出会い
恵美は都内で一番大きい家電量販店のビデオ・カメラコーナーに来ていた。新大陸に持っていくカメラと予備を購入するためだ。
昨日は都内を同僚の百合と一緒に優に専門店などを回り、同じように持っていく車のトランク一杯に生活用品を買い揃えた。
それらを段ボールに詰めて防衛省へ送った。
防衛省からの指示で上陸調査に参加する民間人は持ち込む物は一旦、防衛省へ送り検査された物でなければ持ち込めないと決められているからだ。
そのためカメラなども夕方には送る。
揃えるのは手のひらサイズのデジカメ、それとは対照的なゴツゴツとしたデジタル・一眼レフカメラ。アクション・カメラの三種類。
加えてバッテリーや充電器なども予備として二つ、三つずつ買うのだ。アクション・カメラに至っては恐らく長時間、それこそ二四時間に近い時間撮るだろうから外部バッテリーも買わなければいけない。
今回は恵美だけなので写真や動画も取らなければならない、そのため支給されるヘルメットか胸元にアクション・カメラ取りつけようと考えていた。
事前にネットのレビューや記者先輩たちからのアドバイスを元に購入するカメラは一つ二つの中から選ぶだけだが、いかんせん量が量なので選び終わるまで一時間もかかった。
だがその間、恵美に近づいてくる店員は一切いなかった、巨大な売り場は売り物のテレビから流れる音だけがむなしく響いている。
恵美以外に客や店員どころか人がいない。九年前なら少しでも立ち止まり商品を見ていたら、目ざとく見つけ狼のごとく「何かお探しですか?」と近寄って来ただろう。
家電量販店の販売売り上げは降下傾向にあったが、九年前には止めを刺すと言わんばかりに一気に売り上げが落ちた。それこそ奈落の底に落ちるように。
家電量販店は街に一つの時代から県庁所在地に一店舗ずつ、ないとこもある。地方に住んでいる人間はネットから注文する。店員もレジにいるだけ、人がいるだけでも良い方で店員が存在しないところも珍しくない。
恵美はカメラの購入権を最後に再び確認してレジへ向かおうとした時、少し離れた所に一人の女性がカメラを見ているのに気付いた。外国人のような高身長に恵美のショートヘアーとは真逆の膝まである長い濡れ羽色の黒髪は、毎日手入れをしているのだろう。
跳ね返っている髪の毛が存在しない。
綺麗な黒髪だな、と恵美は立ち止まり思わず後ろ姿に見とれてしまった。同時にあれ?と恵美はその女性をどこかで見た気がした。
さり気なく女性の前を横切って顔を確認しようか、そう迷っていると視線に気づいたのか女性が振り向いた。
整っている顔は優しい笑みを浮かべている、後ろ姿同様でとてもきれいな顔立ちをしていた。同時にその笑みを見て女性が誰かを恵美は思い出した。
九年前の記者会見に出た人であり、調査隊にも参加する外神興子その人だと。興子は恵美を確認してゆっくりと、その濡れ羽色の黒髪をフワフワと左右に揺らしながら恵美の前に来た。
「こんにちは」
「え、はい、こんにちは」
興子が恵美の前で立ち止まり姿や雰囲気と同じように優しい声音のあいさつに、咄嗟に反応できず片言で返す。
「あなたは・・・確か恵美さんでしたか?」
「え、どうして私の名前を・・・」
「私も調査隊に参加するし、上陸する研究者たちの責任者でもあります。その際、上陸する人間の名簿を見たのです。そこにあなたの名前が」
「なるほど、なのかな?」
二十人以上いるはずでは?と恵美は少し首を傾げながらも納得した。そうしていると興子は話を続ける。
「あなたカメラに詳しい?」
「まあ仕事柄よく使いますから少しは詳しいですけど」
「ならおすすめのカメラを教えてくれないかしら、種類が多すぎてどれがいいのかわからないの。店員もいないし」
「あ、はい。分かりました。えっとどういったカメラが欲しいのですか?」
「そうね・・・仕事用じゃないから使いやすければ何でもいいわ」
「ならこれはどうですかコンパクトで初心者でも綺麗に撮れますよ」
店員のようにカメラの説明を興子にした。
結局恵美が購入権を持ちレジに向かったのは入店から二時間経ってからだった。
「あなたがいなかったら、こんなに早く終わらなかったわ。ありがとう」
「いえ、それほど感謝される程のものでは、ありません」
両手にカメラやバッテリー、充電器が大量に入った袋を持っている、背負っているリュックの中もパンパンに膨れている。
話しかけられた最初は興子の一般人とは違う雰囲気に圧倒され、カメラの説明ばかりをしていた。しかしレジでカメラを購入してから、記者魂とでもいうか興子を一人の取材対象として見ていた。そして量販店から出て少し経って切り出した。
「カメラのお返しといっては何ですが、取材させてくれませんか?」
「ごめんなさい。実はね政府の方からメディア取材は断るようにいわれているの、それに準備で予定が一杯なの」
「そうですか・・・」
あっさりと取材が断られ恵美は落胆した。他の記者やメディアの人間なら引き下がらないだろうが、恵美の取材方法は向こうが話しかけ来るまで忍耐図よく待つというものだ。 落胆する恵美に興子は「でも」と付け加えた。
「でも?」
「船の上つまり新大陸に到着する間は暇を持て余していると思うわ。だからその時に個人的なお話ならできると思うの、それじゃあダメかしら?」
「ダメじゃあないです、ぜひお話しましょう!」
興子の言葉に恵美は嬉しそうに笑顔で答えた。個人的というところを強調していったのは恐らく「記事に書くのはあなたに任せる」そういう意味が含まれていると恵美は感じた。 「それではごきげんよう」そう微笑みながらいうと興子はカメラの入った袋を片手に恵美と反対方向へ歩いて行った。
恵美はしばらく興子の後ろ姿を見ていたら電話のコール音で現実に引き戻された。スマートフォンを出すと画面には「デスク」と表示されていた。
「はい、恵美です」
「カメラは選び終わったか」
「はい、これから帰って防衛省へ送るつもりです」
「それが終わったら百合の仕事を手伝ってくれないか?」
恵美がいい終える前にデスクは言葉をさえぎって休暇中の恵美に仕事の話をする。
「休暇中といっても私は準備で忙しいのですけど・・・」
「ウチが万年人手不足なのは知っているだろう。今、百合は」
デスクは恵美の抗議を無視して仕事の内容を話始めった。




