混沌の中で
憤怒と共に魔物を殲滅する優七は、戦いの中で情報を取得していった。
まず魔物の種類。フィールド上に出てくる動物系の魔物が大半であった。リザードマンなどの異なる種類でも、やはりダンジョンではなくフィールド上に出現するものばかり。これはおそらく、外がゲームにおけるフィールドであるためだろう。
次に敵の攻撃について。戦い始め気付いたのだが優七にはゲーム通りHPが存在し、攻撃を食らってもそれが減少しすぐには消えない。だがある時、物陰から襲ってきたデビルウルフの攻撃によって飛んできた小石が優七の腕に軽く当たった。
その時HPは減少しなかったが、これは二つの事実を示している。
(魔物の攻撃はあくまでゲーム上の攻撃で、HPがゼロになれば光となって消滅する。けど攻撃によって現実世界のものが直撃すれば、大怪我をする場合がある……)
怒りに身を任せながらも分析し、ゲーム以上に注意を払うよう努める。
さらにもう一点わかったことがあった。優七は幾度となく敵を倒しながら、人を救った。礼を言われることもあったが、それらを無視し猛然と敵に向かい続けた。
そんな中気付いたのは、指輪を持っている人間はプレイヤー扱いであり、持たない人間はNPCでないかということだ。
(つまり、指輪をはめていないと、どんな魔物でも一撃死扱いとなる)
結論に至ると、優七はさらに怒りが膨れる。ゲーム上では戦闘能力を持たないNPCは魔物の攻撃を掠めただけでも消滅する。それが適用されているならば、多くの人は魔物と接触すらできないことになる。
(俺一人じゃカバーしきれない……それに……)
ここに至り疑問が一点。魔物の出現条件がわからない。なおかつ最大の問題は、こうした混沌を脱する方法がわからないこと。
(こんな状況がいつまでも続くのか……?)
優七は愕然としながらも、剣を振るい――敵を撃滅し続けた先に辿り着いたのは、繁華街だった。
本来ならば土曜夕方であるため賑わっているはず。しかし、今は世界の終わりであるかのように閑散としていた。なおかつどこからか悲鳴のようなものも聞こえてくる。
(俺一人じゃ、絶対的に戦力が足らない……!)
ならば味方を集めるしかない。指輪をはめている人物を見つけることができれば、対応することができるのだが――
(問題は山積みだ。魔物の出現条件がわからない以上、体を休める場所があるのか……そして、どうやってこの悪夢を止めるのか)
思考している間に、路地から牛型の魔物が現れる。見つけると優七の中で怒りが生まれ、スキルを活用し速やかに倒す。それもまたフィールド上に出てくる魔物であり、さしたる苦労も無く滅ぼすことができた。
(レベルが高いからフィールド上の敵なら楽勝だが……)
考えていると、ふいに足がひどく重いことに気付く。
「疲労、しているな」
靴に鉛の塊でもくっつけているような感覚を抱きつつ、優七は走るのを止め歩く。スキルを使うのに本来疲労はない。だが技や能力を行使しているのは生身。例えゲーム上のスキルであっても、動かすのが肉体である以上疲労するのは当然だった。
(けど、動かないと……魔物を、少しでも倒さないと)
車すら通らない繁華街を進みつつ、優七はふと想像する。
果たして惨劇が始まってからどれほどの人間が消えたのだろうか。せめて出現方法がわかれば対処のしようもあるのだが、情報がゼロの現状では、敵を片っ端から倒し続けるしか方法がない。
(敵は数を減らしている……そう信じるしか……)
思った時、優七の耳に男女の悲鳴が聞こえた。即座に足を奮い立たせ走る。方角は、駅へ向かう道だった。
駅が視界に入るとそこには、互いに身を寄せ座り込む高校生くらいのカップル。そして、彼らの目の前には――
「っ!?」
優七は目を見張った。真紅の体毛に覆われた巨大な熊型の魔物、クリムゾンベアだった。
(フィールド上の敵ばかりのはずだろ……!?)
胸中叫びながらも、クリムゾンベアの出現するポイントが森の中であったのを思い出す。もしあの森がフィールドのカテゴリーに入っていたとすれば、出現してもおかしくはない。
(だけど……無茶苦茶だ!)
