事件発生
優七達が案内された場所は、山というより雑木林だった。小高い丘のような場所に木々が植えられており、ひどく荒涼とした雰囲気に包まれている。
「一応、山の上には公園もあったんだが、ずいぶん前から管理されなくなったらしく、今は草や木が伸び放題だ」
そんな風に拓馬は解説しつつ、優七と雪菜を先導する。
「この辺の子供の遊び場になっていたから、結構人の出入りがあったんだ。とはいえ魔物が出てからは人も寄りつかなくなった。まあ、プレイヤーが足を踏み入れるのは止められないようだけど……白い光があるから、やめてほしいんだよな」
「あ、シェーグン。その辺の情報を詳しく――」
「ストップ」
優七が問おうとすると、拓馬は手で制した。
「いい加減プレイヤー名はやめてくれよ……俺のことは、拓馬でいい」
「……そう。じゃあ、よろしく拓馬さん」
「さん付けも勘弁してくれよ。なんかむずがゆい」
「でも一応年上だし」
「一応ってなんだよ……タメ口呼び捨てでいいさ」
「拓馬」
そこへ、鋭い雪菜の呼び掛け。対する拓馬は怒られるとでも思ったのか首をすくめた。
「何でしょうか、スノウ様」
「やめてよ。私も雪菜でいいわ……で、詳細は?」
「ああ、説明するよ」
拓馬は、改めて解説を始めた。
「白い光……見た人の報告によると、ルームへ行く時に生じるゲートのような感じらしい。もし足を踏み入れたら吸い込まれてしまうかもしれない」
「そして、この世界に戻ってこれなくなると」
「結構怖いこと言うな、雪菜は……まあ、その可能性も考えられるから近づかないように警告しているわけだけど」
「そう……で、とりあえず当該の人を探さないと」
「ああ」
答えると同時に、拓馬は『千里眼』によるレーダーを起動する。そして、山の周囲を確認すると、
「お、いたいた。反対側にいるな。山をぐるりと回ることにしよう」
そう言い、優七達を改めて先導し始めた。
「もし相手を見つけたらどうするの?」
道中、雪菜が拓馬へ尋ねる。
「拓馬の指示を、おとなしく相手が聞いてくれるの?」
「誰なのかによって変わってくるなぁ。レーダーでは誰なのかというのが具体的にはわからないから人によって対応を変える……しっかし、その辺は『千里眼』的にどうかと思うんだよな」
不満げに拓馬は呟く。
「能力名から考えると、障害物を通り越して透視しているとか、そんな風な感じだろ? けど実際はレーダーで敵か味方かを判別できるだけ……もうちょい工夫はできなかったのかと思うよ」
「仕様の問題じゃない?」
切って捨てる雪菜。すると拓馬は残念そうに肩を落とす。
「この辺りはアップデート次第だったわけだよな……ま、今となっては露と消えたわけだが」
「そうね……あ、そういえば」
と、雪菜は思い出したように口を開いた。
「ねえ、アップデートで思い出したんだけど、白い光っていうのはバグじゃないの?」
「バグ?」
優七は聞き返し……はたと思いついた。
ロスト・フロンティアはゲームである以上完全と呼べる世界ではなく、バグも存在していた。当然それらを運営が対処し、アップデートを繰り返してきた。
「政府調査で、事件が起きる前に一度アップデートされていたとわかった。それによりプレイヤー側の有利なバグがほとんどなくなっていたわけだけど……そうしたプログラム更新の弊害で、白い光とやらが出ているのかもしれないわね」
――雪菜の言う通り、事件が起きる寸前に誰にもわからないようなアップデートが行われていた。製作者真下蒼月の意志を乗っ取った魔王による行為だと、現在は結論付けられている。
事件後、それまで使用できていたバグ技が使用できなくなったことでその事実が判明した。当初はロスト・フロンティアが現実世界に生じたため変異したものではないかという見解もあったのだが、魔王が有利な状況を作り出すためにやったのだろうというのが、一番筋の通った結論だったわけだ。
「けど、それが今になって生じたというのは疑問に残らないか?」
そこで、拓馬が否定意見を提示する。
「俺の推測は、この現実世界で誰かがバク技を行使しようとして、結果的にこういう現象が現れたんじゃないかと踏んでいるんだが……」
「行使って……そんなことをして、こんな大々的に変化が起きる?」
「でもさ、これはあくまでゲームなわけだろ?」
雪菜の言及に、拓馬は語る。
