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博士

 興子が行った調査はいくつかの「間違い探し」だった。もし別の宇宙にある地球にいるのならば元の地球と必ず違う点もしくは変化があるはずだ、と興子は考えた。気象データや人口衛星の観測データに加え、与えられた権限と人を使い一般には公開されていないデータも調べた。そのデータを昨日のデータと比べた。


 問題ないのならわずかな変化が結果として出るが、出た結果は無情にも違った。


 まず一般にも公開されている気象データからして大きく変動していたのだ。空気中の成分では温室効果ガス(二酸化炭素)の数値が激減した、具体的には産業革命以前の数値までに減った。よく地球温暖化により北極の氷が溶け、海水が上昇して海上都市や国が水没するというものだ。これは遠く先の話ではなく、百年以内には都市や国が水没するだろう。

 その問題の海面水位が大きく降下したのだ、まるで大昔に戻たったかのように。同じように気温も変化していた。大きくではないが足った一夜にして、十月~十一月の気温に戻ったのだ。 




 死亡確認し火葬も埋葬も済ませた人間が目の前に現れたらどう思うだろう?




 政府や国民が他国と連絡が取れずに混乱している中、JAXAといった宇宙に目を向けている人間たちは別な所で驚愕していた。衛星との交信が途絶えたのもそうだが、とっくの昔に死滅した惑星が当然のように存在し、逆に昨日まであったはずの惑星が死滅しているという現象が起こっていた。

 あまり知られていないが地球の衛星である月は、一年ごとに三センチずつ地球から遠ざかっている。その月が環境同様に五パーセントも地球に近づいていたのだ。



 他国と無線・有線関係なく通信が不通の中、ISSとだけは通信が可能だった。そして日本人クルーから送られてきた画像と映像が最後の決め手となった。ISSから撮られた映像と画像には日本の近くにある台湾や朝鮮半島はおろか、日本を除いた陸地全てが消えてしまっていた。

さらに本来存在しなかった海域に大小さまざまな島らしい陸地が出現していたのだ。ISSの他にも交信可能な気象衛星や数少ない偵察衛星でも確認された。だが日本列島が位置する場所つまり地球の座標は変わらずそのままだった。




 調査結果をまとめた報告書は二一時には古賀に提出された。興子だけで作成したのなら信憑性が疑われただろうが、報告書の作成には何人もの政府職員と著名な学者が関わっていたため信憑性は高い。興子の論文より部厚報告書を古賀は自分の執務室で読んでいた。古賀だけはなく一清長官と書いた本人である興子もいる。


 「嘘であってほしい報告書ですね」


 「嘘ということも可能性の一つとしてありますね」


 「どういう意味です」


 「嘘つまり今起こっていることは全てが夢だという可能性です」


 その呟きに今朝のように古賀が入れた紅茶を楽しんでいた興子が手を止め不思議そうにいう。ますますわからなくなった、という目で興子を見て再び報告書に戻す。一清長官は最初から報告書を黙って読み進めている。


 ページをめくる音とお茶を飲む音が執務室を支配してしばらくして、半分まで読み終えた古賀が報告をテーブルに置き目をもむ。


 「一つ聞いても?」


 古賀の問いに興子はしぐさで「どうぞ」と。


 「再び同じことが起こり地球に・・・本来いた地球に戻るということは?」


 「明日になれば戻っているかもしれないし、永遠に戻れないかもしれない。そうとしか答えられませんね」


 「聞かなくても分かりますが、我々の持っている科学技術による帰還、戻る、ということは可能性ですか」


 「まあ百年、二百年後には可能になっているかもしれませんね」


 ようはムリということだ。


 「外神教授はどうお考えです」


 「名前で読んでください。あと肩書もつけないで結構ですよ。それで、どうとは?」


 報告書から目を離さないで一清は質問する。


 「現状に起こっている異常事態は日本がパラレルワールド、もう一つの地球に来てしまったから、これが事実だと考えているのですか」


 「報告書にまとめた通り、そうとしか言いようがないです」


 「あなた一個人の考えかそれとも科学者の考え、どちらですか」


 「両方ですよ」


 一清の言葉に興子はお茶菓子として出されたクッキーを美味しそうに頬張りながら答える。古賀はため息し、しばらくしてから何かを決意した声で話し出した。


 「長官、この報告書の信頼性はどれほどですか」


 「作成には情報庁も関わっているので高いですが、必要なら別の人間にこれを調べさせますが」


 「時間はどれくらいかかりますか?」


 「部分的になら二時間、全部なら五時間以上」


 「では両方を今すぐ始めてください」


 「分かりました」


 古賀はそう一清長官に命じ、今度は興子に向き直る。


 「興子さん、あなたの報告書が正しかった場合、私は記者会見でこれに書かれている内容を読むでしょう。その際に詳細説明をあなたにお願いしたいが、受けていただけるかな」


 古賀は有無を言わせない口調で興子にいうが、自分の書いた報告書の審議が疑われた会話があったのにも関わらず、興子は気分を害した様子もなく答える。 


 「報告書の作成で疲れたので家に帰ってのんびり、としたいのが本音です。ですがそれも仕事の内、というなら引き受けますよ」


 「ありがとうございます。早くて明日、遅くて明後日にはお願いすると思います」


 「分かりました」


 翌日、日本がもう一つの地球に来てしまった、という前代未聞の記者会見が開かれた。そして古賀の後に興子が壇上に立ち説明を行った。普通なら興子の美貌に美人教授や学者として話題になるだろうが、古賀の荒唐無稽な発表と興子からの説明でメディアや国民は混乱したため、興子が必要以上に話題の人となることはなかった。

