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到来する仮想世界

 全力疾走で家に帰る途中、優七は住宅街のそこかしこから悲鳴が上がっているのを、しかと耳にする。


「まさか……あんな魔物がそこらじゅうに?」


 疑問を口にしながら優七は走る。発言を裏付けるように魔物の声がこだました。


 信じられない気持ちとなる。起こっている現実を否定したかった。

 もしどこかで頭を打って気を失えば、夢から覚めるのではないか。果ては、これはロスト・フロンティアというゲームにのめりこんだ自分への罰ではないか。自分が死ぬまでこの夢は覚めないのではないか――思考が駆け巡りながら、足だけは動き続ける。


(家は……大丈夫なのか……)


 マンションに近づくにつれ、優七は不安を抱き始める。視界に見えていないが魔物は今もどこかで動き回っているはず。もしかするとマンション周辺にもいるのではないか。そういう恐怖と戦いながら、進む。


 荒い息になりつつある中、優七はマンションに辿り着いた。入口周辺に魔物は見当たらない。しかし、どこからかガラスの割れる音が聞こえ、ここも安全でないことを悟る。


「っ……!」


 呻きながら優七は入口を抜け、エレベーターではなく階段で一気に駆け上がる。家のある階に到着した時、どこからか魔物の声が聞こえた。優七は不安を抑えられず体を震わせながら、家の扉へと向かう。

 到達すると勢いよくドアを開けた。鍵はかかっておらず、中の暖かい空気が優七の頬に当たり――同時に、デビルウルフの咆哮。


 優七は土足のまま無我夢中でリビングに入る。そこには一頭のデビルウルフに椅子を使って応戦する父親と、口元に手を当て呆然と眺める母親の姿があった。

 音に気付いたのか、母親が振り返る。そして優七を見ると、叫んだ。


「逃げなさい!」


 震えながら、心配するような眼差しで毅然と言い放つ。だが優七は動けなかった。


(違う、父さんも母さんも――)


 一緒に逃げようと言おうとして、口が動かない。体が石像のように固まり、コンビニで起こったあの悲劇がフラッシュバックする。


「くっ!」


 その時、父親の呻き。見るとデビルウルフが椅子を弾いた。さらに食らい尽くそうと突進を仕掛ける。それを父親は倒れ込むように横手に動き、どうにか避ける。


「優七!」


 さらには、名を呼ぶ父親の声が聞こえた。向けられた眼は、優七を心配する色をはっきりと見せていた。


「家を出て、安全な場所へ――」


 そこまで言うと、遮るようにデビルウルフが吠えた。牙を剥き出し父親へ再度体当たりを仕掛ける。


「父さ――!」


 優七はようやく声を発し、デビルウルフの体が父親に触れるのを、しかと焼き付けた。


「ぐっ……!」


 父親は呻くと同時に、体が淡く発光する。途端に優七は叫ぼうとして、その間もなく父親の体が白い光となり――消えた。


「っ!」


 反応したのは母親。突如いなくなった父親の姿を見て、へたり込む。対する優七も動けず、デビルウルフが眼光鋭く睨む姿を観察することしかできない。


 やがて、狼の声――次に我に返ったのは母親だった。彼女はすぐさま立ち上がると、優七を見た。

 その目は、何かを決心したかのようなもの。


「母さん――」


 それに気付いた優七が叫んだ次の瞬間、母親は優七をドンと強く押し退けた。

 たまらず優七はリビングに繋がる廊下に出る。直後、扉が閉まった。


「母さん!」


 直後、悲鳴のような声が上がる。そして生じるデビルウルフの声。リビングに繋がるガラスの向こうで母親は突進を食らい、光となって消えた。


「あ、あ……」


 優七は廊下で棒立ちとなり、うわ言のように呟く。

 両親が――魔物によって――消えて、しまった。


 恐怖が訪れる。さらに次はお前の番だとデビルウルフは扉越しにこちらを見据える。対する優七はじりじりと後退を始め、玄関の段差につまずいて、尻餅をついた。

 地面に体を打った音が呼び水となったか、デビルウルフが吠える。優七は呆然と魔物のいるリビングの扉を眺めながら、自分もまた死ぬのかと、漠然と考えた。


(父さん……母さん……)


