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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第四話

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変わった彼女

 優七は大きく変貌してしまった雪菜を見て、思わず呻きそうになった――が、寸前で堪え、どうにか平静を取り戻す。


 ――経緯はわからないが、あれだけのめりこんだロスト・フロンティアによって、彼女はずいぶんと性格が変わったらしい。


「元々、こうして寡黙な子だったらしい」


 江口が言う。優七は「そうですか」と小さく答えた後、長谷の後ろに隠れる彼女を見据える。

 どこか怯えた眼差しを投げる雪菜を見て――優七はため息をつきそうになった。けれどそれにぐっと耐えていると、さらに江口から告げられる。


「だからこそ小遣いを溜めてロスト・フロンティアの機具を買ったことを、両親は非常に驚いたらしい。そしてゲームをこなす内にだんだんと人と話すようになった……その時期から、学校でもゲームについて話し、それに付随して多弁になっていった結果……ああした彼女が生まれたらしい」


 優七はなんとなくだが、そうした性格になった理由を察した。おそらくゲームをこなす内に様々なプレイヤーから信頼されるようになり、それに準じ自意識も上向いていったのだろう。


 モニター越しのオンラインゲームであればそれほど変化はなかったかもしれないが、ロスト・フロンティアはバーチャルな世界であっても見た目は限りなく現実に近かった。だからこそ自信を持ち、声を大きくするようになったのではないか。そしてその声に誰もが耳を傾けるため――ああした態度を示すようになったのではないか。


 結果的に生まれた性格の是非について優七は語る意欲を持たなかったが、少なくとも記憶が戻らない限り前の性格に戻るのは難しいのではないか、と改めて感じた。


 だからこそ、慣れないといけない。


「えっと……」


 しかし、優七としては初対面の人を見つける雪菜の目にたじろぎ、声を上手く出せなかった。


「雪菜」


 そこで長谷がせっつく。それにより陰に隠れていた雪菜が前に出る。同時に、おもむろに江口や長谷がその場を離れる。

 対峙し、次に訪れたのは沈黙。優七はどういう話をすればいいのかもわからなかったが、相手の雪菜は言葉を待つ構えをとっているのがありありとわかった。


 だからこそ、優七は何か絞り出さなければと思い、生乾きの雑巾から無理矢理水滴を出そうとするような心情で、


「……訓練は、順調?」


 発したのはひどく無難な言葉。雪菜はそれに上目遣いで視線を送り、


「はい……」


 消え入りそうな声音で応えた。優七はそこでこのままでは埒が明かないと断じる。


「ああ、えっと……俺のことは聞いているような雰囲気だったけど、もし配属が変わらなければ一緒に戦うことになるから、よろしく」

「はい……あの、高崎さん」


 そこで名が呼ばれ――優七は、ひどく違和感を覚えた。

 原因がいまだかつて苗字で彼女に呼ばれたことがないからだと気付くと同時に、優七は他人行儀な態度を見て一つ訂正を入れる。


「俺のことは……優七でいいよ」

「え、え……?」


 戸惑う彼女。その反応全てが新鮮なのだが、優七としてはどこか憂鬱になる。


「記憶を失う前のように接してくれて構わないということだよ。その……どの程度記憶を失う前のことを知っているかわからないけど、前はずっと名前で呼ばれていたからさ」


 そう言ってみたが、当の彼女の無反応。それからまたも沈黙が生じ、不可思議な空気が漂い始める。

 やがて雪菜は俯き、その隙を突いて優七は周囲を見回した。パッと見て、周りの人々は全て街を構成するNPC。こんな所をプレイヤーに見られてしまうのはなどと感じていたため、これ幸いと胸中で安堵する。


 その時、


「……ゆ」


 掠れた声で、雪菜が告げる。


「ゆう、な、君……」

「……無理そうなら、別に――」


 告げたのだが、雪菜は首を小さく振り、


「ごめんなさい……大丈夫、だから」


 俯いて謝った――その全てが優七にとっては見覚えの無い彼女であり、また後悔の念が強く湧き上がる。

 自身を好いてくれていた気持ちがあるのかどうか、優七は訊くのも憚られたし何より現状問い質すと面倒な状況になりかねない。だからこそある程度落ち着くまで自身の胸にある決心はしまっておくつもりだった。


 けれど、少なくとも一つ言えることがある。それは半ば自らのせいでこうなってしまった彼女を見て、協力しようという決意だった。


「もし何かあったら、相談してほしい。以前は仲間として色々と話をしていたから」


 内容についてはあまり言及せず、とりあえずそんな風に告げる。雪菜は少しして小さく頷くと顔を上げ、


「よろしくお願いします、優七君」


 やはり小さな声で言った。優七は、黙ってそれに頷く。

 それからはまたも沈黙が生じたが、今度は江口達が戻ってきた。


「さて、優七君。時間もあれだし帰るとしようか」

「あ、はい。そうですね……長谷さんは?」

「私達はもう少し訓練しようかと思っているけど……雪菜はどうする?」

「やります」


 小さな声ではあったが、どこか強い響きも持っていた――どうやら戦うということについては、記憶を失っていても決意は固いらしい。

 そうした彼女を見て、優七はどこか安堵した――記憶を失う前は鉄砲玉のような人物であったが、彼女は政府の人間として人々のために戦っていたことは間違いない。そしてその意志を、どの程度かわからないが今の雪菜は受け継いでいる。


 そこで、優七は一つ疑問に思った――明日始まる『祭り』の件だ。


「……そういえば、雪菜は『祭り』に参加させるんですか?」


 だから一度江口に確認をとる。途端、なぜか雪菜が肩を震わせた。

 どうしたのかと優七は声を上げそうになったが――直後、自分が名を告げたことに反応したのだと認識し、言わなかったのを少し後悔した。


 けれど、質問されてどう答えていいのかわからなかったため、半ば無視して江口に視線を送る。


「いや、今回は後方支援をやってもらう」


 対する江口に解答はそれ。ならばと、優七は一つ提案をする。


「もし危ない状況となったら、俺がどうにかフォローしますよ」

「頼もしい限りだが、無理しないようにしてくれよ」

「もちろんです」


 笑みで応じると、さらに雪菜が反応した――が、優七は無視しつつ帰ることにした。


「……雪菜」


 ルームを出る直前、小さく呟いた――現状を鑑みて、以前と今どちらが良いのかはわからない。けれど、少なくとも望まぬ形で雪菜がああなってしまったのは間違いない。


「なら、フォローは入れないと」


 そう短く宣言し、優七は歩を進め部屋へと戻る。そして明日の準備を始めるためメニュー画面を呼び出した。


 明日の『祭り』――そちらにも二宮の件など懸念事項がある。だから優七は複雑な状況の中、明日の戦いに備えどういう状況でも対応できるように準備を始めた。


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