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始まり

 興子が帰ってから少し、一清長官と佐紀防衛相がそろって執務室にやって来た。

 「総理、この二つに署名をお願いします。

 私と佐紀防衛相はすでに署名しました」

 そういい長官が差し出したのは書類には「機密」や「A級閲覧許可保持者以外は閲覧不可」と、赤い判が押されている。一枚には「感染源隔離ための処置」と書かれている。下に書かれている詳細には、調査隊に何かしらのウィルスに感染し、調査隊全体に広がった場合は隔離する意味合いを込め、同行する潜水艦に対して五隻の撃沈を指示する命令書だった。

 この同行する潜水艦の存在は調査隊に参加する誰一人と知っておらず、悟られないように狼のように静かに追尾する予定だ。つまり調査隊全員が永遠に日本の土を踏むことがないことを意味する。

 同時に、調査隊を見殺しにする書類でもある。

 古賀はサッと目を通し作戦実行を許可する署名欄には、防衛相である佐紀の名前がすでに記入されている。

 古賀はためらいもなく空白の場所にサインし佐紀へ渡す。 そしてもう一枚に目を移した、その書類は同じ内容のが二枚あった。そして頭には「交戦規定及び準最高指揮権の付与」そう書かれていた。

 古賀と佐紀が見つめる中、古賀は同じように二枚にサインをする。そして二人に渡す。

 二人は無言で受け取り「失礼いたしました」と退出する。 古賀はしばらくの間、何もする気が起きなかった。

 恐らく二人は自分の省庁に帰ったら部下に対して、すでに作っておいた命令書が各部署に送られるだろう。

 古賀のサインしたオリジナルの許可書は一清長官の手によって古賀すら知らない金庫へ保管されるはず、そして若者たちの孫の世代でようやく公表の議論が政府のどこかで行われるはずだ。下手すれば日本が滅びるまで機密だろう。

 「願わくば穏便に進んでほしいものだ」

 古賀は総理執務室で叶うはずもない願いをポツリと漏らし、秘書を呼び仕事を始めた。




 日の出までまだ三時間以上ある午前三時の駅、早朝の駅には場違いな子供の集団がいた。そしてその中央には子供たちより何倍もある体格をした白人、光成が立っていた。

 二つある足には四、五人の子供がまるでコアラのようにしがみついている。

 「ほら、そろそろ離せ。足が吊りそうだ」

 「ヤダ!」

 「はあ」

 調査隊の参加隊員には一週間の休暇が与えられていた、

 そしてその一週間目が昨日だった。光成は仕事へ向かうため駅にいた。だが朝というのに五~六歳の子供が見送り、というより引き留めるためにいた。

 少し離れた場所には子供たちの光成とは数回、顔を会わせた母親が数人と明美と和樹の姿もある。

 光成は子供たちには言わずに家を出ようとしたが、どこからか聞きつけたのか家の前には遊んであげた子供たちが待ち構えていたのだ。聞くと母親たちと明美が話している中で光成が帰る、もとい新大陸へ行くことを聞いたようだ。

 そして母親に駄々をこね見送りしたい、といったそうだが。駅に近づくにつれ足や服にしがみついてき、駅に着いた頃には泣きながらだ。この一週間というもの光成はずっと子供たちと遊んでいた。

 光成自身はただ単に物珍しさと遊び道具としか見ていないのだろう、と子供たちのことを考えていたが光成の思っていたよりもっと深い存在になっていた。

 「俺は仕事だから行かなきゃならいの、分かるか?」

 「分かんない!」

 はあ、と起きてから何度目になるかわからないため息をついた。電車の到着まで十分というところで後ろにいた母親や明美、和樹が光成から子供たちを剥がす。だが一人の少女は頑として光成の足に爪が食い込む(本当に食い込んでいる)くらいしがみつき、足から離れようとしない少女に明美が膝をつき、どうして離れないか訪ねた。