 そして、両親の顔を浮かべる。もし自分も消えれば二人の所へ行けるのだろうか――馬鹿なことを考えた直後、必死になって自分を逃がそうとした二人を思い浮かべる。


(死ぬ、わけにはいかない……)


 頭のどこかで呟く――それは死から逃れようとする本能だったのかもしれない。

 優七は足掻く手段を模索し始める。助けてくれた両親は死ぬことを望んではいない。だからこそ、必死に。


 ふいに、左中指の指輪を思い出す。ロスト・フロンティアの力があれば、目の前の魔物など倒せるはずなのに――


 その時、優七は半ば無意識に左腕を振った。メニュー画面を呼び出す動作だったのだが――それは半ば癖のようなもので、ゲームをやり過ぎたため体が自然と覚えてしまっていた。しかし本来、変化が生じるはずがない。

 だが、その動作でメニュー画面が飛び出し、優七は思わず瞠目した。現実世界で指輪が機能している。その一事は、絶望的な思考を押し留める。


 我に返ったのは、再度デビルウルフの吠えを聞いた時だった。優七はすがるような思いでメニューを操作する。装備画面が表示され、自分がコートに身を包んでいる情報がはっきりと表示された。

 アイテム欄を確認する。特定の道具や、防具の類が無くなっている。しかし武器はあった。反射的に装備ボタンを押すと、優七の真正面に光が生まれ、ゲーム上で愛用していた死天の剣が、目の前に現れた。


「……そんな」


 一言呻く。魔物の出現によりこうした事象が起きることも考慮できた――が、それでも驚かずにはいられない。しかし考えに耽っている余裕はなかった。デビルウルフがガラス越しに足を踏ん張り、突進の構えを見せていたためだ。


 優七は即座に剣を握る。ゲームにおける感触と、全くの同一だった。

 デビルウルフが突進を見せる。閉じられたドアをぶち破り、猛然と襲い掛かる。だが優七はひどく冷静になっていた。剣を握ることで、ゲームと同じように考えることができたためだ。


「はっ!」


 デビルウルフが到来する前に、剣を横一文字に一閃した。直後発したのは剣風――魔法を使えない優七にとって少ない遠距離攻撃。剣風を刃に変えて攻撃する『エアブレイド』という技だった。


 攻撃は速やかに行われ、風の刃がデビルウルフの頭部に直撃する。敵はそれにより勢いを失い、さらにはHPがゼロになったためか、空中で飛び込んだ姿勢のまま光となって消え失せた。


「……はあ……はあ……」


 倒した――確信すると、優七は荒い呼吸と共にその場にへたり込んだ。気付けば相当疲弊している。コンビニから走り、さらに戦闘まで行った結果だった。


(少し、休まないと……)


 優七は考えながら振り返る。玄関扉が開け放たれている。それを閉めると、ぶち破られた扉を抜けリビングに入る。そこは先ほどいた両親が喪失し、ひどく見慣れた孤独な空間が広がっていた。


 凍った思考の中、優七はメニュー画面を操作する。ゲームでスタミナなどの数値があるわけではないが、断続的に動き続けていれば疲労が生じる。それを回復するためのアイテムも存在している。


(確か持っていたはずだ……)


 アイテム欄を検索し、やがて発見する。使用ボタンを押すと、目の前が発光し空中にドリンクが現れた。手に取ると突如質量持ったか、ずっしりと重みが感じられた。


「どういう理屈だ……?」


 物理法則を無視するような状況。これがゲームであれば納得できるが、ここは現実世界。ゲーム上の操作全てが、不可思議な現象となる。

 優七は考えようとしたが、体力回復を優先しドリンクを飲んだ。ゲーム上で感じる味と共に、体から疲労感が急速に抜ける。


「……本当に、回復した」


 信じられないような気持ちで、優七は呟く。薬を飲んだのは現在起こっている事象を確認する部分もあった。結果は、メニュー操作をしたことが現実でも生じた。ほんの数時間前までは、あり得ないと鼻で笑い飛ばす事象――


