保護者
一触即発の様相――優七は懸念を抱き、男性の声を聞く。
「ここは俺達の実力を――」
「あのね、相手は政府関係者だよ?」
だが、当の男性は乗る気が無い様子。
「もしここで追い払ったとしても、今以上の面々が来てやられるだけだよ。こんなことをしていたら、いずれ本当に指輪剥奪だ」
彼の言葉に、男子は沈黙する。そうした会話を聞いていて、優七は一つ思い浮かんだことがあった。
「……もしかして、あなたは問題起こさないように取りまとめているとか?」
「お、よくわかったね」
拓馬は優七に指摘に頷いて見せる。
「そうだよ。事件後色々と問題起こしそうな人がいたからね。そういう人達とデュエルして、こういう集団になった」
なるほど、この場にいる人達はデュエルして屈服させた面々なのか――
「やられたにしては、従順な雰囲気ね」
そこで雪菜が横槍を入れる。
「そういう経緯なら、もう少し殺伐としていてもよさそうなものだけど」
「色々あったんだよ」
一言。それで片付けられるはどうなのか。
「お、お前ら! いい加減にしろよ!」
するとそこへ、別の男性からの声が。
「言っておくが、この人はそんじょそこらのプレイヤーじゃないんだからな!」
あくまで彼の威光を見せつけようとする構え。けれど雪菜は肩をすくめ、
「ふーん、それで?」
「お、お前ら……」
わなわなと震える男性。
「あのな――この人はプレイヤー名シェーグンといい、魔王とも戦える戦士だったんだぞ! そんな人を前に――」
「こらこら、変に煽らない」
拓馬が制する――その時、
優七と雪菜は目を合わせた。
「ん、どうした?」
目ざとく気付いた拓馬が呼び掛ける。そして優七は首を彼に向け、
「……シェーグン?」
「ああ。あ、もしかして会ったことがあるのかい?」
拓馬は興味ありげに尋ねた。対する優七は、自身を指で示し、
「俺、ユウだよ」
「……へ?」
聞き返した拓馬に対し、今度は雪菜が小さく手を上げ駄目押しする。
「私、スノウ」
これは雪菜のプレイヤー名――すると、拓馬は驚いた。
「は!? ユウとスノウ!?」
「そう」
「驚いた……そうなのか」
「うん、まあ」
優七は相槌を打ちながら周囲を見る。名前を聞いたことがあるのか、周囲の面々は口々に話し始める。
「はあー、そうかそうか……」
拓馬はしきりに頷き優七達に視線を送る。それに対し、雪菜は仕切り直しとばかりに軽く咳払いをした。
「身の上話はこのくらいにして……で、どう対応するの?」
「仲間のよしみでどうにかならない?」
「ならない。ていうか、同じパーティーではないじゃない」
「それもそうか」
拓馬は苦笑すると、周囲にいる面々を一瞥した。
「とはいえ、ここですぐに結論を立てるのは難しいな……時間があれば、ちょっと話し合わないか?」
「別にいいけど……さっき厄介事を引き起こした彼らを放っておくことはできないよ」
「なら今日はこのまま解散させるから」
「連絡取りあえばまた集まるでしょ?」
「そうさせないようにするからさ、頼むよ」
拓馬は手をパン、と合わせ雪菜に頼む。彼女はそれをじっと眺め――やがて、
「……わかった。けど、話し合う時確認させてもらうよ。あんた確か『千里眼』持っていたよね?」
「あ、それで監視するというわけか……了解した。信用してくれるなら構わない」
「わかった……じゃあ私達が指定する所へ移動ってことでいい?」
「もちろんだ」
頷くと、拓馬は周囲に呼び掛けた。
「納得のいかない者もいるだろうが、元はと言えば僕達が招いた結果だ。一蓮托生というわけで、この場は解散。以降のことは追って伝えることにするよ――」
優七達が次に赴いたのは、ガラス張りの小奇麗なカフェ。優七としては入ったことのない風貌の店であったため、少しばかり緊張する。
「高級店じゃないんだからさ、きょろきょろしない」
そんな風に雪菜は語る――席は三人掛けで円形のテーブルを囲うように座っている。優七の右には拓馬。左には雪菜で、拓馬のいる方向に入口がある。
「そうは、言っても……」
優七は雪菜に返答しつつメニューを見る。少なくともどこぞのファミレスチェーン店よりはずっと高い。
「俺、あんまり金持ってないんだけど」
こんなカフェに似合わない格好をする拓馬が言う。
「俺は万年金欠だから……本当はファーストフードとかで良かったんだけど」
「私、食事については先に決めておいた場所に行かないと気が済まないのよ。我慢しなさい」
雪菜はどこか不満げに語ると、拓馬は優七と雪菜を交互に見て、
「あ、そうか。デートだったのか。それはすまない――」
指摘されて嫌な顔をする雪菜。直後拓馬の表情は強張り、苦笑した。
「……で、話ってなんだっけ?」
そしてすぐさま話題を変える。空気は読めるようだ。
「……その前に、メンバーの所在を確認させなさい」
「了解」