胸中で絶叫しながら優七は跳ぶように駆ける。速度強化のスキルをフル活用し、一気にカップルの目の前に立つ。
「逃げて! 早く!」
直後、クリムゾンベアを見上げながら叫んでいた。後方にいるはずの二人は震えた声を上げ、やがて足音が聞こえ始めた。
優七がほっとしたのも束の間――クリムゾンベアの右前足が差し向けられた。
すぐさま回避に移る。もしゲーム上であれば結界か何かで防いでいたかもしれないが、直撃してHPが無くなれば死――さすがに怖かったため、距離を置く。
直後、クリムゾンベアの鳴き声が、駅周辺を支配する。大気を震わせ腹を撃つその音は、巨体と共に恐怖と威圧感を与えてくる。
「……ソロでは、倒したためしがないんだけどな……」
優七は改めて、目の前の魔物を見ながら呟く。動きがのろいため現状ならば一撃もらうようなことはない。しかしこの魔物は、HPが減ってくると行動パターンが変化し、攻撃性が高くなると知っていた。
(確かパターン変化の残量が三割以下……もし一気に減らせられれば……けど、そんな攻撃、手持ちは……)
あるとすれば『グランドウェイブ』だけ。しかし、隙が大きいためリスクがでかい。まして今回の戦いは、一撃受ければ死すらありうる戦い。
「なら他の方法で、倒すしかないか……」
吐き捨てるように言うと、優七はクリムゾンベアに遠距離攻撃『エアブレイド』を放つ――その一撃は、見事クリムゾンベアに命中する。
優七は次に、距離を置いてアイテム欄を呼び出す。素早くルーペのようなアイコンのアイテムを選択し、使用ボタンを押した。
通常、敵のHPは出てこない。使ったアイテムはそれを表示させるものだ。
アイテムの効果により、クリムゾンベアのHPバーが表示される。優七の『エアブレイド』により、目測一割ほど減少していた。
連撃を加えれば――そういう推測から、優七は剣を強く握りしめる。
「――おおおっ!」
そして魔物に負けじと大声を上げ、立て続けに『エアブレイド』を振るう。だがクリムゾンベアはそれを全て防御してしまう。
「くそ……」
単調な攻撃では駄目だ――ロスト・フロンティアでは連続で同じ技を使い続けると魔物に解析され、攻撃が効きにくくなったり、防御されたりするようになる。目の前のクリムゾンベアもまた学習し、攻撃を防ぐようになってしまった。
「やっぱり接近戦しか、ないか」
勝つには、近寄って攻撃するしかない――だが、果たしてそれができるのか。
優七は目前の強敵に対し、怒りとは別に恐れを抱き始めていた。臆すれば死ぬと頭ではわかっているが、凍りつくような不安感が足元から忍び寄ってくる。
(一度退くべきか……?)
もしかすると近くに味方がいるかもしれない。その人達と連携すれば、安全に戦えるのでは――
「いや、駄目だ」
すぐさま首を左右に振る。クリムゾンベアは高位ランクの魔物で、味方がいても対抗できる人物なのか保証がない。
(それに、叩けるならばすぐにでも倒すべき……こいつ一体によって、どれだけの人が死ぬのか……!)
決断すると、半ば衝動的にクリムゾンベアに走る。同時に能力を発動し、光の柱を生み出す――『セイントエッジ』だ。
武器の射程距離が伸びたため、クリムゾンベアの間合いに入らないまま縦に一閃する。一撃は見事体を打ち、それどころか勢い余ってアスファルトに叩きつけ、地面が剥がれ破片を周囲にまき散らす。
HPの残量が目に見えて減る。優七はここぞとばかりに攻撃を加える。先ほどの『エアブレイド』とは異なり剣筋が違うため、クリムゾンベアも中々防御できない様子。
(このまま……いけるか……!?)
連続攻撃の中、HPの残量を確認する。ゲージが三割を迎えそうになり、優七はどうするか思案する。
(このまま畳み掛けられるか……?)
もしかすると押し切れるかもしれない――望みに賭け、さらに強く剣を振る。
そして、HPが三割を切った。優七はさらに攻め立てようとして――クリムゾンベアが俊敏に後退した。
「くっ!?」
パターンが変わった――判断した直後、クリムゾンベアが怒りの声と共に長い前足を振り下ろす。先ほどまでとは異なる鋭い一撃――風圧すら感じられるそれを、優七は光によって伸びた剣で弾こうとした。しかし、
「ぐぁっ!」
押し負け『セイントエッジ』が消滅する。さらに反動が残ってしまい、光が無くなったにも関わらず数歩分吹き飛ばされた。
(しまった……!)
