自称悪役令嬢とヒロインちゃん
こういうのもっと増えろ(過激派)
「貴様との婚約は破棄させてもらう!」
中庭に男の声が響く。昼休みの喧騒は、一瞬にして消え去る。
まるで公開処刑のようだ、と私は呑気に考える。
こう呑気にしていられるのも、この展開が私の思い通りだからだ。私には前世の記憶がある。その記憶にこの世界を舞台にしたゲームがあった。そして私はヒロインの邪魔をする悪役令嬢である。
今後の展開がわかっている人生ほど楽なものはない。適当にすごそうとも思ったが、記憶によるとそのままでは私の家が没落するらしい。それだけは回避しつつもヒロインの女の子をいじめ続けて早くも1年と少し、無事に婚約破棄までもっていくことができた。
あの男の後ろに隠れていたヒロインちゃんがゆっくりと男の前にでてくる。男とは私の婚約者で、この国の継承権を持つ王子でもある。
そしてヒロインは口をゆっくりと開き……
「この馬鹿!」
思いっきり男の頬をビンタした。
「えっ……えっ?」
この流れは想定外だ、記憶とは違う。いや、ゲームでは王子が婚約破棄を述べるシーンの後すぐにエピローグに移るのでそうとも言えないのか……?
「いったい何を!?」
王子はその美貌が崩れてしまうくらい驚いている。
「ずっと、ずーっと貴方のこと嫌な人だと思ってたけど、もう我慢ならない!二度と私に近づかないで!」
王子はポカーンとしたまま固まってしまった。かくいう私も状況が理解できずに動けないでいる。これは確実に記憶にある展開ではない。
「ほら、教室戻ろう?」
ヒロインが私に手を差し伸べてくる。わからない。訳がわからない。どうして私に優しくする?どうしていじめから救った人物の手を払いのけ、いじめられる元凶となった人物の手をとる?わからない、わからない。
「もう、なにぼーっとしてるの?授業始まっちゃうよ?」
「な、なに触ってんのよ、平民の分際で!」
なんとか口に出せた言葉はどうも私らしくなかった。私の美学だが、本当に私に劣っている点でのみ、けなすようにしている。身分というのは子供の私たちの実力は一切関係がない。そんなものを振りかざしているようでは、親に頼らなければ勝てないと公言しているようなものだ。
「やっと、やっと私と目を合わせてくれたね?」
その言葉にハッとなる。そういえば彼女はこんな黒い瞳をしていたのか。瞳の奥まで真っ黒で、目が吸い寄せられる。
「ほら、行きましょう」
「は、はい」
なぜか二度目は断り切れなかった。
思えば私は彼女と目と目を合わせて話したことはなかった。罪悪感を感じてしまっていたのだろう。いじめは悪いこと、それは前世のときに強く刻まれた観念で、身分差社会の今世でも消え去ることはなかった。彼女をいじめるときも間接的に、なおかつ怪我には十分に注意しながらと臆病になってしまっていた。
「ふんふふ~ん」
「ご、ご機嫌ね」
「そりゃそうだよ、やっと好きな人が私を見てくれた。こんなに嬉しい日はないよ!」
「何を言っているの?あなた、私が好きなの?」
「うん、そうだよ」
とんでもないことをさらっと肯定されて困惑してしまう。
「キモチワルイ、同性が好きなんて」
だから最大のカウンターをくらわせる。好きな人に恋愛観を否定されるほど効くものはないだろう。
効果があったのか彼女の動きがピタっと止まる。
「ふーん、へえー、そうかー、そうだよね、女同士なんて気持ち悪いって思っちゃうよね」
効果ありのようだ。
「そういうことだから」
私は踵を返す。こんなところにいられるか、家に帰って引きこもってやる。
そう思った瞬間だった。
ガシっと肩をつかまれる。一瞬男からつかまれたかと思ったくらいの馬鹿力だ。
「どうして?ねえ、どうして気持ち悪いと思うの?」
「い、いたいいたい。わかった、わかったから離して!」
力はさらに強まるばかりだ。
「あっちょうど空き教室がありますね」
近くの空き教室に無理矢理押し込まれる。ここまで腕力に差があるのは想定外だ。抵抗も虚しく、教壇の上に押し倒される。
「大丈夫、大丈夫ですから!すべてを私にゆだねてください」
この日私は理解した。自分がいじめていたつもりになっていただけなのだ。彼女からしてみれば好きな人からかけられる小さないたずらに過ぎなかったのだ。
警備員が私達を見つけ出したのは、私も彼女も既に意識を手放した後だった。
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