電子迷彩
調査隊には四つの目標がある。
第一目標、新大陸までの航路・海水・生物調査。
第二目標、新大陸近海調査と無人機による大陸種の生体調査。
第三目標、調査隊による新大陸への上陸調査。
第四目標、大陸種との接触および対話。
この「接触」という過程の際にあることが問題視された。 陸上自衛隊といえば最初に何を思い浮かべるだろうか。
運用らしい運用が可能なのが北海道しかない戦車?
予算不足で十三機しか買えなかったアパッチ?
最近導入された十六式機機動戦闘車?
泥の中を匍匐前進する自衛官?
人によって様々なイメージがあるだろう。しかし大方の人はまず浮かぶのはイメージカラーである緑色、迷彩服だろう。
そうこの迷彩服が問題視されたのだ。
当初、調査隊の装備は既存のものを流用することになっていた、新大陸の環境は陸自が導入している迷彩が最大限発揮できる草原や森ばかりだからだ。
だが未知の生命体と接触しようという時に、その場に迷彩服姿の集団がいたらどうだろう?威圧感を与えかねない、ということが問題視された。
戦闘に発展することを考えれば既存装備を持っていくのは正しい、そう正しいが調査隊の第四目標である「接触・対話」という観点から見れば好ましくない選択と言える。確かに接触・対話の観点から見ればその通りだが、陸自しいては防衛省からすれば迷惑な話だが政府決定のため従った。
この話を持ち出したのは形骸化していた外務省だった。外務省は内務庁へと降格され、内閣府内に編入されている。そして廃止の議論が当然のことながら持ちあがり、その決定が下される前にタイミングよく新大陸が出現したため一応まだある。外務省の意見は採用され、防衛省は渋々ながら防衛産業へ新迷彩製作を命令した。
一月後には一〇〇以上の試作案が提出された。半月後には半分に、命令から二か月後の最終選考では案は三つに絞られ、その中に日本創意グループの電子迷彩があった。
防衛省の考えでは接触・対話時は通常時の白いままで、戦闘に発展するならばその地形に合ったカモフラージュにする。
そういう考えだった。だが一彦から電子迷彩の導入経緯と説明を受ける隊員たちの顔は、どちらというと困惑顔だった。向かう地域は冬ではあるが氷雪地帯ではない。理屈では一瞬でカモフラージュの変更が可能と分かったが、やはり通常時の白一色が気になっていた。
もし戦闘になりその時に故障したら?という想像が隊員たちの頭の中に浮かんだ。
迷彩服は昔でいう鎧だ。迷彩服とは普通の衣服を耐久性と隠密性を向上させたもので、戦闘時は防弾ベストを装着して銃弾から身を守るのが基本だ。命を預けるとまでは行かないが、それに近いのが迷彩服だ。それが真っ白な電子迷彩という訳もわからない迷彩なのだから当然だろう。
最近、日報問題で再び議論が浮上した自衛隊がイラクへPKO(国際連合平和維持活動)で派遣された際に似ている。 この時に派遣された陸自は緑など存在しない砂漠に各国軍がデザート(砂漠)迷彩を着ている中、陸自だけは既存の緑ベースの迷彩服のまま行った。
PKF(国際連合平和維持軍)ではなくPKOとして戦闘地域から離れた後方で、地域道路整備や給水施設の設備などが任務であり、戦闘がないためデザート迷彩は必要ない。さらには攻撃されている他国軍との差別化を図るため、と政府や防衛省は説明した。
だがこれは詭弁だ。まず他国軍との差別化といっても、敵からすればそんなものは関係ない。自分たちを攻撃していなかろうが米国の陣営に入っている、それだけで敵としては十分だ。イラク戦争時に日本は直接的な支援(自衛隊派遣)をしなかったことに対して、米国が日本政府に対して不信感を示したのだ。
そして例のごとく米国の不興を買わないよう圧力に屈し、PKOという名の事実上の後方支援を決定したのだ。
少なくとも調査隊隊員が着る電子迷彩ははるかにイラクPKO時の陸自よりいいだろう。だが隊員たちには知らされていなかったが、電子迷彩よりも奇抜と言うべきアイデアがあったのを知らない。いや知らない方が幸せというものだ。
最終選考では日本創意グループの電子迷彩を含めた三社から三つのアイデアが残された。もう一つのアイデアは昔から自衛隊の迷彩服を作って来たU社案では、米軍のようなグレー色のデジタル迷彩だった。
そして残る連合企業から出された案こそ奇抜なアイデアだった。連合企業は名前だけは強そうだが、実際は大恐慌時に日本創意グループのように中小企業が合併して出来上がった会社だ。
ご当地キャラというものをご存じだろうか?ゆるキャラという方がメジャーかもしれない、着ぐるみにその地域の要素を入れたマスコットキャラクターの略称だ。
