の母親を両親に持つ。九年前までアメリカに住んでいたが母親の実家へ帰省するため一時帰国していた、その後は雪欄と同じだ。

 雪欄と違い幼少期から日本語と英語の二つを習っていたので日本語はペラペラだが、アメリカに住んでいたので時たま英語が出てしまう。

 光成と同じように一九〇センチ越えで体格もがっしりとしているが、光成同様に白人よりの見た目ではあるがよく見れば髪の毛や瞳、皮膚の色は日本人のそれだ。

 そんな首をひねるような血筋を持つアルベルトは、ゲンナリとした表情でカレーを右手に握ったスプーンで口へ運ぶ。左手はカチカチに凍った保冷剤が握られ、それを肩に充てている。

 「どれぐらい撃った?」

 「ベルトが五メートルのところまでは覚えています。後はもう」

 覚えていません、とアルベルトは顔をしかめながらいう。 アルベルトは第四分隊の分隊支援火器担当、軽機関銃を持つ隊員だ。昼食を取っている光成たちから少し離れた所から先程から銃声が止むことなく聞こえていた。調査隊の迷彩服五型に次ぐ新装備とは新型小銃の九式小銃だ。

 大陸種との戦闘が想定された時、小火器の威力不足問題が浮上した。人型つまり人間と変わらないエルフならば十分に対処可能だが、人型以外に明らかに人間とは違う皮膚を持つ種類が確認されていた。

 人型ではあるが爬虫類のような見た目と皮膚をしているタイプや蟹などのような甲殻を持つタイプがいた。

 そのため自衛隊が配備している小火器の八九式五・五六mm小銃ではエルフ系以外に対して効果がないのでは?そう考えられた。そのため八九式小銃の前に配備されていた威力が高い六四式七・六二mm小銃が候補に挙がったが、六四小銃はすでに退役しており現在まだ配備しているのは海保と一部警察だけだった。当然生産ラインはとうの昔に撤去され予備部品も僅か。

 そこで防衛費が大幅に削減され兵器開発計画の殆どが凍結・破棄される中、複数の開発計画には今まで通りの予算が降りていた。その中に「次世代個人携行銃開発計画」が含まれていた。

 これは八九式小銃の後継である次世代銃の開発計画だった。計画の中に九式小銃の元となった「組み立て武器(システム・ウェポン)案」があった。

 最初、歩兵が使う銃はライフルの一つだけだった。

 だが時代や戦争の形式が進むにつれ銃の形も変わっていった。

 そ大まかに種類に限ってもボルトアクション式銃や軽機関銃、突撃銃、狙撃銃、短機関銃、個人防衛火器(PDW)、と多い。銃自体の種類となれば星の数程あるだろう。

 そのため歩兵部隊が持つ武器は一つではなく一人ずつ違う武器を使うようになった、小銃、軽機関銃、狙撃銃と。当然だが用途や部品・整備法も全く違う。使う歩兵もそうだが、生産する方もそれぞれの生産ラインを作らなければいけない。


そこで一九九〇年代にある一つの武器構造が考えられた。それがシステム・ウェポンである。


 これは軍事的発想というより企業の効率重視の発想から生み出されたもので、そう車に似ている。雪道を走るならスタットレスタイヤやチェーンを付けるのと同じで、用途に応じて小銃や短機関銃、軽機関銃、狙撃銃と持ちかえるのではなく、パーツを変えることによって一つの銃でそれを可能とする構想だ。

 市街地戦なら短い銃身とストックに替えカービン銃へ、制圧能力が必要なら銃身をさらに長くし弾倉はベルトリンクへと変えて軽機関銃に。遠距離ならばスコープを付ければ狙撃銃へ。これならば一つの銃でパーツを変えるだけで小銃、カービン銃、短機関銃、軽機関銃、狙撃銃と一つの銃で何役もこなせる。

 弾薬や部品も全て同じなので補給線も軽減される。

 生産性に多用途性を合体させた構想がシステム・ウェポンである。だがこのシステム・ウェポンの構想を取り入れた銃はいくつか開発されたが、実戦配備された銃は存在しない。実戦配備されそうになったシステム・ウェポンを取り入れた銃は実際にいくつかある。コア・パーツ以外にFRPで構成されされている。

 銃本体の色も六四式や八九式小銃と違いベージュ色だ。

 九式小銃は全ての部品がモジュール化されている。これは戦闘時でもすぐにパーツ交換をするためだ、加えてコア・パーツの一つ銃身を変えるだけで五・五六mmに使用弾薬を変えられる。この五・五六mmは民間向けのものだ。銃身前面の四方向にはピカティニーレールを標準搭載しており、指示がなければ隊員の裁量で自由に光学照準器やライト、レーザーサイト・ポインター、フロントグリップといったオプション・パーツを装着できる。

