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 参話 一矢

 怒りに狂ったシュバイツはグンターの縦に裂かれた大きな骸を飛び越え魔人へ走る。魔人は自分の魔眼が通じぬのを不思議がり、迫り来る魔術師の姿を興味深げに観察しつつ大剣を水平に振る。シュバイツが加速。魔剣は魔術師の頭髪を斬るにとどまった。前衛に劣らぬ速度で魔人の懐まで踏み込むと、大木のような足に両の腕でしがみつく。疾敏軽躁捷風アギ・ルヴェが破棄されシュバイツの身体に新たな魔法式が渦巻き始める。それを見た三人の顔色が変わり急ぎ退避行動に移った。

 

 魔人は億劫そうに大剣を払うがシュバイツが自らの肉体に密着しすぎているため空を切る。そこへ後退していたゴーロによる魔人の頭部を狙った必殺の矢。魔人の蓬髪が揺れる。今度こそ貫いたかと狩人の瞳に成功の予感が過ぎった、が直ぐに驚嘆に変わる。何と魔人は歯で矢を噛み取っていたのだ。魔法式が囲むシュバイツの足元に幾何学模様の魔法陣が発現する。魔人と魔術師を光の円柱が覆い天高く昇っていった。噛んでいた矢を大地へ吐き出すと、大剣で斬る事を諦めた魔人の巨大な手が、シュバイツの頭部を掴む。魔術師が苦痛の悲鳴を上げる間もなくそのまま造作も無く握り潰した。形の良い鼻から上が消え断面からは真っ赤な血と桃色の脳漿が覗く。だが残った皮肉気に歪んだ口が最後の言葉を肺に残った息と共に吐き出した。それは自身の命を触媒にする自爆魔法。


滅爆破消壊メイガス


 眩いばかりの閃光、見ていた者の目を白い光が灼く。そして轟音と共に巨大な爆発。土埃が光の円柱内を駆け上がり視界を塞ぐ。凄まじい衝撃波が一帯を襲い冒険者と衛兵の骸を木の葉の様に吹き飛ばしていった。遠く避難していた場所まで押し寄せる衝撃波からエーリッヒの対物理結界が仲間を護る。


「シュバイツの馬鹿野郎が」


 血を吐くようなゲロルドの声が尚も響く轟きに掻き消される。エーリッヒは瞑目して胸の前で十字を切り、ゴーロはシュバイツの最期を脳裏に焼き付けるように、何時までも凝視していた。やがて音も波も収まり大地を静寂が支配する。


「!?」


 仲間の最期を見届けていた三人から声にならない声が揃って漏れる。土埃が薄れてゆく中で人影が見えたのだ。無論シュバイツではありえない。渦巻状にめくれた大地の中心に魔人は立っていた。遠目で正確ではないが大きな損傷を受けた様子はない。


「何て事だ」


呆然とするゲロルドの口から言葉が零れ地面へと落ちていった。シュバイツの文字通り命を懸けた最期の魔法も魔人を倒すには至らなかった。


「あの大剣」


 ぽつりと呟きエーリッヒの目が魔人の持つ蒼く輝く大剣から離れない。仲間の言葉にゲロルドは唖然とした表情を浮かべたまま横に立つエーリッヒを見る。


「恐らくシュバイツの魔法を斬ったとしか思えません。滅爆破消壊メイガスがこの程度の被害で済む筈がない。かなり減殺されてしまっています」


 大量の土砂が放射状に巻き上げられ、窪んだ中心地より歩んでくる魔人から目を離さず分析をする。


「魔法を斬る?低中位の魔法なら未だしも高位魔法を無効化したと言うのか」


 ゲロルドの目が信じられないと魔人を見る。


「完全に無効化したわけではないでしょう。魔剣で減殺し、あの刻印魔法文字の結界で防いだと考えられます。魔人に魔剣魂喰い、考える限り最悪の組み合わせです。グンターにシュバイツを失った我々に最早勝ち目はありません。どうしますかゲロルド」


 黙って二人のやり取りを聞いていたゴーロが無言で隊長の判断を待つ。


「撤退だ。今更闘っても無駄死にするのが落ちだ」


 歯軋りが聞こえてくるほど強く噛み締め顔を歪める。仲間を殺された憎しみが勝りそうになるが、一方で既に雌雄は決した事実を無視するほど我を失っているわけでもない。この街に拠点を構え冒険者家業で生計を立ててきた。時と共に知り合いも増え親しくなった者も大勢いる。当然街とそこに住む人々にそれなりの愛着が生まれ、出来得る事なら護りたいと考えている、だがそれは己の命を懸ける事を意味しない。


