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動き出すそれぞれの時間

「おい!『新大陸への干渉決定、日本開国』の見出しで今すぐ号外出せ!!」

「号外じゃなくて速報ですよ編集長」

「そんな細かいことなんていい、さっさと号外だ、号外!」

「はい、はい」

 どこにでもあるようなオフィスの窓際のデスクに座るのは、ドーナツ片手にコーヒーを飲んでいそうなでっぷりと太った保安官のような体系の編集長が怒鳴る。

 その怒鳴り声には慣れている部下であり記者の如月きさらぎ恵美えみが生返事する。

 そのやり取りの間も会社から支給されたラップトップパソコンを操作し、作り置きしておいたデジタルニュースペーパー(ネット新聞)の速報をネットにアップロードする。

 恵美の勤めている「デジタルメディア社」は百円から購入できるネット新聞を販売している。

 七年前から日本の労働者不足は深刻で、安くてハードワークな新聞配達をやりたがるのは昔から働いていた人間以外いない。

 今の時代、新聞配達と同じハードワークでも遥かに条件の良い仕事はいくらでもある。

 元々人気がなかった新聞配達員の就職率は激減する上、昔懐かしい新聞配達のバイトすら集まらなかった。

 そのため新聞各社は記事の質に関係せず、新聞を捌ききれない状態が発生する。

 昔なら四時に遅くても五時には配達し終えた新聞は、人手不足により八時、九時というのはザラになる。そもそも新聞を取る余裕のない国民が多かった。

 そのため記事の質や配達時間に関係なく新聞を取る国民が激減した。

 情報が欲しいならテレビやネットで十分だという国民が殆どになり、そこで急成長したのが配達を必要せずパソコンさえあれば作れるネット新聞だ。

 しかも値段は一月高くても千円程度と大変安いのだ。

 しかも自分の見たい記事だけを購入する場合はさらに安くなる。

 既存の新聞各社もネット新聞はやっていたがあくまで、ついでという感じは否めなかった。

 そのツケが大きく回って来たのだ。

 いくらいい記事を書いても売り上げは伸びず、むしろ日に日に急行下する売り上げに新聞社の幹部らは焦る。

 幹部らはどうして売れないか直視せず、売り上げが落ちるのは記事の質が悪いからだ、と現場である記者にさらにノルマと責任を押し付ける。

 結果、横暴な会社に嫌気を差したベテラン記者が次々と辞めていく。そして売り上げが右肩上がりで自由に記事を書けるネット新聞へと流れていった。

 過去にネットニュースやネットで流れる情報を「フェイクニュース」と貶していた新聞社は、ベテラン記者の流失で記事の質が落ち、さらに売り上げが落ちていった。

自社の質とブランドは急降下し、反面ネット新聞の質は上がり需要が拡大するという皮肉が生まれた。

 新聞各社もしばらくして、紙ではなくデジタルの需要があることに気付いた。そして新聞の部数を減らしネット新聞に力を注ぎ、部数低下により新聞配達員の負担も軽減され何とか立て直すことに成功する。

 成功といっても首の皮一枚で残った、方が正しいだろう。 だが頼みの綱である新聞各社がアップロードしているネット新聞は、どうしても内容が堅かった。

 そして何より定時、つまり既存の新聞同様に朝と夕方の二回しかアップしなかった。

 デジタルメディア社といった最初からネット新聞に力を入れている各社は、定時のアップではなく記者個人が好きな時間にアップできる。

 記者が会社に縛られず自由に記事を書け、好きな時間にネットにアップできるのだ。どちらかというと形態はフリージャーナリストに近いが、記事をアップするサイトはあくまで所属するネット新聞の会社サイトであり、購入する側が好きな記事・内容を限定して買うことができるのだ。

 どちらかというと有料のフェイスブックやツイッターに近いかもしれない。恵美の書いた記事のアップは数分で終わった。

 「終わりましたよー」

 「ああ」

 先程とは逆に今度は編集長が生返事をした。

 いつものことらしく恵美は気にも留めずに二時間後が締め切りの記事をリズムよくキーボードを叩く。

 記事の内容は『日本、開国へ向かう』と書かれている。

 『日本初の国民投票は投票総数七〇〇〇万票、賛成票五五六〇万票、反対票一四四〇万票の結果、日本は新大陸への干渉することを国民投票で決定。「これにより日本は我々同様に第二地球へ来てしまった我々(日本人)は新大陸住人との接触を少なくとも新年号十年以内にすることとなるだろう」と政府高官は語った』

