発見した魔物
優七に変化が訪れたのは、イベントが発動して十五分後だった。
突如、獣の遠吠えのようなものが響いた――それこそイベントが発生する合図であると知っていた優七は、胸中舌打ちしながら雨内へ口を開く。
「どうやら、ここがターゲットになったみたいだ」
「うん」
彼女は緊張を伴い頷いて見せる。ここで優七は当初の予定通りの行動をすると頭の中で断じつつ、雑木林へ視線を移した。
すると、ゆっくりとした足取りで進む狼型の魔物を捉えた。次いで、その後方にいくらか魔物の姿。
優七達を見て警戒する素振りは見せたが、それでも専守防衛というイベントのシステム上、襲い掛かってくることはなかった。
「さて……」
とはいえ、放置することはできない――優七は目の前の狼の奥に別の魔物の姿を捉える。
剣を構え、雨内に視線を送る。本来は連絡すべきことなのかもしれないが、そもそも二宮は気付いているだろうし――元々イベントが発動すること前提で警備場所を組んでいるのだ。出現したらその領域を守るのが責務と言える。
「雨内さん……俺が狼を倒すけど、もし打ち損じたら援護を頼むよ」
「うん」
彼女が頷くのを見た瞬間、別所からバリバリという雷撃魔法の音が聞こえてきた。どうやら始まったらしい――
「行くよ!」
そして優七は宣言し、手始めに狼へ『エアブレイド』を放った。
攻撃は見事成功し、頭部にヒット。結果光となって消え――後方にいた魔物達が、大いに警戒し始める。
そして群れの中で先頭にいた大きな猫のような魔物が駆ける。一頭を倒したことにより他の魔物が刺激された形となる。いくら専守防衛であっても――周囲に魔物がいれば、さすがに反応はする。
いっぺんに来られるとまずい――優七は再度『エアブレイド』を放ちながら胸中で呟く。本気を出せば『セイントエッジ』辺りで一蹴できるくらいの敵。けれど人目もあり、迂闊なことをしてしまうと――
などと思った時、優七としては馬鹿かと叫びそうになった。重要なのはこのイベントを犠牲者も出さずに乗り切ることではないか。
優七は一瞬、武器を切り替え本気で戦おうか判断しようとした――その時、
優七の横を、突如風の刃が通過した。
雨内の魔法だと気付いた時、その魔法が向かってくる魔物達をズタズタに切り裂いた。結果全て消滅し、周辺は一時静寂に包まれる。
「大丈夫?」
雨内が問う。優七はそれに頷きつつ、改めて剣を構え直した。
「ごめん、ありがとう」
――思えば、この場所は二宮が取り仕切っていて、なおかつ全員のレベルもそれなりにあった。となればイベントで発生するレベルの魔物については、それほど苦労もせず倒せるというわけだ。
優七は気を取り直し、周囲に魔物がいないことを確認した後、メニュー画面を起動し掲示板を確認。現在の所目立った情報は――
「ん?」
そこで一つ、『緊急情報』という文面が目に入った。それをクリックして内容を確認しようとした――その時、
雑木林の奥から、獣の唸るような声が聞こえてきた。優七はその声がどこかクリムゾンベアの放つもののような気がして、内心不安を覚える。
「……まさか、な」
フィールド上の敵とはいえ、相当限定された場所でしか出て来ない魔物のはずで、今回のイベントで出てくるとは――などと思ってはみたが、存在するという可能性がゼロではない。優七はそこで雨内を見る。獣の声にさして反応は示さなかったが、優七の深刻な表情を見てか、
「……どう、したの?」
問い掛けてくる。優七はそれに「ごめん」と謝った後、一応確認しておこうかと思う。
「えっと、さっきの声……魔物だと思うけど、念の為確認した方が良いかなと」
「あ、そうだね……でも、こっちに来てからでも――」
「無いとは思うけど、上級の魔物かもしれないし……こっそり確認できるならしておいた方が良いと思う」
「なるほど、確かに」
雨内は頷き、二人して雑木林へと入る。落ち葉を踏む音が周囲に響くが、声の主からは距離があるのか反応を示さない。
(さて……)
もしクリムゾンベアだった場合――あの事件から少しずつ成長している優七ではあったが、さすがに一人で戦うのは骨が折れる。距離がある内に江口と連絡し、状況報告と共に援軍を寄越してもらうのが一番だと悟る。
頭の中で判断しつつ優七は雨内と共に歩を進める。森に入ったことで視界が効かなくなったためか、雨内も多少心細い表情を示す。
最悪、彼女を庇いつつ――と優七は思いながら森を進む。そこでまた唸るような声。雨内はビクリと体を震わせ、一方の優七は聞き耳を立て方向を探る。
(真正面……か?)
胸中で推測をしつつ、雨内を引いて進み続ける。剣を握り雑木林の入口が見えなくなったくらいで、立ち止まる。
「高崎君?」
不安げに優七に問う雨内。けれど優七はそれを無視し、じっと耳を澄ませる。
その時、ズシンという足音が耳に入った。同時にほんの僅かながら気配を真正面から感じ取る。
やはり、いる――同時にその魔物がどういった存在なのかを確認するべく注視する。
もしレベル的に高くないならばここで倒しても――そう思いながら優七が視線を送った先に、
魔物を、捉えた。
「……え?」
同時に、優七は呻く。加え、
「かなり、大きいね……」
雨内がやや声をすぼませて告げる。
そう、彼女の言う通り大きい。見た目は熊型で、周囲に目を向けているのか後ろ足二本で立っていた。そして見た目は、クリムゾンベアに近い。
体毛は白――例えばホッキョクグマなどは最初は白いが、成長するにつれ様々な色がつき変色していく――その魔物はあり得ないくらいの純白で、自然の存在でないことは一目で明らかだった。
けれど、優七が呻いたのはそうした理由ではなかった。
単純に、見たことがない。
(新種……!?)
優七自身魔王に挑めるレベルに到達しているため、魔物のデータについては余すところなく頭に入っている。だからこそ目の前に出現する熊型の魔物に対し、呆然とする他なかった。
何せ、未だかつて見たことが無い――というより、存在しえない魔物のはずだった。
ゲームには同一の魔物に対し変異種というものも少なからず存在するが、それは基本ステータスが若干変わるだけで見た目の変化はない。ということはあれは紛れもなく新種のはずで――
「なぜ……?」
疑問が生じる。ロスト・フロンティアは現実世界で稼働しているが、新種の魔物を自動生成するような機能は備わっていない。
それができるというのは――つまり、システムに干渉した存在がいるということであり、
「まさか……」
牛谷の名を優七は思い出す。同時にすぐさま連絡しなければと思い反射的にメニュー画面を開こうとした。
しかし、それは魔物の咆哮によって中断させられた。唸り声ではなく、周囲を威嚇するような声。
「ひっ……!」
威圧的な雄叫びに雨内は呻く。それによって優七は我に返り、すぐさま彼女に指示を送る。
「……雰囲気的に危なそうな魔物だ。一度戻って連絡を――」
そこまで言い掛けた時、
「――いたぞ!」
別方向、魔物の立つ場所から見て左方向から、声がした。優七が慌てて確認すると、武装したプレイヤーと思しき中学生がいた。




