政府関係者
桜達はひとまず、優七の家へ行くことにした。教えられた住所を携帯で検索し、目星をつけたうえで出発する。
「しっかし、のどかねえ」
道中麻子が呟く。桜は首肯しつつ周囲を見回し、ここが優七の暮らす場所だと思うと、なんだか興味も湧いてくる。
「叔母さんって、どんな人だろう」
そして今から会いに行く人物のことを想像する――桜は戦いの後、優七とロクに会話もできなかったため、事件以後の情報がほとんどない。だからこそ、興味が尽きない。
「ロスト・フロンティアをやっているくらいだから、若い人なのかな?」
「どうでしょうね。結構年配の人もあのゲームをやっていたケースもあるし、一概には言えないんじゃないかしら」
麻子は答えつつ、田んぼを突っ切る真っ直ぐな道を指差す。
「あと少しで会えるわけだし、今は足を動かす」
「はい」
桜は返事をすると無言となり、そこからは淡々と歩を進める。やがて周囲が住宅地となり、住所検索をして近い場所に辿り着くと、目当ての表札を発見した。
「高崎……ここで、いいんだよね?」
桜は不安になりつつ呼び鈴を押そうとする。そこで、
「……ん?」
ふと、視線を感じ首を横に向けた。
「どうしたの?」
桜と同じ場所に目を移し麻子が問う。
「いや……」
言葉を濁し、桜は首を戻す。一瞬、制服姿の人物を見た気がしたのだが――
「まあいいか」
桜は改めて呼び鈴を押す。すると家の奥からスリッパの音が聞こえ、
「はーい」
玄関扉が開き、女性が姿を現した。
ウェーブがかった茶髪に、青い無地のトレーナーとジーンズ姿。女性にしては長身であり、晴れやかな笑顔と相まって桜から見ても魅力的に映る。
「……おお」
麻子がふいに声を漏らす。それはどういう意味合いなのか桜はうまく理解できなかったが、少なからず驚愕が混ざっているのは間違いない。
「優七君から話は聞いているわ。どうぞ入って」
笑みを湛えながら彼女は桜達に告げる。桜はそこで「お邪魔します」と告げ、玄関扉を抜けた。
次いで麻子や浦津も家の中へ入り――その時点で、既に優七の叔母はリビングへ足を向けていた。
「お茶をご用意しますから、少々お待ちください」
「いえ、お構いなく……」
桜は言ってみたのだが、なんだかカチャカチャと音を立て始めた。どうやら止まる気はないようなので、桜はお言葉に甘えさせてもらうことにして、靴を脱ぎ用意されたスリッパを履いてリビングへ。
中は綺麗に整えられており、彼女の性格を反映しているような空間だった。その間にキッチンでは楽しそうに準備を進める女性。桜はその気に当てられて肩の力が若干抜けた。
「座りましょうか」
麻子が四人掛けのテーブルを差して提案。桜は頷き、桜と麻子が隣同士。そして麻子の正面――桜の右斜め前に、浦津が座る。
少しして、優七の叔母がお茶を持ってくる。ついでにお茶菓子としてチョコレートケーキが用意され、フォークと共に桜達の前に出された。
「どうぞ……あ、それと自己紹介しないとね。私の名前は高崎利奈。優七君の叔母にあたるわ」
「……どうも」
桜は小さく礼を示しつつ、改めて顔を確認。若い。
「……お若いですね」
「そう? 皆さんから見ればただのおばさんよ」
言ってクスクスと笑い、彼女は浦津の隣に座る。
「……おいくつなんですか?」
「三十一」
「さ……」
麻子が目を見張る。
「いやいや、そうは見えません」
「お世辞ありがとう……けど、優七君くらいの子を持つとなると、若いかな」
「優七君……の、子?」
「聞いていないの?」
小首を傾げ問う利奈。桜は頷くと、
「近々養子縁組する予定だから」
「あ、そうなんですか」
「まあ、私の年齢で優七君の年齢の子を持つのは十分あり得るのだけれど……若いでしょうねえ」
なおも笑う彼女。桜としては聞く情報全てが驚きで――なんとなく、質問を重ねる。
「あの、お子さんとかは……」
「予定がなかったのよ。まさか自分の子を産む前に優七君を養子にするとは思わなかったわ」
優しく返答する利奈。桜は「そうですか」と相槌を打ち――自分が自己紹介していないことに気付く。
「あ、すいません。私達の自己紹介がまだでした。私は小河石桜といいま――」