 画面から顔を上げ恵美は目をもむ。

 八年前、日本は政府のいう第二地球へ来てしまった。

 恵美はその頃まだ一五歳の中学三年生。

 受験を前に勉強に励む中学生だった。

 最も恵美が勉強に励んだかというと違う。恵美は小さい時からそれこそ自分の足で立てるようになってからは、とても活発に動き回っていた。

 活発なのは体だけではなく性格もそうだった。

 普通は嫌がりそうなことも率先してやり、小・中と学級委員を務める傍ら陸上部に所属していた。

 恵美が受験勉強をしなかったのは陸上で推薦入学が決まっていたからだ。同級生が受験勉強に忙しいなか恵美は一人で楽しみながら走っていた、同級生に勉強を教えたりもしていた。

 恵美の家は農家で主に米を作り生計を立てていた、自分たちで食べるように少しだけ野菜も栽培していた。だから両親の仕事がなくなって金銭に困たり、飢えることも恵美は体験しなかった。家族や生活事態は変わらなかったが、周囲の環境はガラリと変わった。

 朝起き朝食を食べ両親に「行ってきます」といい、近所に住む同級生と合流し電車に乗り学校まで通う。

 そんな光景が変わらず続いた、一週間までは。

 まず恵美を襲ったのは恵美自身ではなく周りだった。

 恵美は活発な性格で恵美の両親は手を焼いた。

 小学校に入ってから男女分け隔てなく友達を作り、高校に入るころには数えきれない友達を作った。外資系とその関係会社は潰れ新しい仕事のため次々と恵美の友人や同級生たちは教室から姿を見なくなった、二週間後に教室に残っていたのは恵美を含め六人程だった。

 引っ越した友人と最初こそ連絡を取り合っていたが次第に着きづらくなり、最後は完全に途絶えた。しばらくして人伝で恵美は知ったが無理心中をした友人が何人かいたと聞いた。