 なお駐屯地内にこれまであったPXに加え、防衛産業の企業が直接こういった補助部品を販売する店が出店している。 そのため個人購入で自分に合ったパーツを付けられる。

 各パーツの交換は手慣れればものの十秒、遅くても二十秒足らずで可能だ。しかもレンチやドライバーといった工具を必要としない。

 本来新型銃は少なくとも半年から一年に兵士に配備してから実戦配備となる。

 ようは整備方法や使用感つまり慣れさせるための期間だ。しかし調査隊隊員たちが九式小銃を持たされたのは調査隊出発前の三か月前だ。本来ならば配備されるはずはない。

 だがここにも迷彩服五型が導入された同じような理由があった。迷彩服五型は接触時の大陸種に敵意や刺激を与えないため、と書いたがその他にも理由があった。

 むしろ口実に過ぎない。

 今回の調査隊の創設には多額の予算が降りることが確約されていた。その予算は防衛費を削減された少ない予算でやり繰りしている防衛省から見ればとてつもなく魅力的な予算だった。

 そのため防衛省は削減されつつある傾向に状況を止め、さらには九年前とまでは行かないが大陸調査隊や大陸種という脅威を理由に防衛費の引き上げを画策する。しかし接触もしていないのに大陸種の脅威を語るのは現実的ではない。

 そのためまずは調査隊に新装備を配備し、国民の注目をさらに自衛隊に向けようとした。

 それが目を引く迷彩服五型や九型多用途自動小銃だ。さらにこれら新装備導入・配備には一部防衛産業、政府高官も関わっていたのだから質が悪い。

 そして目論見通りにことは進み、数多くの新装備が導入・配備が決定された。同時に多額の予算が防衛省へおりた。

 ちなみにだがこれまで自衛隊が配備してきた武器・兵器には西暦の下二桁の数字が付けられていた。だがこの迷彩服五型や九式多用途自動小銃からは年号の数字を入れることになった。

 当然これらで割を食うのは現場である。

 新型銃というのは本来、短くても半年程の準備、熟知するための期間が必要だ。しかし調査隊は移動期間も入れて三か月程しかない、そのために少しでも早く九式多用途自動小銃に慣れさせる必要があった。そこで生み出されのが実地訓練だった。それも毎日。

 光成たち第四分隊や他の分隊が昼食を取っている間も、離れた所から銃声が聞こえていた。しかも間隔を空けずに絶え間なく聞こえてくる。

 アルベルトが肩を冷やしているのも、軽機関銃型をずっと射撃していたためだ。軽機関銃型は陸自が導入しているMINIM軽機関銃と一緒で、ベルトリンク式の給弾に加え小銃の弾倉も使える。

 そのためアルベルトは端の見えないベルトリンクをセットし、寝そべり引き金を休まずに引き続けていた。

 引き金は引きっぱなしのため六十秒も経てば銃身が目に見えて真っ赤に焼きつくのだ。その場合は素早く銃身を交換し、すぐに引き金を引く。

 周りには薬莢とベルトリンク、交換した銃身の山が出来上がった。

 軽機関銃型だけではなく標準型を持つ隊員も撃ち終われば、後ろに立っている隊員からマガジンを受け取り素早く装填し射撃を開始する。しかも全部の種類で静止しての射撃だけではなく移動しならがらの射撃もあった。

 もちろん銃身だけではなく、素早く他のパーツ交換を行ってからの射撃もある。


 撃って、撃って、撃って、撃って、撃って、撃って撃って撃ちまくった。


 九年前までは自衛隊は実弾の訓練が少なかったが、この日本においてはそれは昔の話になっていた。治安出動に伴い毎日ように発砲事案があった。さらには民間警備企業の銃所持も加わって防衛産業の銃弾製造は常にフル稼働だった。

 九年前なら射撃訓練が終わった後に薬莢の数を数え、合わなかったら隊員全員で見つかるまで探す、何ていう他国では考えられないバ、考えられない程に銃弾管理に対して神経質だった。

 しかしこの日本では射撃訓練時は一応回収はするが、弾薬管理という面ではなく鉄資源の再利用という面が大きい。当然一つ一つ数える何てことはしない。

 そして九式多用途自動小銃についての説明を受けた後、射撃訓練開始して三時間で使用した弾薬の数は一万発以上。静止して射撃する場所の端の方には鈍い輝きを放つ薬莢の山がいくつもあった。そしてこれから毎日最低一時間はこの射撃訓練が予定されていた。

 光成は時折風下になり漂ってくる鼻につく硝煙と、止むことの知らない銃声の大音量BGMの中カレーをできるだけ味わおうと努力した。そして食後の休憩の後に待っている夕方まで続く射撃訓練を忘れようとした。



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