勝負に負けた。クリムゾンベアが攻撃モードに変化し、さらに追撃を加えてくる。
優七は回避しようとした――が、目前に迫る死という現実が、ほんの一瞬だけ体の動きを止めてしまう。
それは瞬きする程度の時間。しかし、避けられなくなる絶望的な時間。
優七は何も考えられず、ただ目前に迫る腕を見続けることしかできず、やがて足の影が間近に迫る。
(終わりか――)
感じた直後、優七の左手から青白い光が生じた。
「っ――!?」
驚愕した瞬間、光がクリムゾンベアの前足に衝突、貫き――たちまち咆哮を上げさせ相手を後退させてしまう。
「――大丈夫!?」
次に聞こえてきたのは女性の声。救援――反射的に優七は振り向いた。そして、見えた人物を視界に捉え、言葉を失う。
「え……」
相手もまた、驚き凝視した。互いに見つめ合い、時が止まったように硬直する。
青のブレザーにコートを羽織った女子学生――制服に見覚えがあり、華蘭学園の学生であるのがわかった。肩程度まで伸ばされた黒髪が風に揺れ、縁無しメガネの奥にある瞳が、優七を射抜いている。
だが驚愕したのはそうした格好によるものではなかった。メガネの奥にあるその顔が、紛れもなくロスト・フロンティアで戦っていた仲間の一人であるのを、確信させたためだ。
「……オウ、カ?」
「……ユウ?」
彼女もまた優七を認め、ゲーム上の名前を呼ぶ。優七はさらに言葉を紡ごうとして――クリムゾンベアの声により、全てが中断された。
見ると、後退したクリムゾンベアが二人を凝視していた。明らかな戦闘態勢――判断すると、優七はすぐ彼女に指示を飛ばした。
「お、俺が敵をひきつける。そっちで迎撃! できるか!?」
「わ、わかった」
彼女は躊躇いながらも了承し、優七はクリムゾンベアに仕掛ける。即座に『セイントエッジ』を再発動し、敵へ振り下ろす。
クリムゾンベアは回避に動く。だが間合いの外に脱することはできず、光刃の先端が体に触れる。それにより形勢不利と悟ったか、相手はさらに下がった。
優七一人であれば、このまま膠着状態に陥るかもしれなかった。しかし、彼女がいる以上決着をつけることができる。
「やあっ――!」
オウカは両手で握る剣を振り抜き、旋風と光をまとった魔法の刃を生み出す。それが真っ直ぐクリムゾンベアに突き刺さり、発光した。一瞬だけ目もくらむような光を生み出され、収束し――クリムゾンベアは光の塵へと還った。
「……倒、した」
優七はそこで、がっくりと膝をつく。気付けば全身が疲労し、体力も根こそぎなくなっていた。
「ユウ、大丈夫?」
そこへオウカが駆け寄り気遣う言葉を掛ける。優七は黙って頷くと、周囲に目を凝らした。
優七は彼女が進んできたと思われる道に、自身の両親と同年代位の男女が立っているのを目に留める。
「あの人達は……?」
「私の両親」
オウカが答える。優七は納得するように頷くと、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう、どうにか動ける……けど、敵を倒さないと」
「そんな体じゃ無理だよ。ひとまず休まないと」
「でも……」
否定しようとして、グラリと体が揺れる。彼女がそれを支えると、優七は自分が限界であるのを認めた。
「わかった……けど、休める場所なんて……」
周囲を見る。繁華街はゴーストタウンのようになっていた。建物の中は安全なのか思考し――魔物の出現条件が不明であるのを勘案すると、不安しか感じられなかった。
「とにかく、人のいる場所を探そう」
オウカは提案しつつ、左手でメニュー画面を呼び出す。いくつか操作を行うと、突如ゲーム内で使われる掲示板が表示された。
「使えるのか?」
「うん、原理はわからないけど、これでなら色々な人と会話することができる」
「そっか…・」
優七は半信半疑ながら、掲示板が動いている様を見て飲み込むように受け入れた。
(ロスト・フロンティアの機能は、全て使用できるということか……?)
優七は漫然と考えた――その時、ふと閃く。
「……もしかして」
「え?」
オウカは聞き返すが優七は無視し、支えを脱してメニュー画面を呼び出した。いくつかのコマンドメニューを調べ、それが使用できるのを確認する。
「使える、か……?」
信じられないような面持ちで呟くと、ボタンを押した。その直後、優七の正面にゲート――ルームに繋がるゲートが、解放される。
「え……!?」
これには彼女も驚いたらしい。口元に手を当てゲートを凝視する。
ゲートの向こう側では見慣れたルームの空間が広がっている。ここなら魔物が出現することも無く、安全――しかし、安易に使って良いものか躊躇する。
「これ……入れるの?」
「……さあね」
彼女の答えに優七は呆然としながら答えた。中にいて突然ルームの効果が切れ、暗黒空間にでも放り出されるのではないか。そんな恐怖が、にわかに襲う。
優七は決心ができず足を止めていると――魔物の声が繁華街のどこかから響いた。
「あまり余裕もない、か」
やがてオウカ言う。決心したようで、首を両親に向けた。
「父さん! 母さん!」
手を上げながら呼び掛ける。二人はそれにすぐ反応し、近づいてくる。
「私の後に続いて!」
言うと、彼女は先んじてルームのゲートをくぐる。思い切りの良さに優七は驚き、さらに彼女の両親もそれに従った。
魔物の声はなおも響いている。ここに至り優七もまた覚悟を決める。戦い続けてもいずれ死ぬ。ならば、生き残る可能性のあるほうに進むべきだ。
「行くか」
呟き、優七もゲートへ歩き出す。
くぐる寸前、周囲を眺めた。日が沈もうとしており、暗くなり始めている。
やはり人はいない。しかし唯一、とあるビルの一角にデビルウルフらしき魔物がおり、優七を見下ろしていたのだけは見えた。