 暴動や強盗に殺人、些細なことで様々な理由で大人子供関係なく大勢死んだ。

 まだ一五歳だった恵美そして平和な時間を過ごしてきた人間には、とても直視できない残酷なことが無数に起こったのだ。

 全国の殆どの学校は一月ひとつき経たない内に休校になり、高校生はもう子供としてではなく労働力として見られた。

 なんの役に立つかわからない数式や化学、物理、高校生の嫌がるテストは全てなくなった。

 変わりに大人同様の労働力として求められたのだ。

 恵美は徴兵を逃れたが進学を諦め(進学しても意味がない)、両親の農業を手伝うことを選んだ。

 テストに出てくる問題について文句を並べる。

 あの先生は規律にうるさいを友人と言いあう。

 コンビニによりお菓子屋や飲み物を買い飲み食いしながら歩く。

 同級生であの男子が好きだの恋バナにキャーキャー言いながら話す。

 意味もなくスマートフォンをいじり芸能人や有名人のツイッターを見て回り、くだらないニュースや動画を見る。

 おはよう、また明日。

 そんな一つ一つの日常が非日常へと変わった。

 恵美自身も親の畑を受け継いでそのまま農家になるとばかり思っていた。友人との付き合いがなくなり、恵美は変わりに農業の合間にネットを徘徊した。

 それが三年続いて紆余曲折あって一八の時に今いるデジタルメディア社に記者として就職した。

 両親は変わらずに農家をしている。

 「はあ」

 恵美は窓の外に広がる景色を見る。

 ビル群の上に広がる空は青ではなく、どす黒いまるでタバコを摂取し続けた灰のように黒い。

 日本が犠牲にしたのは人だけではない、自然も犠牲にした。生き残るために日本全土に点在し埋蔵されていた資源を掘り起こした。

 それも例え採算が取れなくてもだ。

 閉鎖していた炭鉱は全て失業者対策とエネルギー資源確保のため再開し、産出された石炭は全て火力発電所へ回された。

 そして毎日各所で火力発電所の突から黒い煙が立ち上った。日本は高度経済成長期、中国の大気汚染の比ではない程までに都市部は汚染されていた。

 開発のために数えきれない山々が、森林が破壊された。その下にある少ない資源のために。

 大規模な森林破壊も大気汚染に拍車をかけ、火力発電所から出たスモッグにより街は覆われ天気は常に黒い雲。

 天気がいい日でも曇り空が広がっている。

 青空なん今の日本では見れない。

 都市部で歩く際は必ずガスマスクを歩かなければいけない。出かける時はハンカチとガスマスクを忘れないように、という皮肉ともいえない皮肉が生まれた。

 大気汚染も酷いが水質汚染も酷い状況だ。

 七年前の時は“まだ”飲める井戸水は多数存在していた。

 だが、今は飲める井戸水は日本列島には存在しない。あるとしたら開発のされていない、遅い千歳列島や新島といった日本列島から離れた離島だけ。

 そこでさえ汚染の魔の手が近づいていた。

 生物の生態系も大きく崩され日本固有の種は七割近く絶滅、またはその危機にある。生命力が強いとよく言われる外来生物すらかなりの種が絶滅した。

 山や街中から鳥が川や池から魚が消え去り、海も汚染され沿岸部での生態系や漁業は絶望的な状況で今は遠洋漁業が主な漁業だ。

 七年経過した今も半数以上の炭鉱は稼働し続け、発電所の三分の一が以前火力発電だ。日本の自然は死にかけ、いやすでに死に絶えている。残っている自然は日本人が作り管理している並木のような人口自然だけ。戻るとしたら日本人が、人間が、滅び、数百年後のことだろう。

 そんな見慣れたくない黒い空を見ながらつぶやいた。

 「おなか減ったなー」

 時刻は十一時半、あと三十分でお昼だ、と恵美は記事を書きながら考えていた。






 「自分が、ですか?」

 「ああ、貴官には近内に発足される「新大陸調査隊」に行ってもらう」

 八上光成(やがみこうせい)は陸上自衛隊に勤めている、階級は二等陸曹。

 名前だけを聞きすれば日本人だと思い込むが、実際に光成の顔を見れば名前と一致していないと誰しもがいう。父親がアメリカ人で日本人の母親の間に生まれた光成は何処から見ても白人だ。父親の血を強く引いており、身長が一九六センチと大きく体格もがっしりでとても日本人には見えない。

 そして短く刈り上げられた髪は金髪もちろん地毛、瞳もブルーだ。

 光成の父親は海兵隊で沖縄に赴任していた時に、友人と旅行に来ていた母と知り合い三年の遠距離恋愛の末に結婚した。

 父はそのまま海兵隊を辞め日本に移住し、東京で在日米軍相手の料理屋を開いた。父親が開いた料理屋は米兵に大当たり、光成が中学に上がる頃には米軍基地がある横須賀や佐世保、那覇に支店を出した程だ。

 幼少期はいつも外見のせいもあって外国人の子供と勘違いされ、なかなか声をかけてもらえず友達が出来なかった。

 光成から話しかけると相手は必ず「日本語うまいね」や「日本語喋れるんだ」と必ず言われた。

 そもそも光成は英語を全く喋れない。

 父親は孤児院で育ちのため両親がいない、海兵隊の同僚以外にとくにアメリカに友人や執着がなかった。

 そのため光成や弟もアメリカ国籍こそ持っているが、行ったことさえない。

 高校の時には親友と呼べる人間が何人もでき、順調に人生を歩んでいた。

 だが八年前を境に大きく変わった。

 父は例に漏れず〇時になって忽然と消えた、最初は必ず帰ってくると母や光成と弟は待った。だが事態は待ってくれなかった。

 料理屋は殆どの顧客が米兵だったため、父親同様に米兵が消えすぐに経営が悪化した。

 料理屋の経営陣と光成は副社長である母にダメージが大きくなる前に店を売りに出そうと提案した。

 母は支店を売ることを認めたが本店、つまり父親が最初に開いた店は頑として売らないと言って聞かなかった。

 飲食店が次々と潰れる中、父親の店も例に漏れず店を開けば赤字の日が続いた。母の友人や父親の仕事仲間が母に店を畳んではどうだ?と何度も助言した。

 光成は本店については何も言わなかった、父がいきなり消えて母は光成と弟がいたからこそ正気でいられた。そして母から店を取り上げたら何かが切れる、と光成は感じたからだ。

