異常事態
少しして解析班のプレイヤーから連絡があった。時間にして二十分程で到着するとのことで、それまで白い光を監視するように指示が下る。
「……この辺りで拓馬は帰ってもいいんじゃない?」
ふいに雪菜が言葉を発する。それに拓馬は眉をひそめ、
「帰って……いいのか?」
「実際目的のものが見つかった以上、私達すら出番が無いわけで……吸い込まれた人のことが気に掛かるのはわかるけど、このままここで待っていてもたぶん何も出ないわよ」
「そう言われると、確かに……けど」
拓馬は目を細め白い光を睨む。おそらく、吸い込まれた人物のことを想像しているのだろう。
「……いや、二人が帰らないのなら、俺も一緒にいるよ。それに解析班とやらが到着して、何かわかるかもしれないだろ。それを聞いてからじゃないと」
「そう……ま、止めはしないけどね」
雪菜もまた白い光を眺めながら返答する。
「拓馬、あんたの場合結構正義感ありそうだから、政府組織に入っても結構やれるかもよ?」
「勘弁してくれよ、俺は嫌だって」
「死ぬリスクというのは無論あるけど、そうならないよう政府は配慮しているわよ? そう無茶なことをするようなこともないし」
「雪菜、無理強いは――」
優七が止めに入ったその時、白い光の周辺で変化が起こる。
「あ……」
声を上げたのは雪菜。優七が確認すると、デビルウルフが一頭、白い光を挟んで出現していた。
通常なら障害すらならない相手――けれど、白い光があるという事実により、厄介なものになるのではと、優七は思う。
「お、やるか」
拓馬は目でデビルウルフを捉えると、剣を振りかざそうとする。しかしそれを優七が止めた。
「待った。遠距離攻撃とかした場合、白い光に当たるかもしれない」
「……当たったら何かあるのか?」
「下手に刺激しない方が良いってことだよ」
そう告げる間に、デビルウルフが優七達へ近寄る。足取りはゆっくりだが、どうやら攻撃モードに入ってしまったらしい。
「白い光から遠ざかるように移動して、デビルウルフが白い光に触れないようにするわよ」
雪菜が素早く決断すると、横へと歩みを進める。優七や拓馬もそれに追随し、白い光から離れようとしたのだが――
デビルウルフはそれに目ざとく反応し、突撃を開始。そこで優七は悟った。位置としては、白い光をギリギリ掠めるくらい。
(まずくないか……?)
優七は嫌な予感がした。単なるバグかもしれない以上、魔物が光に触れても何か起こることは無い――そう考えることもできるのだが、
考える間に、優七達の移動も空しくデビルウルフは白い光を掠めるようにして跳躍した。それに対し優七は切り払う体勢をとる。飛び込んでくるタイミングで剣を振れば、魔物を倒すことはできる。
そう思い迎え撃とうとした――刹那、
デビルウルフの体が白い光を掠め――変化が起きた。
* * *
利奈の案内により桜達が訪れたのは、学校正門へと向かう田んぼの道。そこから右方向には雑木林が存在し、
「あの奥に、魔物が多数生息しているの」
林を指差しながら、青いコートを着る利奈は告げた。
「話を聞く上では、白い光というのは魔物が出現する場所に現れる……だから皆さん、私はここまでにして欲しいのよね?」
「そうですね」
桜は頷き、麻子と浦津の表情を確認。二人とも同時に頷いていた。
「そう。なら私は家に戻ることにするわ。気を付けてね」
「はい、ご案内ありがとうございました。それにケーキも――」
「いいのよ。優七君の仲間なら、当然のこと」
笑いながら語る利奈。桜はそこで改めて礼を述べると、
「よし、二人とも行きましょう」
「了解」
「わかりました」
二人に号令を掛け、歩き出した。
道は田んぼを突っ切るようにして林へと向かっている。遠目から観察すると小道のようなものが見え、確かに子供の遊び場になるような場所だと桜は思った。
