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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第四話

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その相手は誰なのか

 ――雪菜は、槍を振る度にその光景が非現実的なものだと思い、宙に浮いた感覚を抱くのが常だった。


 記憶を失う前までは、こうして槍を振っていた――そう誰かから言われても、雪菜としては首を傾げる他なかった。何せ本当にロスト・フロンティアの情報は頭から消え失せている。体も槍の使い方をきれいさっぱり忘れており、他のプレイヤーから「レベルは高いのに腕は素人」という言い回しをされる有様。


「私は……」


 自室に戻り、雪菜は一人呟く。今日もまた夢見心地な場所で訓練を終え、非現実的な心境を抱きながら部屋へと戻ってきた。


 当初、雪菜が記憶を失った状態で戦うと表明した時は、さすがに両親も反対だった。けれど雪菜はその時見えない何かに押され、戦うと宣言した。その結果が現在で、思い通りの結果に至らないことに対し、少なからず苛立ちも募る。


「本当に……私はああしてゲームをしていたの……?」


 小さな声音が、静かな部屋の中で響き、消える。雪菜は少しするとため息を吐いて勉強机に目を向ける。

 そこには一冊の日記帳――雪菜はそれに目を向けながら着席し、日記帳を静かに開けた。


 書かれているのは、もっぱらロスト・フロンティア内で起こった出来事について。攻略日記を兼ねていたようで、詳細な情報が書き込まれていたりもしているのだが、現在の雪菜にとっては意味不明な文字や数値の羅列に過ぎなかった。


 そして、調べてみるとこうした日記帳は合計で三冊あった。その事実を知り、雪菜はうなだれるように肩を落とす。

 ここまで熱を入れていたものの記憶が、完全に抜け落ちている――現在の雪菜はゲーム部分の記憶が取り除かれたことによって歯抜けのような記憶になっており、特に最近のことがまったく思い出せなくなっていた。


 最近の事例については「現実世界自体がロスト・フロンティアと融合してしまったため、ゲーム=現実ということから、全ての記憶が抹消された」と政府関係者から説明がなされ一応納得はした。けれど、だからといって空虚な心は埋まらないままであり、雪菜はその事実によって頭を抱えたい気持ちに何度も駆られた。


 しかも、性格まで変わっているという――雪菜自身、その全てを取り戻そうという気概は無かった。けれど、せめて自分が何をしていたのか。どうやって過ごしていたのかを少しでも知りたいと思い、半ば衝動的に戦うことを選択した。


「……私は」


 そうして槍を握ることになったのだが――思うように成果が出ない。だからこそ、鬱屈した何かが溜まり、袋小路に立たされているような気分となる。

 それを少しでも晴らそうと雪菜はおもむろに日記帳を読む。最初の頃から読み始めて、専門用語などは理解できなかったが、少なくともゲーム内で成長しているという事実は、理解することができた。


 やがて雪菜に対し、一階にいる母親から夕食であることを伝えられ、返事をした後食事のためリビングへ。


 そこには家族――四人兄弟で非常ににぎやかな食事風景なのだが、雪菜自身の記憶の中にある風景と比べ、夕食の内容なんかが少しばかり豪勢だった。理由は雪菜が槍を握り戦って給料をもらっていたからだそうなのだが、自身に一切自覚が無いため、ただただ混乱するばかり。


 とはいえ、始終悩んでいるような顔を家族に見せることはできないと、雪菜はできるだけ明るく接する。けれど次に言われるのは「性格が戻った」という事実。それに雪菜は苛立つわけでも、悲しくなるわけでもなく、複雑な感情が心の内に湧いた。


 それは果たして良かったのか悪かったのか訊くこともできず――内心の感情を押し殺し、食事を終える。


 後はお風呂に入り、パジャマに着替えて就寝するだけとなって――自室で少しばかり椅子に座り、明日のことを考える。


 『祭り』というイベントが起こるらしいのだが、雪菜は先頭に立つようなこともなく、長谷と共に待機とのこと。自分が高レベルの人間であることには多少ながら気付いていたので、少しばかり協力すべきなのではと発言したのだが――長谷からは「無理する必要はないから」というように、やんわりと提案を断られた。


 足手まとい――そういう言葉が頭の中に降り注ぐ。戦いに参戦できないという事実もまた鬱屈とさせる原因の一つになっているのだが、雪菜としてはどうしようもないため、それ以上何も言わず指示に従うことにした。


 そうして寝る前に、また日記帳を読む。


「……ん?」


 そうした中で、雪菜は『ユウ』というプレイヤー名を発見した。日記上では最初敵対関係だったらしく贔屓目に見ても良いことは書いてなかった。けれど、


『二人で最深部まで到達した時のことは……きっと、ゲームをやり続ける限り忘れないと思う』


 そういう風に書かれた日を境に、少しずつ良いことが書かれ始めた。そして、


「……え?」


 呻いた。そこには、


『私は頭でもおかしくなってしまったんだろうか』


 そんな文面が記されていた。雪菜は首を傾げつつさらに読み進め、

 自身が書いたことだからだろうか――直接的な言及が一切ないのに、ある事実を察した。


(このユウというプレイヤーを……好きになったってことかな?)


 そう思ったと同時に、雪菜の心臓がトクンと跳ねた。まさか日記で自分の恋愛事情が語られるとは、などと思いつつ続きが気になりさらに読み進める。


 そこからも、ユウのことが記してある。とはいえ決して直接的に書かれているようなことはなく、誰かに見られてもいいように婉曲的に――友人と接しているかのように記載してあるのが、今の雪菜にもはっきり理解できる。


 次第に流し読みとなって、物語の結末を知りたいという感情に押され、一番新しい日記帳にも手を伸ばす。そこにもやはりユウについて書かれていた。けれどやはり直接的な言葉で書かれるようなこともなく、


 突如、日記は途切れた。首を傾げページをめくってみるが、以降はやはり何もない。

 最後は魔王を討伐しに行く、というところで終わっていた。こうした世界に至った経緯は雪菜も長谷に教えられていたため理解しており、この直後事件が発生したのだと、推測することができた。


「最近のことは、日記につけていないのか」


 雪菜は呟き、日記の中に出ていたユウという名を思い出す。

 それは、もしかすると記憶を失くしていても体が何か憶えていたのかもしれない――名を思い出した瞬間に、またも心臓が跳ねる。


 これは、どういうことなのか――疑問を抱く前に、その名前から別の人物を想像する。

 そういえば、名前にユウという言葉が入っている。


 高崎、優七。


「いや、そんなの――」


 呟こうとして、ふいに胸が締め付けられる感触が生まれた。雪菜は思わず胸に手を当てようとしたのだが、それは一瞬のことで、すぐに平常に戻る。


「……今のは」


 果たして、自分の体は何を記憶しているのか――疑問がともどなく溢れたが答えを出すことはできず、ただ部屋の中で呆然とするしかない。


「……でも」


 しかし、その中で至った結論が一つ。


 高崎優七――彼と、自分はきっと何か関係があった。そしてもしかすると、彼こそがこのユウというプレイヤーなのかもしれないと思った。

 正直、内容が内容だけに直接確かめる勇気はない。けれどこの部分は解決しなければならないと思いつつ、雪菜はこのくらいにして明日に備え寝ようと思い、就寝の準備を始めた。


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