「桜さん!?」
――今度は、利奈が驚く番だった。
「そう、桜さん!」
「え……あ……はい」
狼狽えながら返答する間に、利奈は身を乗り出しそうになりながら声を重ねる。
「そうかそうか……ああ、ごめんなさい。話は優七君から聞いているわ」
なんだか興奮している様子なので、どういうことを話したのか桜は気になったが――あえて何も言わず、別のことを尋ねた。
「それで……話は優七君から聞いているかと思いますが」
「ああ、協力のことよね? 任せて。職業は薬師だけど、一応レベルはそれなりに高いから、戦闘もどうにかできるわよ」
「……教えてもらうだけで大丈夫ですよ?」
「魔物のいる地域は、必然的に森とか山の奥とかになってしまうし……あの辺りは子供の時の遊び場だったから、遠慮はいらないわ」
そう言って微笑む利奈。桜としてはありがたいのだが――
「……麻子さん、どうしますか?」
「そうねぇ……白い光、というのはご存知ですか?」
「優七君の電話でチラッと話は聞いているけど……大変なことになっているみたいね?」
「ええ。その白い光がこの周辺に現れていて、その調査をしています。実際人が飲み込まれたという話もあるので、正直同行するのは危険かと」
麻子の言葉に利奈は「そう」と呟き、口元に手を当てた。
「その白い光は、魔物の出現する場所以外に現れることはないの?」
「現状、そういう推測です」
「なら、私は魔物が出てくる範囲外にいれば、問題はないのよね?」
――途中まで同行する気らしい。すると麻子は困ったような顔を見せる。
「……お心づかいはありがたいのですが」
「一応、私も政府関係者だから」
語ると、彼女はジーンズのポケットから何かを取り出した。
「……これは?」
見た目ICカードのような物――それを見て、麻子が声を上げた。
「研究所のカード、ですね」
彼女はちょっとばかり驚きつつ言及すると、利奈は小さく頷いた。
「優七君には黙っておいてもらえます? あまり心配かけさせたくないので」
苦笑する彼女――そこで桜は、麻子に思わず訊いた。
「えっと……研究所というのは、麻子さんと同じ部署?」
「そうね。けれど、利奈さんを直接見たことはないけど」
「私はプログラムのことなんてこれっぽっちもわからない人間ですから……もっぱら、薬師としてアイテムに関して調べている人間です。それに、嘱託という形でほとんど在宅での仕事をしているので」
語る利奈は桜達を見回し、なおも続ける。
「ですから、政府関係者ということで気を遣う必要はありませんよ」
「……念の為、ステータスとか見せてもらっても良いですか?」
桜が提案すると、彼女はポケットからゲームで使用する指輪を取り出した。優七にバレないよう、普段は外しているようだ。
「はい、どうぞ」
指輪をはめて手を振りメニュー画面を呼び出す。能力値を桜が確認すると、レベルは予想以上に高く、上級モンスターが出ても逃げ切れるくらいの能力は保有している。
「……わかりました。麻子さん」
「そうね。この能力なら、問題ないと思う」
麻子は答えると、浦津へ視線を送った。
「浦津君も、協力を仰ぐということでいいわよね?」
「構いません。それに、地理を把握している人の助力は必要でしょうし」
「決まりですね」
利奈は言ってからお茶に口をつけ、ケーキにフォークを刺した。
「休憩が済んだら、早速向かうことにしましょうか」
彼女の提言に、桜は「はい」と返事をしてケーキを食べ始めた。
(……この人もまた、政府関係者か)
桜は時折利奈へ視線を送りつつ考える。秘密にしているのは、言葉通り優七に心配させたくないためだろう。
優七は現在最前線で戦っている。その状況下で母親になる予定の人物が、政府の下で活動しているとなると、心労が増えかねない。
(けど、いつかはバレると思うけど……)
桜は考えつつ、話すタイミングを決めるのは彼女だと思い、何も言わないことにした。
そんな心情を悟ったのか、利奈は桜へ微笑みを向ける。
桜はそれに笑い返し――思考を振り払い、目先にある白い光の騒動に集中することにした。