「今も入り込む人が多そうねぇ」
麻子がふいに呟く。
「人目に触れなさそうな場所だし……魔物がでなければ、今も子供の遊び場になっていたかもしれないわ。けど、今は経験値稼ぎの場になっている」
「そういうことですね」
それに桜は相槌を打ちつつ、一つ言及した。
「プレイヤーである警官の人が言っていましたけど……それほどレベルの高い魔物が出るようなこともないみたいなので、今の所問題が出ていないんだと思います」
「優七君達が関わった場所も、同じようなケースでしょうね……私達が先ほど訪れた高レベルの場所は、人が寄りつかないという観点から見れば、逆に良いのかもしれない」
そう述べた麻子は、小さくため息をついた。
「皮肉よね、高レベルの魔物であれど活動範囲外から出るようなことはないし、低レベルの出現スポットの方が人が集まりやすく、今回みたいなケースで問題が起こる」
「できれば白い光の件については解決したいですね」
これは浦津の意見。桜は「そうですね」と同意しつつ、別のことを言った。
「麻子さん、商店街に倒れていた人のことですけど……」
「連絡はまだだから、目覚めていないのでしょう。気になる?」
「はい……白い光と関わりのない可能性の方が高いと思いますけど……」
「もし関係あったとしたら、それはそれで良かったと言えるわよ」
麻子はそう語り――桜と浦津は、同時に首を傾げた。
「麻子さん、良かったって?」
「だって。そうじゃない」
桜が聞き返すと麻子は笑いながら言った。
「だって、優七君の話によると人が消えているんでしょう? もしあの女性が白い光に巻き込まれあの場にいたとしたら……どこかで消えた人が出てきている可能性があるということじゃない」
「ああ……確かに」
桜は同意する。言われてみればそうだ。
もっとも、あの女性が本当に関係しているかどうかは、本人に訊かなければわからないことなのだが。
「ま、その辺の検証だっていずれしないといけないけど……とりあえず私達は情報収集よ」
麻子がそう述べた時、一行は林の入口へと辿り着いた。正面には細い石畳で作られた坂道。それは林の中へと入り、てっぺんを目指すように上へと突き進んでいる。
「この先に、利奈さんが言っていた遊び場があるんでしょうね」
麻子は語ると、桜と浦津へ視線を送る。
「じゃあ進みましょう……並んで二人歩ける程度だけど、誰が前に立つ?」
「私が行くよ」
桜が率先して手を上げ、坂道に足を踏み入れる。その後方を麻子。そして最後尾を浦津が陣取り、登り始めた。
直後木枯らしが吹き、桜の体に当たる。始終動きっぱなしでなおかつ体が緊張しているためか、寒さを感じることはなかった。けれど頬を風が撫でた時、ここが現実だと改めて認識させられる。
「いやあ、寒いわね」
反面、麻子は寒いようで思わず零した。
「今日の夕食は、鍋でもするかな」
「鍋ですか……いいですね」
浦津が同調し、空を仰ぐ。
「けど、僕の家では今日カレーらしいんですよね」
「カレーだって十分あったまるわよ……一人鍋でもしながら熱燗でも飲もうかな」
愚痴っぽく言う麻子に、桜は笑う。そして胸中では、これからの段取りをつける。
(白い光を見つけたら、まずは報告かな……)
思いつつ呼吸を整え、次いで優七達はどうしているのだろうかと疑問に及ぶ。さすがに危険なことになっていないと思うが――
「……ん?」
ふいに、麻子が声を上げた。どうしたのかと桜が問おうとした時、
坂の上から、金属音のようなものが。
「音……?」
明らかに誰かが戦っている――そう頭が認識した時、桜は走り出した。
「経験値稼ぎに来たプレイヤーってとこか……!」
後方で麻子が言う。桜は心の中で同意しつつ坂を駆け上がり、
目的地へ到着した。林の中にある、土がしっかりと固められた長方形の広場。
そこに二人、中学生と思しき制服姿の男女がいた。




