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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第四話

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二人だけの空間

 なけなしの勇気を振り絞って雪菜が訪れたルームの中に、優七が来訪した。


 雪菜は心臓が大きく跳ねるのを自覚する。他に誰もいないことは確認済み。つまり、ルームの中で彼と二人っきり。


「あ、と……」


 優七は雪菜を見て呻く。彼もまた動揺しているらしい。


 そこで少しばかり、申し訳なく思った。このルームには談笑したり、休息したりという要素が多く含まれていると雪菜も聞いていた。だから優七も何かあってここで落ち着きたいという気持ちがあったはずだ。


 だから、優七の表情を見た雪菜は、鼓動を速くさせた状態で俯いた。


「ごめん、なさい……」


 消え入りそうな声だった。もしかしたら顔が青くなっているかもしれない。

 メニュー画面を呼び出し帰ろうにも、手がまともに動かない。けれど行動しなければと思い逃げようとした。けれど、


「いや、少し驚いただけだから」


 優七が言う。顔を上げると、穏やかな顔を向ける彼がいた。

 途端、再度鼓動が跳ねる。どうして――雪菜は内心の動揺を隠すことができず、次の言葉は上ずってしまう。


「あ、あああの……」

「落ち着いて」


 苦笑した優七は雪菜に近づく。さらに鼓動が速くなる。けれど先ほどの緊張や不安とは違う、もっと別の何かが原因。

 顔が見れない。そう判断した雪菜は再度顔を伏せた。申し訳ないと思ったが、自身の緊張を抑えるため仕方がなかった。


「えっと、今日は一人?」


 優七が問う。顔を見ないまま小さく頷くと、


「そっか……何かあったの?」


 さらに問う。雪菜としては相談したいことがたくさんあったはずなのだが、何一つ思い出せない。

 口に出そうとしてみる。けれど続きが何一つ浮かばない。


 またも不安で押し潰されそうになる。こんな自分を見てきっと彼はイライラしていることだろう――雪菜はそう確信しつつ顔を上げようとした。


「お茶でも飲む?」


 そこで彼からの提案、顔を見ると、相変わらず穏やかな顔つきで話す彼の姿があった。


「あ、は、はい……」


 緊張を伴い頷くと、彼は「ついてきて」と言い、ログハウスへと歩み出す。雪菜はそれに追随し、二人は揃ってログハウスへと入った。

 中で優七はテキパキとお茶の準備をする。雪菜は何か手伝った方がいいのかと口を開こうとしたのだが、彼は「座っていて」と告げ、結局椅子に腰掛け待つことになった。


 三分程経過した後、彼はお茶を持ってくる。


「ゲーム上の機能で淹れたお茶だよ」


 そう言って差し出されたのはレモンティー。雪菜は「ありがとう」と返答した後、砂糖を入れ一口。

 芳醇な香りが口の中に広がる。さらにレモンの酸味が緊張した心を和らげ、雪菜は小さく息をつく。


「落ち着いた?」


 優七がお茶を飲みながら問う。対する雪菜は一度頷き、


「ありがとう……えっと」

「それで、何か話したいことがあるからここに来たんだろ?」


 問い掛けに、雪菜は再度頷く。

 ようやく落ち着き、少しずつ質問を思い出すことができた。


「……あの、その」

「うん」


 柔らかい返事。優七が雪菜の言葉を待つ構えなのだとはっきりとわかる。


「……記憶を失くす前の私について、教えて欲しいの」


 ――決して、元通りになろうというわけではない。さらに言えば、教えられて記憶が補完できるとも思っていない。

 両親に聞いても今一つピンと来なかった――それはきっと、自身の気持ちを隠していたからだろう。でも共に行動していたプレイヤーなら、詳しく聞けるかもしれない。


 優七に質問したのは意味があった。もし――もしだが、記憶を失くす前の自分が目の前の人に好意を持っていたのだとしたら、話をすることで何か掴めるのではないかと思った。


 他に、鬱屈とした感情を相談するなど話したいことはいくらでもあった。けれどそれよりまずは、当たり障りのない話題からだ。


「記憶を、か……」


 優七は頭をかく。困った表情とは少し違う。ただどう説明していいか言葉が浮かばない様子。


「えっと……俺は、その……」


 口ごもる。何か話しにくいことがあるのだろうかと首を傾げる。

 言葉を待とうかとも思ったが――確かに説明をするのは難しいかもしれないと雪菜は重い、質問を変えることにした。


「あ、それじゃあ別の質問を……」

「え? あ、そう? どうぞ」

「えっと……私と優七君は……その、どういう関係だったの?」


 親しげだったのはきっとプレイヤーとして色々知り合っていたからだろう。ユウというプレイヤーと同一人物なのかどうか――それを聞く前に、まずは関係性から問い掛けた。


「えっと……同僚、かな」

「政府関係者として?」

「うん、まあ」


 引っ掛かった物言いの彼。そう語るのであれば、ゲームとして共に戦った経験などはないのだろうか。もしあるなら、ゲーム内の友人といった言い回しもできるような気もする――


 そんな風に雪菜が思った時、突然胸にズキンとした痛みに近い何かが走った。顔が歪みそうになるが、その前に感覚は消える。


(……今のは)


 体が先ほどの言葉に反応している――痛みのようなものだと認識した以上、優七の答えは自身の考えにそぐわないものなのかもしれない。


 ならば――雪菜はさらに質問を行う。


「それじゃあ……優七君がゲームの時使っていた、プレイヤー名は?」

「え……あ、ああ。プレイヤー名か」


 優七はお茶を一口飲みつつ、それには明確に答えた。


「ゲーム上では、ユウという名前だった」


 ――やはり、彼だった。


 とはいえ日記帳ではあくまでゲーム上の彼に恋をしていたはずだ。その時の姿がどんなものだったのか雪菜は思い出せないのだが、ゲームはあくまでゲームである以上、実際の優七を目の当たりにして思う所を変えたという可能性も否定できない。


 けれど、先ほどの痛み――


「同僚として、私はどうだった?」


 さらに質問。それに優七は一度頷いてから答えた。


「えっと……聞いているかもしれないけど、記憶を失う前の雪菜は結構押しが強かったというか……」

「うん、知ってる」

「俺はその、控えめな性格だから、雪菜に引っ張られていた感じかな」

「迷惑を掛けていた?」


 問い掛けに、優七は押し黙る。

 何か、言いたそうな表情。けれど――複雑な感情が雪菜にも伝わり、


(もしかして――)


 推測を一つした雪菜は、一度深呼吸をした。本来ここまで話すつもりはなかった。けれど、話しておくべきなのだと思った。

 なぜなら――現在の彼は、記憶を失くした自分に対し遠慮している。そして今の自分に対しすごく話しづらいことを抱えている。


 何か事件にでも関わっていたのならきっと政府の人が話しているだろう――だから、心当たりは一つしかない。


「私……記憶を失う前、ゲームの日記をつけていたみたい」


 日記。その言葉に優七は眉をひそめる。

 同時に雪菜は胸に痛みが走る。体が拒絶しているのかもしれない――けれど、構わず話し出した。


「その中で、直接的には書かれていないけど……ゲーム上で、ユウというプレイヤーに恋をしているのがわかった」


 優七の表情に緊張が生まれる。ああやはりと雪菜は思いつつ、胸の痛みを堪え、


「その点について、優七君は色々と思う所があるんだよね?」


 もし初めて知ったのならば、とんだ失態――しかし、目の前の彼はそういう表情ではなかった。


 やがて、


「……ああ、そうだ」


 観念したように、優七は肯定した。


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