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集合

 実家から出て平服のまま光成が向かったのは東京ではなく静岡県だった。

 「二四日の一二〇〇(ヒトフタマルマル)まで静岡県御殿場(ごてんば)市、御殿場駅に集合せよ」と休暇に入る前に上官からそう言われた。

 調査隊に転属になり今まで住んでいた寮は出払い、部屋にあった荷物は休暇に入る前にまとめ実家に送っていた。

 そにため東京に帰っても家がない。

 二回目に乗り換えた頃にはすでに太陽は高く上がっていた。

 この列車は自衛官の貸し切りだな、と光成はそう心の中でつぶやいた。光成が乗っている電車に乗っている半分以上が見た目こそ一般人と変わらないが立ち方、話し方などで自衛官だということが分かる。

 さらにいえば全員がパンパンになったボストンバックを持っている。

 駅に着き改札を越え外へ出ると、背筋がピシッとした男女が至るところにいた、そして誰もがちらちらと光成を見た。いつものことだ、と思いながら時計を見ると集合時間まであと十分前だった。

 手持ち無沙汰に光成は駅の周りを歩いて時間をつぶした。

 集合時間になると駅のバス停に一台のジープを先頭に、陸自の大型トラック五台が入って来た。

車両から迷彩服を着た自衛官が降り車両の傍に無言で立つ。ジープの横には位の高い、恐らくこの場にいる自衛官の中で一番階級が高いのが分かる。

 最初はどうしたものかと見ていた自衛官(と思われる)の一人がジープに近づき、指揮官と何やら少し話しそのままトラックの荷台へ乗り込んだ。それを見た自衛官たちは次々にジープの元へ向かい、トラックへ乗り込み。光成も自然とジープへ並ぶ列に並ぶ。

 自然の成り行きで列の中で一番大きい。

 ペンギンのようにトコトコ進むこと数分、ジープにたどり着く。

 「IDと所属、氏名」

 「三二普通科連隊、第二普通科中隊所属八上光成ニ等陸曹」

 IDの入った定期入れ渡しながら答えると、陸曹長は光成の顔とIDに入っている顔写真を見比べる。そして後ろへ振り向きジープに乗っている隊員に目をやると、少し間をおいてラップトップパソコンを見ていた隊員が頷いた。

 それを見た陸曹長が「確認した。次」トラックへ乗るように促す。トラックの荷台へ近づくとすでに荷台には何人も乗り込んでおり、平服姿の同僚の手を借りて荷台へよじ登る。

 中には十数人乗り込んでおり、開いている場所に縮こまるように収まる。乗車している全員が鍛え

られた肉体を持っているが、光成は飛びぬけているのと、白人のような見た目で浮いている。少し経って荷台の扉が閉じられ、幌も下されて完全に外の風景が見えなくなり発進する。

 走り出しても荷台の中にある無言の気まずい雰囲気に光成は耐えられなくなり、隣に座っている人間に手を差し出しながら話しかけた。

 「あー、光成だ。三二普通科連隊から来た。階級は二等陸曹だ」

 「え、ああ。栗田愛花(くりたあいか)一等陸士です、四三普通科連隊です」

 愛花と名乗った女性の髪型はボーイッシュで、容姿も男性とも見え服装の選択次第では青年に見える。そして身長が光成の半分もない。

 「四三・・・確か宮城」

 「はい、宮城の都城駐屯地からです」

 愛花は困惑しながら握手に応じる。

 今の日本において握手という文化はすでに廃れ、政治家もやらない。加えて光成のどこから見ても日本人に見えない容姿もあるだろう。

 「愛花一士は調査隊にはなぜ志願を」

 「四年前に任期はすでに終えているのですけど、ズルズルと今日まで残っちゃって。

 辞めて食堂でも開こうと考えている時に調査隊の話があって、参加して手当と退職金を合わせてお店を開く資金にしようかと。一士は?」

 「俺は志願じゃなくて命令されての参加だ」

 「命令?そうですか」

 会話が止み再び荷台は走行音と揺れで衣服や金属の軋む音だけになる。

 「どうして、こう日本人は同僚同士で会話しようとか思わないのか?」と思いながら黙り込んでいる同僚を見渡す。光成はめげずにアメリカ人である父譲りのフレンドリー要素を出し、途切れた会話をムリに再開させた。

 「食堂を開くというと料理の腕前は上手いの?」

 「はい、料理全般は自慢ではないですけど上手ですよ」

 「食堂では何を出す、和食、洋食それとも中華か?」

 「全部ですね。定食屋さんみたいな感じで大学か駐屯地の近くに開いて学生や自衛官相手に開こうかな、と」

 「・・・どこかで聞いたような話だな」

 「え?」

 愛花が疑問を持った時、ちょうどトラックが停止した。

 後部に乗っていた隊員が幌を上げ、扉も開けて大声を出す。「全員直ちに降車しろ、降車、降車!」

 その声に従い荷台に乗り込んでいた人間が次々と降りていく、光成と愛花もそれに続く。暗い車内から明るい場所に出たため、すぐに回りのどんな風景が分からなかった。顔をしかめながら目を明るさに慣らそうと細める。

 光成が立っている場所は富士駐屯地正門を入ったところだった。周りには光成と同じように辺りを見回している。

 そんな時「全員注目!」と大声が聞こえた。

 「あの宿舎入口でID確認を行い係員の指示に従い、荷物を置き一二五〇までグラウンドに集合せよ、以上」

 駅前にもいた陸曹が少し離れた場所にある建物を差して伝えた。その声に従って平服姿の自衛官たちがゾロゾロと向かう。言われた通りに光成も向かうが、入口にはすでに長蛇の列三つ程できている。