「どういう理屈か知らないが、ロスト・フロンティアは現実世界で動いている……で、こうして稼働している以上、ゲーム上での挙動が俺達の目の前に生まれている。メニューからアイテムを呼び出す光景や、ルームに入るためのゲート作成なんてのが顕著な例だ。で、ゲームでは祭りなんかで多数のプレイヤーが一ヶ所で無茶な行動をしたら、サーバーに負荷が掛かって障害が出た、なんて事例は結構あったじゃないか」
「ふむ……確かに、そうね」
「だろ? 俺としてはこれがその一つなんじゃないかと思うんだが」
「……否定はしないけど、あくまで可能性の一つというだけね」
「他に候補があるのか?」
拓馬は訊くが、雪菜は黙す。彼女の考えが、優七には手に取るようにわかった。
先の事件――牛谷が引き起こした事件のことを、雪菜は思い浮かべているに違いない。彼らはエンカウント率を操作し、魔物を継続的に出現するようにしてしまった。そして、彼らが他にデータを持っていて、白い光を生み出しているとしたら――
「さあね」
雪菜はそう返すに留める。反応に拓馬は気になったようで口を開こうとしたが、態度を見てかそれを収めた。
「……まあいいさ。で、当該の人を見つけた時の話だけど――」
拓馬が話を戻した、その時、
ゴゥン――という、重い音が優七達の耳に入った。
「……今のは」
戦闘している音だと優七が断じた時、拓馬の表情が厳しくなり、レーダーを確認。
「魔物か……突然山周辺で出現したんだな。走るぞ!」
彼は一方的に叫ぶと、走り出した。慌てて追う優七と雪菜。どうやら、あまり良い展開ではなさそうだが――
「つくづく、今日は面倒事に巻き込まれる日ね」
雪菜が今日の出来事を端的に評する。優七は同意しつつ――裏手に回り込んだ。
そして優七の目に、中学生くらいの男子が魔物と相対している姿が見えた。
「あいつか――!」
拓馬がその人物に対し、呟く。同時にメニュー画面を手早く開き、長剣を生み出した。
「二人とも、俺に任せてくれ!」
彼は先行しつつ優七達へ宣言。同時に高速移動のスキルを使用し、苦戦する男子の援護に入った。
その相手は、前進をツタで覆われた植物系の魔物。名前は――
「ロードプラント、とかいう名前だっけ?」
雪菜が思い出すように呟く。それに優七は頷いた。
「古代の森で出現する上級モンスターだ。けど、拓馬の敵じゃないな」
優七が答えた直後、援護に入った拓馬がロードプラントへ一閃する。その一撃で倒れはしなかったが、魔物は大きくのけぞり隙が生じた。
「――はあっ!」
そこへ再度一閃。見事その一撃は魔物に直撃し、消滅した。
「おい、大丈夫か?」
拓馬はすぐさま男子に振り返り、問い掛ける。一方の彼は安堵のためかその場にへたりこみ、拓馬へ向かって声を上げた。
「た、拓馬さん……」
「ここに来るなと言っただろ!?」
厳しく言及する拓馬に対し、男子が力なく首を左右に振る。
「す、すいません……それで、き、消えたんです」
「……何?」
「消えた……だから……一度家に戻って……いないか探して……またここに……」
彼の言葉に拓馬は訝しげな視線を送り――優七達へ目を移す。
「何か、問題があるみたいね」
雪菜は断じると拓馬達に近寄る。優七も続き、それを見た拓馬は再度男子に目を向けた。
「……もう少し、わかりやすく説明してもらえないか?」
「は、はい……その、朝俺と、弟の二人でこの森に入ったんです……それで……」
彼は唇を震わせ、拓馬へ告げた。
「白い光に遭遇して……弟が、吸い込まれたんです……」
「……何!?」
拓馬が目を見開き、剣を投げ捨て屈むと男子の両肩を掴んだ。
「吸い込まれたって……消えたってことか!?」
「は、はい。それで、一度家に戻っていないかを見に行って、いなかったから、また探して……」
「……最悪な展開ね」
雪菜が呟き、コートのポケットから携帯電話を取り出す。
「拓馬、悪いけど政府側に連絡させてもらうわ。とりあえずさっきまでの問題は棚上げということでよろしく」
「……ああ、わかった」
「けど、あなたとその人に事情は聞かないといけないわよ」
「わかっている……できるな?」
拓馬の問い掛けに、男子は小さく首を縦に振った。
それを見た雪菜は電話を掛け、話し始める。それを黙って見守る優七。
(人が……消える、か)
胸騒ぎがした――新たな事件に、優七は限りない不安を覚えた。