ゆるキャラブームを全国に広げ火付け役となったのが、滋賀県がマスコットとして作った猫をモチーフにしたゆるキャラだ。これを一目見ようと滋賀県に全国から人が殺到したのだ、そしてこれを他県が見過ごすはずなく、全国都道府県に限らず地域キャラブームが到来した。
なぜ迷彩服の話にゆるキャラが出てくるかというと、まさしくこのゆるキャラが連合企業の出したアイデアだからだ。
子供用のパジャマにキャラクター模様が入っているように、迷彩服に模様が入っているという話ではなく動きやすく改良を加えた着ぐるみなのだ。どちらかと言うと子供の見る特撮ヒーロー番組に出てくるヒーローが着ているコスチュームに近いかもしれない。
ゆるキャラ特有の丸みのあるラインを残し、肘や膝は蛇腹になっており動きやすい。ベースは犬と猫の二種類あった。何故こんな案が最終選考まで残ったかというと、外見だけではなく内部にあった。
内部にはパワーアシストが内部に組み込まれているところだ。名称は様々だが軍事においてはパワードスーツ(強化外骨格)で、民間の民生用はアシストスーツやパワーアシストと呼ばれている。民生用は主に二、三人で持ち上げる物や人を一人で持ち運びを可能にし、歩行が困難な人間の歩行をサポートすることができる。
元々は軍事分野の技術で、一九六〇年代に米国で軍事・原子力分野での運用を目的に研究が始まった。民生用の殆どは服の上から着るものだが、軍事用は着るというよりは入るといった方が近いかもしれない。
銃弾を防ぐ装甲を身に纏い歩兵単体では運用できない百キロ近い荷物、大型兵器を持ち運び自転車か原付バイク程の歩行速度で山や平地を歩く。
これだけ見ても強い、と感じるだろう。
だがこれらを可能にする強化外骨格には、光学迷彩同様にエネルギーつまり電力が必要だ。それも民生用のアシストスーツは数時間しか稼働時間がない。だが軍用においてこれは致命的だ、最低でも半日以上の稼働時間がなければいけない。まあ光学迷彩と
そのため昔から導入計画が無数にあったがあくまで研究に留まっていた。
同じような理由で研究に留まっていた兵器がドローンだ。
近代戦では必要不可欠なドローンも同じようにとうの昔から技術的には可能だったが、大容量バッテリーがなかったため普及しなかった。
だが技術の進歩によりバッテリー容量が増えたのでドローンが普及したのだ。そして強化外骨格もエネルギー源の解決により前線部隊への導入が実現しつつある。このゆるキャラ迷彩服?を考えたのは連合企業の中にはガチガチ防衛産業一筋の会社が含まれていたが、なぜこんな案を提出したかと製作メンバーの中にゆるキャラを作っていた会社が入っていた。
今回の「刺激の少ない迷彩服」という前例のない仕事だったため、会社内でアイデアの募集をした。この時、着ぐるみを製作していた社員がキャラクターのアイデアを出した、アイデアを出した本人も遊び半分だった。
この時はまだパワーアシストはアイデアにはない、ただの着ぐるみだった。
このアイデアを採用しパワーアシストを組み込み、「ゆるキャラ迷彩服」という案で防衛省に出したのは社長だった。社長は民間企業出身それもパワーアシスト関連の会社だ。社長自身もゆるキャラ迷彩が採用されるなどとは考えていなかった。なぜ採用したかというと、そのインパクトにあった。
恐らく、いや間違いなく各社から出される迷彩案の中で異彩を放つだろう。社長の目的はそこにあって、迷彩服の受注ではなく自社製品のパワーアシストの売り込みにあった。つまり迷彩服のインパクトで注目を集め、内部にあるパワーアシストを売り込むためのパンダだ。
将来的に軍事用パワーアシスト市場独占をできると考えていたのもある。
パワードスーツが必要性の理由についての説明は「大陸種の殆どは人類より数倍の身体的能力を持っているため」だった。百もある案の中で異彩を放った、そしてパワーアシストに注目が集まった。
ここまでは思惑通りだったが、社長の予想だにしなかった方向へ進む。
最終選考の三案まで残ったのだ。
最終候補まで残ったことに他企業はおろか、提案したはずの連合企業も唖然とした。「こんなものが?」というのが本音だろう。通った大きく分けて二つあった。
まず防衛省特に陸自幹部がゆるキャラ迷彩服の内部、つまり社長の狙い通りパワードスーツに目を付けた。もちろん正式採用など鼻から考えていなかったが、他にいいアイデアがなかったのが一つ目。
