実家
「おーい、記者部全員そろっているか・・・そろっているな。全員集合」
デジタルメディア社記者部の編集長が椅子から立ち上がり、部下たちに呼びかける。
デジタルメディア社は従業員二〇〇人と地方新聞より小さいが、購読者は地方新聞より多く全国に購読者がいる。
そして記者部といってもいくつもある部署の一つで、大きく分けて三つに分かれている。
タブロイド部はインターネット上の小さな話題や様々なチャットを巡回し、トピックされているものを集め分単位で記事を出している。
二つ目が政治や経済専門に記事を書いている政治経済部で、政治部は官邸や議員会館に交代で二四時間詰めている。 経済部も同じような感じで大企業や幹部に張り付いている。そして最後が恵美のいる記者部だ。記者部はデジタルメディア社唯一の“足を使う”部署だ。
タブロイド部はチャット特有の荒唐無稽な話を元にした記事が多い、そのため事実確認など一切せずに記事を書いているため信憑性に欠ける。
そのため周りや書いている人間たちと自他ともに認めるゴシップ誌だ。最も殆どがゴシップ誌以下で都市伝説をまとめたオカルト誌に近い。
主に買う人間もオカルト誌として買う人間ばかりだ。
記事を書く人間は部屋を出ることは一切ない。食事とトイレを除いてだが。
政治経済部は会社の外に出て官邸や企業の記者会見に出向くが、政治家や政財界の人間に粘着したりアポイントメントを取ろうとはしない。
ただ記者会見などに出席するだけで、スクープやスキャンダルを目的ではなく紙面を埋めるためにある。
“足を使う”というのは従来の記者のように、政治家や企業のスキャンダルをすっぱ抜くことだ。
事件の取材や社会的弱者に密着取材、地域の小さな出来事を記事にすることだ。
何より他のネット新聞社と違うのは政治家や企業のスキャンダルをいくつもすっぱ抜いたからだ。
代表的なのは大阪大暴動の時に警察や陸自による暴徒に限らず、無関係な市民への無差別攻撃の映像だ。その事実を最初に世間へ流したのが出来立てホヤホヤだったデジタルメディア社であった。撮影したのは恵美の先輩記者であった。
記者部の全員が編集長のデスク前へ集合してから編集長は話を始めた。
「政府は昨日、調査団へのメディアの同行許可を出した。しかも新大陸にも記者が同行できるとのことだ」
「それでウチからも人を出すってことですか?」
「残念ながら違う」
一人の質問に編集長は顔を左右に振り否定する。
「参加したいメディアは抽選で決まるらしい、大手メディアは別枠で抽選が行われる。しかし、その条件を見たがウチも条件を満たしている。ということは?」
編集長は記者一人一人の顔を見た。
どうやら誰か答えるのを待っているようだ、恵美は手を挙げてゆっくり答えた。
「えっと、ウチみたいな小さなネット新聞社も応募、できる?」
「恵美のいう通り!ウチのようなまあまあ、売れているネット新聞社やマスコミは応募条件をクリアしている。
そしてウチと同程度のネット新聞は三〇〇社もある。
つまり、同業者たちとの当選率だけで三〇〇分の一だ!」
編集長は分かりやすく肩を落とし落胆したという行動をする。編集長のオーバーなリアクションに恵美ら記者たちは「はあ」と相槌するしかない。演技だったのか気を取り直したのか編集長は打って変わって話の続きを始めた。
「我が社を代表して新大陸へ行く記者を決めなくてはならない。誰か行きたいヤツいるか?」
唐突ということはこのことをいう、ここで「行きます!」と挙手する人間がいるだろうか。戦争と病気が蔓延している新大陸へ行こうという人間が、
「はい!私が行きたいです!」
いた。幼稚園生のように元気よく手を挙げたのは誰であろう恵美だった。周りにいる同僚は驚いた顔で見ている。
「あー、まあ分かっていたが恵美君か。
他に立候補するヤツはいるか・・・いないな、解散」
記者たちは自分のデスクへ戻り恵美も同様に自分のデスクに戻り椅子へ座り、パソコンに電源を入れる。
「恵美さんはどうするつもりですか⁉」
「え、何が?」
「同行取材ですよ!」
話しかけてきたのは記者部で唯一の同性である竹中百合だだった。百合は中・高校陸上部だったので同じ陸上部だった恵美とすぐに仲良くなった。
小麦色の肌にショートボブの髪型で活発的なところも恵美と似ている。身長は少しだけ恵美の方が高い位だ。
「百合はどうするの、棄権するの?」
「ウチが当選するとは思わないけど、危ないですよ」
「私は棄権しないわよ?」
恵美の答えに百合は驚いた表情になる。
「どうしてですか」
心配する百合と反面、恵美は軽く返しながらパスワードを入れてログインする。
