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実家

 ピピピピ、というとても小さな目覚ましの電子音が暗い部屋に響く。余りの小ささに人を起こす気があるのだろうか?と思いながら光成はゆっくりと起き上がる。

 普段ならスピーカーから大音量で流れる起床ラッパに叩き起こされるところだが、いままで光成が寝ていた部屋にはスピーカーはついていない。

 新大陸調査隊に配属が決まり来月には新大陸へ向かうため、隊員に一週間の休暇が与えられていた。

 それを使い光成は帰省している。

 光成が目覚めた部屋は自分の部屋だ。

 家は元々店と別にあったが家計が苦しくなったので家を手放し、倉庫として使っていた店の二階を改築して住んでいる。改築が済んですぐに光成は自衛隊に入ったため、自分の部屋といっても長く住んでいなかったから愛着がない。

 それに自衛隊の寮の方がまだ広い。

 しばらく帰省していなかったから少し埃っぽい。

 ジャージに着替えドア一枚隔てた居間へと出る。

 居間は十畳程の広さで、アパートにあるような小さな台所が下の店と行き来する階段のそばにある。ちょうど台所には光成の母である八上明美あけみが朝食を準備しているところだった。

 「あら、休みだから寝ていたら?」

 「十分寝たよ」

 「はあ、あんたもすっかり軍属ね。

 あの人も疲れた次の日でも同じ時間に起きていたわよ」

 「軍人の性さが、というやつだよ母さん」

 光成の言葉に明美は呆れ顔で調理に戻る。

 あの人とは明美の夫であり光成の父のことだ。光成が生まれても父親は軍隊にいた癖が抜けずに誰より朝早くに起きていた。

 テーブルの上にあった今では取っている家が珍しい紙製新聞を手に取りながら椅子に掛ける。

 見出しには

 『一月上旬に新大陸調査隊が出港 接触はいつ?』と書かれている。

 光成は最初新大陸調査隊への転属命令に特に感じるものがなかったが、唯一母が心配するのではないかと考えた。

 一日だけ休暇を取り電話で前もって「大事な話がある」と伝え帰って来た。

 そして新大陸へ行くことを伝えた。

 その時母の顔は悟っていてどこか諦めたような表情だった。ただ一言「あんたの好きにしなさい」とだけいった。光成は家に泊まらずにトンボ帰りで駐屯地に戻った。

 「それで、今日はどうするの」

 「和樹は」

 「和樹なら四時に託児所に行ったよ」

 「え、そんなに早く」

 「あんたは知らないだろうけど、今の託児所どこも朝三時から開いているんだよ。

 二四時間の所だって珍しくないんだから」

 光成は弟である和樹は十八になったのと同時に近所の託児所へ就職したことは聞いていた。だがそんなにも早く出勤することは知らなかった。

 「で、どうするの」

 「・・・今日も料理を作るの?」

 「もちろん。休みは日曜しかないからね」

 「なら手伝うよ」

 「手伝うって、あんた。

 この先いつ休めるかわからないんだから、休みの間はゆっくりしたら」

 「・・・動かないと落ち着かない」

 「はあ、本当に父親の血を強く引いてるわね」

 自衛隊に入って七年、ずっと治安出動や訓練で休む暇がなかった。そのため光成の体はジッとしてられない体になっていた。そのため家に帰ってきたは良いが、政府や母のいうゆっくりと出来なかった。

 「じゃあたっぷり、手伝ってもらうからね」


 光成は母の仕事を甘く見ていた。




 「光成~人参がしんなりしたら、肉とタレを加えて炒めて。それと茶碗にご飯を十杯よそって」

 「分かった」

 「あ、あとジュースとお茶も出してくれる。それとコップ」

 「分かった」

 少し離れた所からの明美あけみに光成は短く返事をした。 大きな中華鍋の中にザル一杯の切られた人参を一気に入れ、光成は全身に汗をかきながら中華鍋とお玉を動かしながら炒める。野菜が入った中華鍋はこれでもか、という程に重い。

