彼の傍にいる人達
『悪い、本当はもっと上手く隠すつもりだったんだが』
電話の向こう側で二宮に話す男子生徒。
『でも、設置した秘密の転移場所は知られていないし、予定に支障はないと思う』
「以後、気を付けてくれ」
念を押した二宮の言葉に、相手は『ああ』と返答し電話を切った。
そこで二宮は息をつく。家とは逆の方角。人気のない林へ向かう道の途中で、天を仰ぐ。
耐えるのに必死だった。もしあれ以上会話を進めていたなら、叫んでいてもおかしくなかった。
クラス――というよりプレイヤー同士の中で、二宮は旗色が悪くなるのを感じていた。優七はステータスを見せた。この町にいる中でトップに位置する能力者であるのは、誰もが認知しただろう。
ただし優七がこの町を守ることは政府関係者である以上できないというのも認識されている。そうなれば当然二宮がリーダーを継続するはずだが――それでも、許せなかった。
圧倒的な力を持つ存在である以上、誰もが優七を頼ることになるだろう。そして二宮はリーダーであり続ける中で、仮初めの立場となっていくだろう。そんな未来が到来するのが、はっきりと理解できた。
それを打破するには、自分が強くなるしかなかった。
「見ていろ……高崎」
怒りが、今の二宮の心の中には渦巻いていた。それは紛れもない嫉妬や逆恨みを含んだものであったが、それを自覚してなお二宮は怒りを覚える。
自分は中心に立つ――いや、そうしなければならない存在だ。そう二宮は心の中で呟くのと共に、強くなるべくさらに修練すべきだと悟る。
最早一分一秒も無駄にはできない。幸い優七は毎日訓練を繰り返しているわけではない――いや、どこかで体がなまらないよう動いてはいるだろうし、政府の訓練場で継続的にレベルを上げてはいるだろう。
二宮は視線を雑木林のある方角へ移す。そこは安全圏でなく、魔物が出現するポイント。
「ここで遭遇する魔物はレベルも高くない……が、それでも……」
二宮は一人歩き出す。誰にも咎められないまま雑木林に到達し、一人剣を握り締めた。
* * *
優七は二宮と接触して以後、どこに向かうかなどを調べてみたのだが、成果はあがらなかった。
一応候補と思しき場所を調べてはみたものの、範囲を拡大するとそこかしこに存在するため、とても手が回らないと半ばあきらめにも似た気持ちを抱いた。
説得は――優七が話しかけると逆効果であるとわかっていたため、遠藤などを介して行ったりはしたのだが、結局は実らず。
そのまま土曜日が到来し、優七は予告通り仕事を休み一日町を警戒することにした。
「すいません、本当に」
『いや、大丈夫だ。君の身辺にも関わる以上、そちらに集中してくれ』
事前に連絡はしていたが、改めて土曜の朝江口と通信を行い謝罪すると、彼はそう答えた。
『まあ、おそらく大丈夫だとは思うが……もし何かあれば、すぐに連絡して欲しい』
「はい……あの、二宮についてなんですけど」
『こちらでもさすがに足取りをつかむことは難しいだろう……経験値稼ぎをする一団というのはそこかしこにいるからな。彼らが遠方で行動を起こした場合は私達でも発見は困難になるだろう』
「そうですか」
沈鬱な面持ちを示す優七。すると江口は一つ確認を行う。
『こちらでも、警告をした方がいいか?』
「……変に刺激すると、逆に話がこじれる可能性があるんです。元を正せば、今回の行動原因は俺の能力ですから」
『そうか……わかった。しばらくこちらも様子を見るということにしよう。ただ今回何か起きれば、私達も動かざるを得ないということを理解してくれ』
「はい……あの」
優七はそこで、申し訳なさそうな顔をして江口に問う。
「もし事件になれば……政府の責任ということになるんですよね?」
『そうなるだろうな』
「それは……」
『魔物との戦いの先頭に立つのは政府だ。そしてプレイヤーを管理すると表明しているのも政府……責任はこちらで取るさ。もちろん、何もないことが一番だが』
そう語ると、江口は笑う。
『その辺りの事は、一切気にしなくていい……とは言うものの、難しいか』
「そうですね……」
息を大きく吐く。不安ばかりが募り――悪い想像が頭の中を駆け巡る。
こういう考え自体が良くないとわかっていても、優七は思考を止めることができない。
『……私達政府は、治安を維持するプレイヤーのことを守るために活動し、それが責務となっている』
江口が、なおも語る。
『君が不安に思うのも無理はない……ただ、それを少しでも和らげるべく私達が動く事だけは、理解しておいてほしい』
「……わかりました」
優七が頷くと、江口は通信を切った。
そこから、優七は一度大きく息を吐く。江口を始めとした政府の面々は、優七自身を守るべく動くつもりでいる。それは『影の英雄』と呼ばれる実力を有しているためか、それとも政府関係者としてしっかり働いているためか。もしくはその両方なのか。
「ともかく、俺は最善を尽くすしかない、か」
呟いた優七は、とりあえず見回りということで制服に着替え一階へ。普通優七は仕事が無ければ休みの日朝食をとらないのだが、今回は見回りということで利奈が準備を整えていた。
「おはよう、優七君」
「おはよう」
叔父がいないのを確認し、眠っているんだろうと考えながら席に着く。
「今日は町の中を見回りだっけ?」
「そうだよ」
「ご苦労さま。お昼はどうするの?」
「一度戻ってくるつもり」
「そう。なら用意しておくね」
にっこりと笑みを浮かべる、将来母親となる女性。優七は妙なくすぐったさを覚えつつ、一つ言及する。
「その、利奈さんは……俺が戦うと知って、どう思っているの?」
「あら、どうしたの突然?」
問い掛けに、優七は押し黙る。なんとなくの問いかけだったので特別な理由はないのだが――
とはいえ彼女は、優七の質問に答えるべく視線を逸らしながら思案。
「うーん、そうね……最初聞いた時点で、優七君は英雄として政府の人から色々と言われていたからなぁ」
「あんまり、考えなかったということ?」
「そうだね。あ、関心がないって意味じゃないよ?」
「わかってる」
味噌汁を飲む。その間に、利奈は少し心配げに語る。
「もちろん、私だって優七君のことは心配しているけど……優七君が選んだ道だから」
「道……か」
確かに、あんな悲劇を繰り返したくないという思いがある――だからこそ今回の二宮の行動も危惧している。
「……利奈さん」
「ん? まだ質問?」
「……友人の、ことなんだけど」
利奈が「うん」と相槌を打つ。ここで優七は迷った――彼女に、話すべきなのか。
政府関係者とはいえ、二宮の件について彼女は関わっていない。だとしたら二宮のことを話したりすると、余計な心労をかける可能性だって考えられるのではないか。
「……ごめん、やっぱりいい」
「ええ? 気になるよ」
「その、落ち着いたら話すよ」
そう誤魔化すように告げ、優七はおかずのベーコンエッグを食べ始める。利奈はどこか不満げな顔を見せたのだが、やがて、
「……もし話したくなったら遠慮なく言ってね。私だって一応関係者なわけだし」
「うん」
「それに……」
利奈は、優しげな瞳を見せながら告げた。
「まだ養子縁組とかはできていないけど……私は、優七君のことを息子だと思っているから」
「……うん」
少なからず、心に響くものがあった。それを胸に刻みつつ、優七は彼女に「頑張るよ」と応じた。