 だが店を開店しなくても金はかかる。

 ちょうど光成が十八になった時、国から赤紙が届いた。(赤紙といっても紙は赤くないし、戦場に送られるものではないが)。

 政府の打ち出した雇用確保政策で十八~二十五歳の男女は二年間、政府の指定した仕事をこなさなければいけない。

 光成は母や弟そして店の維持費のために給料がいいところを探した。その条件に合った中に今いる自衛隊があった。

 光成は決して頭は悪くはないが体を動かす方が好きだった、それで陸上自衛隊を選択した。母と家を中学生の弟に任せ光成は陸上自衛隊に入隊する。

 入隊して最初の一年はいわば自衛官の基礎を習うが、暴動などが多発して自衛隊もよく暴徒鎮圧のため駆り出されていた。

 そのため教育期間は半年に短縮され、光成も入隊してから半年後には治安出動に参加した。

 教育隊で一緒だった同期は暴徒に発砲し殺してしまう。そして度重なる鎮圧に駆り出され、精神がおかしくなり逮捕や自殺した同期も大勢いた。

 治安出動の際に光成は出動した全てで武装していたが、奇跡的に暴徒に向けて発砲する場面に遭遇しなかった。

 古賀政権が再び誕生して自衛隊が治安出動が少なくなり、代わりに光成や他の自衛官は訓練や災害などに専念していた。最近は訓練だけでのんびりとした空気だった。

 だが新大陸の出現に伴い新大陸についての議論が高まり、ついには国民投票を制定する法案が可決された。そのまま新大陸に行くか行かないが国民投票にかけられ、その結果が一か月前に国民投票で新大陸への接触が決定された。

 休日だったので光成は自衛隊宿舎で読書していたら、上官が訪ねてきて一緒に駐屯地指令室に来るようにいわれた。

 呼び出しの理由を考えながら急いで制服に着替える。

 そして最初の所に話が戻る。

 「派遣されるのは陸上総隊で編成されると聞きましたが?」

 「私もそう聞いていた。現にもう派遣されるメンバーは大方決まっていると聞いている」

 「ならコイツ(光成)が行く理由がわかりません」

 「防衛省から連絡が来て名指しで指名したのだ。それも昨日急に」

 「・・・理由などは」

 「ない。ただ近内に転属命令を出すとだけいっていた」

  張本人である光成を差し置いて二人は困惑しながら話し合っている。

 「あの、自分が新大陸に行くことは決定事項なのですか?」

 「ああ、昨日聞いた感じでは決定事項に近いだろう」光成の質問に指令官はそう答える。

 「今いった通り近いうちに転属命令が来るだろうから、それまでに受けるかどうかを考えておけ。今日呼んだのはそれをいうためだ」

 「近い内というのは具体的にどれくらいでしょうか?」

 光成の質問に指令は少し考えてから答えた。

 「そうだな、早くて一週間以内には連絡が来るだろう」



 「では、失礼します」

 少し話したあと光成は敬礼して指令室を後にし庁舎から外に出た。ちょうどその時にポケットに入れていた携帯電話が鳴る。

 電話の相手は弟である八上和樹と表示されていた。

 「はい」

 「あ、兄ちゃん。今大丈夫?」 

 「ああ、大丈夫だ。今日は休みだから」

 しばらく会っていない弟の声はいつも通り元気そうだった。売店(PX)の外にある椅子に腰をかけてお互いの近況報告を短くした、そして自然と話は新大陸になった。

 光成は弟の声のトーンで何かを察して切り出した。

 「それで、何か聞きたいか用があるんじゃないか?」

 「母さんがね、口には出さないけど兄ちゃんがその新大陸に行くんじゃないかって心配してる」

 「・・・”まだ”わからない。ああ、それと二、三週間くらいしたらまとまった休暇が取れそうだ。だから久々に家に帰るよ」

 虫の知らせというやつかな?と光成は思いながら話をそらした。

 「え、本当」

 「この所は平和続きだからな。母さんは家にいないのか」

 「うん、母さんは店に出てる。最近また近くに託児所が出来て大忙しだよ」

 「そうか」

 店の近くには託児所がいくつか在ったが、数年前に連続して建った。

 ある日、光成の母が託児所でバイトで入った時に、お昼に冷めた料理が子供に出されていた。

 それを見かねた母が温かい食事をその場で作るようになり、次第に作る量が増え最終的に埃が被っていた店を掃除して周辺の託児所に朝・昼ご飯を提供するようになった。

 それからしばらく話して切った。

 「和樹は気付いたかな」

 おそらく弟は兄である光成が話をそらした意味を理解した上で話に乗ったのだろう。



 三日後、光成の元に転属命令が届いた。





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