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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第四話

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彼女の心情

「――始まったわね」


 麻子が、誰に言うわけでもなく呟いた。それを聞いていた桜は、掲示板の報告を確認しながら事の推移を見守る。


 桜や麻子が現在いるのはルームの中。待機を言い渡されたわけだが、自宅ではなくルームで待機しているのが現在である。自分達の地区については人口密度が多い分プレイヤーも多い。さらに言えば政府関係者であることが深く認知され、そちらで対応すると理解されていることにより、頭数にも入っていない状況であった。


「さて、桜。ここから問題となるのは、どの場所に援護に行くかということ」

「江口さんの指示を待てばいいのでは?」

「情報の集積をしていると言っていたし、下手をすると混乱で指示が飛んでこない可能性だって考えられるし」

「……臨機応変に対応しろってことですよね」


 言いながら桜は掲示板とにらめっこを始める。とはいえまだ詳細な情報が上がって来ていない。

 おそらく、江口は今頃慌てふためいていることだろう。最悪の状況となればさすがに連絡の一つも来るはずだが、今は情報をまとめるだけでも精一杯のはずだ。


「掲示板で緊急性の高そうな場所をピックアップして、江口さんに連絡してもいいけれど……まあ、そのくらいは把握できるか」


 麻子はさらに続ける。桜はそれに答えられず無言となり、小さく息をついた。

 気付けば少しばかり緊張している。イベント自体は慣れたものなのだが、対象が全世界で場合によっては一般の人も巻き込むなどと思えば、至極当然と言える。


 すぐにでも江口が危なそうな場所の救援に行ってくれと言われる状況なのだが、イベントが始まった直後は、比較的穏やかなものだった。


「……ねえ、桜」


 そんな折、麻子が別のことを言及する。


「時間が多少あるようだから訊くけど……雪菜のこと」

「え? ああ、はい」

「牛谷との件で色々あって、なんだか優七君の取り合いみたいになっているような状況だけど」

「……それは」


 取り合い、というのとは少し違うような気がしないでもなかった。というより、現状それよりも事態が変わってきている――雪菜が記憶を失ったことが原因だ。


「優七君がどう考えているかは私にもわからないけど、少なくとも面と向かって好きだと言われ目の前で記憶を失くしてしまった彼女を放っておくとは、思えないのよね」

「それはまあ、わかります」

「いいの? それで?」


 桜は何一つ答えられなかった。


 あの事件から色々あり――結局、満足に優七と会うことすらできていない。対する雪菜は優七と仕事を共にしていたこともあり、多少ながら親交が深まっていると考えてもいい。

 記憶喪失によりそれは一度リセットされたようにも見えるが、優七は記憶を失う前の彼女の言動を憶えている。それがどのような変化をもたらすのか――


「……仕事に関わってきそうな問題だし、あんまり追及するのもアレだけどね……でも、桜がどうしたいかというのは、きちんと決めた方がいいと思うのよ」

「それも……わかります」

「で、今の所桜はどんな風に考えている?」

「……正直、私も色々と問題が生じ、そっちの対応で限界なんですけど」


 時間的余裕がまったくないというのも、また事実――だからこそ、自身の気持ちの整理も上手くつけられない。


「……そっか」


 麻子は、短く答えた。想定していた内容だったのかもしれない。


「ま、このイベントを乗り切った後じっくり考えてもいいんじゃない? さすがにここで色々立ち回ったら、少しくらい休みは出るでしょ」

「そう、でしょうか?」

「というか、そう言っても文句は言われない立場だと思うけど」


 語ると麻子は深いため息をついた。


「まったく、私は本来プログラム関係を調べ回る部署にいたはずなのに、結局現場に舞い戻っている……別に嫌いじゃないけどね。デスクに戻ったら山ほど仕事があるんだと思うと、憂鬱になるしかないわ」

「お疲れ様です」

「うう、本当ならこのルームの中でゆっくりと過ごしたい……もう癒される空間は、ここしかない」


 麻子はわざとらしく泣くフリをする。それに桜は笑いつつ、


「でも、それだけ頼られているということですし」

「それ、フォローになっていないわよ……そもそも私だって開発といっても末端のシステム担当だったんだし」

「……本来開発していた人と、連携して仕事をしているんですよね?」

「一応ね。ただ最前線で戦えるメンバーが私しかいないから、必然的に状況を確認する役目とかも出てきて……はあ」


 麻子はがっくりと肩を落とす。彼女も桜と負けず劣らずの忙しさというわけだ。


「……でも、私としては桜を尊敬するよ。学校に通いながら仕事しているわけだし」

「私は学校に通う間は自由にさせてもらっているので」

「でも、緊急で連絡来たことなかった?」

「何回かありました……友人からは特撮ヒーローみたいだと言われました」

「スクランブル発進して現場に急行か……確かに、そう言えなくもないわね」


 彼女は述べ、二人して笑い合う。桜は同時に愚痴の言い合いになっていると気付き、改めて話を戻す。


「で、優七君との件ですけど、今回のことが終わったら少し話をしようかと思います」

「改めて交際を申し込む?」

「そこまではわかりません……けど」


 と、桜は言い掛けて止めた。所作を見た麻子は首を傾げたが、

 桜は何も答えられない――胸には、一抹の不安があった。


 優七が最初の事件からどう心変わりしているのか、気になった。桜自身想いは変わっていない。けれど、彼の横には好きだと公言した別の女性がいる。


 優七もその彼女にほとほと困った様子だったが――彼女が、記憶を失くしてしまった。そうなった経緯を桜は知っているが、きっと優七は自分せいだと考えていることだろう。

 だからこそ、優七がどういう結論を辿るのか――まったく予想できない。


「なんだか、不安な様子ね」


 麻子が言う。桜はそれに応えようとした時、


 通信が入った。


「あ、江口さん」


 桜はすぐに仕事モードに思考を切り替え通信に出る。麻子も横に立つと同時、画面いっぱいに江口が出てきた。


『……二人で待機しているのか。背景を見ると、ルームの中かい?』

「はい。この方が良いだろうと思って……私達の家周辺には他のプレイヤーもいますし」

『そうか、助かるよ……で、状況なんだが、ひとまず落ち着いている。イベントが発生した場所も発見されたが、今の所問題は起きていない』

「となれば、私達はここで待機?」

『それで大丈夫だ。もし何かあったら連絡しよう――』


 そこまで言った時、通信の奥から江口を呼ぶ声が。それがどこか慌てていたものにも聞こえた桜は眉をひそめ、


「……江口さん?」

『少し、話をしてくる』


 江口も不安に思ったか声を落とし応じると、通信を切った。残された桜と麻子は通信の切れた画面を見て少しばかり沈黙。


「……何が」


 桜が呟いた時、麻子は弾かれたように自身のメニュー画面を開いた。桜が視線を移すとどうやら掲示板を確認している様子であり――


「……え?」


 小さく呻く。それを見て桜は麻子の隣に進み文面に目を通し――


「……どういう、こと?」


 驚愕の呟きが、ルームの中に生じた。


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