 ザっと混ぜて少し離れた所にある大型冷蔵庫から、ミカンジュースと麦茶の入った三リットルボトルを四本出す。

 昔はジョッキかウィスキーグラスと、ちょうどいいコップがなかったが光成がいない間に買い足したのだろう子供でも持てるコップがいくつも棚に置いてある。

 料理を作るだけでそれを手伝うだけだと思っていた。

 料理を作って車かなにかで配達するものとばかり思っていた。だがその逆だった。

 「外国人のお兄ちゃん、今度はどんな料理作っているの~」

 「外国人は“消えた”ってみんな言っているだろ。この兄ちゃんはえっと・・・」

 「ハーフか?」

 「それ!この兄ちゃんは外国人じゃなくてハーフだよ」

 厨房を除けるカウンターから少女と少年が身を乗り出して話しかけてきた。そう、配達もするが向こう、託児所の子供が直接食べに来るのだ。

 元々米兵相手に作った店だから店内は日本の店より大きく作られている。そのため子供ならかなりの人数が入れる。

 九年前までは昼は腹をすかした米兵相手の食堂、夜は落ち着いた酒場だった。

 今のフロアは改装され床がフローリング上にカーペットに変わり、足の短い長方形のテーブルが置かれている。そこに座っている子供がおなかが減ったー、と騒いでいる。

 明美はフロアで託児所の職員と忙しそうに動き回り食器や箸を準備している。

 「母さん、できたよ」

 大量の野菜炒めを皿へ盛りながら、子供の声にかき消されないように大声で料理の完成を知らせる。

 「ご飯はよそった?」

 「今よそう、ほらどけ」

 「わーい!ご飯だ、ご飯!」

 カウンターにいる少女のよこに山盛りの野菜炒めの皿を置き、三升炊きの炊飯器からご飯を茶碗に盛っていく。

 「はーい、みんな料理が出来たから手伝ってー」

 「はーい」

 三十人以上いる子供が元気よく返事をする、一斉にカウンターに向かってくる。

 そして手慣れた手つきで箸やコップ、三人がかりで山盛りの野菜炒めの大皿をテーブルへ運ぶ。光成のよそったご飯は置くそばからテーブルへ運ばれる。

 「ふう」

 光成は最後のお茶碗が運ばれたのを見て一息ついた、時刻はちょうどお昼時。起きたあと朝食を食べ店に降りてからずっと休みなく肉やら野菜を切り、炒めていた。

 「光成~早くこっち来て一緒に食べるわよ」

 「え、一緒に食べるの」

 「あんたと私の分も含まれているのよ。早く来なさい」

 「お兄ちゃん早くー」

 「兄ちゃん早くしてくれよー」

 お昼ご飯がまだかまだかと席にスタンバイしている子供からのブーイングが響く。

 「はいはい、分かったよ」と言いながら光成はエプロンを外して席へ向かう。光成は子供に挟まれる形で座る。高くても一三〇センチしかない子供の間に二メートル近い光成が座るとまるで小人と巨人のように見える。

 今日のメニューは唐揚げ、野菜炒め、みそ汁とひじきの入ったご飯の四品だ。光成が手伝ったのは野菜を切って炒めただけだが、慣れないということもあるだろうが普段やっている訓練より疲れた。

 こんなハードなのを毎日やっているのか母さんは、と光成は感心した。

 「いただきます」

 「いただきまーす」

 明美の言葉に手を合わせながら子供たちが大声でいう。

 小学校の頃やっていたな、と光成は小さく「いただきます」呟きながら思った。



 「疲れた・・・」

 陽がすっかり落ちた夜、光成は二階にある自宅のテーブルに突っ伏していた。暴徒や何十キロもの行軍なら慣れているが子供の相手は全くの専門外だ、と光成は思った。

 結局子供たちは食後に店から引っ張られて外に出された。

 最初こそ遠巻きに見ていた子供も、一人が光成を遊び道具にしているのを見て次々集まり最後はみんなで光成を遊び道具とした。

 そして店の裏にある公園で男の子たちとのサッカーから始まり、少女たちのおままごとまで一緒に遊んであげた。

 結局光成が子供たちから解放されたのは夕方になってからだった。

 「みんなあんたが珍しかったのね」

 そう言いながら明美は光成の前にお茶を出した。

 「ここら辺の託児所は他よりシングルマザーの子が多いのよ、託児所も殆ど女性職員ばかりで男性職員がいないのよ。 それに最近生まれた子は記録以外で外国人を見たことないしね」

