彼女のファン
そしてログハウスへ帰る途中、ふと話題は別の方向に。
「ねえ、そういえばさっき芸能人とか歌手とか言っていたけど……誰か好んで聴いていた人とかいたの?」
話題を提供するつもりなのだろうと雪菜は推察しつつ、彼に対し首肯する。
「あ、うん……基本的には流行していた人ばっかりを聞いていたんだけど」
「そうなのか」
相槌を打ちつつ、優七は窺うような構え。雪菜としては長くこの話題を話し続けることは難しい――思いつつも、言葉を待った。
「例えばどういう人が?」
「えっと……優七君も知っていると思うけど」
そう前置きをして、雪菜は告げる。
「例えば、歌手のRINさんとか」
――その言葉に、優七は口が止まった。
取り立てておかしなことを喋ったわけではないはずなのだが――雪菜は首を傾げ、尋ねる。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
答えにくそうにしつつ、優七はさらに質問を行う。
「RINさん、か……ファンだったの?」
「うん、あの人についてはファンクラブにも入会したし、ライブにだって結構行ったよ」
その記憶は、雪菜の心の中にしっかりとある。
ふと、ファンクラブなんかは存続しているのだろうかと考えた。果ては会員証なんかはどこにしまったのだろうかと思い始め、少し探してみようかと思ったりもする。
「ゲームの記憶はなくなってしまったけど、その前に熱を上げていたのは、RINさんのアルバムとかを聴く事だったかな」
それほど昔のことではないはずだが――そんな風に思っていると、さらに優七は微妙な表情をした。
「……どうしたの?」
「いや、あのさ」
頬をかきつつ、優七は口を開く。
「その……もし、会えるとしたら、会いたい?」
「え?」
思わぬ質問が来たので、雪菜は正直戸惑った。
そう彼が言う以上、何かあるのだろうか――英雄となり政府の下で治安維持を行う以上、そういう有名人とも接触があったのかもしれない。
(でも、あんまり迷惑は――)
雪菜は胸中呟きつつ、けれど興味はあったのでなんとなく頷いて見せた。
「そう」
優七は少し考え――唐突に携帯電話を取り出し、表示を確認。何時なのかを見たのだろう。
「どうしたの?」
「いや……その」
優七は雪菜に視線を合わせつつ、言う。
「実は、彼女もまたプレイヤーで、政府組織の下で戦っているんだけど」
――その言葉は、雪菜を驚かせるのに十分すぎるものだった。
「プ、プレイヤーなの!?」
「あ、うん……」
となれば、彼は会っているのだろう――雪菜は大いに興味を抱き、優七に問い掛ける。
「もしかして、会ったことも!?」
「う、うん……まあね」
優七は頷く。雪菜としてはそこで色々と訊きたいことができた――のだが、会ったことがある程度では、彼に訊いても仕方がないかもしれないと思い、口を開き掛ける寸前で押し留まった。
「ご、ごめん。唐突に」
「いや……大丈夫」
優七は多少狼狽えたがそう返答。とはいえ、雪菜としてはこのまま話題を立ち消えにするつもりはなかった。
「えっと、それで……会えるとしたらって話、だよね?」
「うん。やっぱり会いたい?」
「そ、それはもちろん」
内心、かなり興奮していた。
言う以上、何かしらつてがあるのだろうと雪菜も感じた。ただ、やはり迷惑にならなければいいが――
「えっと、それじゃあ……今から少し話でもしてみる?」
「……へ?」
思わぬ言葉に、雪菜は聞き返した。
「でも時間は大丈夫かな……向こうの都合もあるからなぁ……一度ゲーム機能を介してメールを送って、反応を見てみようか」
優七は突如メニュー画面を開き、操作を始めた。一方的に話が進み雪菜としては困惑するような状況。
「ゆ、優七君?」
「送信、っと」
雪菜の言葉を他所に、優七は操作を完了した。
「ほら、こんな機会でもなければこんなことすることもないだろうな……と思って」
衝動的に彼も行動したのだろうか。雪菜としてはそこまでしてくれなくても――という気持ちが強くなり、さっきの話は無しにしようと言おうとした。
だがその時、優七の画面に反応。
「……早いな」
呟くと共にいくらか操作をして――画面が映った。
『あ、お疲れ様』
「お疲れ様です」
――そして画面の奥に現れたRINを見て、雪菜は目が点になった。
『そっちの子は?』
「知っているかもしれませんけど……城藤雪菜という――」
『知っているよ。初めまして、城藤さん』
「は、初めまして……」
声が上ずってしまった。それに対しRINはほのかな笑みを浮かべる。
『えっと、自己紹介の必要はないかな?』
問い掛けに対し雪菜は首を縦に振る。その反応が面白いのか、RINはクスクスと笑って見せる。
「あの、ご迷惑でしたか?」
確認のため員優七が問う。だが、彼女は首を左右に振った。
『今日の仕事はあと一つで、二時間も後だから……今は早めの夕食と、休憩をしていたところ』
言葉に、雪菜は彼女の後方、背景に目を向ける。白い壁しか見えないが、もしかすると控室なのかもしれない。
『ちょっと退屈していたくらいだから、私としてはちょっとありがたかったんだけど……』
「そうですか」
優七が相槌を打つ。その時、優七の声音にも緊張が存在しているのを雪菜は認識する。
連絡をとってみたものの、どう話すべきか焦っているのかもしれない――そんなことを思った時、RINがさらに笑った。
『二人とも、そんなに緊張しなくてもいいのに……で、今日は何用かな?』
「あ、えっと」
優七は雪菜に視線を向けた――が、当の雪菜としてはここでこちらに話して振らないで欲しいと内心思ってしまった。
そもそも何を話せばいいのかまったくわからない。ここで「さあ、どうぞ」などと言われれば、緊張して倒れてしまうかもしれない。
そうした意思を優七も読み取ったか、雪菜に丸投げするような発言はしなかった。そうなると結果的には沈黙しかないわけであり――
『……二人は、今ルームの中?』
今度はRINが問い掛ける。それに雪菜と優七は同時に首肯。
『なるほど、わかった……それじゃあ、ちょっと案内してもらえないかな?』
「案内?」
『どういう場所なのか、少し興味を持ったの』
彼女から、話題を提供してくれているらしい――優七と雪菜は互いに目を合わせ、同時に頷いた。
そこから、簡潔にではあったがRINにルームの中を紹介。それによって緊張がほぐれ、さらに――
『次の土曜日はオフだから、城藤さん、良かったら会わない?』
そんな提案まで成された。そうなると雪菜としてはまたも緊張してしまう。
『場所は、ひとまずルームの中にしよっか。実は私もルームを所持しているんだ。でも、定員はすごく少ないけど』
「い、行ってみたいです」
雪菜はRINの言葉に要求。すると彼女も頷き、
『それじゃあ土曜日。それまでに連絡先を城藤さんにメールで伝えておくね』
通信が切れた。と、同時に雪菜は自身の胸に手を当てた。相当緊張した。
「えっと……なんかごめん」
謝る優七。けれど雪菜としては不快感はなかったので首を振る。
「その……ありがとう、優七君」
「いや、お礼を言われるようなことは……というか、俺もかなり焦って雪菜を困らせてしまったし」
述べた優七に対し、雪菜は微笑む。
「そんなことないよ……本当に、ありがとう」
――そして、雪菜はルームを脱する。胸中色々あった複雑な感情だが、それがある程度取り払われた結果となった。




