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フュージョン・フロンティア  作者: 陽山純樹
第三話

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光の中で

「っ……!」


 雪菜は短く呻くと同時に、柔らかいベッドのような感触が背中に当たり、視界が白く染まった。

 そして突如、高い所から突き落とされたように、体が傾いて、落ちた。


「これは……」


 続いて左右を見て、絶句した。白い光の中は、決して無の世界ではなかった。遠目に魔物や、アイテムや、さらには街の構造物のような物が垣間見える。


(これはまさか……データの海……?)


 ロスト・フロンティア内に存在するデータが、現実世界に現れ視覚化しているのでは――思いながら、雪菜はゆっくりと落下し続ける。


「地面に落ちたら、死ぬのかな」


 他人事のように呟きつつ、雪菜はほんの僅か肌を粟立たせた。このまま永遠に落下し続けるなんて可能性を考え、それもあり得るなどと思ってしまった。


「出る方法は……」


 雪菜はどうにか平静を保とうと呟きつつ、とりあえず体勢を整えようとした。体を動かすことはできる。水の中にいるように感覚の中で体を反転させ、足を下に向けることができた。


「どこか別の出口があるの……? それとも――」


 さらに呟きつつ、雪菜はまずメニュー画面を開こうと考えた。上手くいけば連絡できるかもしれないし、そうなれば白い光に取り込まれた人間の顛末を伝えることができる。


「死に様を見られるのは、あんまり気分の良いものじゃないけど」


 自嘲的に笑みを浮かべつつ語った雪菜はまず、メニュー画面を開いた。そして次に優七に連絡しようとして、

 正面下に、渦巻くような光の塊を見つけた。


「あれは……」


 じっと観察する。球体状に広がったそれは、ドーム球場を超える大きさでないかと感じた。

 光は、周囲に漂っている街の構造物や魔物に触れると、飲み込んでいく。


「触れたら危なそうだけど……あそこが出口かもしれないし」


 どうするべきかと考える間に、雪菜は我に返って連絡しようとメニューを操作する。しかし、通信エラーが出た。


「駄目か……」


 ため息をつく間に光が近づく。雪菜はどうするかと逡巡し、


「ま……避けたとしても出られる保証はないわよね」


 毒を食らわば皿まで――そういう心持ちで、雪菜は白い光の塊を見据えた。このまま落下していけばあれに触れることができそうだった。


「もし、死んだら――」


 そう述べた時、雪菜の心の中に優七の顔が頭に浮かぶ。

 果たして、彼はどう思うのか。優しい彼だろうから、きっといなくなって清々したなどと思うことはないだろう。


「……優七」


 名前を口にした瞬間、ほんの少しばかりの痛みを感じる。彼を名で呼ぶ人は多い。それは間違いなく世界を救った英雄として、敬意を持っているからに他ならない。

 しかし敬意以外の理由で名を呼ぶ例外が二つある。それは雪菜自身と、もう一人――


「……悔しいなぁ」


 もし出会い方を変えていれば――こんな憎まれ役にならなくても良かったかもしれないし、もっとうまく接することができたかもしれない。

 けれど、全ては後の祭り――そう考えた直後、いよいよ光に触れた。


 僅かながら恐怖を抱いた雪菜だったが、次の瞬間痛みもなく光の中に飲み込まれた。その中はただ白が広がるだけの空間。

 完全に飲み込まれればどうなるのか。雪菜の内心の不安を他所に、体に変化はない――


「っ……!?」


 けれど、雪菜は体を大きく震わせた。それは――


「そういう、ことか……!」


 呟いた瞬間、雪菜はメニュー画面を操作し、メモ帳を出す。そして、おもむろにタイピングを始めた。

 その状況となり、雪菜は頭の中がかき回されるような感覚を抱く。どうなってしまうのか――雪菜は、それを痛いほどに理解できた。


「ぐっ……!」


 呻き、手が止まる。けれどやらなければならないという感情が、頭を埋め尽くし必死にキーボードを叩く。

 そこから少しして、とうとう手が止まってしまう。原因は雪菜自身もわかっていたが、どうにもならなかった。


「私、は……」


 声を零し、自分が何をしているのかわからなくなる。けれど強迫観念のような感情が頭を支配し、雪菜はメモ帳を閉じてメニューを操作する。

 そうして次に出したのは、メール。通信が遮断されているため、送ることはできない。しかし――


「やるしか、ない……」


 思考がまとまらなくなり始めている中、ほんの少しだけタイピングする。その段になって、雪菜は自分が何をしているのかもわからなくなる。

 けれど、心の奥底にある『何か』が、手を叩き、やがて、


 手の動きが、完全に止まった。


「……は」


 そうして、雪菜は思う――自分は、何をしているのか?


