強硬な理由
二宮達は出現した魔物に、特に混乱もなく難なく対処していく。その中で女子のレベルが上がったのか、戦闘中にも関わらず嬉しそうな声が響いた。
「……ねえ、もしかして」
そうした光景を眺める桜は、麻子に声を掛けた。難度か援護しようと足を前に踏み出したのだが、再三二宮から釘を刺され、結局手出しすることは無かった。
「たぶん、これを隠したいがために自分達で守るとか言っているのでしょうね」
麻子はそう返答した。桜が視線を転じると、浦津も同様の結論に至っているらしく、小さく頷いていた。
「どうする? どちらにせよ白い光については調査しないといけないけれど」
「……ここで下手に追及すると、優七君の迷惑にならないかな」
「知り合いかどうかわからないじゃない」
肩をすくめる麻子。桜は「そうかもしれないけど」と応じつつ、小さく息をついた。
「……仕方ないか」
そして、どこか諦めるように言うと……二宮達の戦いが終わるのを待った。
やがて、魔物が全て倒され――二宮以外の男女が喜ぶ間に、桜が静かに一歩足を踏み出した。
それに気付いた二宮は首を桜達に向け、声を発した。
「まだいたのか。ここは俺達に――」
「魔物の巣が、この近くにあるんだよね?」
桜の問いかけに――二宮が口を閉ざし、さらに男女も声を失った。
「だからこそこの場所を秘密にして、経験値稼ぎをしていた……そうでしょ?」
続いて麻子が桜の隣に立って質問。二宮はただ苦い表情をした。肯定と見て間違いない。
――魔物の巣とは、ロスト・フロンティア内のフィールド内に発生する魔物の住処のこと。場所はランダムであり、その周辺ではエンカウント率が上昇。加え、敵の数が増加するというミニイベントの一つ。。
経験値稼ぎには絶好のポイントとなるのだが、ゲームの設定上周辺の街道が封鎖されるなど交通障害が起きるため、基本的に出現したら周辺のプレイヤー達で対処することが多い。
このイベント自体はあまり評判が良くなかったため、次回のアップグレードで機能自体削除するではという噂も上がっていたくらいの、面倒なイベント――
「けど、現実世界かつこうして隠された場所にあるなら、経験値稼ぎの絶好なポイントとなる」
「……そんなものはない」
二宮の返答に、桜は顔をしかめた。
「プレイヤーやっていたなら、わかっているよね? エンカウント率が大きくなるということは、それだけ魔物の出現数が増える……プレイヤーじゃない人達が不安に思うよ」
「……だから、そんなものは――」
桜はその時、激昂しそうになった。その表情を見てか二宮は口をつぐみ、視線を逸らした。
(この人は……)
おそらく、自分達のことしか考えていない――見方によってはプレイヤーのレベルが上がるため、長い目で見ればこの場所の平和に繋がるのかもしれない。
けれど、経験値稼ぎは政府がそれ用に準備したルームの中でやるといった方法がある。政府の組織に所属せずとも、レベルを上げるためにそうした場所を利用することはできる。
それなのに、彼らはわざわざ隠れてやっている――
「なぜ、こうした場所で経験値稼ぎを?」
次に問い質したのは麻子だった。
「政府機関が作成したダンジョンなんかもあるし、そちらの方が効率は良いんじゃない?」
「……答える必要はない」
声は低い。何か理由がありそうなものだが、話す気はないらしい。
「……政府に所属するプレイヤーと、因縁があるとかかな?」
小声で推測する麻子。二宮は聞き取れなかったらしく眉をひそめただけ。
「……まあいいわ。けどね、このまま見過ごすことなんてできないのよ」
「ここは俺達の管轄だ」
「私達は指示を受けてここの調査を頼まれているのよ。悪いけど、指示の優先度はこちらの方が上」
やや強い口調で麻子は言う。さらに、
「加えて、巣がある以上、破壊させてもらう」
「……ま、待ってください」
次に声を上げたのは、二宮の近くに控えていた女子。
「わ、私達はここで経験値稼ぎをしているだけなんです。誰にも迷惑は――」
「巣があるということは、多数の魔物がこの周辺を徘徊しているということでしょう? そうした魔物を目撃して、周囲にいる人々が怖がったりすれば、ストレスの元となるのよ?」