 優七は一人リビングにある椅子に座る。周りを見ると、倒れた椅子や、魔物によって破壊された壁面などが目に入る。その中で一点、ベランダへ続く窓が破壊されているのに気付く。デビルウルフはあそこから侵入したのだろう。

 窓からの荒涼とした風が、優七の体を撫でる。途端に寂しさが湧き起こり、先ほどまでいた両親を思い浮かべた。


「父さん……母さん……」


 瞬間、涙が零れた。握っていた剣を取り落とし、顔に手をやり泣き始める。

 消えた、消えてしまった。目の前で、両親が――


「何で……もっと早く気付けなかったんだ」


 あのコンビニの時からそうだった。もし身に着けていた指輪を見て腕を振っていれば、メニューを表示し剣を生み出し、敵を即座に倒せただろう。そうすれば、あの場にいた人や、両親を救えたはずだ。

 優七は家で一人――真の意味で孤独になってしまったこの場所で、泣き続ける。そしてわかってしまう。最後、両親は優七へ逃げろと発した。自分のために二人は逃げずに戦ったのだ。


「何で……いなくなってからわかるんだよ……」


 両親の最期を何度も思い返し、呻くように言葉を紡ぐ――

 両親は自分に無関心なわけではなかった。それを今更気付き、全てが遅かった。


「父さん……母さん……」


 消える寸前の光景と、今まで暮らしてきた思い出が蘇る。自分では大した記憶などないと思っていた。しかし呼び起こされるのは家族三人で旅行したことや、一家全員で楽しく食事をしている景色。優七は改めて突きつけられる。いくらでもあった。けれど、それを全て忘れたことにして、不満を零していた。


「……ごめん……」


 次に出たのは、謝罪の言葉。その言葉を最後に、後はすすりなく声だけが響き続けた。






 やがて優七が顔を上げた時、周囲は夕刻を迎え空は茜色に染まりつつあった。

 時計を見ると、四時過ぎだった。優七は夢見心地に、秒針の動きを追う。


 その時外から魔物と人間の声が聞こえた。まだ戦いは続いている。


「……ふざけるなよ」


 夕日が差す部屋の中で呟いた。


 悲しみと空虚の次に到来したのは、怒り。両親を殺し、悲鳴を上げさせる魔物に、言いようもない憎しみを覚える。

 優七は時計から視線を逸らし足元を見た。取り落した死天の剣が、夕日を受け輝いている。


 それを拾うと、椅子から立ち上がった。ゆっくりとした足取りでリビングを出て、閉められた玄関扉の前に立つ。

 直後、外で誰かが叫んだ。襲われている――断じると衝動的に玄関を開け、家から飛び出す。


 左右を見る。左方向にデビルウルフではなく、軽鎧と剣を装備したリザードマンが一体、優七に目をやっていた。その後方には、悲鳴を上げながら逃げるマンション住人。


 優七はそちらへ跳んだ。スキルを併用し、高速移動でもしたかのようにリザードマンの間近に迫る。

 敵が動作一つ起こす前に、剣を縦に一閃する。リザードマンは微動だにできぬまま両断され、光の塵と化す。


 直後優七は、奥歯を噛み締めた。自分の能力であれば容易く倒せる――深く理解し、あらゆる怒りがこみ上げ、意味を成さない絶叫を発した。


 無我夢中で階下に向かう。体の中は衝動的な感情が渦巻き、見えない何かに押し流されるように駆ける。だが根本はわかっていた。目の前に生じた理不尽に激怒し、全てを壊すために動き始めたのだと――

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