「向こう(新大陸)は戦争中で病気が蔓延しているというじゃないですか。そんな所に行くって絶対に危ないですよ」
「そうかもね。でも一つ思うことがあるの」
「何ですか」
「向こうは戦争やら病気が蔓延しているだろうけど、前の地球だって世界のどこかではそれがあったのよ。
日本だって数年前まで酷いの一言だったじゃない。向こうも大して変わらないと私は思うのよね」
「そりゃ、そうですけど・・・」
百合は納得できないような顔になる、対照的に恵美は笑顔で話す。
「それに自分の目で魔法にドラゴン、漫画とかアニメのようなファンタジー世界を見てみたいのよ!」
「いや、それが本音ですよね・・・」
恵美の本音に百合は心配から一転し呆れた顔になった。
「だってファンタジー定番の魔法が向こうの人は使うのよ!手から水やら炎、雷を出しちゃう人間がいるのよ、直に見てみたいじゃない!」
「それが自分に向けられるとは考えないのですか?」
「・・・あ」
百合に指摘されてようやく恵美は危険性を理解したらしい、百合は再び呆れた。
恵美がデジタルメディア社の代表記者に立候補して一週間後。
防衛省から茶封筒が一つ届いた。
一つの書類を囲むようにデジタルメディア社の幹部が会議室で見ている。その中には新大陸の同行取材に立候補した恵美もいる。
「当たっちゃいましたね!」
驚きと嬉しさ二つを含んだ声で恵美はつぶやいた。
書類にはデジタルメディア社代表如月恵美の同行取材を認める、指定の日時に官邸へ来るように、と書かれている。
「本当に当選するとは」
「ええ、本当に」
恵美以外の幹部が未だに信じられない声でつぶやく、確かに応募はしたが幹部の誰もが当選するとは考えていなかった。
「当たってしまったのは仕方ないだろう」
部屋の誰よりもしっかりとした声でいうのは社長である藤原岩市ふじわらいわいちだ。
「一応確認しておくが、恵美さんは辞退する意思はあるか?」
「ありません」
岩市の問いに恵美はキッパリと否定する。
「分かりました。五日以内に同行の有無を防衛省へ連絡しなければいけません。
返事をする前に恵美さん、休暇を出すのであなたはこの事実をご家族に報告してください。これは社命です」
「家族の許可が必要なのですか?」
「最終的には同行する本人の意思で決定されます。
ですが危険性が高い以上我が社としてはご家族に説明してから話して返事をしたいのです」
岩市は「必要なら私が恵美さんのご両親に直接お会いし説明もします」とも付け加えた。
「どうしても家族に話さなければいけませんか・・・」
「同行取材に参加の可否は我が社にあります、あなたにはありません。確かに同行取材が我が社に与える利益は図り知れませんが、ハイリスク・ハイリターンでもあります」
あまり乗り気ではない恵美に岩市はキッパリという、そして念を押すように続ける。
「今日はもう帰宅し明日、朝一番に実家に帰り説明しなさい」
「明日ですか」
「ええ、新幹線のチケットはこちらで取っておきます」
岩市のいう通りに恵美はの自宅は電車で三十分にある、1LDKのアパートメントに帰ってきた。自宅といっても女性らしい物は殆どなく、生活に必要である申し訳程度しかない。クローゼットには部屋同様に女性らしい服は一切なく、仕事着のスーツとランニング用ジャージ。
それと恵美の母が女の子らしい服装をしなさい、と買って来た数着だけだ。
入社時から記者部に配属され全国を先輩記者に付いて回ったため、自宅よりホテルや会社で生活した時間が多い。
飾りっけのないジャージに着替えた恵美はベッドに腰かけ、スマートフォンの電話帳の「実家」と表示されている番号をタップする。
コールが五回程鳴り相手が出た。
『はい如月です』
「もしもしお母さん」
『あら、あんたから電話してくれる何て珍しいわね』
最初は少し驚いた声で電話口に出たのは恵美の母で、嬉しそうな声で会話した。定番のしっかり食べているの?という言葉から始まり、恵美自身は「うん」や「へ~」と相槌をしていただけだが。もう三十分以上経った頃、電話をした理由を母の方から言い出した。
『それで次はいつ帰省するの?』
「明日」
『え、明日!』
「うん、明日そっちに帰る」
『明日ってあんた、何でもっと早く言わないの』
恵美の母親は怒った口調だが嬉しそうな口調で、もっと早く言わなかったことを愚痴る。
「明日の始発でそっちに帰るから、駅まで迎えに来てくれない?」
『分かったわ。
お父さんに向かいに行かせるから着いたら電話して』
「うん、分かった。おやすみ」
恵美は久しぶりの母のマシンガントークに疲れた。
何より同行取材が当たった時は考えなかったが、両親に同行取材のことを話さなければいけないことに気が重くなった。
「はあ」