麻子の指摘に、女子は押し黙る。
「それに、場合によっては事故……NPC扱いの人が魔物に近づく可能性が高くなって、犠牲になるケースが多くなる……そうした事故を減らすために、巣は潰さないと」
「で、でも……」
なおも言い募ろうとする女子。しかし麻子はとどめを刺した。
「もし犠牲が出てしまったら、あなた達はどうする気なの?」
――二宮達は、それで完全に沈黙してしまった。
「魔物が多ければ多い程、事故の可能性は高くなる……そうした可能性を未然に少なくするのが私達の役割であって、経験値稼ぎのために残しておくのは愚策よ」
麻子は警告し、一度二宮達を見回した。
「確認だけど、巣を潰すということでいいのよね?」
最後の問い掛け。それに二宮達は沈黙する他なかった。
「……どう出るでしょうね」
そこで桜は浦津の声を聞いた。視線を移すと彼は目を細め、もう一波乱あるのではないかという懸念を抱いているのが見て取れた。
最初に出会った男女は右往左往するばかり。対する二宮はじっと桜達に視線を送り――ここにきて、ずいぶん不気味だと桜は思った。
「……色々とあるのかもしれないけど、経験値稼ぎについては政府が保証している場所でやった方がいいわよ。それならプレイヤーがやられる可能性だってないようにしてあるし、事故は絶対に――」
言い掛けた時、二宮が突如行動を開始した。メニュー画面を開き、何かを操作する。
「どうしたの……?」
麻子が首を傾げ問うた時、それは起きた。
突如、指輪が光る。そして現れたのは――デュエルを受諾するかの表示。
「ちょ――」
麻子もさすがに予想外だったのか、短く呻いた。
「これで勝負しないか?」
まさか――桜としても驚きだった。
おそらく二宮が勝ったならば、巣のことは口外するなと言いたいに違いない。けれど、なぜそうまでして巣の存在を隠そうとするのか――
「……これはさすがに、看過できないな」
最初に反応したのは浦津。言葉と共に桜の前に立つと、厳しい目を伴い語った。
「巣の存在を隠すために、口止めによるデュエルまで要求するというのは……余程、巣に近寄って欲しくないんだね?」
「……答えるつもりはない」
二宮は声を押し殺すように語る。それに麻子は頭をかき、浦津は苦い顔をした。
「……このまま引き上げても逃がしてくれ無さそうですね。どうします?」
浦津が桜達へ問う。とはいえ方法は一つしかない。
「不本意だけど、やるしかないわね。で、誰が戦う?」
「……私が行きます」
手を上げたのは桜。特に理由は無かったのだが――いや、優七の暮らす場所であるため、目の前の彼という存在に怒りを抱いた。
「野放しにはしておけません」
「……十分桜も怒っている感じね。いいわよ」
「レベルは結構高そうなので、注意してください」
「もちろん」
浦津の言葉に頷き、桜は二人の前に出る。そして魔法剣を引っ下げ、デュエル受諾のボタンを――押した。
「ルールは剣技のみ。一撃入れた方が勝ちだ」
「いいよ」
桜はあっさりと了承――彼は間違いなく自分の土俵に入れたと思っているはず。しかし、桜は違った。
魔法戦士という職業の桜は、確かに剣技のみであればそれに特化した相手に苦戦を強いられるだろう。けれどそれはあくまで同レベルと戦った場合の話。
それに桜は――剣士としての戦いもゲーム上で数多くこなしてきた。
(装備から考えて、レベルは私達程ではないけど、それなりに高い……かな? だからこそ、この周辺でリーダーのような役目を背負っているのでは――)
彼がリーダーならば、もしかすると優七に迷惑が掛かるかもしれない。けれど、だとしても目の前の彼を野放しにしておくことはできなかった。
桜はゆっくりととした足取りで二宮と対峙する。彼の眼光は複雑な色合いをしており、何か葛藤に近い感情を抱いているように見えた。
(一体、彼は……)
考える間に、二宮は剣を構える――装備品から考えて、桜は武器破壊なども可能ではと考えた。
「行くぞ」
端的な物言いと共に――二宮は、走り出した。