問題なのは二つ目、この新迷彩服の採用には防衛省はもちろんのこと、外務省、内務省が関わっていた。後者の外務省と内務省幹部がこのゆるキャラ迷彩服の案を本気で採用しようとしていたのだ。
バカと天才は紙一重、という言葉がある通りこの案はよく考えればグッドアイデア、と二省は考えてしまったのである。いくら何でもある訳、ないと言い切れないのが日本の官僚なのだ。例を出せばいくらでもあるが、身近なところでは杉だろう。酷い花粉症をお持ちの方から見れば杉の木が出す花粉は親の仇に近い存在であろう、あの杉だ。日本全国にある杉林は誰であろう政府詳しくは農林水産省が植えたものだ。
戦後、日本全国で木材需要が高まった。
戦時中の空襲による家屋の消失や植民地からの大量の帰還者により、日本は大きな住宅不足に悩まされた。
そのため農林水産省は全国に成長の早い杉を植えるように指示した、しかし木材として成長した頃には日本は高度経済成長期に突入した。自国で採取するより輸入した方が安い、そう気づいたのだ。
結果、伐採もされない大量の杉山が全国に残ってしまった。ただ植えて育ったら伐採すればいい、そういった安易な考えの元進められた結果だ。
他にはマングースの例がある。南酉諸島でネズミやハブ対策のためマングースを輸入し放ってしまった。マングースと言えばハブを食べるイメージがある(著者はない)、そのため放っておけばネズミやハブが激減すだろうと考えたのだ。
だが結果はネズミやハブは全く減らず、逆に固有の種を捕食してしまい中には絶滅危惧・してしまった種すらある。さらにはマングースが増殖して害獣になる始末だ。
この二つは「多分これでいいだろう」と詳しく調べずに官僚たちが実行に移したのだ。しかもたちの悪いことに大規模だ。
他人の金だから、という官僚の考えが生み出した結果が現在の惨状だ。他国なら通常専門家が間に入るのだろうが、日本の場合だとそれが一切ない。あったとしても自称だったりとするのだからたまったものではない。
このゆるキャラ迷彩服も同じように安易な考えの末だ。
防衛省は迷彩を提案した三社に対して試作品の提出を求めた。試作品は採用された場合それをベースに正式な迷彩服を生産するため、材質などはスペック記載通り作らなければいけない。防衛省からの命令から半月後に“二社”から試作品が提出された。
そう、ゆるキャラ迷彩服は試作品提出されなかったのだ。理由は簡単、目玉でもある搭載されるはずのパワーアシストがなかったからだ。研究用の物はあったがとても量産にできる物ではなかった。あくまで注目を集め、そこからパワーアシストの研究資金を引き出そうと社長は考えていたのだ。落選することを前提に提出したのだ。
こうして「ゆるキャラ迷彩服」採用の採用検討される前に脱落した。
最も試作品が提出されたとしても不採用になるのは決まっていた。これは情報庁から出向してきた心理学や生物心理学といった学者たちの意見だった。想像してもらいたい、数体や数十体の大人より一回りも大きい着ぐるみが近づく光景を。そして手にはサイズ違いの小銃を携えているのだ。
さらに行動している内に土などで汚れるだろう、銃を発砲しようものなら硝煙で体全体が煤汚れるに違いない。何より大陸種なり動物を殺害し返り血を浴びたらどうだ?血しぶきが付いた着ぐるみ?恐怖の以外の何物でもない。
ゆるキャラ迷彩服を提案した連合企業は防衛省から幾つかのペナルティーを受けるが、予想通り防衛省はパワーアシストに強い関心を持った、その証拠に防衛省から連合企業に対してパワーアシストの資料提供が要請された。そんな新迷彩服の裏側を知っている岬一佐や一彦からすれば電子迷彩はいかにまともな方か、と感じていた。
電子迷彩について解説が一通り行われ、終わってから隊員たちに実物を渡されていく。最初こそ困惑していた隊員たちだったが実物を実際に着て電子迷彩を試すと、至るところから歓声や感心したような声が上がる。一彦以外の創意グループ社員が電子迷彩の操作について説明を個別に行っていた。
「スゲー」
説明を聞き終えた光成も自分のを受け取り早速着用して、電子迷彩を試して高校生のような感想をつぶやいた。腕の操作ディスプレイは最新技術、というより百円ショップに売っていそうな電子時計のようにチープだ。
一彦の説明では簡略化と分かりやすさを追求した結果、そう説明していた。デモデータは陸海空自衛隊の迷彩服に加えて十二色の単色が入っている、赤を選べば全身が赤、青なら全身が青になる具合だ。
体育館にいる殆どの隊員が電子迷彩を着て、デモデータをころころと変えて電子迷彩の色が変わるさまはさしずめミラーボールのようだだった。