 「向こう(新大陸)に行ったら死んじゃうかもしれないって!」

 「誰から聞いたの?」

 「・・・みんなが、ママやバスの中にいる大人、がそう話していたもん」

 少女は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら途切れ途切れ答える。

 「どうして死んじゃうの?」

 「病気とか“せんそう”があるから、お兄ちゃんたちは、巻き込まれて、だから死んじゃうって」

 少女の父親は二年前に仕事に行って来る、と少女にいい家を出て帰ってきていない。

 父親は帰宅時に突発的な暴動が起こり、警察との衝突に巻き込まれ死んだからだ。この一週間といもの、少女は光成を父親のように慕い母親迎えに来るまでそばを離れなかった。 「大丈夫、必ず帰ってくる」というのは簡単だが、少女がいうことは事実だ。

 死ぬ危険性は高くも低いとも言えない場所に光成、調査隊は向かうのだから。光成は明美のようにしゃがみ少女に話しかける。

 「まだ行かない、電車も来ていないし。離れてくれるか」

 「・・・本当?」

 「ああ、本当だ」

 少女はしばらく迷った末に恐る恐ると足から手を放した。

 「ありがとう。消えたりしないだろう?」

 「うん」

 「ほら、カワイイ顔が台無しだ」

 そういいながら少女の顔をハンカチで涙や鼻水やらを拭く。「よし、拭けた」という光成に少女はかすれ声で「ありが、とう」とお礼をいう。光成は少女を子供の両足を合わせたくらいある太い両腕で赤ちゃんのように高い、高いと持ち上げる。

 キャー、と少女は最初驚きの声を上げたがすぐに笑い声に変わる。それを見て他の子供が光成に近寄って来て自分もしてくれとせがむ。

 「ほーら高い、高い」と赤ちゃんに声をかけるように言いながら一人ずつ持ち上げる。電車の到着まであと四分。

 「ほら、餞別だ。本当なら俺がもらう側だけどな」

 光成がホームに置いていたボストンバッグから小さなレトルトパックのようなものを取り出し子供たちに渡す。パックケージには英語で「chocolate」と表記されているが、子供たちには読めないらしく光成「何これ?」と聞く。

 「チョコ、チョコレートと書いてある」

 パックの中身が何かわからず手で探っていた子供たちは光成の「チョコ」という単語を聞き、手を止める。

 「チョコ!」と目をキラキラとさせパックを開けようする。原材料であるカカオは日本でも栽培しているが、採れるカカオは極めて少ない。だからチョコは今の日本では入手困難な食べ物の一つだ、スーパーやコンビニの棚に陳列されていた板チョコが一枚数万円もする。

 「それ、どうしたの?しかもこんなに沢山?」

 明美がチョコを一人ずつに配っている光成に尋ねる。

 「治安出動の時に支給された米軍のレーション。

 戦闘食に付いてたチョコ。後で食べようと思って取っておいた」

 話している間も言葉を発さずに一心不乱にチョコをその小さな口いっぱいに入れ食べている。

 光成は子供たちがチョコを食べ終わるまで静かにその様子を見ていた。

 「おいしかったか?」

 「うん・・・」

 子供たちは放心したかのようにチョコの余韻に浸っているようだ。

 光成は「はいこれ。母さんたちの分」と小さな声で人数分のチョコが入った袋を静かに渡す。明美は礼をいい、受け取りバックを持っている和樹に渡す。その時、人口に生成された女性の声がホームに響く。

 「まもなく二番線ホームに列車が到着します」

 放心していた子供たちはその声にハッと正気に戻り光成を見上げる。先程の少女が光成に近寄ろうとする。しがみつかれる前に光成はしゃがみ、少女や子供たちの目線に腰を下ろして真剣な表情で話し出した。