「私、は……?」


 周囲を見る。完全なる光の世界。ここは、天国だろうか。

 その眼には、先ほどまでとは異なる怯えた光があった。けれどそれもやがて小さくなり、まぶたが閉じられていく。


 そうして雪菜は意識を手放した。体は光の中をさまよい、やがて完全に世界と同化して、消えた――



 * * *



 対峙する二宮は優七の知り合い――桜はどう返答しようか迷った。けれどこの場においては、沈黙が肯定を意味してしまった。


「……そうか」


 二宮は構えを崩す。次いで一瞬だけ、苦い顔をした。


「あいつは、そういう人間か」

「……あなたは」


 桜は、零すように声を出す。すると二宮は目を合わせ、


「一応、友人だよ」


 改めて、最悪だと桜は思った。


「その様子だと、優七に口止めされてたんだろ?」


 二宮は質問した後、小さくため息をついた。


「あいつは……そうだな。付き合いが少ないにしろ、何か隠している様子だったからな。これが、秘密か」


 顔には笑み。けれど、負の感情がわだかまるもので、桜を内心不安にさせる。


(一体、彼は……?)


 桜はどう応じようか考え始めた時――突如、二宮はメニュー画面を開いた。


「悪かったよ」


 言って彼はいくつか操作を行い、デュエルモードを解除した。


「……魔物の巣に関しては、協力する」


 ――態度が百八十度変わり、桜は訝しげな視線を送る。なぜ優七のことを確認したら、態度が変化したのか。


(……何か、言っておいた方がいいの?)


 桜は胸中でどうするか思案していると――麻子が声を上げた。


「他の人達がここに来ないように頼んでもいい?」

「……構わない」


 応じた彼は剣をしまい、すぐに引き下がる。その急変した態度がひどく不気味で、彼が広場を離れるまで桜はずっと目を離すことができなかった――


「やれやれ、一段落ね」


 麻子は歎息すると、肩を落とす。


「ああいう手合いは面倒よね……優七君に一応フォローしておいた方がよいのかしら」

「言っておいた方が無難でしょうね」


 これは浦津の言葉。それに桜は同調し、口を開いた。


「そうですね……とりあえず彼の話はここまでにして、巣へ行きましょう」

「そうね」


 頷いた麻子は、魔物が現れた方角へ視線を移す。その先は雑木林だが、木々の間から陽の光が見えたため、歩くのには困ることはなさそうだった。


「獣道を歩くことになりそうね……面倒だけど、進むしかないか」

「では、隊列はどうしますか?」

「また私が先頭でいいよ」


 桜は気を取り直すように告げた後、林へと歩み始めた。


「日暮れまで時間もあまりないし、先に進もう」

「そうね」


 麻子は同意し、桜に追随。さらに浦津が彼女の後方を歩き――先ほどと同じ編成で、桜達は森に入り込んだ。

 枯葉を踏む音が周囲にこだまする――桜の視線の先にはすぐ魔物が見つかった。


「麻子さん、巣の構造ってどんな感じでしたっけ?」

「巣って言っても洞窟の中にあるとかじゃなくて、ゲームの設定上は魔力がわだかまっている場所に、魔物が集まるという設定よ。青い球体の塊があるから、それを破壊すれば巣は消滅する」

「目標は、そう遠くはなさそうですね」


 浦津が言う。桜にも言わんとしていることはわかっていた。直線状に魔物の姿が多くなり、さらに奥には――


「それらしいものが小さいながら見えますね」

「なら、そちらへ向かいましょう」


 桜の言葉に麻子は決議し、ひたすら進む。やがて――正面にいる魔物が気付き交戦に入る。

 巣は、この周辺に出現する魔物と同レベルしか生み出さないという制約があるため、基本的に桜達の敵になるような相手はいない。


「桜、白い光だけは気を付けてね」


 麻子がふいに助言する。桜はそこで白い光の存在を思い出し、


(それが目的だったよね……)


 自身が目的を失念していたのに気付く。それほど二宮との出来事が印象に残っていた。

 優七に話さないでくれと要望されたにも関わらず、結局友人に伝えてしまった。この状況を謝らなければならないだろうと思いつつ、剣を振るう。


 少し気が重い――思いながら、桜は青い光の塊へと歩み続けた。


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