「ゆくぞ」


 魔人と距離があるうちに逃げなければならない。合理的な判断を下したゲロルドは二人を伴って撤退を始める。






「赤壁でも駄目だったか」


 戦闘に巻き込まれぬよう避難して様子を窺っていたイヴァンとフーゴは、後退を始めた赤壁を見て失望を隠さない。


「俺たちはどうする、イヴァン?」


「俺たち程度が残ってもどうにもならんよ。逃げよう。あれは化け物だ、もしかしたらこれは街存亡の危機なのかも知れない」


 フーゴの問いに年嵩の男は虚ろな瞳を魔人に向けたまま答える。先程までの張り詰めた物は何処かへ消し飛んでしまっていた。そんな年上の同僚を不安げに見つめる若者。緊張感が抜け落ちた頭の中で、連携が取れぬ冒険者や戦闘が専門ではない衛兵が幾ら集まろうとも勝てぬのではないか、そう考えている。命を落としかけ、寸での処で拾った事により現実感が急速に薄れ、夢の中のような浮遊感を感じながらイヴァンの目は魔人を追っていた。







「ゲロルド、その腕」


 右腕を庇うように走るゲロルドを見てエーリッヒが問う。あぁと言うと


「魔人に剣を破壊されたときに腕もやられた。おまけにかなりの魔力も持って行かれたよ。あの衛兵が言ってた通り恐ろしい魔剣だぞ、あれは。肉体に触れる必要は無い、どうやら剣越しでも喰らえるようだ。つまり撃ち合うことも盾で防ぐ事も出来ずかわすしかない」


 無言で走っていたゴーロが突如反転し、振り向き様に弓を射る。後方に目をやれば遠くに置いてきた筈の魔人が迫っていた。辺りには未だ息がある冒険者もいるようであったが魔人は目もくれず真っ直ぐ赤壁を追って来る。飛来する矢を難なく弾くと更に距離を縮めた。牽制にもならない。絶体絶命の危機にもゲロルドの顔には余裕の笑み。


「どうやら幸運の女神は俺達を見放してなかったらしい」


 ゲロルドは慌しく戦場に駆けつける数多の気配を察知していた。エーリッヒとゴーロの顔にも安堵の表情が浮かぶ。広場に姿を現した五十人を越える衛兵が、整然と隊列を組んでゆくのを見て魔人が足を止める。赤壁の者たちには知る由もなかったが、その中にはイヴァンによって本部へ走らされたヘルマンの顔もあった。魔人に対して魔法を放つ角度を取るため隊列を二つに分け直角に組む。前衛の手には弓が握られ魔人を狙い撃つべく構えた。後衛の魔術師達は詠唱を始める。


「ってえ!!」


 指揮官の号令に一斉に弓から矢が放たれる。常人が引くのとは桁違いの速度を持つ数十の矢が左右より魔人を穿つべく宙を走る。魔人が魂喰いを一閃。たったそれだけで全ての矢は勢いを失い地に落ちた。前衛は動揺する事無く即座に矢を番え射る。再び矢が魔人を襲うがまたも魔剣の一振りによって地面に音を立てる。幾度も繰り返し魔人の足を止め続けた。魔術師が紡いでいた詠唱が終わり呪紋が発現、鈍色の短槍が次々と形成されていく。


「退けぇ!!」 


 前衛が揃って規則正しい動きで後退する。後衛の前方で数百の槍の形をした餓狼が魔人を喰らおうと発射の時を今か今かと待ちわびていた。


「放て!!」


裂槍衝破多撃ハスタムル」の大合唱と共に数百の切先が我先に喰らいつこうと魔人を目指す。最も速く魔人へと到達した短槍が不可視の壁に衝突、粉々に砕け青い光となって散乱する。だが連弩のように次から次へと魔人を襲撃。その度に刻印魔法文字が一瞬光っては短槍を分解し消えてゆく。だが徐々に徐々に文字結界が削り取られ魔人へと迫る。眩い光。大量の物量攻撃に、刻印魔法文字による対魔法結界が遂に崩壊。不可視の壁が散乱し光の雨が降った。短槍の一本が魔人の肉体を穿つ寸前に飛来する魔法より速く剣光が閃き両断する。それを機に今までの鬱憤を晴らすべく更に百を越える短槍が魔人へと襲い掛かる、大剣で防ぎきれず体の一部に着弾。更に着弾。更に着弾。着弾、着弾、着弾。魔人の巨躯を遥か後方へと弾き飛ばした。


 赤壁の三人もイヴァンにフーゴも衛兵も誰もが魔人に一矢を報いた事を確信する。


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