AGAIN~それから~
この作品は『AGAIN』の幾つかあるエンドのうちの一つです。
『AGAIN』は、読んでくださった方の数だけエンドがあります。
『それから』は、私が出したその後の一つの仮説です。
興味のある方は下記から……。
『AGAIN』を読まれていない方はこちらから(http://ncode.syosetu.com/n4396by/ )
『それから』
彼女が立ち去った後、彼はしばらく彼女が残した紙を見つめていた。
何を思ったのかは解らない。
ここからはただ、彼の俯いた横顔が見えるだけだ。精悍な顔。目の下に隈。
「さて」と独り呟き、彼が歩きだす。
もう少し。
彼が完全に向こうを向くまで……。
標準を合わせる。慎重に、そう自分に言い聞かせる。チャンスはたった一度しかない。
彼はたった一人で村一つ滅ぼしてしまう銃の使い手なのだから。
そよ風が吹いた。目元まで伸びた前髪が踊る。
集中するんだ。
葉が数枚地面に落ちる。
そして、引き金を引いた。
弾丸は狙い通り、彼の膝を貫いたようだった。
彼は苦しげに悶え、その場にくずおれた。きっとその場で反撃してくるだろう、そう予想して茂みに身を隠す。そんな俺の横を、戻ってきた彼女は平然と抜かして行った。
止める間もなく、彼の倒れている方へ歩いて行く。俺は慌てて彼女の後を追った。
心臓を狙おうと言った俺に、足を狙って欲しいと頼んだのは彼女だった。
理由を聞いても、お願いとだけ言い教えてくれなかった。チャンスは一度しかない、それなのに何故無駄にする? 言い聞かせても無駄なのは解っていた。言い始めると彼女は梃子でも動かないのだ。それにこれは、彼女の問題だ。
そして言われた通り、俺は弾丸を放った。
先に彼の元へ辿りついた彼女は、彼を無言で見つめていた。
それから、何を思ったのか彼を抱き起こし、近くの木へ寄りかけた。彼が苦しげに呻く。
彼女が何を考えているのか、予想するのは難しい。
出会った時から気分を顔に出す人ではなかったし、積極的に何かを言う風でも無かった。ただ、いつも何かを考えているようで、青い瞳はいつも深く静かに揺れていた。
彼女が彼の両肩に手を置く。彼は訝しげな顔をしたが、何も言わなかった。彼女の丸めた背が小刻みに震えている。
彼女は泣きじゃくっていた。こんなに気持ちを全身に出せるのか、とふと思う。彼女の涙を見たのは、彼女に出会った時以来だった。
涙がとめどなく溢れる。彼は無言で、ただ顔をしかめていた。
「どうして! どうして殺してくれないの!?」
彼女が彼の肩を揺らす。彼は小さくため息をつき、彼女の両手首をつかんだ。
「私を撃てば、貴女を殺すと思いましたか?」
物解りの悪い子供に話すように、ゆっくりと話す彼を彼女は無言で見つめる。青い瞳には、絶望の色が浮かんでいる。彼が目を伏せる。
「貴女は殺さないと言ったじゃないですか」
「だったら皆は……」
皆はどうして殺したの。震えた声で彼女が呟く。溢れでる涙を拭おうともしない。
どうして、どうして、としゃくりあげる。
「皆は何も、知らなかったのに!」
ぐいと顔を近づけられ、彼は上に顔を逸らし淡々と言った。
「貴女の村は、隔絶した場所に在ったし、村人たちは決して村から出なかった。貴女を除いては。だから私達は貴女の村を長い間見つけられなかった。村の近くを通った者は、帰らない。けれど、それは滅多に起こらなかったから、誰も村の存在を証明できなかったのですよ」
人食いの村と言い伝えられてきた彼女の村は、深い深い森の奥に在って、だから人々は見つけ出す事が出来なかった。時折通りかかった人を喰ってしまう、そんな村があるのだという噂は、どこからともなく吹いてきて、人から人へ語り継がれた。俺も祖母から聞かされた。そして、彼が証明した。
人の肉は、祭祀の時だけ祀って食べていたのだと、いつか彼女が言っていた。
「それは貴女の村も同じで、村を出た貴女以外は、それは当り前の伝統として受け継がれていたのだと私は思っています」
彼が彼女を見つめる。けれど、と彼が言う。
「無知は罪です。だから、殺さなければ無かったのですよ」
彼が淡々と彼女に語る。それは、彼自身に言い聞かせているようにも感じた。ふと目を伏せ、彼がため息をつく。まだ方法があったのかもしれないけれど、とぼんやりと言う。
「目の前で妻子を殺されてしまった時、説明しようだとか、そんな考えは浮かばなかったのです……」
彼女は何も言わなかった。涙は止まっていて、その青い瞳で彼をじいと見つめていた。
「貴女は、村を出た。そして外側から村を見た。貴女はもう無知じゃない」
其処まで言って、彼は言葉を切った。
一度息をつき、はっきりと言う。
「私は貴女を殺せません」
掴んでいた彼女の手を離し、苦しげに顔を歪める。座っている彼の周りには血だまりができていた。
彼女は子供の様に首を小さく左右にふり、口に手を当てて座り込む。彼女のズボンが血で染まる。
彼は少し離れてみていた俺を見上げ、ジッと見つめて小さく笑った。
「上手いですね」
血で染まった足を見る。彼が皮肉を言っているのか、本心で言っているのか解らない。俺は何と答えればいいのか解らなくて、目をそらした。
彼が彼女へ向き直る。
「私を殺して下さい。それで復讐は終わりにしましょう」
ゆっくり顔を上げた彼女に、彼は儚く笑いかけた。目を見開いて、嫌だと彼女は首を振る。
「それとも私がここで熊に喰われるまで待ちますか?」
彼女が俺の方を見ると、貴女に言っているのですよ、と彼が声をかけた。どうせここにいても死ぬだけですから、とぽつりと呟く。
ようやく立ち上がった彼女に、これで、と彼が渡したのは彼が腰に吊っていた二つある銃のうちの一つだった。
「さよなら、お元気で」
俯いてぎゅっと目を瞑る彼に、彼女が銃を向ける。
森に再び、銃声が木霊した。