ため息をした途端、疲れがドッと出てパジャマに着替えるのも億劫になりベッドに倒れるように眠りについた。そしてそのまま朝まで目覚めることはなかった。
恵美は早朝の四時には睡魔と戦いながら起き上がり準備を整えた。
そして岩市の言われた通りに恵美は朝一番の新幹線で、実家のある大阪へ向かった。大阪駅から少し歩いて近鉄奈良線に乗り東大阪市へ向かった。
実家はちょうど大阪と奈良の県境にある生駒山いこまやまの麓にある。各停列車に揺られて二十分程して実家のある駅に到着した。良くも悪くも恵美の生まれ育った街並みは変わっていなかった。
最も七年前の大阪大暴動で恵美の実家がある街まで暴動の余波は広がり、本通りを外れると少し前まで戦争が起こっていたかのような傷跡があった。
久しぶりの生まれ育った街をキョロキョロと見ていたら急に後ろから声をかけられた。
「そんなフラフラとしていたら財布を掏られるぞ、恵美」
振り返ると声をかけてきたのは恵美の父である健司けんじだった。
恵美は驚いた、急に声をかけられたことにではなく父の姿に。最後に会った時はまだ半分は黒かった髪は全部白髪になり、顔も中年ではなく深い皺がいくつもあり老人の顔だ。
「・・・老けちゃったね、お父さん」
「ほっておけ。帰るぞ」
「うん」
恵美はしみじみとした言葉に健司は顔をしかめて答え、先に家へ歩き出す。
到着したという連絡を待てずに駅で待っていたのだろう、恵美はそのことに嬉しくなり父の後を追った。
「お帰り恵美」
「ただいま、お母さん」
家に着き玄関を開けるとすぐに恵美の母である美咲みさきがやって来た。帰省した目的を言おうとしたが母からの質問攻めにあい、言えずに時間がたった。
そしてダラダラと引き延ばし夕食の後にまず父親に切り出した。
「あの、話があるの」
「ん、何だ」
「新大陸へ行くことになった」
今では少数派になりつつある本物の新聞を広げていた父親は畳み恵美を見る。そして、
「はあ、まさか本当に美咲みさきの通りだとは・・・」
「え?」
「おい美咲。恵美が大陸へ行くそうだ」
「ほら、私のいう通りじゃないの」
父親の問いに台所に立っていた母親である美咲は手を拭きながら二人の元へやって来た。
恵美は事態を呑み込めずにいた。
「少し前に大陸調査にメディアが同行するってニュースで見たのよ。それであんたから電話があってピンと来たのよ『あ、この子、大陸に行く』ってね。
まあお父さんは信じてなかったけどね」
美咲は横目で父である健司けんじを見る。
健司は妻の感が当たったことに対してか、いつも以上に仏頂面だ。恵美が驚いていると美咲は追い打ちをかけるようにいう。
「それにあんたの会社の社長から電話が来たのよ。
『お宅の娘さんが我が社を代表して新大陸調査隊に同行取材することになりました。つきましては同行取材のご説明をしたいのでお宅に伺わせてほしい』って」
「それで何て言ったの」
「『はい分かりました。
つきましては娘さんから聞くので説明は不要です』って」
美咲は若い子のように茶目っ気をたっぷり効かせて答えた。それに対して健司は「年甲斐もなくなにをいうか」と呆れている。
恵美はそんなことを気にせずに肝心なことを尋ねた。
「それじゃあ、行ってもいいの?新大陸へ?」
「私たちは親よ?あんたの性格を誰よりも知っているわ。行ってきなさい」
「お父さんは」
ちらりと恵美はまだ賛成とも反対を聞いていない健司を見る。健司はため息を吐きながら
「俺も美咲と同じだ、お前のしたい様にやれ」
「ありがとう。お母さん、お父さん」
「電話していたなら言ってくれればいいのに」
「その時はまだ賛成か反対かわからなかったのでね。
もしご両親が反対なら私の口出す領域ではないので」
両親に新大陸へ行くことを告げた次の日、恵美は母美咲に連れられブティックショップに連れてかれた。
理由は『どうせ私が買ってあげた服以外に女の子らしいの買い足していないでしょう』というものだった。
恵美は男性同僚が休日に彼女に買い物に突き合わされ疲れた、その理由が分かる気がした。
家でも体重が数百グラムしか減っていないのにもっと食べて太れ、と説教されお菓子や好物攻めにあった。
恵美は結局出社したのは五日後だった。
そして出社して早々に社長室へ行き、岩市に苦情を言いに来たのだ。頬を子供のように膨らませて拗ねたようにいう恵美に、岩市は苦笑いしながら非難に答える。
「ともかくご両親は反対しなかったのだな」
「はい。したい様にしなさい、と許可を取りました」
岩市の念を押した質問に恵美は笑顔で答える。
「我が社を代表して新大陸調査隊の同行取材を命じる。行く気はあるかね?」
恵美は改めて言葉に出した。
「喜んで行きます!」