 一つの列に並び待っているとあることに気が付いた。身長が二メートルあり加えて見た目が完全に白人の光成は駅同様に列の中で目立っていることを自覚していた。

 他の列に光成と似たつまり日本人離れした容姿を持っている人間を発見した。それも一人だけではなく十人以上もいる。「いるもんだな」とつぶやいたらちょうど光成の番になっていた。

 「IDと姓名を」

 折り畳み式のテーブルとイスに座った自衛官が光成にいう。その隣には軍用ラップトップを見ている隊員がいる。IDを差し出し姓名を答える。そして同時にラップトップを見ていた隊員が「本人確認できました」という。そして最初の隊員が「二階一〇五号室、四番ベッド」と素っ気なくいう。光成は「了解」といい中へ入る。

 光成の後ろ首には米粒より少し大きいマイクロチップが埋め込まれている。別段光成が何かした訳ではない、光成だけではなく自衛官全員には同じようマイクロチップが埋め込まれている。

 新年号二年の後半、身分証明偽造やセキュリティー、汚職、職権乱用防止さらにはこの時期の公務員は国民から総じて恨みを買っていたので、本人や家族が拉致されるというのが多々あった。それらを防ぐためにマイクロチップが導入された。 

 埋め込むと身分証明だけではなく生態データ、つまり体温や脈拍、身体が破損しているかなどがリアルタイムで確認できる。加えて位置を特定できる位置発信機機能もある。「特定公務員」と指定された公務員は埋め込むことが義務付けられている。

 マイクロチップを埋め込んだことにより警察や自衛隊なら、誰がどこにいるかが一目で分かり指揮官が指示しやすい。さらに生態データにより負傷しているかの有無も確認できる。 

 これらの管理は情報庁と数社の情報セキュリティー会社およびAIが共同で行っている。体内しかも後ろ首に埋め込むので簡単には摘出できない。故に埋め込まれた人間からは「全体に取れない首輪」と皮肉られている。 駅前や宿舎前で行った姓名とIDチェックも形だけで、本命のセキュリティーチェックはとうの昔にできているのだ。

 二階へ上がり指定された一〇五室に入ると、すでに四人いて着替えているところだった。入口そばには先程まで話していた愛花がちょうどTシャツを脱ぎ着替えているところだった。

 部屋の奥にも陸上女性自衛官(WAC)がいるが傍に男性自衛官がいるのにも関わらず、平然と下着姿になり着替えている。愛花も悲鳴を上げるどころか肌を隠そうともせずに「あ、どうも」と軽く頭を下げた。

 「なんだ同室だったのか」

 そう言いながら光成は四番ベッドにボストンバッグを置き、中から着なれた迷彩服を取り出し平服から着替える。合理化が進み女性専用という言葉や存在は消滅した。

 陸自でも女子寮は消え男性隊員との同室に充てられている。日本は世界初めてこれまでで一番完璧に近い、男女平等社会を完成させた。皮肉にもそうさせたのは深刻な人的資源ヒューマンリソース不足によるもので、日本人の意思でそうなった訳ではなかった。

 当然それにより発生する性的な問題が出てくるが、自衛隊内では両者の承諾があれば勤務外での性行為が認められている(男女に限らない)。その場合は専用の部屋があり、部屋には避妊具や避妊薬が売られている。

 入口にある鏡でおかしなところがないか確かめる。

 光成自身は着なれてはいるが、似合っているかは別だ。自衛隊のより米軍(制服)の方がおまえは似合う、と入隊当初は同僚からよくからかわれた。一度だけ在日米軍基地の宿舎内の荷物を片付けていた際、制服があったため着たら周りから「おおー」と感心?されるくらいよく似合っていた。そのまま着て道を歩けば誰もが米軍人と疑う余地がない程だ。

 「・・・初対面の私がいうのもアレですが、迷彩服が恐ろしく似合ってないですね」

 「それは俺が一番分かっているよ」

 着替え終わった愛花が鏡の中に映る光成を見ていう、苦笑いしながら隣の愛花を見ると生粋の日本人だけあって制服が様に見える。だが身長が低い。

 確かWACの身長制限は一五〇程だった気がするが、愛花は一五〇もないのでは?と光成は思った。

 「今、身長が低いって考えましたか」

 「いや」

 光成の視線の意味に気付いたのかよほど身長にコンプレックスがあるのか、はたまた女の感か?そう考えながら部屋を出る。

 廊下に出てグラウンドへ向かう間、予想通り目を引いた。グラウンドやその周りには同じ新品の迷彩姿の自衛官で溢れていた。

 しばらくして金属製の壇上に一人の自衛官がメガホン片手に上がり「全員整列、凛一佐からお話がある」といった。グラウンドに集まっていた自衛官が立ち話をやめ速足で整列するが形だけだ。壇上の横には六人の位の高い自衛官が並んでいる。その中の女性にしては身長の高い女性が上がり口を開いた。


 「私は調査隊の総指揮を執る山下陸将補から副指揮を任された岬凛一佐だ。

 調査隊に参加する諸君は今日から三週間寝食を過ごしてもらう。今日の所は顔合わせだけで明日から訓練を開始する。早朝〇六二〇にグラウンドへ集合せよ。質問がある者は?」

 女性らしい凛としていて、それでいて指揮官らしい威厳のある声でいう。整列した中から一人が手を上げ、凛一佐は頷いて促す。

 「部屋割は部隊編成ですか?」

 「その通りだ。他に質問がある者は―――――では解散」

 「敬礼かしら~中」と掛け声で整列した全員が中央、凛一佐に向かって一糸乱れずに敬礼する。凛一佐も左右に敬礼してから壇上を下りた。「解散」と壇上横にいた曹長がいう。


 

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