すぐさま答えた拓馬はメニュー画面を呼び出し、スキル『千里眼』によりレーダーが表示された。
――彼の所持する『千里眼』は、通常とは異なる特殊スキルであり、特定条件を達成しレベルアップすると、習得できる技能である。ただ運営側は常にスキル保有者の数を調整していたため使用者が限定され、さらにどういう条件により習得するかはアップデートごとに変化しており、現在バージョンで『千里眼』習得の方法は解明されていない。
雪菜は一度回り込んで状況を確認。大丈夫そうだと認識すると「もういいよ」と告げ、席へ戻った。
「とりあえず、怪しい挙動はないようね。食事が終わった後にでもまた見せてもらうから」
「どうぞ……で、処罰についてだけど」
「あ、ちょっと待った」
そこで優七は手を上げる。
「その前にシェーグン、一つ確認していい?」
「ん? 何?」
「……俺や雪菜のプレイヤー名を彼らは把握していたみたいだけど、どこまで知っているの?」
「ああ、そのことか。死天の剣については話してないよ。心配するな」
にこやかに答えた拓馬は、優七へ穏やかに語る。
「事件後、ユウを知っているということで口止めするよう言われたからな」
「そっか……良かった」
「よほど目立ちたくないんだな。まあ、無理もないか」
笑い声を上げる拓馬――そこへ、雪菜が話を戻すべく口を開いた。
「で、とりあえず計画した人を教えなさい」
「え? 計画した人?」
「事件起こした人くらいはしょっぴかないと」
「いや、ちょっと待ってくれ。免れるにはどうすればいいんだ?」
「……あんたさあ」
雪菜は心底呆れたように声を上げる。
「万引きして、物を返したから許してくれって言っているようなものよ?」
「いや、そうかもしれないけど……」
「というか、具体的な処罰については私達じゃ判断できない。あくまでこっちは定められたルールに沿って情報を取ろうとしているだけだし」
「……そっか」
拓馬はどこか意気消沈とした表情を示し、肩を落とす。すると雪菜は一つ質問した。
「なぜそうまでして彼らの肩を持とうとするの?」
「持とうとする、というか……俺としては弟分みたいな感じでさ」
苦笑しつつ、拓馬は語る。
「最初プレイヤーの能力により悪さをしていたのを、片っ端からデュエルで沈めていたんだけど……接して見たら良い子ばかりでさあ」
「……なんか、保護者みたいな口ぶりね」
「そうだな」
ははは、と陽気な笑い声を上げ肯定する拓馬。自覚はあるらしい。
「と、いうわけでできれば大目に見てやってくれないか?」
「無理」
断じると、またも拓馬は苦笑する。
「そこをなんとか」
「懇願されても無理よ。大人しくID情報をくれない?」
「いやあ、さすがにそれは……」
「雪菜」
押し問答に対し、優七が声を上げた。
「あのさ、一度江口さんか守山さんと会わせたらどうかな?」
「会わせる?」
「うん。俺達じゃ判断がつかないけど、このまま放っておくのもまずい……それに、今は大丈夫みたいだけど、また悪さをしないとも限らない……俺達じゃあ判断できないのは雪菜もわかっているだろ? だから、二人とシェーグンを引き合わせるのが一番だと思う」
「……ふむ、確かにそうね」
雪菜は納得の声を上げた。反面、拓馬の表情は曇り、窺うように優七へ尋ねる。
「……出てきた苗字の人は、上司か何か?」
「うん、そうだけど」
「それもできれば、ご勘弁願いたいんだけど」
「さすがにそのくらいは、してもらわないと」
「そうよ。どっちみち事件起こしたのはそっちなんだから、少しは応じなさいよ」
雪菜が非難するように告げる。それに拓馬は一度押し黙り――そして、
「……はあ、わかったよ。それじゃあ一旦話をするということで」
「ま、頑張りなさい」
「どうやって説得するかなぁ」
頭をかきつつ呟く拓馬。優七としてはどう足掻いても見逃してもらえるとは思えないのだが――口には出さないでおく。
そうこうしている内に料理が運ばれてくる。注文した品が行き渡った後は、さして会話をすることもなく食べ始める。
「……俺、退いた方がいい?」
ふいに拓馬が声を漏らすが、雪菜の厳しい視線により、押し黙った。
(……色々あって不機嫌なんだろうな。で、シェーグンに雪菜は八つ当たりしている)
優七は断じ、拓馬に対しほんの僅かな同情を抱いた。
デート、という雰囲気はそれこそアウトレットモールで買い物を始めたほんの僅かな時間だけ。後は事件が起き、桜達と出会い、尾行し、今ここで事件を起こした保護者みたいなプレイヤーとカフェで食事をしている。不機嫌にならないわけがない。
(下手すると俺にも矛先が向かうよな……シェーグンには悪いけど、ここは雪菜の怒りを受けていてもらおう)
そう思いつつ、口数も少なく優七は食事を終えた。結構おいしかったのだが、そうした感想を漏らすような空気でもなかったため、結局感想を述べることはなかった。