 「いいかみんな。人間はいつ死ぬか何て誰にもわからない、神様なら知っているかもな。

 転んで死ぬこともあれば今から乗る電車が脱線して死ぬかもしれない。新大陸に行って病気なり、戦争に巻き込まれて死ぬ可能性もある」

 一旦言葉を切り続ける。

 「人間は誰でもいつか死ぬ運命だ。それが早い、遅いかの違いだけだ」

 子供ではなく一人、一人の人間に分かるよう必死に頭の中で言葉を手繰り寄せ、考え、それを噛み砕き話す。

 「俺よりお前、君たちが先に死ぬかもしれない、死なないかもしれない。生きる・死ぬというのはそういうことだ。生きて帰ってくる、と果たせるかわからない約束を俺はしたくない」

 そう言葉を切り、真剣な表情から光成の苦手な笑みを浮かべ。

 「言霊って知っているか」

 「コトダマ?」

 「口に出した言葉が現実になる、という意味だ。

 俺からは約束はできないが、君や君たちが帰ってきてほしい、また会いたい、と口に出したから「死ぬ」という運命が変わったかも、しれない」

 続けて今度はいたずらが成功したような子供のようにニヤっと笑う。

 「それに、俺が死ぬ、死んじゃうと口に出したから生きるはずが、死ぬ運命に変わったかもしれないぞ?」

 「え!?」

 子供たちはビックリした顔になる。その表情を見て光成は笑いながら立ち上がる。

 「ピー」と思わず顔をしかめるような低周波を発する方を見る。「線路に侵入しないで、運行予定が狂うから」と伝えるような電子音を鳴らす八両編成、無人運行の電車が入って来た。モーター出力が落ちる音とブレーキの誰もが嫌う音が聞こる。

 先頭列車が光成たちの場所を通り過ぎゆっくりと離れた所で完全に停車した。

 ドアは自動で開かない、地方電車のようにドア横に開閉ボタンを押さなければいけない。ブーン、という暖房を動かす少し大きな音が静かなホームに響く。

 「いいか、子供が難しいことを、悲惨な未来を考えるな。 それは現実になってしまう、君たちはその“力”を持っている。もっと楽しい明日を、未来を考えろ。俺が帰って来て日が暮れるまで遊び相手になってくれる、そんな明るい未来を」

 片膝をつき何か、大事なことを教えるようにいう。そして「分かったか?」と少し間をおいて問う。それに子供たちの答えは「わかんない」だった。

 「今はそれでいい。

 君たちが大きくなる過程で、俺の言葉を忘れないでくれ」

 一人、一人の頭をクシャクシャと撫でる。そして最後に少女の頭も撫でたあと、優しくなでる。

 「いいか、泣きそうな顔をするな。ほら笑顔、笑顔」

 少女は必死に笑顔を作ろうとするがどう見ても泣き顔だが、光成は「そうそう」と笑いながら立ち上がりドアへ向かう。オープンするアイコンを押し、列車のドアが開き光成は乗り込む。少女から目を上げ子供たちの後ろにいる母、明美を見る。

 「じゃあ、行ってきます」

 「はい、いってらっしゃい」

 ただそれだけ。泣きながら抱き合い「愛している」なんて戦争映画、見たいなことはせずドライな返しだ。

 隣の和樹に視線を移し「頼んだぞ」と一言だけいう、何を頼むかは詳しく言わなかったが和樹には理解したように静かに頷く。

 「これ!」

 少女はチョコを全部食べず半分残したらしい、そしてチョコを光成に渡す。

 「ありがとう」

 「また、また帰って来て。いっぱい遊んでね!」

 「ああ」

 光成が返事をしてすぐ、「ピー」という音がホームに響きドアが閉まり、モーターの出力が上がり電車が発車する。速度が徐々に上がっていく、窓の向こうで少女と子供たちが手を振っている、それにこたえ光成も手を振り返す。

 ホームの端まで走って電車に並走した。子供たちと駅が見えなくなってから、光成だけしか乗客がいない列車の椅子に座る。そして少女からもらったチョコを小さく割って口へ放り込む。そういえばチョコは久しぶりに食べたな、と思った。


 アメリカ人の父親が好きそうな、日本人にはくど過ぎるチョコの甘さに光成は飲み物を欲しくなった。





 何となくで始めた縦書きだけど6人もブックマークしている。・・・・需要は一応ある、と見て良いのか?

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