 「お久しぶりです、興子さん」


 「ええ、記者会見以来ですね」


 会議が終わったのは一五時になろうかという時間だった。官邸から退散しようとした興子を呼び止めたのは古賀だった。興子はしばらく政府職員として仕事をしていたが、最後に顔を会わせたのは記者会見以来だ。あの記者会見の後、興子は官邸が新たに設置した研究機関、事実状の米国にあるようなようなシンクタンクだ。

 そこで政治家などに対して科学などのレクチャーをしていた。興子は科学分野だけではなく、さまざまな分野に精通していたので抜擢された。調査隊の研究チームの副指揮を執るのもこれが理由だ。


 三十だというのに九年間と全く同じで若いままで年を感じさせない、トレードマークの濡れ羽色の黒髪は腰を通り越して膝まで伸びている。


 「この後、予定がなければご一緒にお茶でもしませんか」


 「官邸で、しかも総理が女性を口説いていいの?」


 興子のからかいに古賀は苦笑いする。


 「別に不純な意味ではありませんよ、久しぶりにおいしい葉が手に入ったからですよ」


 「では、お誘いを受けましょう」





 九年前と同じように執務室へ二人はやって来た、そして同じように古賀が紅茶を入れた。お茶菓子はパウンドケーキ。


 「ふう、七年前同様においしいですね」


 「ありがとうございます」


 紅茶とケーキを交互に口に入れ至福のひと時といった笑顔を見せ、古賀は静かにしばらくその様子を見ていた。


 「それで、何か用があったのでは」


 「・・・大陸言語はやはり不明のままですか?」


 古賀の質問に興子は何もいわずに顔を左右に振る。大陸言語、そのままの意味で大陸に住む住人が使うであろう言葉だ。言語に関しては当然だが全くといって言いほど情報がない。大陸との初接触、黒船が日本海に侵入を皮切りに最初も含めれば五回大陸の船が侵入してきた。その全てに生存者はおらず死人ばかりで、いずれも死因の多くがペストによるものだ。


 生存者の一人でもいれば大陸の詳細な情報が得られたが、それは叶わなかった。せめて船に残っていた書類か何かに文字の一つでも書かれているものがないかと捜索された、あるにはあったがどれも海水に濡れるなどして解析不能だった。

 唯一の手がかりは衛星画像と二次調査で撮影した映像と画像だけ。だが手がかりといっても大陸の住人が言語による意識疎通をするというだけだ。そして発見はもう一つあった。


 「彼らの寿命は遥かに長いというのは事実でしょうか?」 


 「検査での結果は変わりありません。現在の日本人の寿命の二倍から三倍の寿命を大陸種のエルフ族は持っています。我々人間の平均は八〇辺りですが、彼らの場合だと一三〇~一五〇歳だと思われます」


 船にあった死体は全て調査された。最初は違う、つまり別の惑星の生物だと思われていた。だがエルフ(メディアやネットでの呼称)とされる生物を調べたところ、ヒューマンゲノム変わりないことが判明した。そのためパラレルワールド説がさらに信憑性が高まった。一つを除いて、人類と違ったのは寿命であった。調べれば寿命が分かる細胞の数や強さが人間の数倍もあったのだ。



 「言葉と寿命の話を聞きたいだけで、私をお茶に誘ったので?」


 「・・・国民は大陸とその住人たちと関わることを選びました。ですが我々は彼らと対話できるでしょうか」


 古賀の問いに興子は少し遅れて答える。


 「アメリカ大陸も発見され白人が入植して、先住民であるインディアンと対話できましたよ」


 「確かにインディアンと対話し、入所者とお互い対等の立場でした、最初だけ。ですが現代にまで繁栄したのは白人でインディアンは滅びました」


 「古賀さんは日本人もそれを起こす、と?」


 「力ある者はその力を使いたくなるのが常です。何より彼らは姿も体格も違います。肌の色や体格、文化に言葉という些細な違いだけで差別し殺し合ってきたのが我々、人です」


 古賀は悲しそうつぶやく。


 「多少の衝突はあるでしょうがそこまで悲観しますか?」


 「違いが些細ではないから私は心配なのです。科学で繁栄してきた人と違い、彼らは私たち人と大きい違いを持っています」


 「魔法と寿命ですか」


 「ええ、人から科学を取り上げれば残るのは力を持たない生き物です、だが彼らは違う。魔法という力と人間の倍もの寿命という決定的な違い持っています。我々は、残酷な我々は彼らにも慈愛できるでしょうか?慈愛でいれたのは同じ「人」だったからです。しかし彼らは人の形という根源こそ同じでも、姿や力が違う。今の国民、いや日本人はどこか昔と違う、私はそれが事実になりそうで・・・怖い」


 まるで神に懺悔するようにつぶやく。そんな古賀に興子はため息する。


 「私にどうしろと?」


 「こんな話を聞いてくれる相手がいないもので」


 「ボッチ、というヤツですか?」


 「総理という職は権力と孤独の二つが付きまとうというものです」


 興子の皮肉ったいい方に古賀は苦笑いして返す。


 「例え古賀さんの考え通りになるとしても、あなたにはそれを変えれる立場にありますよ。そうならないように頑張ってはどうです?」


 「簡単に言ってくれますね」


 「あなたの話を聞いてくれる人?ですから」


 そういい、紅茶を飲む。それをジッと見た後、小さく笑う。


 「ははは、そう、その通りですね。ええ、あなたのいう通りだ。話を聞いてくれてありがとう」


 「どういたしまして、お悩みはまだありますか?」

 

 古賀は気が晴れたような顔を左右に振る。興子は「お茶、ごちそうさまでした」と立ち上がりドアへ向かう。


 「興子さん。話を聞いてくれ、ありがとうございました」


 その言葉に出ていこうとした興子は立ち止まり、振り向き九年前と同じように笑みを古賀に返して執務室を出ていった。


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