 「だからか・・・」

 光成の容姿は十人が見て十人が白人と答える容姿だ。

 それからしばらくの間、店や子供のことの話をした。二〇時を回ろうかという時、店のある下のドアが開く音が聞こえた。同時に「ただいまー」という声も聞こえ、少しして階段を上がって来て居間に声の主が顔を出した。

 「ただいまー」

 「ああ、お帰り」

 「お帰りなさい、和樹」

 帰って来たのは光成の弟である和樹だった。

 和樹は光成と真逆で母親の血を強く引いたのか、容姿は完全に日本人だ。父親の血を引いたのか少しだけ日本人離れしている、身長は一七〇センチと平均的だ。どこにでもいる日本人青年だ。

 「兄ちゃん何か疲れてる?」

 和樹はジャンバーを脱ぎながらそう聞いてくる。

 「料理を手伝ってもらったのよ。

 それと食後の運動として子供たちと遊んでもらったのよ」

 「ああ、だから・・・」

 和樹は母の言葉を理解し、兄が子供たちに遊び道具にされたことを察して同情した。

 「お昼に出した残りがあったわね、ちょっと取ってくるわ」

 明美は和樹の晩御飯を用意すべく明美は立ち上がり店の冷蔵庫へ向かった。和樹は自分の部屋に行き着替え光成の正面に座った。

 「それで和樹、仕事の方はどうだ」

 「最初の頃は毎日今の兄ちゃんと同じ感じで疲れたけど、今では要領よく子供たちと遊んでいるよ。まあ疲れるのは変わりないけど仕事は楽しいよ」

 「毎日子供の相手か・・・俺は暴徒を相手にする方が楽だ」

 「ははは、慣れの問題だよ。ところで兄ちゃん」

 一日の終わりに今日あった出来事をのんびりと話していた顔から一変し、和樹の顔が真剣になる。

 光成は察して楽な姿勢を正して弟に向き直る。  

 「・・・大陸に行くって聞いたけど具体的にどれくらい?」

 「短くて半年は戻ってこれない、長くて一年以上だ」

 「調査隊は戦争を仕掛けるために大陸へ行く、っていう噂をよく聞くけど本当」

 「誰が言っているか知らないがわざわざ大陸へ行かなくても、今の日本には石油も資源もあるぞ?

 もちろん、お偉い方の考えは分からないがな」

 少し冗談ぽく話す。

 真剣な表情になり、一回自分の部屋に行き手に何かをもって戻って来た。

 「・・・もし、もしだぞ。その時は母さんのことを頼んだぞ。これを預けておく、金に困った時は使え」

 そういって光成は小さなポーチを和樹に渡す、和樹は受け取り中を見ると戸惑った顔になった。

 ポーチの中身は通帳と小さな手帳が一つ入っている。

 「通帳には四〇〇万入ってる。

 手帳の方には俺の友人の連絡先が書いてある、助けを求めれば答えてくれる」 

 「・・・何で僕に?母さんには言わないつもり?」

 「母さんは軍人だった父さんと結婚した女だぞ、いわなくても俺が「行く」といった時から覚悟しているさ」

 和樹は複雑な顔で兄である光成を見る、少し前なら涙ぐむか泣いただろう。大人になったな、と光成は思った。しばらくして静かにうなずいた、光成は満足そうに笑顔で頷いた。

 「は~い、お待たせ」

 明美がそういい二人の間に光成が昼間作った唐揚げと野菜炒めの残りを置いた。

 「いただきます」と和樹はいい最初に唐揚げを口に入れた。

 「・・・この唐揚げ、二度揚げした」

 「和樹も油っぽいって思うわよねー」

 光成は苦い顔をして缶ビールをあおる。そして料理苦手という事実が発覚した。




 

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